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第百十三話

 二手に分かれた黒い揺らめきは大きく認識を歪ませた。

何処からともなく現れるそれは霞の様で互い違いに黒く揺らいではタークスライトへと差し迫り、タークスライトの毅然と立つその姿もその視線は険しさを増して見極めるために静寂を貫いていた。

現れては消えてを繰り返すそれはただでさえ捉えどころが薄く、更にそれは二手に分かれている。ともすれば見失ってしまいそうな黒いそれらは優しく肌を撫でる風と共にその身を屠らんと浚った。そして、再びに躊躇しないためにその所在は絶えず動き続けて不鮮明な尖鋭はタークスライトとその身越しのアトアイシスへと向かうと二つの黒い揺らめきの交錯するその軌跡は互いに実態を失ったものとして駆けまわった。

次第に近づいてくる黒いそれらに対して一際鋭い視線を向けた矢先、タークスライトの手に握られる得物が何の前触れもなくその切っ先を震わせた。

一切無駄のない挙動でそこに在ると踏んだ勢いのままに獲物を狙うタークスライト。しかし確かな感触を前に打ち込まれるそれも楔は狙った獲物を必ずうち漏らしてしまう。

それは至極当然の事であり黒い揺らめきのそれが侵食よりも惑乱を誘う事を優先した結果としては当たり前であった。

元より霞に突き立てた切っ先がそうなってしまうのはひとえにその認識を阻害するために用いられる残像による結果であって、意識阻害に傾倒した黒い揺らめきに上乗せするように残像が追随していた。

相対する者はその残像を一度捉えたならそれ故により一層の意識阻害に呑まれて本来の標的を討ち漏らす。

そこには霞に楔が突き刺さった感触だけが残り、本体の一手二手後の黒い揺らめきに集中してしまうと、打たれた楔は感触もなく霧散する様を見届けるに留められて本来の標的を捉えるには至らなかった。

無理矢理に黒い揺らめきを分けた闖入者が捉えられない攻めに対抗したこの手段によって両者は掠りすらしなくなると、この状況は闖入者の力が続く限りに保たれるといったものであった。

重ねられた力のもたらす結果によってタークスライトを初めて相手の視点に立たせる事に至らせたが、しかしながら本体よりも残像に存在感の殆どを分散しているがため闖入者の消耗は計り知れず、他者からの死を遠ざけると同時にそれは自ら死へと近付けつつあった。

しかし一先ずの優位性によってすんなりと次の手に移る事が出来るとなればその消耗は無駄ではないと闖入者は信じて疑わず邁進する。でなければ、そうであってもタークスライトの足下に及ばない自らの意識が霧散すると考えてしまうのも仕方がなく、闖入者のその意気は無駄なものとなり下がってしまう事は必至であり、未だ触れられないタークスライトの身体に現実と理想の一致はあり得ないと思えた。

現実と理想の乖離が大きくなればなる程に闖入者の死はより濃厚なものへとなっていく。

タークスライトとアトアイシスの二つの攻めが完全に重なるその時を焦がれるほどに夢見ては風を切り裂く二つの黒い揺らめきは事実として徐々に現実と理想を切迫させていく。

自らの消耗が如何に死へと近付けようとも、その結果がもたらす二人の羽付きの行動が一致するその時が自らの死よりも先に訪れたなら闖入者はまだ生へと踏みとどまれる。そしてそれを成し得られるならば死への苦しみに躊躇するような闖入者はここにいない。

分身と残像をさらには無理矢理に分けた二つの黒い揺らめきを駆使して短期決戦に持ち込んだ闖入者。

感じるほどに悠久の死への苦しみは、闖入者の願いと共にその思いのままに結果をもたらさんとして今に近付きつつあると死の苦しみの中でいまだ見えぬ輝きに手を伸ばす闖入者は現実と理想の完全なる一致、すなわちタークスライトの敗れ去る瞬間を秘めたその隙へと駆け続けるのであった。


 消耗による苦痛がいずれこの場に駆け付けて自らを死に至らしめるならば、闖入者は自らに課した補助に専念してはその死をいとわなかった。

闖入者であれタークスライトであれその初手の攻めを凌ぐことも容易くないにもかかわらず次手に待つのは捉えられないアトアイシスの攻めであり霧散する霞であったが、その中で闖入者は無造作に防ぐ構えを取った。

殆ど生贄のように分身を盾とする闖入者はアトアイシスの攻めを受け止める。すると降りかかるそれは構えた姿勢を意に介さない様で只々通過した。

分身体であろうともその傷自体を何物にも肩代わりは出来ずひたすらに自身の傷として体に刻まれる。それはタークスライトの技量にアトアイシスの理想が上乗せされているがために浅くは無くけれど致命的なところまでは行き届かないものであったが、その領域もいずれは超えて死を多分に思わせる攻めに成り代わる事は時間の問題であった。

