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第百十七話

 足掻く姿は忙しなくとも、それを見る闖入者の感情が振れる事はなかった。

今となっては自らの手の上で踊るタークスライトに対して興味も何もないように、闖入者はそれを視界に置きながらも歩みを進めた。それはまるでそこには何も無いように関心を失せさせており、目の前で突っ立ているようにすら見えるタークスライトは闖入者の興を湧かす事が叶わなくなっていた。

すると、ゆっくりとした時の中で視界と共に周囲を遮るように眩い光が闖入者の元へと集う。

それは先程のものとは違い一つの意思によるもので、タークスライトは闖入者の間合いに飛び込む前に光の軍勢を再び解き放っていたのであった。

タークスライトが放つそれら光の軍勢は闖入者の力を無視すると膨張を超えて差し迫る勢いを見せては無視を決め込むことへと怒りすら伺える程の怒涛を表していた。

その思いは極めて強く発現しており、本来なら標的を死へと追いやるまで止まる事のない光の軍勢がそれを解き放ったタークスライトの強い思いに押されては本領を超えて速く駆けていた。

時間と空間の膨れ上がるそれを乗り越えて迫るそれらに対して、真っ向からぶつけられる健気さが闖入者はいい加減に煩わしく思うと、それを許容する事が出来ないほどに苛立ちを覚え始めていた。

処理が甘い事で増殖する雑草が刈っても刈っても生えてくるかのように、それらは思いという曖昧であっても強い原動力に由来しては理を無視するように際限がない。

執拗に付き纏う感触は時間と共にその存在感を増していくと、そうであるならばその思いを断ち切る他ないと闖入者は判断を下した。

循環の輪を断ち切るように闖入者は根絶やしにするために口を紡ぐ。

≪セテリア≫

次の瞬間、時が消えた事でタークスライトが再びの停止をそこに見せるとそれと共に光の軍勢もまたそこに止まる事となったのであった。

闖入者が導いたその言葉。

それは本来、思いといった曖昧なものには作用しないものではあったがそれを受けたタークスライトに引き摺られると光の軍勢もまた停止を余儀なくされたのであった。

一度解き放たれた光の軍勢が自由に動き回れるとしても、それを放ったタークスライトがそうでないために紡がれた言葉はタークスライトに及んだ事を表していて、タークスライトの時が無くなる事でそれに関連して光の軍勢も時間を失う事となると止まるしかなかった。

夜空に輝く星々が視線の高さにあるような光景が標的の周りに在ると、その渦中の闖入者は振り向き直っては置き去りにしたタークスライトを視界の中心へと捉えた。

光の軍勢を指揮するようにその槍は今も尚輝きを忘れてはいない。そして、強い輝きが在る限り光の軍勢が失われる事はない。

ならば、その輝きが黒に染まればどうなるだろうか。

≪アーロ≫

闖入者は突っ立ているタークスライトの手に握られた槍に自らの手を近づけると、その勇ましい出で立ちに添う高貴なそれを指でなぞった。

指先に伝わるごつごつとした感触はその柄に携えられた細かな意匠に他ならず、その柄に施された意匠は細かなまでも美しく見てとれた。

闖入者はその意匠の感触を指先で確かめるようにじっくりと下から上えと短くなぞると

その動きはゆっくりとしかし確かなそれを指先に感じて、進める指に理解を進めた。

そして名残惜しそうにゆっくりと指を延いてはその手を離すと闖入者はニヤリとした。

すると闖入者の手が離れた途端にタークスライトの槍は闖入者のそれと同じく黒へと染まっていき、やがてその槍は禍々しくもそこに黒一色の怒張を現した。

脈動するそれは黒を景色に滲ませる。

それは光の軍勢をも呑み込んで夜空に闇を忍ばせた瞬間であった。

≪ポテネイ≫

闖入者はさらに力を及ぼすと、槍に相応しい色へとその持ち主を彩った。

目の前の、失った時の中に立ち尽くすタークスライトの胸に手を置いた闖入者。

時が刻まれない事で何も感じられないそのタークスライトの身体は、闖入者が少しの力をもって圧すと闖入者の手を身体に沈ませるように受け入れた。

手首より先がタークスライトの胸部に沈み、まるでぬかるみ嵌るようにゆっくりとした感触で胸に沈み込んでいく。

そして闖入者は沈んだ手の先でタークスライトの魂に触れてはそこに闖入者の意を上書くように施した。

たちまちにタークスライトの身体を黒いそれらが広がっていく。

すると、羽付きの白が黒とのせめぎ合いによって相殺されては散らされる様が見て取れた。

タークスライトの身体は見る見るうちにぼろぼろと崩れていく。

それは、その身体が長くはもたない事を表していると思えた。

そうして闖入者の意に染まったタークスライトの身体から手が引き抜かれるとやがて時が返されて、タークスライトの身体はアトアイシスの意に反して駆けて行きその行方は迷いのないものであった。

