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第百十九話

 死せる羽を捨ておくとファシルはその視線を上げた。

それは高く、高くと上を見据えてはその先を目指す。

今に在る自らの場所さえも低いと思える程に、その見据えた場所は高くにあるとそこには全てと一つがあった。

そして視線の先に待ち受けるそれらを思うと、この低い場所はファシルにはまだ緊張しきるにはほど遠いと言えた。

表層のファシルにとって、かつて辿り着いたはずのその場所も再度至るに掛かった時を思えば遠くに感じられたが、しかし今はそのかつて至った場所を目前に自らは立っている。遠くそして高く在るその場所──天。

表層のファシルは「天」を見つめると、全ての死とたった一つの生へと思いを馳せたのであった。


 待ち受けるそれらは極めて避けようのない死を強引に渡すものであり、それは現に今の状況が表しており、表層のファシルがたった一つの生を逃したことから明白に分かり得る事であった。

「天」へと至ったその時、高みへと昇り詰めた思いはそのままに自身の力を最高潮へと押し上げた。

迫りくる全てを押し退ける程に至った自らの力をもって勝ちを確信すると、これ程に高揚する自らを感じ取れたことはないと言えて、押し切る様に何の疑いも浮かべる事は無く、そこにそのような余地はなかった。

しかしながら自然な成り行きとして、至りきった自力に伴ってはその確信は自らを油断させたが、この時のそれはそうではなかった。

襲来するそれらを押し退けた矢先にて、待ち構えていたはずの自らがそれを感じ取れずに居た事だけを覚えている。

如何な姿かすら捉える事が叶わないままに散りゆく自らに慢心はなかったと言い切る事が出来たが、結果が全てをもたらすならばそうではなかったのであろうと納得した。

そうするしかなかったという方が正しい。

表層のファシルは以前に「天」へと至っている。

幾重にも重なる死を掻い潜ったその先で、たった一つの生を捉えていたはずの表層のファシルは伸ばした手の先のそれを掴み損ねた。

指先が微かに触れたような感触だけが心のうちに大きく巣食って、あと少しだけでもその先へと手が届いていたらと幾度も反芻された。

しかし今、その「天」を目前に自らを置くと見つめる視線に込めた思いが強く輝いていた。

そうしてひとしきりに思いを噛み締めたファシル。

ファシルはやがては視線を立つ瀬に沿って水平にすると意気込むように目を閉じさせた。

≪フィリオース≫

ファシルはその背に黒い翼を携える。すると、その地を強く蹴ったのであった。


 ファシルは自らの体が浮き上がった瞬間に全てが失われていく過程をはっきりと感じ取った。

それは瞬きに満たないほど短く、その短い時の流れを読み間違えなかった事だけは表層のファシルであったからに他ならず、失われるそれらよりもわずかにだけ先を行くと辛うじて言葉が紡がれた。

≪アンムローガ≫

これは、ファシルが自身の全てを奪われる感触から辛うじて逃れた瞬間であった。


 アトアイシスが紡いだ最後の言葉はかつての仲間との約束であるともいえた。

元よりカルネイン達は「天」を目指すファシルを抑えきれないであろうと考えてはこの力を使うに至っていたのだ。

しかしこの力は、アトアイシスを含めたかつて存在したカルネインの羽付きにのみ許された力であって、この力は行使出来る者が限られており、さらにそこには犠牲が伴うものでそれは行使者を含めて五つの魂を要した。

まず、行使する者の魂が最もその力の根幹を務めるために負担が大きく、その者は「天」の寵愛を必ず受けていなければならない。

そしてそれに付き従う四者はその行使者に絶対の信頼をもっていなければならなかった。

これらを満たして漸く力の行使に至れるが、そこからその対象を捉えられるかは別の話であって、アトアイシスの行使した力は手段に過ぎなかった。

アトアイシスの亡骸から伸びる無数の白い手。これらは一つ一つが封印を促すものであった。そしてどれも一度触れてしまえばその封印から抜け出すのは容易ではなかった。

しかし事ここにおいては、これらの白い手がもたらす封印は表層のファシルにとって別段に効力の強いものではない。むしろそれらは数に限りがあるならば微弱なものであると言えて、それらから逃れる事は表層のファシルには容易いと言えた。

だがしかし、それらの白い手も数多の封印となっては幾重にも重なり続けるという事と、そこに加えて命の形と魂の在り処の完全な把握が完了していたために表層のファシルをもってしても無傷に終えることは叶わず、それどころか時間を稼ぐことがやっとであった。

