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第百十一話

 覆いかぶさるように闖入者の体に出来た陰りは瞬く間にその体へと重くのしかかった。

大きな拳が誘う衝撃はその体と互角かそれ以上で、その拳を受けた闖入者は辛うじて得物で防ぐも真上からの圧し潰す勢いによって強制的に膝を折らされては視線を下へと下げさせられた。

思いのほか大きな衝撃に対してそれを防げたことが信じられない程の荷重が自身の頭上からのしかかる。すると次の瞬間に闖入者の視線はまたしても強制的に角度を決めつけられたが、意図的に作られた死角から衝撃を受け取るとそれを遮ることは出来なかった。

死角から出現して視界一杯に覗かせる大きな塊。

闖入者は再びの予想を超えたゾルイアスの速い動作に気付きを遅らせると、起点を見失ってはその蹴りを防ぎきれずに後方へと吹き飛ばされた。

叩きつけられた勢いで下がった顔が次の瞬間には逆方向の勢いに乗って上げさせられる。

闖入者は耐え切れず仰向けで寝転ぶように体を伸ばし切っては大きく後退していくと、再びその体には大きな陰りが出来ていた。

大きく後退するように吹き飛んだ闖入者とそれを追って並行して飛ぶゾルイアス。

二者がその勢いのまま並行して飛ぶと次の瞬間には、闖入者に覆いかぶさるように陰りを作ったゾルイアスの拳が強く輝いていた。

闖入者の目に映っていたのはゾルイアス越しのその背に映る眩い陽の光。しかし、今に見えているのはそれとは違い強い衝撃の兆し。

加速によって勢いが過剰に乗った現状において闖入者の防御がゾルイアスの拳を上回る事は考えられず、ましてや闖入者はそのど動作が間に合っていない。ならば、次に待つのは闖入者を追い詰め続けた絶命の時に他ならず、闖入者とゾルイアスの二者にとって最早邪魔する者は何もなかった。

──ビュン。

加速し続けた闖入者の延命がここに終わりを告げる。

セクタリアスの支配下領域において作り出された自身の安全圏も、容易く乗り越えて差し迫るゾルイアスの拳に闖入者は為す術がなかった。

そう、為す術がないのだ。

無防備のそれへと振り下ろされる拳の輝きにあてられて、闖入者の表情が鮮明なものとなった。がしかし、それを見たゾルイアス越しのアトアイシスは却ってその表情を曇らせる事となってしまう。

この瞬間、アトアイシスには闖入者が笑っているように見えていた。


 吹き飛んだそれを追って攻める巨体。

二者間にだけは刹那の中のさらに細かな時の中で加速の意味が真に発揮された。

それは完全な横槍の可能性の排除であり、ゾルイアスと闖入者の間には絶対の隔たりが出来ていた。一対一の邪魔の余地が全くない状況は、アトアイシスの目から見ても好機であり、アトアイシスは闖入者を追い詰めたと確信していた。

しかしこの状況において邪魔が入るという懸念点はないものの、もしもその邪魔を闖入者が自ら引き起こせたなら。或いは追い詰めているという状況が真ではないならば。

アトアイシスはいつの間にか自らの考えに確信を持つとその確信が却って不安を煽った。

すると次第に膨れ上がる不安があらゆる状況を想起させた。

アトアイシスは、ゾルイアスと闖入者が一対一であるという状況に言い知れない恐怖を覚えたが、一対一という形が出来上がってしまっている今において、その事に気が付いた時には既に遅いものであった。

懸念点に気が付いたとて「共有」の仕様上に起きる齟齬を狙われているために最早二者を止められはしない。ましてや齟齬の大きさよりも小さなその時に起きた出来事に対してアトアイシスが出来る事は気付く事ばかりで何も無い。

完全なる失策。

微細な時の中の出来事をただ見つめ続けるアトアイシスは事の顛末を見届けるしかなく、闖入者はここぞとばかりに見せつけると動きを見せた。

≪シーオース≫

ゾルイアスの拳が無防備な闖入者の体に叩きつけられる瞬間、ニヤリと口角を上げたその口から発せられた言葉によって各々の位置が置き換わった。

本来なら出来ないそれも左手の指輪の力によって成し遂げられると実際の位置など闖入者には取るに足らず、一度見た相手の位置を見失いはしなかった。

概念がその位置を置き換えさせる。

すると、セクタリアスの支配下領域であってもこの瞬間は歪に繋がって、それらを主観と俯瞰の両方で見ていたアトアイシスの脳裏に歪を作っては精神的にも物理的にも苦痛を与えた。

