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第百六話

 空を翔ける一筋の閃光は指し示された光に沿うと瞬く間に「天」へと辿り着いた。

はずであった。

 光の速さに乗ったファシルはその凄まじい速度を維持しつつもひたすらに直上へと翔け続けたが、そこに見えるはずの景色はそこには無かった。それどころか、それとは違って無骨なまでの姿がその景色をひとしきりに覆う。

目的の「天」に程近いながらもその手前の場所に在る大きな建造物。

それを見たファシルは不審に思いつつもそこに身を止めては黒い翼をその背から消したが、自身の今いる場所が目的の所では無い事に確信を得ているようであった。

それはひとえに、その身体の決定権を有するファシルが以前に「天」へと辿り着いていたからに他ならなかったが、以前にはそこに至る道中にこのような建造物はなかったとファシルは記憶していた。

すると、ファシルはその建造物に対する不信感をはらみつつも目的を優先してはそれを捨て置くように再び飛び立とうと黒い翼を広げた。

そして、その身を浮かせるために黒い翼を羽ばたかせると途端にファシルの身体は宙に浮いたが、次の瞬間には羽ばたいた事で浮いたその身体はファシルが思っていた通りには動かなかった。直上へではなく真横に流れる感覚がファシルを襲う。

視界が直上を捉えつつもそのまま真横に流れて行った。

ファシルはその刹那に逃れようと──建造物から距離を取ろうとしたが、その力の前に為す術なく吸い込まれると、宙にあるその身体は引き摺られては建造物へと呑み込まれてしまった。

 建造物は「天」と地上の狭間に在るとその見てくれから堅牢な要塞を思わせたが、大きな口をそうするように音もなく大扉が開かれると、その静けさによって気付きが遅れた事からその見てくれの情報は吸い込まれていく最中とあっては無意味なものであった。

開かれた大扉は獲物を呑み込むと、またとして音もなく口を閉じていく。すると、その光景からか閉じる大扉がひとりでに動く様子は一際不気味に思われた。


 要塞の内部へと吸い込まれたファシルは、その身体を幾度も壁にぶつけつつもしばらく引き摺られ続けた。

そして暗い部屋に辿り着いたファシル。すると、途端に引っ張られる感覚が身体から消えた事に気付いたファシルは、所在を明らかにするため辺りを警戒しつつも探り始めた。

暗い部屋で恐る恐る伸ばされるその手。すると、その手は思ったよりも早く壁に直面して、その先を遮られた。

自身からさほど離れていない距離で何かにぶつかると、ファシルは別の向きへと変えては同じ動作を繰り返した。すると、またしても同じぐらいの距離で何かにぶつかる。

ファシルはありとあらゆる方向に手を伸ばしたがそれらはすぐにその何かに直面した。

尚も所在無げに辺りをくまなく探るファシルではあったが、自身の周りにあるその隔たりに対して確信を得ると一つの答えに至った。

「……閉じ込められたか」

ファシルを覆うその隔たりは、ファシルから等間隔に距離を取るとそれらを繋ぎ合わせたように全方向の壁を完成させていた。

仕掛けた罠に獲物を捕える様にしてファシルを閉じ込める事に成功すると、獲物を捕えた事が確認できたらしくその部屋の明かりがともり辺りが鮮明なものとなった。

急な明転にファシルは目を伏せる。しかし、辺りにいるそれらに気づくとすぐさま目をやった。

獲物を閉じ込めるための罠は極めて透過性の高い結晶で出来ており、そこから見えるそれらはファシルを囲う様に羽ばたきながらも、その六つの大きな白い羽を止めはしない。

互いの距離が近くその重なり合う程に密集したそれらは、大きな白い羽を互いに干渉し合っている様に羽ばたかせ続けたがそう見えているだけで重なったとしてもそこを抵抗なく素通りしていく様子からそれらは窮屈ではない様であった。

一見優雅にも見えるその羽ばたきは獲物を見下ろすと、不気味な程に静寂を維持し続けていた。

針のむしろのようにそれらの視線に晒されるファシル。

ファシルは自らもそれらに目をやりつつ窮屈なその結晶にそっと手を伸ばした。

結晶に触れては止まるその手。

ファシルはその手を力なく下げると自身を見下ろす五体の羽付きから目を逸らさずにその結晶から知り得た詳細に対して鼻を鳴らすと呆れのような声をポツリと漏らした。

「神経質すぎるか」

結晶は微弱ながらも内包した獲物から魔力を吸収していて、その魔力を糧に自身の強固さを維持しており内包した獲物の魔力に比例してその強さは増すばかりであった。

ファシルを閉じ込めるためだけに特化して作られた様なその結晶。

ファシルは触れた指先から知り得た感触で試すまでもないが、イリスをもってしても内側からの突破は不可能であると断定できた。

用意周到に作られた結晶。

閉じ込められた獲物が外に出るようと力を行使すればその度合いに比例して強固なものへと変わり、脱出の障害はより一層の困難を極める。

しかし、それほどに強固な結晶を前にファシルは失笑すると自らにその結晶へと再び手を触れた。

微弱ではあるものの触れる事でも魔力は吸収されるが、それに構うことのないファシルはそれだけ警戒して用意された結晶に対して見方を変えた意を脳裏に浮かべた。

すなわちそれは、それだけファシルを危険視しているという事に他ならない。

自身の待遇がこれ程に手厚いものとあってはそれだけに失笑も止むないもので、ファシルは嘲笑の意を露悪させると思い至った事を口にして「以前に」という切り出しで言葉を紡ぎ始めた。

