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第百五話

 ただ一点を照らす灯りは力強くあると闇に呑まれることはなかった。しかし、闇がもたらす暗い領域はそこに切迫すると今に侵すと思えた。

(ピュールよ見ておれ……主の仇は必ずや我が手で!)

リュグネロアがピュールへと誓うと、黒の一帯の侵攻はせき止めていたものが無くなった様に怒涛として流れ込んだ。

聖域を侵す事は、他方のそれを侵したことに始まるとそれだけに根深いものとなっては、期せずして訪れた機会に対して黒の一帯の攻勢が一切の容赦なく訪れた。

止めどなく流れ込むそれらは、領域を跨ぐと怨念が力となって侵食せんとしては煩わしい程に粘着いて、執拗にその境界を溶かそうと張りつく。しかし、闇より出でたそれらは境界を跨ぐと尖兵から真っ先に蒸発して、怒涛のような攻勢もその勢いを削がれていく。

境界の突破にいそしむ尖兵のそれらも跨いだ先で役目を果たす事無く消えていくが、しかしながらそれらは末端に過ぎず黒の一帯の本隊はまだまだ境界に辿り着いていないようであった。

リュグネロアは闇より覗くと、その狭い領域を保ち続ける青い瞳の者へとさらなる黒の軍勢をもって侵攻した。そしてその勢いを増す黒の軍勢をもって領域を超えてはその中心に立つその青い瞳を抉り取って握りつぶさんと怒り奔り狂った。


 黒の一帯は、うごめく数多の感触で視覚的にも聴覚的にも不快感を与えると吞み込んだ者へと死を促した。

 目に見える全てがその者の最も忌避したものへと変わり、その全てが無軌道に動く様からは己の手中からは想像を絶する程の手に負えない感覚がひた走ると、先の読めない事柄から受ける不可解な感覚がその者の不安を煽っては内なる感情として「拒絶」を想起させた。

 耳に届く全てがその者の周りの至る所から聞こえて、それらは羽虫が翅を忙しなく動かすものとも、突き立てた爪が金属の表面を擦るものとも、小さなものが潰れる破裂のものともどれとも取れないが、それらは必ずその者の記憶から答えを想起させては耐えがたい連続から「後悔」を打ち付けた。

 黒の一帯がもたらす全てはいずれによって呑み込んだ者を苦しめると、それらはどれだけの時を刻もうとも慣れる事はなくそして逃れられなかった。それ故に死が最も身近な救いであると錯覚させた。

しかし、その「拒絶」と「後悔」の只中にある青い瞳の者は闇と対照的な領域下に身を置くと、只々毅然と立ち続けるのみでその様子からは抵抗の意思がないようにも伺えたが、それはひとえに「絶対の自信」と「当然の帰結」を心に秘めていたからであり、青い瞳の者にとって黒の一帯は機能していないも同然であった。


 領域を突破して他方に攻め込まなければ意味をなさない。その事を嫌という程理解していたリュグネロアは一方的な戦火を尚も続けた。しかし、青い瞳の者の抵抗が希薄な事を鑑みるとその力圧しが無駄であるとも思えたが、リュグネロアは自身の考えを信じて疑わずなんなら優勢であるとすら考えていた。すると、リュグネロアは一つの考えに至った。

(これは……!)

何かがリュグネロアの頭によぎった。

それは、もしかしたらという程度のもので確信には至らないものの、しかしながらその限りなく確信に迫った考えはあと少しの何かによって完結すると思われた。

そんな感触が芽生えたリュグネロアは、その微妙な加減であるが故に動けないでいたが、それを肯定するように黒の軍勢の攻勢が青い瞳の者の領域を狭め始めた。

黒の軍勢の本隊が到着したという事は、ここから先は時間の問題であって、その有様はリュグネロアの考えに確信を添えた様であった。

リュグネロアは得た確信の下に力の限り圧し切ろうと動くと領域を侵食する速度を速めた。

 黒の一帯に囲まれたその狭い領域も、黒の軍勢が着々と圧し狭めると青い瞳の者の動きをさらに制限した。

リュグネロアにとっては今までの行いが報われた瞬間であり、目の前の仇を一方的に嬲り殺しに出来るまたとない絶好の機会であった。

その機会が来たリュグネロアは自身の考えを確信から

──それが当然であり、

──やって然るべき事柄であって、

──そうしないのは不自然な事だ、

そういった考えに至らせると差し向けた軍勢へ持てる力を余すことなく注ぎ込んだ。そして、更なる力の集中が元より狭い領域を狭めては青い瞳の者の行動を完全に封じた。

 今すぐにでも殺してしまいたい相手──青い瞳の者。その者を完全に手中に収めたリュグネロアは、次に来るであろう光景を想像するなりそればかりを頭一杯にして耐えかねると、主であるピュールを胸に抱いてはより一層込めた力にその思いを乗せた。

