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第百十四話

 至高の練度に達したタークスライトのそれも、それを動かすのはアトアイシスの理想。

いくら至高の練度のそれを理想に乗せて生じさてはいても、その攻めにはアトアイシスの私利が汲み込まれていた。

どれほどに達観したそれも間違った方向へと逸れているならば、それは無意味なものか。

それはアトアイシスの考える理想が見事に「下手を打つ」ならば、捉えられない攻めもその必要性が無くなってしまう。すると捉えられない攻めは闖入者の予想の範囲内に収まっては只々過ぎ去っていくのみでありその過程を見届ける必要は全くになく、闖入者はタークスライトの隙を伺う事に注力できるのであった。そして、タークスライトの隙を抑えられたならば黒い揺らめきは本来の機能を存分に発揮できる。

黒い揺らめきとは、その所在を隠し通すために在るのではない。

闖入者がわざとらしくも稚拙なそれへと誘導を掛けると、先走るように垂涎の様相を伺わせては黒い揺らめきはその黒を滴らせた。

獲物を捕らえるまではそう遠くないと思えた。


 相も変わらず死の淵に立たされているのは闖入者であったが、その心持の方向性としては喜怒哀楽といった大雑把な分類でいえば先程までとは正反対の位置に立っていた。

一歩間違えば確実な死が待ち受ける最中、闖入者の表情に険しさは伺えない。

それどころかその表情には嬉々としたものが表立っては顔を覆っていた。

「これでどうだ──?」

いつしか心のゆとりが闖入者を饒舌にする。

只々壁に向かって試すかの如く、相手の意思など微塵も介在しない世界が闖入者の視界と思考に広がる。

一向に変わらない立場にもかかわらず、闖入者は自己が中心であってそれこそが全てであるとありとあらゆる手を試してはその手を次々と変えていく。

その様子は稚拙なまでに、次第に成り下がっていく過程に則って闖入者の心も童心へと下らせていった。

ともすれば「下手を打つ」という事を闖入者自身がやりかねない中、その事を全くに気にしていないように次々と稚拙なそれへと闖入者は手を変えてそこに未熟さを醸し出していく。すると闖入者は不意にある事を思い出した。

それは幼い時分の事で、その事を思い浮かべると景色として家の庭先が目に浮かぶ。

自らが握るのは剣を模した木製のそれであり、その幼いながらに構えた対面に立つのは師であり肉親の男。

闖入者は師に幾度も鍛練を仰いだ中でこの時の事だけをはっきりと思い出せた。

ありとあらゆる術を自らに施してくれたのがまさしく対面に立つ肉親であり、その師に習ったそれらの術は今も尚脈々と生き続けている事が実感できる。

なぜなら、この時の記憶と共にある感触が自身にとって初めての死を思わせるそれだったからであった。


 木剣を握るその手は小さく、その木剣を支えるには心許ない。

稚拙な握りで振るわれる木剣はその軌道がおぼつかず、おおよそ木剣を剣として扱っているというにはままならず辛うじてその体を装うのがやっとといったところであった。

一振り一振りがめちゃくちゃで纏まらない。

しかし、幼い時分の闖入者にも夢中で振るわれるその木剣が只の一度だけ恐ろしく綺麗な軌跡を描いた瞬間があった。

それまでの稚拙なそれが際立つほどに極まった綺麗な軌跡がその一振りにのみ宿ると、それは対面に立つ師の反応によってはっきりとそうであると証明された。

端的に言えば大人と子供の差に死が過る隙は存在しない。ましてやそれが子供からの手によってであれば猶更の事である。しかしこの時ばかりはその当たり前がそこにはなかった。

瞬時に取った師の対応とその時の表情が闖入者には思い出される。

我が子の快活な様子を見守る眼差しが、瞬時に光を失せさせては据わった目をこちらに向けていたのだ。

そして気づいた時には手に握られていた木剣はそこになく、強烈な痛みが自らの体にあった。

師の見事なまでの切り返しは反射的なもので、大人げないまでのそれは弾いた木剣をよそに真っすぐと幼い時分の闖入者を捉えて離さなかった。

生きている以上はその身に降りかかる死という感触が限りなく間近に感じられた瞬間であり、この時の記憶は鮮烈なものとして記されているものの、しかしながら闖入者はこの時ばかりはその身の痛みに支配されて大声で泣きじゃくるだけであった。