「有用性が図れたからと言って、全く同じでは芸がないな」

「……いや、差異も無くはないのか」「精度は上がっているようだな」

「まあ、どちらにせよ……」

互いが見知った間柄のような物言いは、それを向けられた羽付きらに投げかけられるとその羽付きらの正体を明確なものとした。

五体の羽付きの羽ばたきは揺らめき続けると重なるようにしてその動作を同じくした。それはまるで互いが手を繋いでいる様で、その繋いだ手によって作られた環の中にファシルは閉じ込められていた。すると、その五体の羽付きのどれかも分からないが、そのうちの一体がファシルに言葉を投げかけるとその意図を問うた。

──天に何を求める。

先程の嘲笑を受け取らなかった羽付きは反対にファシルに言葉を授けたが、それはファシル同様に到底会話には至らず一方的なものとなった。そしてそれに対するファシルの答えはこれまた会話には至らない。

「貴様らには関係のない事だ」

会話とは、互いに譲歩してこそであるという事がこれ程までにわかりやすく伺える機会も珍しい。

そしてその歩み寄りがないまま続くやり取りは互いがぼそぼそと呟いている様で只々時間だけが過ぎていった。

──天に何を求める。

「貴様らの上の者に訊かれるならまだしも、貴様らごときでは理解も何もないだろう」

その言いようの後に続くのは先程のファシルの言葉であったが、さしもの羽付きであってもその回答を欲してはいない様で同じく元の言葉に戻った。

──天に何を求める。

「ふん、決まった事を繰り返すだけか」

少しばかりの苛立ちを内包しつつも呆れて口を衝いた言葉は自身にも当てはまったが、ファシルはその事に気付かずにその小さな不満を愚痴として言葉に乗せた。

「ならば、尚の事貴様らには言えんな」

──天に何を求める。

「そうかそうか、よくわかった」

決まりごとのように繰り返されるそれは、返答に求めたもの以外は受け付けてはいない様で、このままでは根競べに突入するのも時間の問題であったがそれは一言に無駄であると言えた。

──天に何を求める。

何度目かの問いに対していよいよ根競べが本格化すると思われたが、しかしそうは至らずファシルが折れる事でようやく問いに対して明確な答えを返すと、その答えには羽付きも求めていたものであったらしく問う事をやめた。

「全てだ、全てを求めている」

明確なものではあるものの、その範囲があまりにも大きく壮大であったため羽付きはしばしば静寂とは違った静けさをそこに生んだ。すると、その少しの間が結晶の中の獲物を沸騰させた。

答えに対して起きたその間は、ここに意味のない問答を終えた事を告げるとその反応の示す事に齟齬が生じた。

羽付きは意図してはいなかったその沈黙も、ファシルにとっては幼稚であると馬鹿にされたと勘違いしては間違いのない答えであってもそれ以外に言い表しようがなかったため、恥じらいが少しの苛立ちを押し上げた。

問答の間に過ぎた時間は只々一定で、その流れに沿った時の移ろいは締め付けられるような空気だけを残しては去っていったものの、その後に残された双方は互いに戦火を交えるまではすぐであると思えた。


 過ぎ去った時間は沈黙の重みを強めると後は互いの衝突を待つばかりであったが、そこに至るには壁が立ちはだかっていた。

問答の末に余裕綽々の羽付きらを睨む獲物。その鋭い眼光は激高してより一層の怒りを携えていたが、現状において手も足も出ないといった状態の獲物をなだめるかのように羽付きらは言葉を投げかけて釘を刺した。

身をわきまえよ──。

激高した獲物は今にも食って掛かりそうに息を荒くしているが、しかしながら檻から出てもいない内からする威嚇ほど滑稽なものはなく、羽付きらにとってはそれがあるために余裕な態度を崩す事はなかった。

激高するままに飛び掛かろうにも、またはそこから逃げようにも檻から出なければままならない。

その事をさして言う超然とした羽付きらの態度に獲物は激高した感情をさらに昂らせると思えたが、その感情がそれ以上に昂る事はなくむしろ冷静さを取り戻させては、本能をむき出したままの獣から理性を持った人のように獲物の態度改めさせた。

