第三十六話
ファシルは、一般的な魔法を使うための魔力とは別にファシル固有の魔力を持っていた。それは遺伝による先天的なものではなく、後天的なものであった。この二種類の魔力を持つことから、ファシルは常人の倍の魔力を保持していた。しかし、ファシルは魔法の適性がなく一般的な魔力を使用することが出来ず、ファシル固有の魔力しか使用していなかった。そのファシル固有の魔力がマントの魔力と干渉し合い、反発したのだ。
今回のマントのように魔力を帯びた道具や武具は珍しくなかった。こういった道具や武具には相性が存在し、それら相性は使用者に合わせて変動する。最初こそ少し違和感を感じる程度で、徐々に馴染んで違和感は感じなくなるのだ。以前の使用者の念が色濃く残っている場合でも傷を負うまでには至らない。しかし、ファシルに傷を負わせたという事は、相当な相性の悪さであると言えた。このような事例は滅多に見られなかった。
その後、いろんな方法を試してみたが反発が強くなる一方で手立てがなかった。仕舞には少し触れるだけでも激痛が走るようになってしまった。
「なんでなんだろ」
おかしいなと言ってレイリアがマントに触れた。ファシルは危ないと思い、咄嗟にマントを取ろうとしたが、レイリアは何ともなかった。むしろ、取ろうとしてマントに触れたファシルのほうが痛手を負う羽目になった。
ファシルには触ることすら出来なくなったマントであったが、レイリアが触っても魔力の反発もなく問題なく使う事が出来た。レイリアはマントを羽織ったままその場でくるっと回って見せた。
「どう」
似合うとファシルに訊いた。ファシルは痛めた箇所さすりながら
「似合ってるよ」
と当惑しながら答えた。
レイリアが羽織ったマントを見てファシルはあることに気づく。最初に古びて見えたマントであったが、レイリアが羽織った途端その感じは無くなり、綺麗なものになっていたのだ。
このように、魔力を帯びた道具などは使用者との相性次第で自動修復されることがあった。しかし、この短時間でこの変わりようは珍しく、それだけレイリアとの相性の良さを物語っていた。それをみたファシルは諦めたような、決心したような面持ちになり
「それ」
あげるよとファシルは言った。
急なファシルの言葉にレイリアは
「そんな」
貰えないよと羽織っていたマントをすぐに取り、ファシルに差し出した。レイリアが差し出したマントをファシルは苦笑いしつつ、やんわりと拒否した。理由は明白であった。
「たしかに」
優勝者への贈呈品だけど自分は使えそうにないからとファシルは言ってさらに
「マントも」
レイリアが気に入ったみたいだしと言ってのけた。
レイリアは初めはどうしようかと迷っていたが、ファシルの気持ちを汲んでマントを受け取った。この時レイリアは迷う気持ちと同時に嬉しい気持ちでもあった。それは、思い掛けないファシルからのプレゼントであったからだ。しかも、このプレゼントは世界的にも貴重なものであり、この世に一つしかないのだ。
それはレイリアへのとても大切な、掛け替えのないプレゼントとなった。
こうしてネーベンでの、とても長くとても思い出深い一日が終わった。
次の日、ファシルは朝早くから外出する支度をしていた。
ネーベンではまだまだ祭りが続く。武術大会だけがネーベンではないのだ。ファシルはレイリアとネーベンを心行くまで楽しむことにしたのだ。ネーベンには、まだまだ沢山の名所が存在する。せっかくネーベンに来ておいて、それらを観光しないという事はとても勿体ないことであった。そうは言ってもかなりの数存在し、とても一日では回りきることは出来ないので、今回は若人におススメのスポットに限定して回ろうとファシルは計画していた。