この空間において、アトアイシス、ソルトゥエル、ゾルイアスは必ず何処かに──居る。

その事を踏まえた策が講じられると、紡がれた言葉が策に沿って実行されたのであった。


 アトアイシスの目に映る景色の変化は著しいもので、アトアイシス自身も理解が遅れては頭を押さえた手に伝わってきそうな程の鈍痛に苛まれた。

自身の横には拳を振り下ろすゾルイアスの姿。

ならばとゾルイアスの居た位置へと瞬時に向くその視線。しかし、視界に映るのは陽の光を遮られて陰るその下の景色であってそれは予期していない景色であった。

アトアイシスの見る景色には陰りの下にいるはずの闖入者はおらず、むしろ自身の視界がそこに当たる。ならば自ずと導き出される答えは一つでゾルイアスの位置にいるのは……。

次に鮮明に見たその景色にアトアイシスは絶望した。


 アトアイシスの横にゾルイアスを移した闖入者は、自身をゾルイアスの位置に置くと後は目の前の獲物を只々狙いすますだけであった。

アトアイシスの横に今いるのはゾルイアス。すなわち闖入者の前にいるのはその横に元々いた者の存在で、その者は最も肉弾戦を得意としない。

それ故にアトアイシスは自身の横にその者を置いたのであって、闖入者はその事に気が付くと元よりその者を狙っていたのだ。

アトアイシスの横にいたその者──ソルトゥエル。

闖入者の前には無防備のソルトゥエルの姿があった。

しかし、如何に肉弾戦を得意としないソルトゥエルと言っても全くに防御の術がないわけでわなかった。しかし、ゾルイアスの蹴りを敢えて受けた闖入者は無防備に吹き飛んで見せるとそれは意図してそうなっていた。

ゾルイアスの思いのほかに速い動作がそうさせたとアトアイシスの目には映されていたが、その実態は蹴りの後の策を事を考えての動きであり、セクタリアスの力を疑似的に模倣出来るに至った時点で闖入者がゾルイアス程度の鈍重さに後れを取る事はあり得なかった。

入れ替わる事を前提にした動きによって出来た「防御が間に合わない」という状況はそのままソルトゥエルの状況へと置き換わった。

闖入者とソルトゥエルの二者が間近で相対するこの状況に最早邪魔は入らない。

すると、黒い炎を纏った穂先が揺らめいた。

闖入者は自らの策の出来に上げた口角をそのままとしてその揺らめきを差し向けると、後は黒い炎が蝕む姿を見届けてもいいと考えていた。


 アトアイシスは咄嗟にゾルイアスを動かそうとしたがどうしたって間に合う位置に居ない。すると混乱の最中に出来る範囲の手を尽くしたがどれも一言に遅いと言えた。

セクタリアスの力で時間の延長を施し、それと同時ソルトゥエルの惑わす力を併用したが、伸びた時間を容易く飛び越えて迫る穂先のその揺らめきを止められはしない。

アトアイシスの考えや力の使い方が、全てが後手後手に回るとやがては黒い炎がソルトゥエルの身体に触れるところまで迫った。

最早打つ手を失ったように錯覚したアトアイシスも自らの目が共有されているために、迫る穂先を嫌でも自らの事と感じ取れては絶対に間に合わないその瞬間であると理解できる。

分かっていても、その結果は非常に受け取り難い。

闖入者の力が概念ごと位置を変えるまでに至っていると、そこまで考えられなかった自身に至上の苛立ちを覚えるとアトアイシスはある事をまたしても失念していた。

セクタリアスの支配下領域で存在する者は闖入者にとってその位置を捕まれているも同じで、すなわちそれらには最早逃げ場はないと言えた。

しかし逃げるよりもそれを超えてただひたすらに闖入者を翻弄できたなら。

或いは闖入者が逃げる立場に陥るならば。

セクタリアスの支配下領域にてそれらを可能とする者が唯一人存在する。その者はアトアイシスの脳裏に起きた歪によって共有下にもかかわらず自ら動く事を許されると、ただひたすらに駆け抜けた。

──俺はここにいる。

その者はそう主張するとソルトゥエルを救うためにその姿を現した。


 失念していたアトアイシスの目の前で奇跡が輝いた。

ソルトゥエルを貫かんとして揺らめく穂先が次の瞬間、火花を散らしては明らかな軌道の逸れをそこに描いた。

すると、その時だけは呆気にとられるも何時しか口角を下げては舌打ちをかます闖入者。

黒い炎を纏って揺らめくその槍の穂先を避けて、柄の部分のみを突いて軌道を逸らさせた一本の槍がソルトゥエルと闖入者の二者間に割って入ると、その槍は確かな力で握られてはソルトゥエルの絶命を見後に防いだ。