一点に集中する様子がそこに在り、それはソルトゥエルを屠るためのものであった。


 タークスライトの魂に黒が侵食したその瞬間、アトアイシスは共有によってその感触を理解すると、タークスライトのその身体に起きている事態を理解してはその身が後のない状況である事も理解しては口を紡ぐしかなかった。

……ヤフト。

今となっては伸ばした手を握り返してくれる事は無いだろうと、その事に痛む心すらも摺り減らしたアトアイシスは言葉を紡ぐ。

するとその直後、燃え盛る黒が槍の形のままにソルトゥエルを貫く感触にアトアイシスは自らの神経すらも摺り減らしていく感覚に苛まれた。

圧倒的な力を前にソルトゥエルは止まった姿のままに、瞬く間にその身体が黒に蝕まれていく様子をそこに晒す。

共有下である事で伺えないその表情を想像するとアトアイシスは胃を握られるような鈍痛と嫌悪感に挟まれた。

アトアイシスは吐きこそすれ、逃げ場のない閉塞感に理解が及ばない。

世界の支配を行う者が負の感情を渦巻かせてはそこかしこに撒き散らそうとも、しかしながらその凄惨な状況を差し向けた者は次へとその意を告げる。

≪スウェル≫

黒くなるソルトゥエルに興味を失った闖入者は興が乗る事柄へとその意を注いだ。

自身の支配領域下にその言葉は範囲を限らない。

呼び出されるようにゾルイアスが姿を現すと、ゾルイアスを自らの前に置いた闖入者はそのままにゾルイアスの拳に触れて黒く上書きした。

黒く燃え盛るそれがゾルイアスの拳に乗るとその黒はゾルイアスを深い底へと引き込んだ。そして闖入者は更なる次第に及ぶ。

≪ピジョーア≫

合図を出す位の軽薄さで力を行使する闖入者。

するとその合図をもって、タークスライトとゾルイアスは互いに構えては争い始めた。

僅少な尖鋭から繰り出されるそれも、広域に及ぶ壮烈さもその身に触れる互いのそれは勿論にその身を惨たらしく散らす。

成す術のない眼前の光景に対して、やがてはその身を支えるほどの力すらも失せさせると自然とその場にしゃがみ込むアトアイシス。

その視線の先で行われる殺し合いはアトアイシスにとって見るに堪えないものであった。

凄惨な現場に感情は置いてけぼりを食らっては、そこに意思など微塵もない事が理解を遠ざける。

するとアトアイシスの周りに眩い光が瞬時に集っては形を成して、それらが導くようにアトアイシスに剣を握らせる。

失われつつある気力を取り戻させるそれら。

アトアイシスは失意を拾ってはかき集めると、奮い立たせた身体を突き動かして闖入者を目がけその剣を振るった。

負の感情を断ち切るために振るわれる剣に迷いのない思いが一閃する。

しかしぶつかり合う黒いそれらに見とれる闖入者と言えど、そのような明確な殺意を見逃すはずもなく、視線こそ向けずに只々言葉を紡いではそれを征した。

≪バーノティス≫

するとアトアイシスの身体は力なくうなだれるようにその勢いを失わせていく。

たちまちに引き起こされる心身の乖離にアトアイシスは悔しさ叫びに変えたが、自らの身体が言う事をきかない事が思いのほかにその感情を増幅させても無駄に終えた。

そしてさらに闖入者は黒い球に命令を与えては、それによってアトアイシスの身体を拘束するとまざまざと両者の散り際を見せつけさせたのであった。

来賓をもてなすように特等席を用意してその光景を見せつける闖入者。

せめぎ合う尖鋭と壮烈は、本来ならば相手取る事のないそれへと互いの力を誇示し続ける。

その光景は、ぶつかる度に散りゆくその片鱗を見つめる者に如何様な感情をもたらすのか。

興を刺激するままに仕向けた者は笑い、思いを断ち切られた者は悲しみに暮れる。

見るに高揚し、見るに堪えない。

見るものの感情を揺さぶるそれらの仕合は続くものの、しかしながら二者が見届けるその結末を知り得るには然したる時間を必要としなかった。

在る時を境に静まり返ると、それは至りて終わりを告げていた。