鷲掴みにした仇の心臓を、強く握る手から脈動を感じつつも、後は握り潰すのみ。

この言い表しようのない感覚に浸ったリュグネロアは、ゆっくりとしかしながら余韻には浸らずその握る力を確かなものとした。

圧し切れてしまえば自身の勝ちが確定する。そして、自身の運命にも勝ち得た事になるリュグネロアは自らの手の感触に傾倒した。


──ぎゅっ。


しかしその瞬間、「握る」感触は「握られる」感触へと変わった。

妄想のように膨れ上がっていた光景が一気に現実へと引き戻されると目の前に映し出されていった。

領域から伸びた手がその境界を跨いでいる。

本来ならその手はこちらには向いていないはず。しかし、目に映るのは自らに向いた他者の手。

その光景──言葉を失ったリュグネロアは耐えず在り続けるその手に目を奪われた。

黒の軍勢の只中において消えるはずのその手がそうなる事無く自らに向けられると、その手はそれどころか黒の一帯を掴んでいた。すると、ようやくに聞けた言葉にリュグネロアは格の違いを見せつけられた。

「閉じていく闇か……この領域で俺を閉じ込めたつもりだろうが……」

言葉を紡ぐ最中、握る手に迸る小さな雷。

それは許容量を超えて漏れ出ている様にも、怒りを表しているようにも伺える。

すると、握るその手を中心に淡い光が煌々としたものへと変わると、黒の軍勢を押し退けて領域を広げていく。

そして、その手に握ったものを白日の下に晒すとそれに向かって解放され雷が一気に駆け抜けた。


「勘違いするな……閉じるという事は、貴様も逃げられんという事だ」


瞬く間に黒の軍勢を退けては黒の一帯の中を乱反射した閃光は、はらわたを抉るように

内部からそれを押し返した。

駆け抜ける眩い閃光──それは、青い瞳の者が無詠唱で放ったもので、最上級の雷撃であった。

黒の軍勢の一方的な攻勢も、黒の一帯を押し返したそのままにその領域の押し合いに終止符を打った青い瞳の者。すると、黒の一帯の破裂をもって両者は元の景色の中へと放り出された。


 一辺倒な景色を看破した青い瞳の者は手を伸ばした姿のまま立ち続けると、大きく退いたリュグネロアを見やっては静々としてその手を下げた。

一方、その者の澄んだ青い瞳に囚われたままのリュグネロアは力の違いをまざまざと見せつけられると、淡い期待に後悔してはそれらの考えを捨てた。そして、圧し潰し損ねて散らばった欠片を見てはその逆の展開へと動き出すと辺りに散見する欠片を自らの身体に収束させた。

力なくも集まる欠片であったが、砕けたその身の欠片は元の半分にも満たない。すると、リュグネロアはその欠片を自らの身体に秘めて反転させると持てる力の限りにそれを解放した。

黒の一帯が呑み込む事ならば、解放された「それ」は吐き出されたも同じ。

しかし、二つにには大きな隔たりがある。

それは、吐き出された「それ」が呑み込む事ほどに生易しいものではないという事であった。

後がないリュグネロアが解き放った「それ」。

力の全てが乗ってそのままに形を成したそれは──黒い結晶。

リュグネロアの最後の力である黒い結晶はとても小さく見失う程ではあるものの、青い瞳の者へと向かうその結晶は触れるもの全てを力に変えた。

気体も塵も破片も残骸も色も音も、何もかも力に変換する黒い結晶。

概念が力の根源であるその黒い結晶は、今に青い瞳の者もろ共この場を、ひいては地上を消し去ると思えた。


 リュグネロアは力の殆どを黒い結晶に注ぐと、後に残るのは命の灯だけであった。

引き摺られる様に摺り減らす自身の脚は、放たれた黒い結晶が蓄積した力によって会得した吸収する術によって引かれる身体を支えるために酷使されると、リュグネロア自身も黒い結晶の行く末が分からずその行く末を見届けるために生存する事へとしがみついた。

 得た力の変換は黒い結晶の意思に委ねられており、力の蓄積を優先して効率化を図った結果としてその力の吸い上げは時と共に増していく。

解き放たれた黒い結晶はリュグネロアから青い瞳の者へと向かう形で突き進んでいるが、吸い上げる勢いが刻一刻と変化すると離れていくはずのそれからリュグネロアの身体は離れられない様であった。

(くっ……!)

