第三十二話
ファシルは突如として現れた闖入者に今にも切り掛かりそうな程に怒りを露わにしていた。剣を持つ手は力が入って小刻みに揺れていた。しかし、すぐに切り掛かる事は出来ずにいた。
着地の衝撃で発生した煙が薄れて姿をハッキリと確認できる。ファシルが動かなかったのは正解であった。
二人の視線の先にいるその闖入者は、腕を組み仁王立ちしていた。その姿は屈強な肉体により凄まじい威圧感を放ち、大きな壁に見えた。さらに、その者を大きく見せているのは威圧感だけではなかった。その者の背にある白く大きな四つの羽であった。ファシルはこの四つの羽を持つ者を感じ取り、すぐには手を出せないでいた。
澄ました顔で二人を見据えていた羽付きは煙が薄れるのを待ってか、お互いが視認出来るようになってから動きを見せた。
「さてさて」
どちらであったかなと言ってファシル達を見定めた。とぼけて二人を見て、そして羽付きはファシルを見た。
「そうだそうだ」
お主であったなと言った。
「お主にはここで死んでもらう」
羽付きはとぼけた素振りを見せていたが言葉は正確に告げた。
そう言って羽付きは腰を据えて、両手の拳に力を込める。すると、羽付きの拳に光が集まってくる。その拳は集まった光によってより大きな拳となった。この時、羽付きはファシルだけを目で捉えていた。ファシルは自分に向けられたその視線で凄まじい緊張を感じ取り、剣を構えた。羽付きとファシルが睨み合い、今にも動き出すその刹那、羽付きとファシルどちらでもなく、先に色音が動いた。突如として割って入った羽付きに色音も腹を立てていたのだ。色音は一気に間合いを詰める。その速さは瞬き程の速さで、その間合いを詰める様は一つの線に見えた。その物凄い速さの直線はその勢いのまま羽付きに切りかかった。
色音はむやみに切りかかったわけではなかった。色音の使う剣術の流派はひたすらに待ちに徹したものであった。如何なる攻め手であっても、その攻め手の後を突く、そういった流派であった。なので相手の初手は確実にいなす。そしてその攻め手の後、すなわち隙を確実につき相手を始末する。この一連の流れから体得者は少ない。ましてや、奥義まで会得した者は数えるほどしかいない。しかし、色音はいわば免許皆伝。今、この世界においてこの流派は色音が一番の使い手である。その待ちの流派の色音が、状況がそうさせたのもあったが、攻めに打って出たのだ。異様な様であったがファシルが知るところになかった。
色音の流派にも先手の技があった。それは色音の使う流派ではご法度であり、後出し必殺の剣の使い手は、先手の危うさを熟知しているが故、使われることは極稀である。それだけ、覚悟の攻め手、奥義であると言えた。
その奥義は、持てる力を一振りに集約させたもので、絶対に先手を取る一撃必殺の奥義であった。故に二の手は無く、決まりきらなければ死を意味した。
それにもかかわらず先手を取るという事は、色音は後のことを考えず、命を懸けて技を使ったのであった。色音はそれだけ羽付きの強さを理解していた。
色音の奥義は羽付きに触れて大きな衝撃波を生んだ。辺りはその衝撃波の風圧で押される。ファシルは衝撃波が去った後、衝撃波の中心を見た。煙が薄れていく。すると、刀が落ちる音が聞こえた。色音は羽付きに喉輪を掴まれて宙に浮いていた。
「やれやれ」
お主に用はないのだがと言って羽付きは色音を掴んだまま地面に叩きつけた。そして色音に両の拳の連打を見舞った。地響きと同時に抉れて掘れていく地面。そして色音の首を両手で絞めていく。一刻の猶予もなかった。
首が絞められ軋む音が響き、首が折れる寸前、羽付きの両腕が飛んだ。羽付きは腕を飛ばされた勢いで後ろに後退した。羽付きは咄嗟の事に理解が及ばず、色音を叩きつけた場所を見た。しかしそこにはえぐれた地面だけがあった。
≪シルビート≫
羽付きはその声の方を向いた。そこには色音を抱えたファシルの姿があった。羽付きは少し驚いた。それは色音の姿であった。先ほど瀕死まで追い込んだはずの色音の体に傷一つ無かったからであった。
「はてはて」
どうやったのだと羽付きはファシルに興味を示しつつ、切られた両腕を瞬時に回復させて元通りにした。ファシルは、羽付きに投げかけられた疑問を無視しつつ言葉を告げた。
≪ウレーオ≫
すると、色音は一本の大きな槍へと姿を変えた。そしてその槍を持ち、ファシルは羽付きに向き直る。そしてその槍を思い切り投げた。羽付きは咄嗟に身構えたがその槍は飛んでこなかった。槍は遥か上空に飛んでいった。
「これこれ」
何処に投げておるのだ下手くそと羽付きがしゃべり出した瞬間、羽付きの視線は地面へと向かった。羽付きは両足が綺麗に切られて、こかされた。
「これはこれは」
冗談じゃすまんのうと言って羽付きは腕の力だけで跳び上がり、足をすぐさま元通りにした。そして羽付きはファシルを伺う。その目は一切の余裕もなかった。鈍感な羽付きでも相手が激怒しているのがわかった。
森の外にある運営テントの前の開けた場所に突如大きな衝撃が走った。それは一本の大きな槍が降ってきたからであった。やがて槍は人の姿へと変化した。色音は元に戻った。