すると、理性を獲得した獲物はそれを成熟させるとついには堪えきれずに吹き出した。

理解できるからこそにおかしい、羽付きらのその言動。

そして当然に、置いてけぼりを食らった羽付きらの紡ぐ言葉は獲物の考える範疇を出る事がないものであったため、さらに笑いを誘った。

何が可笑しい?──。

檻の外の空気が張り詰めていくものの檻の中にまでは遠く及ばないため、笑い続ける口が閉じるまでしばしの時間を要した。

ようやく笑いが落ちついた頃、獲物はその意図を口にした。

紡がれる言いようは振り出しに戻ったように、互いの立場をがらりと変えると檻より聞こえる言葉からは尊大なそれが伺えた。


 ファシルはひとしきり笑うと未だに理解できていない羽付きらに対してわざわざそれを説明し始めた。

「この程度の結晶で俺を封じられると思ったのか?」

「イリスですら敵わないとはいえ、今の俺の手には三種が全てある」

紡がれた言葉を理解出来ないのか未だ沈黙を貫く羽付きらに、ファシルはため息を漏らした。それは勿論に、呆れの色を覗かせる。

「最早貴様らしか残っておらんのか、それとも貴様らで事足りると考えたのか」

言葉を紡ぐファシルは以前に相対したことがあるらしく羽付きらに落胆の色を見せつつもさらに言葉を紡いだ。

「いいだろう、この際はっきりと言っておこうか」

そう言ってファシルは目をつむると少しの間を置いて再び目を見開いた。

その瞬間に羽付きらは強い圧力にさらされた。

羽付きらに向けられる視線は強く相手を捉えては決して放しはしない。そしてその二つの内、赤い左目からは魔力が溢れ零れる様子が可視化された。

「五体でなら勝てると思ったのか……?」

先程までの事が茶番であったように思わせる程に、その言葉は外の空気感を寄せ付けなかった檻を介しているにもかかわらず外へと容易く伝播していく。

檻の外の張り詰めていた空気感が一転して息がつまるようなものへと変貌すると、自らの呼吸にも拘らず意図して整然と或いは丁寧に呼吸しなければならない感覚がその場を支配した。

一呼吸の乱れも許されない緊張感。

もしもその流れを乱そうものなら、その時が自らの死であると錯覚させた。

檻の中に在っても、この場においての立場は絶対的なもので間違いなくそれは変わらない。

捕えられてはいるファシルが場を支配しているこの歪な状況に更なる緊張の重しがのしかかる。

「貴様らはゼノムから三つを奪っていったが、それらの意味を何一つ理解していない様だ」

引き続き言葉が紡がれる最中、ファシルは自身の左手を顔の前にもってくると開いたその手で顔を覆った。

「これらが何を表すか、刮目しろ……!」

そう言い放ったファシルの表情は高揚して笑みがこぼれてはその左手の指と指の隙間から覗かせると、その笑みの意味を表すように先の言葉の意味を証明して見せた。

「来いっ……!!」

短く呼びつけるファシル。

すると、その呼び出しに応じて三つ全てが一堂に会したが、その光景に羽付きらは驚愕した。

呼び出しによってファシルの周りに現れたそれら三つであったがどれも一様に、檻の外に在った。

本来ならば獲物として捕えた者の全てが檻から出る事が叶わない。したがって、囚われたファシルに付き従う三つにも勿論に自由など与えられてはおらず、それらもファシル同様に内に収まっているはずであった。

強制された不自由へと関心を示さない三つのそれらは結晶の外に在ると、各々が自由にしかし規則正しくファシルの周りを飛び回り続けた。

三つはやがてその速度を徐々に速めていくと、各々の軌道は互いが主張するように激しく飛び交い、魔力を垂れ流してはその軌道に色を添えた。

それら三つを己が周りで遊ばせると、結晶に囚われ続けるファシルは不敵な笑みをままに鼻を鳴らした。

猛るそれらに歓喜の念を露わして、ファシルは顔の前の左手を強く握る。すると、レイリアからもらったそれが──左手の薬指に在る指輪が一際強く輝いた。


「レディウス・イリス・アーディス」


ファシルの口を衝いた羅列はその指輪を受け皿にしてそこに集うと、三つの軌道はやがて吸い寄せられるようにして円周を小さくした。

結晶に向かうにつれて三つの軌道が結晶を外からぎりぎりと削っていく。

獲物の魔力に比例して強固なものとなっていた檻を見る見るうちに削ると、それは間も無くに砕かれて三つは指輪に定着した。

強い輝きが三つの落ち着きをもって収まると指輪が姿を変える。

黒いアームの外周にぐるっと施された小さいな宝石の数々が綺麗に輝き放ち、左右で色の違うサイドストーンと一際目を引く大きなメインストーンがそこに備わった。

かつての指輪を自身の手中に収めたファシルは、禍々しいまでのその指輪をもってその場に多大な量の魔力漂わせ始めた。


 緊張に緊張を重ねた羽付きらは動けずにいたがファシルの指輪を見るなり、視覚から神経伝いに自身の中枢へと情報を伝わらせると、それは突如として舞い込んできた報せを激しい警告音と共に理解した。

その報せは、死がまかり通る。


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