 命の形と魂の在り処の完全な把握は以前に「天」へと至る過程ですでに完了していて、今となっては物理的な位置関係に意味がない事を表しており、たとえそれが別の世界線であろうとも何処に居ようとも逃れられないものとなっていた。すなわち、力の発現のみが起動していないために表層のファシルは見逃されていたのだ。

それ故に、以前に「天」へと至る事すら叶わない可能性が存在した。そしてこれら白い手は時の理すらも超越した。


 ファシルがアトアイシスを超えたその時、その白い大きな羽が粒子になっては「天」に帰る瞬間をファシルは見ていなかった。

当たり前に起きる事象に対して気にも留めない感覚が先行しては、ファシルはアトアイシスの亡骸がそこに在り続けていた事を失念していた。

それは仕方のない事であり、アトアイシスが作り出したこの場所の構造が消失していく様に気を取られてしまうのは必然と言えて、更にはその失われる構造に自らの感覚が縛り付けられていてはその視線も強制的に誘導されていたに違いなかった。

死をもって止まってしまったものを見届けるよりも刻一刻と変化するその場の現状に目が行くのは誰彼問わず然りであり、ましてやその死せるものを見届けるほどに表層のファシルは優しくはなく、更には本当の思惑がこの場よりも遥か上に在るとなれば仕方ない事と言えた。

しかし、表層のファシルともなれば見落とす事もないと思える程に当たり前の機微。

その機微を見落とした事から、再度行われたカルネイン共々との仕合を思えば、それだけファシルは思いのほかに疲弊を余儀なくされていたのかもしれなかった。

自身の感覚が失われた今において、自ら創り出した黒い空間に身を置いた表層のファシルは只々自身に呆れるとそこにて稼いだ刹那の時をもって深層のファシルと対峙した。

外界の如何にも左右されず穏やかに眠るその姿に乾いた笑いが漏れ出した。

深く眠るその顔は無垢にも思えて、健気さがいまだに滲んでままならない。

自らを包んだ黒い空間において上下も何も無いものの、表層のファシルは「天」を仰ぐ。

かつて至ったその場所も圧倒的な力をもって突き進むと、その後継者の力は「天」を覆う程にその真価を発揮した。しかし、見えず捉える事の叶わないそれをもって絶命を余儀なくされたその過去は表層のファシルにとって心残りに成り得た。

そして再びその心残りを目前にして「天」を仰いだ表層のファシルに伺えるのは、渇望のそれであった──はずであった。

意識のみが漂う黒い空間にて、表層のファシルはこれまでの原動力としたその渇望を何時しか目に蓄えてはいなかった。それどころかその目に宿るものは伺えずにあると、いつの間にか湧いた潔さのみを携えていた。

かつて至った「天」に居るそれらに思いを馳せていた表層のファシル。しかし、その意識はもう何処にもないと言えて、そこかしこに伺えた体の力みは鳴りを潜めている。

それは、以前と違うアトアイシスの動きを予見できなかった自らに呆れての事ではなく、表層のファシルにとって自らの役目のようなものを悟ったからに他ならなかった。

心残りを諦めさせるほどにその心の中心に侵食した、ここまでだという「確信」。

自らの「心」を捨て置いて「考え」をひたすらに先行させ続けた表層のファシルにとって、そういった「考えよりも心が先行して納得する」に至るなどあり得ないと捉えていた。

過去が伝えるこの先に待つそれらが、深層のファシルにとって耐えがたく過酷である事は変えようのない事実であり、アトアイシスの引き起こした現状にある初見の事態ぐらいで挫けるほどに甘くはない。

にもかかわらず、表層のファシルは納得を見出したのであった。

やがては黒い空間に白い手が差し込む。

時間の概念を超えて差し迫るそれは、黒い空間における特有の違った時の流れを無視して追い立てる。すると表層と深層が対面するその時を邪魔するように近付く白い手によって、やがては引きはがされていくような感覚が二つの意識にもたらされた。

それによって自らが自らを失うように個の認識が出来なくなる感覚が意識の中へと流れ込む。するとその次の瞬間の事。刻一刻と迫る選択の時として表層のファシルは呑み込まれる直前、言葉を紡いだのであった。