短期決戦に持ち込んだにも拘らずもたらされる結果に闖入者の狙いは反映されないでそこに在る。

自らの課した策に追い詰められる感触が嫌に実感できる闖入者は、大方の予想よりも失策のそれに対して死の苦しみを超えた怒りを背負わされたが感情など拾える程に優位に立ってなどいない闖入者はやがて訪れるその時に直面すると、それはアトアイシスの理想が捨て置ける領域を超えた瞬間であり分身体越しにも死を間近に感じられるようになった瞬間であった。

いくら二者の羽付きの攻めを強制的に後手に回せても、それらの先に攻める自身の術が相手の死よりも自らの死を想起させてはそれらに意味はない。

短期決戦の間に闖入者の予想は大きく裏切られる結果となっていた。


 いくら策を講じても一向に現実と理想の乖離が狭まる事はなく攻めあぐねる闖入者。

タークスライトとアトアイシスの二者の信頼関係が闖入者独りの連携を超えて立ち塞がる。

本来なら連携といった形だけを見た時に二つの意識と一つの意識では後者の方が展開の淀みは小さく流麗なものとなるはずであったが、闖入者が繰り出す連携の淀みよりもタークスライトとアトアイシスの放つそれらは更に淀みないものであった。

少しの淀みもない流麗な連携にそしてその異常な程の堅牢さに瓦解の兆しが見えずにいると段々と近づいてくる死がその時皮肉にも闖入者に対して兆しとして天啓をもたらしたのであった。

闖入者に見えたその兆しは思いもよらぬもので、闖入者が懸命に追い続けたそれとは違いむしろその反対の事態が望みとして降り注ぐ。

死が近付くにつれて見えてくるその摂理。

闖入者は死へと繋がる悠久の苦しみを忘れるほどにその感触を捉えると、その摂理を理解するため噛み締めた。


 闖入者が考えていた策が上手くいかない理由が鮮明に脳裏を駆け巡る。

それはタークスライトの攻めの隙を補うようにアトアイシスの攻めが発動しているといった考えがそもそも間違いだという事であった。

実際の所はアトアイシスの捉えられない攻めをタークスライト自身も捉えられていないという事であった。

しかし、このアトアイシスの捉えられない攻めが起こるまで如何なるものかタークスライトにとって分からいという事態も、タークスライトからすればそれ自体が如何なものであって自身の隙を補えれさえすれば捉えられるかどうかは大した問題ではなかった。

タークスライトの攻めを起点にそれを追ってアトアイシスの理想が発動するように見えていたそれも、その実タークスライトがアトアイシスをより深く理解しているがために上手く操っているといった状態であった。

すなわち起点と終点が逆なのだ。

タークスライトがアトアイシスの行動を深く理解しているからこそ、その行動を先読みして「捉えられない理想」を発動させていた。そしてそれを自らの隙を補うように立ち回るとタークスライトはそこに至るまでを常に先読みしていたのであった。

タークスライト程の領域に達していれば造作もない事であり、ましてや得意とする槍術であれば尚の事それらを成す事が出来たのであった。さらには相当に信頼を置くアトアイシスである。流麗なる潮流にありとあらゆるものを汲むタークスライトのそれは至極当然と言えた。

ともすればタークスライト自身の普段の気の抜けた感触からはほど遠く在るその緻密さも、それ故に起き得る両極の感触であったのかもしれない。

闖入者がそれまでに考えていた起点と終点が全くに逆という事もタークスライトにかかればそのように悟らせないように立ち回ると、闖入者はまんまとその術中に嵌るに至っていた。

しかしその反転したそれらに対して闖入者は気付きを見せたのだ。

それはタークスライトとアトアイシスという存在をより深く理解するという明確な敵として相手取り行われる仕合の中で最も敬遠される行為が、死という感触の次第の近付きによって敵への造詣を深くするとそれは闖入者を活かす結果となった。それはともすれば愛を語るそれを聞き入るかのような生易しさで、それが闖入者を生へと踏みとどまらせたのであった。


 納得するかはさておきタークスライトとアトアイシスの信頼を延いては「捉えられない理想」を理解した闖入者は更に理解を深めると潮流としての本流に自身も汲まれている事に気が付いた。それはアトアイシスの「捉えられない理想」を闖入者自身が誘発しているという事で、その誘発による一連の潮流をもってアトアイシス自身の隙を補う事が容易いという事もそしてその行いが理にかなっている事も理解する闖入者。

タークスライトの巻き起こす潮流を読み解いた闖入者はまたしてもその領域の格の違いを前に感心するに至った。

最早先に起こり得る事が完全に分かっているかのようなその動きから、もしかするとアトアイシスですらタークスライトの格というものを理解しきれていないのではないか、とそんな疑問が脳裏に過る。

するとその流れに逆らうように講じてきた策を捨て去っては、闖入者はその流れを汲む技量に只々称賛の意を示した。そしてその潮流に身を任せる闖入者。

逆らわず、それに準ずることで見えてくる全てに闖入者は死の縁で垣間見た突破口を依り代に生へと踏みとどまる。

闖入者の見せた動きからアトアイシスの「捉えられない理想」と続く流れを経てタークスライトの戦術に繋がるのならば、その大きな流れを意図的に分断出来るのではないか、とそう闖入者は考えるに至った。