以前、レイリアと街を見て回った日の後、屋敷の家政婦に訊いておいたのだ。ファシルはワクワクして気分が昂っていた。だが、それと同時にレイリアに楽しんでもらえるだろうかと不安でもあった。今回はファシルがリードする番であり、こういった事は初めてであった。
ファシルは支度が予定より早く終わり、屋敷の玄関でレイリアを待っていた。すると、屋敷玄関の扉が開いて人が入ってきた。それは屋敷の主であった。主はべろんべろんに酔って服もだらしなく着崩れた有様であった。主の朝帰りに出くわしたのだ。
ふらふらと、足もおぼつかない様子の主は玄関にいたファシルに気付いた。
「どこか」
出かけるのかねと主は片目を瞑って眩しそうな顔をしながら回らない口でそう訊ねた。ファシルはネーベンの街を観光する趣旨を伝えた。すると主が、それならとポケットの中の物を掴んで、ファシルに手渡した。ファシルは受け取ったものを確認するとそれは、数枚の金貨であった。
「それを」
持っていきなさいと言う主にファシルは戸惑っていると、主はさらに付け加える。
「あとね」
私の名前を出せば大抵の店が融通してくれるからと。
ファシルは自室に向かう主を呼び止め、それを返そうとしたが、
「ファシル殿」
気になさるな、いい思いをさせてもらったお礼ですよと言って自室へと消えていった。
ファシルは受け取った大金をどうしようかと考えていると
「お待たせ」
と本日の主役が現れた。ファシルは咄嗟に金貨をポケットにしまった。
「どうしたの?」
「なんでもない」
行こうかと言ってファシルは玄関の扉を明けてレイリアと外出した。
まず二人が向かった場所は洞窟であった。
そこは、ネーベンで鉱物の採掘が盛んに行われていた頃に掘られた洞窟であった。現在その洞窟は、大量に採掘され僅かな鉱物を残すのみとなっていた。その採掘跡の洞窟は今、観光資源として利用されている。この洞窟は珍しい鉱物が多く見られ、それらは暗い洞窟の中であってもほんのりと光り輝き、洞窟を幻想的な場所へと変えていた。
その幻想的な光景を一目見ようと観光客が訪れている洞窟であるが、それだけではなかった。
ちょっとした体験が出来るのだ。その体験というのが鉱物の特性を利用したもので、どれだけ強く鉱物を輝かせる事が出来るかといったものであった。鉱物は魔力に当てられると、その度合いによって強く光り輝くのだ。二人はそれを体験しに来ていた。
「ふん」
前の客が鉱物に魔力を込めると洞窟内が少し明るくなった。鉱物は淡く光り、そして徐々に消えていく。前の客は連れに自慢しそれを連れは褒める、そういったやり取りをして楽しむ他の客を眺めているとファシルの番が回ってきた。魔法との相性が悪いファシルは不安そうに恐る恐るその鉱物に手を伸ばす。
「がんばって」
ファシルなら出来るよとレイリアが後押しする。ファシルは、よしっと言ってかざした手に集中する。すると、ファシルの魔力に当てられて鉱物が少しだけ光る。
「うーん」
上手く出来ないなと唸るファシル。その様子は少し落ち込んで見えた。すると、レイリアがファシルの手を掴み、後ろから密着するように一緒に手を鉱物に向けてかざした。
「手に集中して」
魔力の流れを感じてと丁寧に優しく手解きするレイリア。ファシルはその近さにドキッとしつつも言われた通り魔力の流れを感じるように手に集中する。すると鉱物が光り輝き洞窟内を照らす。それはまるでここが洞窟である事を忘れるほど、洞窟内を明るく照らしていく。
「おお」
やったと無邪気に笑うファシル。先程の客達も、二人の光がとても強く、おおと声をあげる。魔力の伝達が上手く出来たことにファシルは大喜びし、それを見てレイリアも自分の事のように喜んだ。ファシル達がかざした手を離しても鉱物はいつまでも光を失うことなく輝き続け、洞窟内はとても幻想的で神秘的な雰囲気を醸し続けた。ファシル達やその場にいた客達もそれを堪能し、二人が洞窟を去った後も鉱物はしばらく輝き失うことはなかった。