 幸運がもたらされるその時、何処かで不幸が降り注ぐ。

それらは定量的なものではないにもかかわらず、律儀にその摂理を守るように表裏一体の関係であろうとするものであった。

それら幸と不幸は「どちらかが多すぎたり、どちらかが少なすぎてはいけない」と互いが互いの役目を全うせんと頑なに在り続けていて、この世界に限らず数多の時にその愚直さは示され続けていた。

 そしてその頑な摂理は今も尚、自らに課せられた役目を全うするためにその均衡を守るにひた走ると、避けては通れない事柄が只々役目を全うする瞬間はここにも表された。

融通の利かない有様がファシルの前に並び立つ。

すると、幸運も不幸も目の前に並ぶ最中にて双極の視線が自らに集中すると、この時ばかりに表層のファシルは何時しか己が手に握られた選択肢を自覚していた。

その選択肢とはこれだけの窮地に追い込まれていても、逃れる事の叶わないと思われたその白い手から唯一逃れる事の出来る方法であった。そしてそれは現状のファシルのみに許された手段であり、それは表層のファシルが事前に用意できた選択肢であるとも言えたが、しかしながらそれを意図して用意したわけではなかった。


 現状のファシルには二つの意識が混在する。それは表層と深層。

本来ならこれら二つが一同に会する事は絶対にありえず、そして意識の混在を意図して出来た表層のそれも今に迫る危機を予見してでは勿論に無かった。

そして先に告げた逃れる事の出来る唯一の方法とは、幸運と不幸が並び目の前に在るならばそれに応えるようにその意識を分けて並べるだけであった。それは表層と深層を分け隔てる事であった。

幸運の前に立つ者は、そのままに幸運を受け取る。

しかし。

不幸の前に立つ者は、その不幸に呑まれてしまう。

これは単純に運が尽きるといった生半可なものではなく不幸とは直接に死を意味した。

不幸の前に立つ者は、死ぬ。

恐ろしく当然に在る事柄もこれ程にあっさりと起きてしまうなら後悔の念すら間に合わない。

選択の余地を有して尚且つその選択権は表層に一任されている今において、自らの意識が正常に判断するなら不幸を選ぶ者は居ないだろう。

それは表層のそれもまた同じであり、ましてやこの先に待つそれらと対面する事を強く望むのならば当然と言えた。しかし表層のそれも深層を只の身代わりとは思っておらず、そこには先の思惑が介在していた。