すると、如何に大きな潮流もその流れが終始に渡って少したりとも分かつことなく流れて行くことはあり得ず、そしてその分岐が捉えられないものであってもそれ自体が事象として起きたなら闖入者の読み通りに流れは進む。

こうしてタークスライトの巻き起こす潮流の摂理に辿り着くと、タークスライトがそうしたように闖入者もタークスライトを真似るとアトアイシスの「捉えられない理想」を操りにかかった。

その姿はひたすらに突き進むと突破口を目がけては短期決戦という短いながらも長らく続いたそれの終点に進んだ。そして策の是非に闖入者は気を取られなはしない。

なぜならこの時だけは、その先に待つのは決着であるという確信が闖入者の原動力となっていたからであった。


 闖入者の動きに合わせてアトアイシスが対応した瞬間、そこからの流れはタークスライトの手中であり終点は決まっている。

しかし闖入者はその流れを分岐させるためにこう考えた。

闖入者の機微がアトアイシスを突き動かすとそれはタークスライトの予想の範囲内に流れて行くならば、この潮流を分岐し得るのはアトアイシスのみでありそれはどしたってアトアイシスが発端という事になる。

したならばそこにこそ分岐する余地が存在して、それはタークスライトですら予測できず手の施しようのない流れがそこに湧き立つと闖入者は考えた。

さらに闖入者がアトアイシスこそが分岐点であると踏んだ理由が他にも存在する。

それはアトアイシスとタークスライトそして二手に分かれた闖入者、これらを個の存在と認めるならばこの四者の中で槍術という一点に隙が生じる。

この四者の中でアトアイシスだけが明らかに造詣が浅く、その知見は他の三者に劣る。

今に至るまでにアトアイシスに対して立ちはだかる壁に躓く事無く超えてこられたのは、紛れもなくその知見の基礎がタークスライトであったためであり、それは最も知見として最良で間違いがないと言える。しかし、そのタークスライトという素材が脅かされこそしないものの闖入者の槍術を異物として認めた今、それはアトアイシスの心に真に迫るものではないとはいえその結果は未だ決着を見ない現状が物語っており、いずれはどうなってしまうのか分からない。

至高の練度でまかり通るタークスライトのその槍術も、アトアイシスはその至高に至るまでの過程を知らない。それ故にタークスライトの駆る至高の槍術の真髄を理解していないアトアイシスには、闖入者の異物としての槍術を捌く知見が自身の中に存在しない。

槍術に限らず、技量を要する事柄においてその練度が上達するにつれて忘れていく或いは無意識に避けてしまう事柄が必ず存在する。

タークスライトも闖入者もどちらも練度の違いこそあれどその技量に嘘はなく計り知れない領域に二者は達しているため、二者には絶対に見せない行動が存在していた。

その行動は初歩的な事であるが故に仕合の最中にどちらも使う事はなく、そこにおいては絶対がまかり通る。なぜならそれは愚策の一言であり敗れ去る事が死に直結する今、自らに死へと飛び込むようなそういった動きを見せる事は決してないからであった。

初歩的かつ無駄なそれは練度を高めた二者には取り得ない行動であり、それは無意識にも避けてはその行動の先の結果を充分に知っている二者はそれ故、罠として使うにしてもそれに引っ掛かるのは未熟の極みであった。

その程度の行動が何にもならず下手を打つこと意外に結果を招かない事を知っている二者ではあるが、しかしながらそれをアトアイシスは知らない。

アトアイシスは槍術というものをタークスライトの身体を通してしか知り得ず、アトアイシスにはその愚策的動きを何が悪手で何が好手なのか、愚策として判断する術を持ち得ていなかった。であるならばアトアイシスがそれを避ける道理もなかった。

闖入者が講じる如何な手段も「タークスライトならば」とアトアイシスの理想が対応する。

すなわち、アトアイシスにはどうしたってタークスライト任せになる部分が存在しておりその部分には如何に稚拙な術中にも嵌る可能性を秘めていたのだ。

現状に流れを汲む潮流を敷いたのはタークスライトである以上、もしもアトアイシスが闖入者の稚拙なそれに嵌ったならばその先に隙を補う事もその流れを汲むことも出来はしない。そして先述の通りに愚策的動きの流れに乗ったならばアトアイシスは必ずその「下手を打つ」と考えられた。

アトアイシスが「下手を打つ」その時には直結して必ず、タークスライトは闖入者の前に自ら致命的隙を曝け出す。

今に在る大きな潮流に新たな流れを作り得るのはアトアイシスのみであり、その分岐した先までを見通した闖入者は、無知であるが故のその先に待つ結果を予想できない稚拙さを逆手に取るとアトアイシスが「下手を打つ」瞬間へと誘うのであった。

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