リュグネロアにとって、黒い結晶を外に解き放つ事はある程度仕方のない事であり想定にはあったものの自身の余力が想定の遥か下にあると、引き摺られる身体をその場に留まらせるために自らの脚で地面を抉りつつも脚自体も抉っては吸い込まれまいと踏ん張り続けた。すると地面を確かに踏みしめる脚に限界が近づいて、じりじりとして引かれていたリュグネロアの身体が少しだけ宙に浮いた。

すぐさま着地してみせたリュグネロア。しかし、その短い事故で距離が一気に詰まってしまった。

先の雷撃の影響で、形が残っているだけでも奇跡に近いリュグネロアに余力は殆ど残っていない。

踏みとどまる事にどれだけ尽力しても想定の甘さが力をほとんど残さなかったため、踏みしめる力も甘くなり、結果が最悪な方向に向かったのは必然であった。

このままでは黒い結晶が青い瞳の者に接触する間際、リュグネロア自身も巻き込まれてしまう。

何としてでも巻き込まれる事を避けたいリュグネロアは摺り減らしては見るに堪えない脚で地面を踏みしめると、そうする以外の方法が残されていなかったが、尚も引き寄せられるリュグネロアの身体がそこにあった。


 リュグネロアが尽力する傍ら、黒い結晶を挟んだ反対側の青い瞳の者はある事に気が付いていた。それは青い瞳の者にとって初見の、黒い結晶の仕組みであり弱点であった。

黒い結晶は時間が進むにつれて力を蓄積して強くなっていく。

黒い結晶が最終的にどうなってしまうのかはその黒い結晶に力の方向が委ねられているためにリュグネロアですら分からない。

最終的な完成がいつになるのかも分からず、そもそもこれ自体が攻撃なのかこれから何かが生み出されるのかと色々分からない事だらけ。

ありとあらゆる事が不可解で歪な黒い結晶。

しかし、この結晶のを突破する方法を青い瞳の者は見出した。

それは黒い結晶が力を蓄積する仕組みであった。

黒い結晶は与えられた若しくは触れた物事を力に変えている。すなわち、時間の経過がそのまま力となっており、逆に言えば時間が干渉しないと力の蓄積が進まない。

その事に注目した青い瞳の者は

──力の吸収をさせなければ、その時間さえ与えなければ対処できる──

と考えた。

時間が止まっていれば、黒い結晶は力の蓄積が進まずその強さが固定される。

そのためには時間を止める必要があるが、青い瞳の者はそれが出来ない。しかし、疑似的にそれをすればいいと考えた青い瞳の者。

刹那の中のさらに微細な時間。それは止まった時間に限りなく近くひたすらに細かな時間で、その時を作り出せたなら自らの剣の力が吸収される前に黒い結晶を斬る事が出来る。

そうなれば黒い結晶が今蓄積している力の絶対値と比較した時、青い瞳の者の剣の力の絶対値が勝る。

微細な時間の中で、自身に迫る剣を察知して黒い結晶が剣の力を蓄積し始めるが

──現時点で黒い結晶の蓄積している力

──微細な時間の蓄積

──迫る剣の力

これらの総量よりも、青い瞳の者の振るう剣が斬る力が勝れば対処できる。そして今ならそれが間に合う。

青い瞳の者は自らの剣に手を伸ばすと鞘からそれを抜いた。

そして次の瞬間には、()く駆けた。

迷いなく黒い結晶へと飛び込んだ青い瞳の者。

黒い結晶に切迫したその者は自身の目測に全てを掛けて剣を振るった。

両者の接触が、対照的な色を重ねる。

それは七つの色を撒き散らすと、大きな衝撃波が生まれて辺りを伝播した。


 大きな衝撃が落ちつくと、青い瞳の者は小さくため息を漏らした。それは一仕事終えたような、やりきった時に出るようなものであった。

青い瞳の者は自らに纏った澄んだ気を消していく。

それは、リュグネロアの攻撃、黒い結晶が届かなかった事を表すと黒い結晶が跡形もなく失われた瞬間であった。

立ち姿のままに手に持った剣の、いつの間にかついていた血を振り落とす青い瞳の者。

すると、その者はその血から何かに気が付いた。血により感じられた微かな痕跡。

それは青い瞳の者にとっては久しく思えて、すぐさま向き直った。