ここでどちらかを失うわけにはいかない。

おおよそ個の存在が頭に浮かべる考えとは思えないそれも、現状はまかり通る。

この時、表層のそれが助かるには深層で眠るそれを不幸の前へと並べるだけであった。

眠り続ける深層は何の抵抗もみせないだろう。

だがしかし、この選択肢を選ぶことは簡単に出来てしまえて、その選択を邪魔する者はいなかった。

唯一の方法を片方のみが自由に行使できる今、どちらかが倒れる事でもう片方はこの先も永らえると在っては猶予の少ないその時に迫られると決定が下された。

この先に待つ過酷な現実は以前に通った道であるが故、表層のファシルはその厳しさを嫌という程に知っている。

「表層」の意識は「深層」の意識を前にその顔を覗くと、そこには穏やかにそして静かに眠る一つの存在があった。

「……フン」

追い詰められた状況下にもかかわらず、その寝顔は全くに穏やかそのものであった。

猶予の少ない今となってもその表情は微動だにしないとあって、表層のファシルは思わず鼻を鳴らしては可笑しさにその感情を表出させたのであった。

外の喧騒を知り得ぬ者の顔は何と穏やかなものか、と。

馬鹿馬鹿しさすら込み上げるその無垢な寝顔を見てはその頬を優しくなでる。すると、表層のファシルは決めかけていた「考え」を「思い」へと変えたのであった。

それは確かな変化があるものの、いずれもその行く末は同じであった。

≪ヴァイルーガ≫

力の発現が、自らにかかる幾重もの白い重なりを解いた。

それはある一か所のみに集中させられては只々強く輝いて、その輝きは小さくはあるもののとてつもない濃度の強さを秘めていた。

そうして、迫る無数の白い手によってきつく縛られた表層のファシルは積層した白い手の内からその輝きのみを外へと押し出した。

紡がれた言葉は一つの命を犠牲にして一つの命を紡ぐ。

その言葉に込められたものは輝きに比例する程に強い力であると同時に、強い思いとも潔い諦めとも取れた。

今より先に起きる全ての事柄を任せるように表層のファシルは輝きを見送ると自然に言葉を綴った。

「今回は」と口を衝いたその言葉はその先に優しさを滲ませる。

「お前のなんだからよ」

紡がれた命とともに添えられたその一言は、表層のファシルが自らに不幸の前へと立った証であった。


 如何な存在と言えど本来なら独立した意識を二つ持ち合わせる事など在りはしない。

ましてやその二つがそれぞれに別々の記憶を有しており、一つの個でありながらも別の個体であるかのように在る事などあり得なかった。

世界に存在するありとあらゆる一個体ごとに二つの意識は介在出来ない。

それは必然であって、そのように在る存在は例外なく片方の意識に侵食されて一つの個体へと落ち着くからであった。

しかし、その例外として在り得た者──ファシル。

ファシルの中に存在する二つの意識はそれらの恒常的な世界の在り方を捻じ曲げる事が出来る存在であった。

それは主に表層のファシルがそう仕組んだと言っても過言ではない。

意識とは、一つの個に対して一つ備わっていて、その者を何とするかの存在を認識するための仕組みである。しかし、その意識も極稀に一つの個に対して二つ備わる事があった。それはとても珍しい事ではあるが、全くに無い事柄ではない。

しかしそのような個体は自然とその二つ意識をお互いに侵食させては一つへと帰結させた。

このように大抵の存在は単一の意識しか持ち合わせていない。しかし、極稀な存在の極稀な例外がファシルである。

単一の個体に二つの意識。

この稀有な存在はいかにして成り立つのか。それは意識の侵食時に答えが見られた。

一つの意識へと帰結するその時、相互に起きる現象としては多種多様な様相が秘められている。それはこのようなものであった。

単純な優劣の差による片方の消失。

相性による片方の消失。

侵食の過程で混ざり合って一つへとなり、二つそれぞれの意識の消失。

大きく区別した場合の過程はこの三つであった。

しかし、この他にも数多の過程を経て個に備わる意識は必ず一つへと成るにもかかわらず、それらの過程を経ても一つにならずに在ったのは表層のファシルが成し得る芸当に他ならなかった。


 表層のファシルは後継者の力を最も上手く使う事が出来た。

それは深層のファシルを侵食から守りつつも個の中で二つの意識を共存させるという芸当へとつながる程に、その適性は繊細なところから絶大なところまで至る程であった。

表層のファシルが成し得た功績はどれ程のものであったかは、意識確立の困難さを知り得るならばその凄まじさを理解できる。

 意識とは脆く儚いもので、少しの影響がその者のあらゆる性格を変化させてしまう。

しかし、一度確立してしまえばそれは殆どの影響下でそこに変化は見られず少しの綻びも見られない。すなわち、確立するその時まで如何なる条件においても一つの意識を維持できたならその意識は絶対に確立されるという事であった。

しかし、その意識確立の条件はかくも険しいものであって、その条件とは先の事柄からも知る事が出来る通りであった。

ありとあらゆる条件は多岐にわたる。

しかしながら、それらの条件をもってしても表層のファシルは深層のファシルを個として認めつつもその存在を消してしまわないようにと守り続けたのであった。

それはひとえに自らの望みを叶える鍵になると踏んだからに他ならなかったからが、しかしながらその見極めも少し見誤れば自らが呑み込まれかねないものであった。

自らが呑まれたならそれは勿論に意識の消失に違わず、そうなってしまったなら繰り返される転生に意味がなかった。

繰り返されるそれらは幾度も続くものの、一つとして同じ存在には戻れなった。

もし万が一にも同じ存在と言える程の意識が巡り巡って発現したとしても、それは絶対的な同一とは違うためにその微かな違いが多大な影響をもたらすのは明白であった。そしてその限りなく同一に近しい意識も、一度その時を逃したならいずれは辿り着くかもしれない永遠の遥か先の自分を待つ事となった。それは端的に言えば不可能と相違ない。

それだけは絶対に避けなければならない。しかし、それを成し得るにはいくつもの障害を突破しなければならない。そしてそれらを超えた先に漸く自らの意識と次の意識の対峙が執り行われる。

意識の対峙が行われる場所。そこでは意識同士のぶつかり合いが生じて個の意識の確立が待ち受ける。

それらは先に述べられた次第以外にもいくつもの事象などが存在していて、表層のファシルが成した事柄を挙げればそれはきりがない程に多く示されたが、その条件次第にて最も顕著な功績はこれらであったに違いない。