ファシル達は昼食を取るため、これまたネーベンで有名な海鮮料理の店に来ていた。
多年草の実と茎を刻んだものと香辛料と甘味料を適量入れて炒めたものと甲殻類の身を、水棲の甲殻類の殻と頭に水と多年草の実と柑橘系に果物の皮を煮込んで出来た煮汁とヤシ科の植物の果実を絞って取った果汁と混ぜた煮込んだものがこの店の定番料理であった。それは穀物と絶妙な相性を見せる。この料理は元々ネーベンにはなく、輸入されたものを改良して創作されてそれがネーベンに定着したのであった。今ではネーベンの代表料理のひとつであった。ファシル達はそれぞれその料理に、穀物を炊いたものと加工して焼き上げたものをつけて食した。
二人は目的の場所に向けて街道を歩いていた。
目的の場所は街外れの所にあり、昔からある少し不思議なお店であった。そこはいろんなものを絵として記録する場所であった。その絵はとても鮮明で、写すものを完璧な再現度で記録する。記録出来る対象は、人や動物、物や風景など多岐にわたった。
二人の目的は自分たちを写す事であった。
「いらっしゃい」
店のドアを開けてまず出迎えてくれたのはこの店の店主。店主は丸眼鏡に特徴的なカイゼルひげを生やし、ストライプのスーツを着ていた。店主に二人の絵をお願いするとテキパキと準備しだした。まずは衣装の事を訊かれた。その店ではいろんな衣装が用意されており、それらを着ることもできた。しかし二人は今着ている服のままにした。次は構図であった。二人が座った状態、或いは立っている状態など。さらには配置に背景も決める事が出来た。背景は特殊な魔法の応用でいろんな風景に変える事が出来た。色々考えた結果二人は、ありきたりなものを選んだ。背景は草原でファシルが椅子に座りその斜め後ろにレイリアが立つといった構図である。
構図が決まると、店主が魔法で動かす道具を持ってきた。それによって記録され絵として表現されるのだ。店主が道具を操り二人を記録する。二人は先程決めた通りの姿勢となり少し待った。
「はい」
もういいですよと店主が言うと二人は大きく息を吐いた。慣れないことに緊張していたのだ。
記録された絵が完成するのに少し時間がかかるとの事で、二人は外で時間をつぶすことにした。ファシルがお金を払おうとすると店主が
「結構ですよ」
と言った。ファシルが訳を訊くと、店主は屋敷の主の知り合いらしく、大会の事を知っていたのだ。それで融通してくれるという事であった。ファシルは主の厚意に甘えた。
店を出る時のこと
「いってらっしゃい」
と店主に送り出された。くつろぎを演出する一つの計らいであった。
ファシル達は最後の目的地に来ていた。
それは、ネーベンの街を見渡せる大きな塔であった。この塔の展望台からの景色は綺麗で、その綺麗さは世界三大と称されるほどであった。
二人は今日の事を振り返るようにいろいろと談笑した。そしてひとしきり話すと
「どう」
楽しめたかなと訊いた。
「楽しかった」
ありがとうと返事が返ってきた。その返事を聞いてよかったと安堵する一方、そう返した本人は少し悲しそうに見えた。
「また」
どこか一緒に行こうと約束を取り付けるファシル。
「うん」
と何かを振り払うようにレイリアは返事をした。
二人は絵が出来上がるまでの時間、景色を堪能した。その中には遠くに大きな山が見えていた。
「おかえり」
二人は絵の店に戻っていた。出来上がった絵を見て二人は思わず吹き出した。それはファシルの表情があまりにも緊張していたからであった。二人はひとしきり笑うと満足したのかどちらからともなく
「行こうか」
といって、絵を受け取ってから屋敷へと帰っていった
二人はこの日、ネーベンの街をめいっぱい楽しんだ。