青い瞳に映る、リュグネロアの身体には大きな風穴。

「貴様……あいつの」

名も知らぬ、自ら手をかけた者の様子が思い出されるとそれはリュグネロアと重なった。

青い瞳の者にとってピュールには思うところがあったようで、その事をリュグネロアの血から思い出させられたが、その感情がつまらないように思えたのか青い瞳の者はリュグネロアから視線を逸らした。そして物言わぬそれから逸らされた視線は空に舞った。


 相対する者の言葉を聞いたリュグネロアは自身の力が及ばなかったことをはっきりと自覚すると、灰に消える身体から抜け落ちる魂は思いを告げるように失われた。

灰と消えるそれからは表情は伺えない。しかし、無念の意が立ち込める中でまた違った感情が垣間見えた事を誰も知らない。主を追うそれは暖かさに包まれた。

(眷属よ……すまない)


 青い瞳の者は空に向けた目で違和感に気が付いた。それは生前のリュグネロアが青い瞳の者と相対した時点で考えていたもう一つの事に由来した。

 リュグネロアが青い瞳の者と対峙した時に考えていたもう一つの事というのは、その者に対して自身の力では到底叶わないという事であった。

圧倒的な実力差が纏う澄んだ気から感じ取れたリュグネロアは、勝ち目がない事を理解して運命に身を任せた。すなわちそれは──足止め。

その役割こそが運命であると先読みより理解すると命の終わりがそこに在る事に心底苛立ちを覚えたが、理解に感情を乗せないリュグネロアは諦めつつもそれに没頭した。

最良の結果であろうとも自らの死が決めつけられる運命に対して納得は程遠い。

しかし、自ら死にゆく事が最良で最善の策ならばと、リュグネロアは足止めという本懐を遂げるため役割を全うするにあたった。

そして解き放たれた最後の手段は青い瞳の者を殺すためでもあったがそれを成し遂げられなかった。しかし、黒い結晶には元より隠された意図が内包されていた。


 青い瞳の者は灰と消えるそれよりも空に向けた瞳でそれを見ていた。

そこに映るのは「天」へと繋がる柱で、自身もそこから「天」へと向かうつもりであった。

しかし、青い瞳の者が見て捉えたそれに違和感が生じると、リュグネロアの私怨もさることながら隠された意図がそれを生じさせており、そしてリュグネロアの本懐は遂げられていた。

「天」へと繋がる柱が崩れ去っていく。

リュグネロアの本懐である足止めは、青い瞳の者の死ではなく柱の崩壊をもって達せられた。

あらかじめ、万に一つもない勝ちを夢見るよりも大方の予想の通りに自身が死ぬものと考えては、リュグネロアは相当量の魔力を青い瞳の者越しの魔法陣にも向けていた。

しかし、対峙する最中に見えた淡い期待に身を寄せて黒の一帯が敗北してしまったが、それを考慮して放たれた黒い結晶は元より青い瞳の者を殺せない事は想定されていた。

黒い結晶を構成していたのは、半分の打算と半分の意地であった。

打算は青い瞳の者を超えた先の魔法陣への接触であった。それは青い瞳の者に全く傷を負わせることが無かったものの、地面に描かれたそれにほんの小さな綻びを作りえた。

そして僅かながらも欠いた魔法陣は「天」へと繋がる門である柱を閉じていく。

機能を失った魔法陣が柱を崩れさせるためには時間を要したが、その時間は剣に付いた血が余韻をもって稼ぐと、リュグネロアの足止めは成功した。

閉じていく柱によって「天」へと向かう術をなくした青い瞳の者。

すると、その状況に直面したその者は険しい表情を浮かべたが、それをすぐにやめた。

がらりと変わる環境に青い瞳の者は自身の表情もそうさせたが、それを伺い知ることは叶わず、それを知る術は「天」より見下ろす他に方法がなかった。

その場に独り取り残されたその者。

「天」を仰ぐ青い瞳に宿るのは怒りか歓喜かそれとも……。

尚も続く視線の先には青い瞳の者のみが知る事がそこには在った。

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