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第百七話

 地上と「天」とが繋がる事は、幾星霜の時を経てそれを見守り続けた者達とって再びまみえる事のない光景であって、その可能性は少しも考えられてはいなかった。

しかし、再び起動した光の柱によって相成った事は五体の羽付き達には勿論に伝わっていた。

 見守り続けた年月が物語る事の重大さは羽付き達にとっては予断を許さない様で、顔を突き合わせたその場を只ならぬ緊張が支配していた。

すると、知り得た事柄の全てを総括するように端的且つあっけらかんと口にしたのはタークスライトであった。

「あれは俺たちの手に負えねえな」

タークスライトは手近な所にドカッと座り込むとあっさりとしてそう言い放った。

すると、タークスライトの言い方が気に入らないその者は自ずときつい視線を向けるが、その向けた視線に応える気のない表情が飄々としたタークスライトの様子を体現していた。

すると、タークスライトの意見に賛同の声をあげた者が一人。

タークスライトは少し驚くとその者に目を向けたが、それはひとえにその者がタークスライトの意見に賛同したからであった。

普段からタークスライトと反りの合わないその者が賛同した、この事の珍しさから自然と視線はその者へと向けられたが、タークスライトはそうするなり何処か可笑しさを覚えてはニヤリとした表情を浮かべるに至った。

「ええ、そうですね」

そう言って賛同したのはソルトゥエルであった。

ソルトゥエルはニヤリとした視線に気付きながらもこちらに視線を向けてさらに言葉を紡いだ。

「私も彼の意見に概ね賛成です」「倒す事はおろか相手にすらならないでしょう」

すると、冷静に言葉を連ねたソルトゥエルも、思慮の末に出した結果が意図せずタークスライトに賛同したものであったためか、静かに目を伏せた。

話題にあげた事柄の終末感よりも、タークスライトに賛同してしまった事の方へと後悔の色をより強く表すソルトゥエル。

すると、ここぞとばかりにタークスライトはソルトゥエルの言葉を茶化しにかかる。

「おお?珍しく気が合うじゃん」「こりゃ良くねぇ事が起きそうだ」

案の定後悔がソルトゥエルを襲うも、その予想よりも悪い感触に後悔がさらに重くのしかかり、ソルトゥエルは渋々としながらも言葉をなんとか紡いだ。

「不本意ながら、これは致し方ない事なので」

努めて冷静さを失わないソルトゥエルであったが、抑えたものの少し漏れ出る感情に体を小刻みに震わせると、その様子からタークスライトはさらに勢い付いた。

「素直じゃないなぁ」

未だニヤケ続けるタークスライトはさらにソルトゥエルを茶化すと、伏せていた目を遂にはキッと睨ませるソルトゥエルにタークスライトはおどけて見せた。

二者は緊張感の薄いやり取りをし続けている。

悪戯っぽく破顔したそれと苛立ちのその表情が対照的な二者のそのままであり、その光景はいつもながらのやり取りにいつもながらの思いを浮かばせる。

すると、二者のいつも通りの光景が映し出され続ける最中、すぐ傍からその二者とは別の者に声を掛けられた。

「あいつらはともかく、言っている事は確かだな」

低く威厳のある声でそう言うと、緊張感のないタークスライトとソルトゥエルに向けた視線は引き戻させられた。

会話を何処か俯瞰から見る様に割って入ってきては、先の話題について再開させたのはゾルイアスであった。

「今ここに迫っている奴は強い」「奴は我らの管轄でも、理からあまりにも外れ過ぎている」

事の重大さに合って緊張感に沿った口調が少し逸れた話の矛先を正すと、その低い声に伴って対照的な幼い子供のような声が話に加わった。

「僕もそう思います」「放っておくわけには言いませんが、はっきり言って手を付ける事すら無駄でしょうね」

ゾルイアスの傍らからひょこっと顔を出したセクタリアス。

セクタリアスの率直に言い切るその姿勢は、見てくれの印象からはかけ離れており少し生意気に見えたりもするが、その正当性は確かなものでソルトゥエルと並んであまり遊びがなく普段から冗談をいう事はなかった。

無駄口をあまり好まないセクタリアスであるが故、幼い声で「もし」と続けるとその幼い口調とは裏腹に厳しい現実をつきつけられた。

「同時に僕たちが手を下しても奴には多分敵わない」

五体の羽付きが揃って話す話題は、差し迫った現実が如何に現実味のないものであるかというもので、それぞれに違いはあれども何処か他人事のような或いは観念しているかのような物言いであった。

