第百十五話
待ち続けた付け入るための隙に闖入者は思いを馳せたが、目の前に立ちはだかる光の軍勢を捉えてはそこに隙など在りはしなかった。
目の前に在るのは確かに隙に他ならないがそれに意味はなく、それどころか熟知しているはずの光の軍勢を前に闖入者の体は自ずと引き下がってしまい、それは死の恐怖を超えた感触に苛まれての事であった。
すぐさまに分身を消してそれから逃れるように遠ざかっていく闖入者。
闖入者のその行動は目の前の滾る光が今にも駆け出しそうな事を感じ取ると、以前に知り得たそれとは比べ物にならないとすぐに理解できたからであった。
エイリャールが死に物狂いで解き放ったそれとはまるで違う。
目の前のそれはアトアイシスとタークスライトの二者によって呼び覚まされては嫌でもそう理解させられて、本来の姿を如実に現すと光の軍勢とは元より触れる事を忌避する闖入者にとっても掠りすら許されないものであった。
それ程に、欠片ほどにも満たない因子すら逃れる事が敵わない光の砲撃はカルネインの二者が放つと、その次元は余波ですら闖入者を屠るには充分なものとなっており、目の前の光の軍勢は闖入者自身のほんの少しの因子であろうとも死へと充分に引っ張る事が出来た。
そうして重ねられたアトアイシスとタークスライトの声によって遂には解き放たれて駆け出す光の軍勢は、背中合わせの二者の高まりを元に副産物として更に増長すると如何にその身が一つの者であっても解き放たれる思いは二者のそれが乗る事によって、光の軍勢はその数を重ねるに至っていた。
それは単純なもので、倍の数の光の軍勢が闖入者へと飛来した瞬間であった。
潮流を巻き起こしてはその怒涛をもって呑み込もうとした闖入者ではあったが、満ちた潮が退くその在り様によってむしろそれは自らを死の下へと誘うものであるとは少しも考えてはおらず、完全な包囲網をもって逃げ場を無くしたとすら考えていた。
完全な逃げ場のないその位置とはアトアイシス達にとって不利な状況に他ならず、されどその時に隙を晒すのは闖入者も同じであると、またとない絶好の機会であり場所であったそれは闖入者自らもそうであってまた然りと言えた。
端から倒す事が叶わないと見ていた羽付き達の作戦はここに最終段階を見せつけると闖入者に晒した。
闖入者が勝ちを確信しておもむろに飛び込んでくるその瞬間に、力の限りが集中するとタークスライトの輝きはより一層に瞬いては刹那に変わりゆく強弱がその光源を際立たせる。
「「テンターク・ヴァース!!」」
タークスライト越しのアトアイシスの言葉は背中合わせの二人の口により二重にも、しかしながら少しも違うことなく紡がれるとすぐさま闖入者を目掛けて差し迫った。
かつてのそれとは比にならないほどの光の軍勢が闖入者を追い立てる。
それは闖入者を追い立てる最中に巻き込むあらゆるものを通過して、光の軍勢は標的に迫る際に遮蔽物をものともしない様子を晒すと、そこで呑まれていく概念はすぐさまに時を遡り無へと帰結していった。
余波ですらそれだけの力が満ち足りて辺り一帯は眩いそれらへと呑まれていくと、それを見た闖入者はエイリャールのそれと比較にならない光の軍勢を前に口を紡いだが、咄嗟のそれといってもそれは以前の経験によるもので、その起点は間髪なくすぐさま実行された。
≪キロスリペロ≫
奔るその最も先頭で姿を消す闖入者。
しかし闖入者は後継者の力によってひとまずの安寧に身を潜めると息をついたが、その安寧を手に入れたと思えた矢先の事であった。
アトアイシスとタークスライトの解き放ったそれら光の軍勢が一直線に自身へと向かってくるその様に気づくと、それは触れてもいない熱気を感じ取るように空気がひりひりとした感触を闖入者に覚えさせて、その様子から間違いようのない感触をもって闖入者はその身を再び奔らせた。
只々逃げに徹して駆ける闖入者を逃がすまいと駆ける光の軍勢。
それは勝ちを確信していない者が入念にと放つ範疇を優に超えており、ともすればそれだけで闖入者を完封できてしまうと思えた。
エイリャールを相手取った時ならばこの術で充分に処理できたものの、ディクシオンズよりも上に位置するカルネインの更に二者が重ねたそれである。闖入者の打った手は小細工にすら至らず子供の戯れにも劣る程に話にならなった。
闖入者の姿が元より変化を伴っていなかったようにそこに在る。それはアトアイシスがセクタリアスの力を使い、闖入者の姿をそこに在るようにとさせたからであった。
セクタリアスによってその身を消す力が意味を成していない現状、しかしながらその後継者の力を使うのは今に表層に現れている者であり、エイリャール相手にその力を行使した者とは違うのであって、その表立つ力の精度はその時とは違い計り知れない。
にもかかわらずそれを稚拙な術として格下げさせては無意味なものとするセクタリアスの力は闖入者の体を白日の下に晒させた。それは、差し迫る死から逃れようとしてさらに速くと奔る闖入者の姿であった。
≪クルエーレ≫
次に紡ぐそれも意味を成さないと嫌という程に理解している闖入者はそれだけ追い込まれると、この時だけは只々時間を欲した。
何かしらの術があるはず、と縋る思いが闖入者の口を滑らせる。
しかし、この場を形創るのはセクタリアスの力が全てと言える今において現実が非情を背負って追い掛けてくるとその手は闖入者の体と死を繋ぎ合せようとした。