とてつもない質量を伴った大きな拳がタークスライトの眼前を覆ってその鼻先で止まっていて微動だにしない。

それは少しの風さえあればその先に届くやもしれぬ程に短い距離も決して届きはしない。

黒い拳が今しがた空気を震わせていたように、その切っ先もまた黒く確かにそこを貫いていた。

腰を据えて放たれた拳は少しの迷いも見受けられない。しかし、その迷いのない轟きは同じく迷いのない鋭さを前に沈黙した。

やがて所在無げに大きな拳が下ろされると、その大きな拳を支えた巨体が黒に蝕まれていった。

黒く燃え盛る尖鋭はかつての仲間を貫くと、事切れたその在り様を確認しては一息に引き抜かれた。

そこには尖鋭の鋭さを物語るかのような撫でるように滑る音が静かにこだまするのであった。そして想定の外に居たはずのかつての仲間の最後を視界に置くと、黒に呑まれて消える最後の時までそこを動く事はなかった。


 仕合を終えて、その槍を携えたその者は闖入者の傍に並び立った。

仕向けたその者に従事するように、それは元よりそこが定位置であったかのように自然とした態度をそこに醸し出していた。

身動きが取れず拘束されたままに見たその光景は心を深くえぐると一層の絶望をアトアイシスに覚えさせたのであった。

あらゆる負の感情がその身体から力を吸い取るように奪うとアトアイシスは自由のきく首だけを下げさせて力なくうなだれさせた。

完全な失意、戦意を喪失した姿を闖入者の前に晒すアトアイシス。

誰の目から見ても絶望に呑み込まれたその姿に闖入者の目は蔑みのそれを宿すとそれ以外のいずれの感情も湧かせず、これに至っては先が無い事を明言するようにに口を紡いだ。

──殺せ。

端的な命令は状況から察するにそれほど選択肢を持ちえない。しかし、その短く言い放った闖入者に落ち度があったとすれば、その命令が誰に対してどうするように発したのか。

これに尽きた。

無言のままに命令を遂行しようとタークスライトの身体が動きを見せる。

黒く燃え盛る槍は速度をもって軌跡を描くとそれは不自然極まりなくも黒い球を引き裂いたのであった。

うなだれるアトアイシスの身体に再びの自由が添えられる。

すると、アトアイシスの心に強い叫びがこだました。

──アトアイシス!!

共有下に置いて聞く事が叶わなかったその声がアトアイシスに力を取り戻させると、アトアイシスはまだ失われてはいない己が手の光を強く握りしめた。


 限りない空間と時間の延長が描く永遠を超えてその槍は差し迫る。

その姿は永遠を超える勢いを味方にかつてない程に輝くと、本来の光を携えてはぼろぼろと剥がれ落ちるようにうごめく黒を置き去りにしていき、その光は気高さを取り戻していった。

本来ならば超える事の出来ない永遠を超えて駆ける姿は、超越した流れによってそこに剥がれ落ちる黒を置き去りにしつつ、タークスライトはそこに在りながらも闖入者よりも強者であった事を今に示したのであった。


 機を伺ったそれは今であると告げてアトアイシスの握るそれを闖入者の喉元へと導いた。

アトアイシスの握る剣はかつてない程に闖入者へと迫ると、その喉元を掠めるに至る。

それは、うっすらと出来た裂傷から少しの血が首を伝って降りて行くとアトアイシスの剣が闖入者の体に傷を負わせた瞬間であった。

静寂の中になくもなかった緊張の連続が、より一層の緊張を一点に置いた。


 確実なその感触はアトアイシスの手を伝ってはっきりと認識させると、それは闖入者を斬ったものであったが、しかしながら後にそれ以上のものがアトアイシスの手を伝う事はなった。

≪エギュア≫

自らをおとりに策を講じたタークスライトに向かうその言葉から、アトアイシスの光はそこに辿り着かなかった事が証明されると、あまつさえ闖入者の制御を脱して起こされた現状にタークスライトの胆力は計り知れないものであったがそれが却って闖入者の怒りを買う事となった。