ソルトゥエルを救った槍の担い手はカルネインの中でも最も槍を上手く使えて、ひいてはそれ以下の階級を含めても彼の槍術を前に敵う者は存在しない。

そしてセクタリアスの支配下領域に彼が居ないはずもなく、アトアイシスの共有下であっても、自律した存在として動く事を許されると彼自身の凄まじい反応速度が槍の柄だけを正確に突くという芸当を成しえた。

それだけの事を難なく成し遂げる者の名は──タークスライト。

彼の槍術は全てを凌駕する。そしてそれは勿論に闖入者の槍すらも同じ。

すると事ここにおいても奇跡はさらに続く。

タークスライトはソルトゥエルと闖入者の間に割って入るとそのままに槍を素早く振るい、その横に払う形で振るわれる槍は眩い光をその身に纏っていた。

風すらも切ってはそのまま斬撃をそこに現した光の槍。

ゾルイアスの蹴りの勢いに乗って作られた二者だけのかりそめの空間に突如として現れたタークスライトとその槍、そしてその切っ先の描いた軌跡が放つ斬撃。

闖入者は咄嗟に異常な程の危機感を覚えるとそれを躱すため加速した体を無理矢理にひねった。

闖入者は辛うじて逸らした上体でそれを躱すと死を免れたが、それであっても闖入者の体を光の穂先が掠めていた。

斬撃のそれとは違う軌道で光の穂先が闖入者から去っていくと、タークスライトを視界に捉えつつも闖入者は一旦に距離を置いた。そして自らの体から流れる血を見ると浅くない傷がそこにはある事を確認できた。

流れる血をそのままにさらに顔をしかめた闖入者は刺し殺す程の自らの感情をタークスライトに向けると、最早ソルトゥエルを眼中に置いてはいなかった。

何故ならそれは今しがた負った傷がすべてを物語っており、それはあと少しといった所であった。


 闖入者にとってこれ程に死が間近に感じられる事は数えるほどもなく、それだけの体験が目の前の相手からもたらされている。であるならばそれを捨て置く事は到底出来はしない。

それまでのアトアイシスを含めた四者の力の重なりが全てではないとしても、それを踏まえた上で目前の槍を携えては遅れて参戦してきたその者に対しては、それだけ闖入者は警戒を厳とした。

浅くなくとも負った傷がそこに間違いのない死を想起させると、闖入者がいくら疾く駆けたとしても自らが握る黒いそれの穂先が相手の光の穂先をかいくぐってその身体を貫く事は出来ないと理解させられた。

それは練りに練り上げられた自身の技量からくるもので、嫌という程に知らせてはそれを実感する闖入者。

それだけタークスライトが繰り出す槍術は練度が高いものであり闖入者は初めて自らの技量を遥かに上回る者と対峙していた。

加速し続けた体は今も止まりはしないもののタークスライトを前にした闖入者には一つだけはっきりとした事が有った。

──これでは遅すぎる。

自身を含めたありとあらゆる感触が鈍く感じられて内心でそう愚痴をこぼすばかりとなってしまった闖入者。

闖入者が今まで加速し続けていたそれは、タークスライトを前にして始まりにも満たないと実感すると加速の余力を残していても、山を前にした虫に過ぎず、規格も規模も足元にも及ばない感触からあらゆる手段が潰えたようにすら錯覚出来た。

しかめた表情を浮かべる闖入者に対してやっと追いついたアトアイシスはタークスライトを介して言葉を紡いだ。

「その槍はどれ程の者を殺してきたのか?」

タークスライトを前に予断を許さない現状に似つかわしくない間延びした問いが紡がれた。それは言葉通りの意味もさることながらそれだけに留まらず、アトアイシスの問うそれは単純な問いに真意を置かず別の意図を内包しており闖入者はその意図に苛立ちを覚えた。

闖入者の押し黙る姿を見て、推し量れたと見るなり言葉を紡ぐアトアイシス。

「その程度か、ならば──」

「タークスライトの」「俺の」

「「相手ではない」」

二つの意思が重なり、二つの声が同調すると、それは紛れもない二つの意識がそう発したもので闖入者には双方からの勝手な物言いに輪をかけた苛立ちを覚えた。

安い挑発も事ここにおいては覿面に効果が発揮されて、闖入者は先程間近に感じた死に戦いた自身にも苛立っては何時しかその身を駆けさせていた。

初めて自身の上を行く者との対峙に構えた槍が尋常に向き合うと光のそれと黒い炎が激しく交錯した。

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