自動的に起きるぶつからい合いから発生する個の消滅をさせないための、お互いの意識の尊重。

自然環境下の消滅からの護衛。

そして、意識が確立されるまでの時間経過の耐久戦。

これらを含めたありとあらゆる条件の突破が出来た時、それらを成し得た時に初めて一つの個の中に二つの意識が介在できる。

これらは多岐にわたる条件の中でもとりわけ困難を極める例でありその中でも最もと言える条件は「意識確立までの耐久戦」であった。

これは単に時間の経過で終わりを告げるわけではない。

時間的な経過をもって意識が確立するその時に、二つならばその二つが均衡を保てていなければならなかった。

片方が優位に在るならそのままに優位な意識しか残らず、それらの優劣を決定付けるのはありとあらゆる条件であった。その条件を例えるなら、片方の物理的な堅牢さに並び立てるだけの何かがもう片方に備わっていなければならないといったもので、片方の持つ力量に見合った何かをもう片方は備えていなければならなかった。

単純なようでそうでないこの条件も、意識確立には重大なものとして在った。

しかし、この条件は絶対的に対照的なものでなくてもよかった。

力に対して力的何かではなくとも、そこに知的要素が備わっていればいいのだ。

互いの意識を成しているあらゆる条件の絶対的総量が全くに同じであるならば、互いの意識は必ずそこに残る。表層のファシルが成し得たのはそういう事であった。

 表層のファシルが成したことはその意識であるからこそ出来た事であり、その意識が後継者の力を最も上手く使う事が出来るという事、それはすなわち「後継者として認められている」という事であった。

しかし、それ程に力を秘めた表層に並んだ深層。

表層のファシルが均衡を保つ事が出来るのもその後継者に最も近いからではあるものの、ただそれを保つだけでは話にならなかった。

 自らの力を新たな意識に添わせるにしても、新たな意識が後継者に認められた意識の考える一定の強さに達していなければ、新たな意識が元よりそれだけの強さを秘めていなければそこに合わせても意味がなかった。

 結果として深層のそれも総力的に言えば表層のファシルに並び立つだけのそれを持っているからに他ならなかったが、そうして確立するに至った「表層」が同等に在ると認めた「深層」と共に「天」に至ると駆け抜けた今回の世界も、それをみすみす逃す形を選んでしまったのは、その最も後継者に近い表層によるものであった。

 生と死に執着しては極まった困難の数々を幾度と越えてきたにも拘らず、表層のファシルは自らを切り捨てると再びの「天」を諦めた。

そこには渋々といった感情はなく、なんなら諦めからくる清々しさが伺えては最早必死さといった様相は見られない。それどころか固い決意に結ばれた事により毅然として紡がれると、その口調のまま表層のファシルは自らの背中を叩いてはその背を送り出した。

なぜに表層のファシルはその選択肢を選んだのか。

それはもしかすると、定められた運命に勘付いたからだったのかもしれず、或いはアトアイシスを憐れんでの事であったのかもしれなかったが、しかしながらそれらの意図など些細な事であった。

それらはこれから先の未来に必要のないものであった。

先の未来に必要のないものの全てをここに置いていくと、最後の瞬間に自らの意思を捨て置いた表層のファシル。

後継者に最も近付きながらも後継者としての才能も技能も一番に有していたファシルはこの時をもって消えては輝きを失っていく。張り付けられたように白い手によって固定された「表層」は閉じていく要塞の大扉から外へと出ることが叶わなかった。

そして要塞の外へと見送られるように出たのは「深層」のみ。

「深層」の側から見れば、要塞の大扉が閉じていくとそれはまるで来る者を拒むそれとは違って一度踏み入った者を外へは逃がさない監獄を思わせた。


 そうして監獄の大門が閉じられると、かろうじて保たれた幸と不幸の均衡によってその存在を許された者のみが独り残る形となった。

それは元より授かった今回の世界に迎えられて新たな意識としてここに返ると、レイリアを助けるために戦う深層のファシルが呼び戻されたのであった。

しかし、未だその意識は眠り続けている。

辛うじて救われた強い輝きは今も尚その光度を保ちながらも静かにそこに在った。

すると、「天」に向かう柱へとその輝きが動きを見せる。眠り続けるファシルの体が浮いて何時しか携えた背中の黒い翼によってそのまま飛び立った。

深層も表層に並ぶだけの強さを秘めている。

並び立っていた二つの内の一つが消えると黒い翼は「天」へとその身を運んだ。

ファシルはやがて「天」へと辿り着くのであった。


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