そして直後にその様子を見た師はすぐに駆け寄って謝るとその姿も強く記憶に留められて思い出されたのであった。


 思い出されて浸る感傷にフンと鼻で笑うと、闖入者はその気恥ずかしさと懐かしさが混在する感覚を酷く愛おしいものとして感じ取った。

その時分では劣る技量から師の行動のすべてを理解できなかった闖入者も、今ならそのあらゆる成り立ちが理解できた。

そしてひとしきりにその感傷を吟味した闖入者はスッとその手を止めた。

手数で稚拙な装いを施してもアトアイシスを導けはしない。

落ち着き払った闖入者の心からは現状に起き続ける大小様々な事柄が煩わしく思えた。

すると、闖入者はその時分の稚拙さを再現しに掛かった。

静寂に心を浸しながらもその身はそこにやつす事はない。

集中の渦中へと闖入者は限りなく溶け込む中で自身の感覚にて一筋の雫を見た。

据わっていた心が瞬時にして大きく胎動を引き起こしていく。

静から動へと移ろう感触が自らの挙動として恐ろしくゆっくりと流れて行くとそれは起点こそ小さなものの、やがては雄大な流れへと変わっていく様を見出した瞬間であった。

何時しか得物を握る手は実に拙く、そしておぼつかない。

そこへ辛うじて繰り出された一筋の軌跡。

しかしそれは、恐ろしい程に鋭いものであった。

次の瞬間には全てが一方向へと流れて行った。

アトアイシスは導かれるように、そして予想通りの動きを見せて潮流を作り出した。

それは例えタークスライトが如何に迅速に対応しようとも、一度起きてしまった流れはその始まりこそ小さなものであるにもかかわらず留まる事を知らず止めることは叶わない。

闖入者の分身が作り出したきっかけによって、アトアイシスはその流れを汲んだ。

すると闖入者の策に嵌ったアトアイシスの理想は夢と消えて、タークスライトの現実のみが露見する。

攻めに対応する事で現実と理想の乖離が進み、その結果として残った現実に隙が生じると闖入者はそこを突いた。

二者の羽付きを二手の闖入者が誘い迫る。

分身に誘われて二者の現実と理想が別れを告げるその瞬間、前へと突き出された尖鋭がその隙目がけて一直線に差し迫った。

互いが背中合わせであればこその堅牢なそれも今に瓦解すると只々そこには致命が取り残されてしまった。

──ヒュン。

終わりを告げるにはいささかに呆気ないその音も、容赦なく風を切るとそこへと突き進んだ。

長らく続いたやり取りはやがて隙の無い壁に針を通してしまうと、大きな潮流に呑まれて崩れ去っていき突き進む尖鋭は見事に隙を捉えて貫かんと突き進んだ。

如何に強者と言えど終末は呆気ないものであると本来ならいえるが、しかしそこに在る致命にはまだ届かせないという強い感情が致命の周りには濃く漂っていた。

タークスライトの致命的な隙にはまだ闖入者の手が及ばないと思えた。


 突き進む尖鋭が致命のそれに触れる直前、タークスライトはそこに動きを見せた。

それはアトアイシスが「下手を打つ」その瞬間に逸早く察知すると辛うじて自らの動きを変えて見せたのだ。

タークスライトですら辛うじてといった有様のそれは、その刹那を刻んだ短い時の中でだけ見せるとアトアイシスはおろか闖入者ですら完全に追いつけない瞬間であった。

完全にといった所に留まらず全く違う動きによって現実と理想どころかアトアイシス置いてタークスライトが二つに分かれるとそこに起きた軌跡によって迫る尖鋭は致命を見失った。そしてその事を感じ取るとタークスライトは致命的な瞬間を回避したと確信して目の前の尖鋭の持ち手の懐に光の槍を突き立てにかかった。