只々一点を見つめるその視線は静かなもので、掠めた程度にしかならず健在なそれによって言葉を紡いだその者の視線の先にて、強者はこの場を後にしたのであった。

強者の伸ばした得物の切っ先は少しも狂わずに闖入者の致命を夢見ていて、そしてそれを見るアトアイシスは自らの後悔に強く思いを受け取ると色を失って絶望に打ちひしがれていった。もしも、その首を分かつ事が出来ていたらと。


 失意に囚われたアトアイシスは闖入者のされるがままに身をやつした。

再びその身を拘束するために集う無数の黒い球のうごめきにアトアイシスは抵抗をみせない。すると、それらはアトアイシスを串刺しにせんと這いまわった。

ぞぞぞとした気色の悪い感触が当然と這いまわる。

しかし、その手をすり抜けた光は足掻くようにそれらを退けつつも闖入者へと迫った。

数こそ遠く及ばない光も黒を圧倒しては次第に闖入者へと差し迫る。

しかし結果から言えばそれらは意味なく終わった。

アトアイシスの意思がそこに無いとなればそれらに統率はなく、光は収束せずに駆けて行くばかりで無駄に散って行くだけであった。

分散された力がこの期に及んで闖入者に何をもたらすというのか。

≪パーナルク≫

闖入者の声にそれらは操られるとその方向を反対へと向けて拘束されたアトアイシスの身体を貫いては、ずたずたにした。


 今となっては身体の本来の形を残していないアトアイシスは、その歪な身体で自らを支えられずその場に横たわる。

失われた感情と仲間に連れられて、アトアイシスの心はもうそこに残ってはいないのかもしれない。自らの状態に迫る死を恐れはしないアトアイシス。

アトアイシスの魂はまだこの場にその輝きを見せていたものの、アトアイシスにとってその輝きを手放す事へと躊躇は最早無いものと思えて、それどころかそれを望んでいる様に潔くすら思えた。

だがしかし、その身体が不意に浮き上がるとそのままに姿勢は正される事となる。

残った身体の一部に突き刺さった黒いそれらがアトアイシスの身体を支えるように持ち上げて、アトアイシスの身体は闖入者の前に運ばれた。

闖入者の前に運ばれるアトアイシスの身体は虫の標本のように、しかしその形は綺麗には保たれていない。

≪ベールイ≫

光を失って虚ろなまでのそれに、触れた手が元の姿へと戻していく。

衰弱しては時間の経過とともに終わる事を良しとしない闖入者は、自らの意を優先させてアトアイシスを生に留めた。

朽ちて死ぬ事を赦しはしない。

情けほどにもぬるい感情はここに無く、闖入者の意は冷淡にも粛々と行われる。

思う所に至らないアトアイシスに闖入者の赦しは与えられない。

どうにもならない現状に至って、闖入者は自ら握る黒い揺らめきに力を込めるとその黒をより濃いものへと変えてアトアイシスを貫くためにそれを突き立てたのであった。


ここまでが以前に闖入者として表層のファシルが歩んだ軌跡であった。

そしてここよりは今に至って要塞に引きずり込まれたファシルに及ぶ。


 まるでなぞる様に繰り返されたそれらが再び結果を示した。

磔状態のアトアイシスの身体に突き立てられようと、今まさにファシルが手に握る槍は死をすぐそこまで差し向けている。

すると死んだはずの四者の姿がファシルを囲う様に現れて、アトアイシスを救うために差し迫り、そしてそれらは四方から包囲した後にそれぞれの手をファシルへと伸ばしていた。

その動きはアトアイシスを救う一心にも拘らず、どこか空しくも単調に突き動かされているようにすら伺えて、ファシルの突き立てる槍よりも先に四者の手が届くかもしれないといった有様であった。

しかし、そんな状況の最中にてファシルは自らにその手を止めた。

自身に迫る手はどれもアトアイシスを救うために、ファシルに対して容赦のそれはあり得ない。にもかかわらずファシルは手よりも口を動かしては言葉を紡いだのであった。

それは力の行使ではなく、静かな叱責と思えた。

──そのくらいにしておけ。

妄執とも妄想に囚われるアトアイシスに向けられたその言葉。

表層のファシルにとってこれ程につまらないものはないと言えた。

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