そしてさらに、差し迫る光の軍勢の勢いをそのままにセクタリアスの力が重なって増幅すると、闖入者が光の軍勢から逃れようと加速するそれを無碍にするようにその速さを超えた時間の短縮が施されてしまい、セクタリアスは闖入者に対して差し迫る光の軍勢から逃れようと術を模索する暇を与えなかった。
本来なら後継者の力でどうにか出来たはずのそれも、対処出来ていない現実が闖入者をさらに焦らせると加速し続ける闖入者に向かって徐々に迫る軍勢は着々と距離を詰めていった。
するとそこへアトアイシスはさらに手を尽くした。
それは光の軍勢の勢いをより強固なものとするために繰り出されて、ソルトゥエルとゾルイアスの力が添えられる。
ゾルイアスが空間に振るった拳をもって無を壁として築き上げて、無理やりに闖入者の逃走経路を狭めていく。
それは無いと思って進む体を抑えては闖入者を壁に激突させ、その衝撃で脳を揺さぶった。
突然の衝撃に闖入者は思考が一瞬途切れて、前後不覚の感触で覆われる。
そしてそこに、その感触で包まれる闖入者を更に優しく包むように甘い香が闖入者の鼻腔をくすぐった。
衝撃の唐突さを緩和するように闖入者の体を弛緩させて加速を緩やかなものへと誘っていくその香。
刹那の中に置いてきた躊躇を呼び覚ますそれはやがて死を身近なものへと変貌させると闖入者はどんどんとあらゆるものを奪われていった。
アトアイシス以下五体の羽付きが織りなす力は潮流の終点を目指して加勢しては流れをより強くする。
闖入者はいずれ追いつくその波によって死を懐に抱かされるのを待つばかりとなって、そうなってしまえば死と添い遂げるしか無いと思えた。
しかし、再び力を行使して闖入者は姿を消すと愚かさを晒すばかりであったが、それはアトアイシスにある一つの手を打たせるものとなってある結末を呼んだ。
全力を尽くすアトアイシスは余力を残さず、この期には出し惜しみなどしなかった。それだけにアトアイシスはセクタリアスの力をもって世界の概念を書き換えさせると、闖入者そのものを明確に異物として決定付けては世界の外へとはじき出したのであった。
すると、必然的にその所在を全く隠す事が出来なくなった闖入者はこれにより永遠にアトアイシスから隠れる事が出来なくなった。
セクタリアスの支配下領域にてその身を隠し続けていた闖入者の小賢しいその手は、永久という限りない力に磔にされてはあぶり出されたのであった。そしてその姿は世界の何物にも馴染みはしない。
アトアイシスの視覚から完全に逃れられなくなった闖入者。
今までならばセクタリアスの支配下領域と言えど姿を消したとすれば、その居場所を完全に消すことは無くとも視界からは消える事が出来たが、闖入者によって繰り返されるそれに鬱陶しさを覚えたアトアイシスは苛立ちと事を急いたために完全な決着に傾倒してはセクタリアスの力を存分に使い闖入者を晒させたのであった。
それは完全な捕捉。
アトアイシスは闖入者を一切見失う事の無い状況を創り上げたが、しかしそれは取り返しのつかない過ちであって大きな代償を伴った。
セクタリアス越しに闖入者を見たアトアイシスはふとした瞬間に違和感を覚えた。
セクタリアス越しに闖入者と目と目が合っていて、そして闖入者はいつしかその体を奔らせてはいない。
アトアイシスは次の瞬間に自らの過ちを理解するが、それよりも先に口が動いて言葉を紡いでいた。
──ヤフト。
アトアイシスは追いついた理解をもって激痛に襲われると、セクタリアスを失っていた。
闖入者を世界の外にはじき出すまでならば、セクタリアスと闖入者の位置関係が同じ空間、すなわちそういった世界を区分する枠組みにて同じくしていたそれも、それ故に許されたように闖入者の姿は見え隠れが生じては互いの方向性の違いも世界を同じくする概念の一つとして在ったものであったが、しかしアトアイシスが行った事というのはセクタリアスと闖入者の位置関係を全くの逆位置に置いてしまうという事であり、アトアイシスにとって闖入者を明確にすることが出来たが、それと同時に闖入者からもセクタリアスが見えるようにその姿は露呈してしまっていた。
アトアイシスが把握できるように、闖入者もまたセクタリアスを把握できる。
さらに、独りだけ世界の外へとはじき出された事で闖入者はセクタリアスが支配していた世界に存在する者の数を完全に把握出来てしまった。すると「まだ見ぬカルネインの存在」にと温存していた後継者の力が存分に振るわれる。
アトアイシスは激痛の先に不敵な笑みを見ていた。
見て知り得た全てにニヤリとすると闖入者は術を惜しむはずもなかった。
加速を妨げられては弛緩した自身の体をそこに留める闖入者。
「やっと、揃ったか」
闖入者がおもむろに捨てたようなその口ぶりから「揃ったか」と言う言葉端には出揃ったという意味が多分に携えられている事が伺えた。
決定的な事象が真っ向からぶつかり合う時、その時だけは必ず優劣が生じる。
そしてこの優劣はアトアイシスらの敗北へと傾き始めていた。
自身に差し迫る窮地に対して気にも留めなくなった闖入者。
闖入者はこの時を待っていたように後継者の力を使い光の軍勢を容易く退けた。
そして──。
アトアイシス、タークスライト、ソルトゥエル、ゾルイアス、セクタリアス。
この場にいる全ての羽付きの居場所を完全に把握した瞬間、全ては動き出した。