闖入者がタークスライトにとどめをさす瞬間、その瞬間は即座に立場が変わって闖入者がとどめを待つ形となってしまったのだ。

黒い揺らめきに乗ったその顔は光の槍を受け止めるしかない状況にタークスライトからは動揺して見えていた。

差し迫る光にかき消されて黒い揺らめきが霧散するとその懐に突き立てられた光によってはっきりと露わになった表情に何故かタークスライトは動揺を誘われた。

露見した険しいはずの表情。ではなく。

そこに在ったのは嬉々とした感情が漏れ出る少しの笑みであった。

するとそこには在るはずのない三本目の槍が黒い揺らめきを携えてタークスライトに差し迫る。

鋭い一閃はタークスライトにとって防ぎようのない隙を目がけて突き進んでおり、事ここにおいてタークスライトの動揺を著しいものとした。

それもそのはずで、タークスライトは逸早く察知するとアトアイシスを差し置いてその理想を捉えるに至って自らも前に出ていたのだ。

理想が夢と消える瞬間すらも自らの策として取り込むと、タークスライトは刹那を細切れにしてはその速度は闖入者すらも置いてけぼりしたぐらいであった。

そうして現実と理想の乖離によって出来てしまう隙を無くすと、タークスライトは現実としての自らの身体すらも差し置いてその隙を見事に消して見せた。

しかし今、その身体に迫る三本目の槍は紛う事なき闖入者のそれであり、より濃い黒い揺らめきを纏っては突き進んでくる。

するとタークスライトの動揺はその思考を加速させては、三本目のそれが身体を貫くその瞬間までに絡繰りを解き明かさせた。

アトアイシスを誘ってはそれに対応させたのは闖入者の分身。

ならばタークスライトが対応したのは本体のはず。

どうしたって三本目の槍が迫る事態に疑問が浮かぶ。

タークスライトはこれらの疑問を刹那の内に比べると一繋ぎのものとしてその様相に辿り着いた。

指し示される答えに、懐を貫かれた分身が霧散していく姿を視界に捉えるとタークスライトが貫いたそれの正体がはっきりとした。

水面に落とした色の溶けて消えていく様が目に浮かぶ。

タークスライトが貫いたそれは本体ではなく、残像であった。

一度うち漏らしたそれを考慮しては警戒していたはずの残像が、タークスライトの技量を超えてその手をするりと抜けて消える。

名残惜しさの欠片も残さず景色に消えたそれを見てタークスライトはその認識阻害の威力を誤認した。

闖入者は端から残像の起こす認識阻害を薄めて見せていたのだ。

タークスライト程の技量の持ち主ならば相手取った者の技量を見極めらて、そこにまやかしは効かない。

しかし、それ自体が残像という不明確なものであれば或いは。

そして、それを使う闖入者がそこに特化していたならば。

元より敵うはずのない相手に対して突破できる見込みは在りはしない。しかし、闖入者は打算の末にその一点のみに賭けていたのだ。そしてそれは見事な結果を出した。

誤認したことすら惑わせる残像は認識阻害を存分に発揮すると事ここにおいて十分以上の成果を示したのであった。

こうして二者の羽付きを出し抜いた闖入者は三本目の槍を強く握り、黒い揺らめきをさらに濃く高めていく。それは得物のみが飛んでいくようで持ち主を認識させはしない。

それ程に濃い黒は掠りさえすれば相手を十分に屠る事が出来るものであった。


 こうして二者の羽付きの意表をつくとそれは完全に防ぎようのないものであった。

闖入者の誘導は上手くいきアトアイシスを起点とした潮流がタークスライトの手を離れて闖入者の思惑通りに湧き立つとアトアイシスの理想は意味をなさず捉えるに値しなくなった。

すると、如何に技量の極致に至らないアトアイシスであろうとも現状の流れが望ましくないものであると気付く事が出来たが、それは現実と理想の乖離が意図的なものではないためにアトアイシスには分かっていたとしてもどうする事も出来ず、そしてその事はアトアイシス自身の理解に及ぶものではなかった。

そうして曝け出されたタークスライトの致命は咄嗟の機転すらも策に呑まれては闖入者の手中に収まっていく。後は闖入者の黒い揺らめきがそれを貫いてしまえば、タークスライトの致命を握り潰してしまえばそこで全てにけりが付くのであった。


 遂には追い詰められてタークスライトの身体に黒い揺らめきが突き刺さる。

闖入者は黒い揺らめきを携えた槍をスッと伸ばした。

どれ程に離れた存在も届いてしまえば呆気ない──闖入者は最後の貫きぬく瞬間まで無駄な感情を捨て置いてそれだけに集中した。すると、それ程に集中した闖入者はそれをはっきりと感じ取っていた。

スッとして突き進む槍の感触に全く手応えがない事を。

闖入者は捨て置いた感情の中から怒りを拾ってしまうがそれは行き場を失ってしまう。

目前に在る存在がさも当然のように消えていくと、それは視野を広くとれば当たり前のように広がる世界によるもので、タークスライトと闖入者というかけ離れた存在同士に置いてけぼり食らった存在が追いついた瞬間であった。