それらの物言いは総じて普段の様子と変わらない。

普段のそれと変わらない定期報告のような言葉の連なりに、冷静ながらも少し緊張感が足りなく思えると、それはまるで敢えてそのような空気感を醸し出している様に感じられた。

迫るそれに対して為す術がないと言い切る四者。

つまるところは終わりが近付いて来ているという事で、その終末感に場を支配させないためのもので、四者の醸し出す雰囲気は示し合わせたように一点へと向かってはそこだけに配慮されているようであった。

しかし、四者が醸し出す同じそれも、それを見たその者にとっては明白に露見していた。独りなれどその者はそれに気付かないわけもなく。

その者は四者の雰囲気に対してある事を察すると、その瞬間をもってせき止めていた物が無くなったかのように取り乱しては思いをぶちまけた。

「だめだっ!」

四者は誰もその事に触れてはいなかったが、長い年月を共にした者達である。皆まで言わずともその事には充分に察しが付くとその者は四者の考えを否定した。

四者それぞれの視線が一か所に揃う。

すると、それぞれの視線は相当に信頼を置く者へと向けられていたが、それらの視線を一手に受けたその者は酷く取り乱しており宥めようとする仲間の言葉さえも拒否しては頑なに聞こうとはしなかった。

集まった五体の羽付きのうち、独りだけがそれを反対する。

どうしてそこまでの否定がその者──アトアイシスからもたらされるのか。

どうしてそこまでの否定を押し切って四者はその術に及ぶのか。

それはひとえに彼らの役目に由来するものであった。


 アトアイシス達の役目は地上の監視とそれにあたっての治安維持が主なものであった。

過去の大戦後に「天」を占領した羽付き達はそこを拠点とすると、そこを聖域化した。

「天」とそれ以外といった形に分断した羽付き達はこれによって、神とそれ以外の分断に成功すると地上から湧きおこる不穏分子を僅かにも残すことなく殲滅してきた。

これは再び大戦を起こさせないためであり、それに相当しない者は自然の摂理に任せて見届ける、まさにこれが監視と治安維持であった。

しかし、元来その役目は誰がどれを担うといった細かな決まりはなく、ただ漠然と課せられた役目であったがその役目を受けてから幾星霜と時が経つにつれて、その時の流れに沿って地上は大きく様変わりしていった。

次第に大きくなっていくその規模に対して監視の目が不足すようになると、それらを単一の存在が担うには困難なものとなっていったため、その手数を増強するためにアトアイシス達は呼び覚まされたのである。

羽付き達には階級が存在する。

アトアイシス達はその役目の中枢を担う存在──カルネインといった。

カルネインに属する存在は元は単一の存在であったが、先の理由より増強に伴ってその数は複数の存在となった。

複数の存在はカルネインの純粋な存在であり、それらは更にその直下へと個体をいくつも置くとその数をいくつも増やしては不足するそれにあてた。

その複数の「純粋な存在」に当たるのがアトアイシスであり、カルネインという母体の最も中枢に属していたアトアイシスが直下に置くタークスライト以下の四者は言うなればその従者に過ぎなかった。

しかし、タークスライト達もまた「純粋な存在」には劣るものの、アトアイシス直下に在る事でその存在は充分にカルネインであると言えた。

 数少ない「純粋な存在」の中で、現存する最後の個体となったアトアイシスは自身を残すのみとなった今になっても、タークスライト達の策に乗り切れないのはアトアイシスという存在の意識によるものであった。

 カルネインという母体から生まれた複数の「純粋な存在」とそこから生まれた「直下の個体」は、その個が分裂する際に副産物として「個の意識」を有していた。

「個の意識」は偶発的なものでそれ自体に意味は無かったが、アトアイシスは「純粋な存在」の中でも特にその純粋な性質が顕著であり、それ故に「個の意識」というものに特別な意味を見出してはそれを尊重した。

アトアイシスは他の「純粋な存在」と違い「直下の個体」を従者としては見ていない。

これが、タークスライト達の策を真っ向から拒否する理由であり、それだけアトアイシスはタークスライト達を同等に見ていると言えた。

しかし、それを踏まえたうえでタークスライト達が推すその策とは。

それは単純なもので、分裂した存在を一つにする事であった。

離れた個を一つに帰す──共有。

身体こそ離れ離れなものの、その力を一か所に集わせる。

「共有」とは、五体の力を一つに纏め上げるものでその効果は絶大であり繊細であった。

元々一つのものが離れていてはその力を十分に発揮できないという事は当然であり、特にアトアイシスは四者を尊重していたために、その力を必要以上に四者へと分け与えていた。