ようやく追いついた世界がタークスライトとアトアイシスに手を差し伸べた瞬間──セクタリアスが二者の羽付きの位置を動かすと闖入者との距離を大きく広げのであった。

繰り返される死線を超えては針ほどに小さな瞬間を見出した闖入者は体から抜けていく力を前に、自らの得物の纏うそれとは正反対の毛色に思考を囚われてしまっては怒りすらままならない。

またとない好機が余所者に掠めとられていく感覚に闖入者の頭は真っ白になってしまうと、一度立ち止まった体を再び突き動かすのはとても難しく思えた。


 後にも先にもこの一瞬を逃して好機は存在しない。

そう固着する考えに一度止まった体は動きも思考すらも鈍らせられた。

もう一度動かそうにもその原動力があまりに足りない。それ程の衝撃が闖入者の心には轟いていた。

しかし、立ち止まった体に迫ってくる危機が全くに欠如していると気付くと闖入者は視線を上げて二者の姿を見た。すると、再起する体に思考が加速する。

──今だっ!

そう誰かに背中を思い切り叩かれるように思考は前へと走った。

闖入者の視線の先に在ったのは思いもよらない景色で、それは先程に理解し得た事柄から不可能と自ら判断して捨てた策の先に在る景色であった。

その景色──現実と理想の乖離が無くなり二者が完全に重なる瞬間。

闖入者はどうしても届かないその策を一度は捨て置いたにもかかわらず、その景色が奇跡のように目の前にぶら下がっている。

危機を脱したタークスライトとアトアイシスは転じて闖入者に死を捧げるものと思えたその瞬間も今は立ち止まっていたのだ。

どうしてその機会が訪れたかは知り得ない中、諦めては策を変えてそれすらも頓挫した今になって舞い降りた好機に自然と笑みがこぼれると闖入者は先を急いだ。

もうこの術しか残されていない。

闖入者は消えかけた心を取り戻すと再起してその術に全力を捧げた。


 再起した闖入者は最後の術とそれに傾倒するが、しかしその景色は何故にこの期に及んだのか。

闖入者にとっては、意図せず乖離が無くなり現実と理想が背中合わせに出揃うこの瞬間は垂涎の好機に他ならないが、ここに至るまでの仕合の末に偶然など起こり得るのだろうか。

しかし闖入者にって好機であることは間違いがなく、この機を逃せば完全に後がない。

この術しか残されていないのだ。


 突発的に起きた奇跡に身を寄せる闖入者。

現実と理想の乖離が無くなり、タークスライトとアトアイシスの重なりが狙い続けた隙を生じさせてはそれを目の前に転がらせる。

この状況は、想定を何度も覆されたとしてもそうなってしまえば闖入者は生じたそれを狙うだけであった。

遂に事はここに終わる。

加速するように体は前に向かおうと先を急いでいったが、しかしながらそれに反して思考は鈍くなっていった。すると闖入者の鋭敏な心が別のこと告げて、それを鈍くなった思考は拾い上げて聞き及んだ。

──おかしい。

明確な何かがあるわけではなかったが只々違和感に苛まれる心に、思考は一行の余地を持った。すると、途端に思考がその違和感によって体を引き止めにかかった。

最後の術でもそれに傾倒するのは危険であると。

しかし、再び勢いづいた体は前のめりになってしまっていた。


 己が体でも分立したそれぞれによって闖入者は前へと傾いた。

しかし、その前へと傾きかけた自身の重心が出そうとした脚によって無理矢理に退くように後退させられると、その歪な動きに姿勢が不自然なものとなってしまう闖入者。

待ちに待ったその時が目の前の、それも手の届く所に在るのだ。

にもかかわらず闖入者の体は自然と後退していくと名残惜しそうにも前へと向けた自らの視線だけでもそれを捉え続けた。すると体は理解に及び、心と思考と体はそれぞれが一様に揃った。

それぞれの揃った答えとは「進むならば死が待ち受ける」といったものであった。

視線は目の前に在る隙を狙いつけたものであったが、そこには隙が在ると同時に眩い光が在り、その眩い光はとてつもない輝きを発しては隙すらも覆う程に眩しさを増していった。

それ程に眩い光の正体を闖入者は熟知している。

セクタリアスによって設けられた距離も足りないと感じるほどに、既視感一杯のそれによって闖入者は更にそして大きく後退した。

闖入者の視界一杯に在る眩い光が更なる輝きを辺りに散りばめていく。

そうしてその眩い光が目いっぱいに広がりを見せると、アトアイシスとタークスライトの声が満を持して重なった。

その眩い光が一斉に解き放たれていく。

「「テンターク・ヴァース!!」」

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