その事を知っていた四者はそうであったがため、よりアトアイシスの拒否に退くことが無く、さらにアトアイシスが「純粋な存在」の中でも特別に共有が上手く扱える事を知っていたので尚さらに退くことが無かった。

四者が役目を優先する考えの中、アトアイシスが拒否する最たる理由がそこに在る。

共有とは、一度施せば「個の意識」が消えて無くなってしまうという事。

タークスライト達の「個の意識」を特別視するアトアイシスにとって頑なに拒否し続けていた理由の一つはこれであり、アトアイシスはそれを失ってしまう事を死も同然と捉えていた。

「それだけは……出来ない」

消え入りそうな声で、しかしその思いは大きく荒れてアトアイシスの口を衝いた。そして、アトアイシスは溢れる気持ちに堪えられなくなると顔を伏せてしまった。

しばしの沈黙がその場を流れて行くが、差し迫ったそれに対してアトアイシスはどうすればいいのか分からなくなっていた。

刻一刻と迫るそれがアトアイシスに対してひたすらに焦りを撒き散らす。

自身の周りを囲う様にして窮屈さを強いる焦りにアトアイシスは疲弊していくと、その周りは雑音がせめぎ合って余計に混乱を招いた。

焦るアトアイシスの周りで濁るそれらは更なる混乱を呼ぶ。

すると、アトアイシスは珍しい場面に直面した。

いつもの態度からはほとんど見られないその光景。

それはタークスライトの口から発せられて、アトアイシスに対して掛けた言葉であった。

そして、その言葉は濁った感触を瞬時に浄化した。

「安心しろ」

タークスライトからさっと出たその言葉にアトアイシスの感覚が透き通る。

アトアイシスを追い詰めていた嫌な感情がすうっと消えていくと、その言葉はアトアイシスにしっかりと届けられた。

「俺たちは元より定めに向かうだけの存在かもしれない」

「そして、今の俺たちの意思はその副産物に過ぎないんだろうが……」

そう言いとタークスライトは少しの間を置いたが、その思いをしっかりと言葉にした。

「俺たちは永遠に一緒だ」「どこかに消えるわけじゃねえ」

「本来の形に戻る、ただそれだけだ」

「だから……」

だから──その後に続く言葉をアトアイシスは充分に分かっていた。

するとアトアイシスは次に来るその言葉を前に、思いを溢しながらも四者へと顔を上げた。

アトアイシスの視界に入ってくるそれは、どうしたって眩しくそこに自身の言葉は無粋。

四者それぞれの優しさが垣間見えるその瞬間、アトアイシスは「天」が微笑みかけていると錯覚した。

「頼むぜ」

「頼みましたよ」

「頼んだぞ」

「頼みます」

タークスライト、ソルトゥエル、ゾルイアス、セクタリアス、四者それぞれの思いが一言に集約されている。そして、四者が一様に口にした先にはいつもその存在があり、それは今もそしてこれからも変わらない。

四者が呼びなれたその名──アトアイシス。


 個を消して「共有」される力は絶大であり繊細なもの。

その制御を任せられる者はこの場においてアトアイシスだけで、それを嫌という程に理解しているが故に四者の思いが心に突き刺さる。すると、アトアイシスは再び顔を下げてしまう。

逃げ出してしまいたい程に苦しい選択が自身の手に委ねられている。

逃げたいけど、逃げちゃダメだ。

逃げられないけど、逃げられるなら。

逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい……。

アトアイシスはしばらくの間、自ら発せられるその感情に振り回され続けた。

そして下げた顔の直下に思いを溢し続けるアトアイシス。

だが、タークスライトの言葉がその心に響くと雑音は消え失せた。

アトアイシスが再びその顔を挙げたその時、それを見た四人はほっとした表情を浮かべた。

「わかった」

一言だけアトアイシスがそう言うと、アトアイシスの覚悟が決まった瞬間であった。

そして、アトアイシス達は力の共有を施した。


 共有──それは、絶大であり繊細なもの。

アトアイシスは、自らを残して他の「個の意識」が無くなった事を感じ取ると、託された最後の「純粋な存在」としてそれら全てを請け負った。

最早物言わぬ存在と化した仲間に、悔しい思いが飽和状態になったアトアイシスは覚悟を揺るがせまいと力の限りに食い縛り、覚悟の末に見せたその感情を最後としてアトアイシスは全てをかみ殺した。

「純粋な存在」は自らの感情を捨て置くと、虚ろな目が見据える先へとただ突き進む。

アトアイシスもまた言葉を発する事が極端に減ってしまった。

すると、カルネインの領内にずけずけと入り込む存在が独り。

アトアイシスはそれを相手取る。


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