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第百三話

 二手に分かれた亡骸が天に帰ると、ファシルは手に持ったアーディスに再び命令を下した。

ひとりでに頁がめくられると、ぱらぱらとした音を鳴り響かせた。

アーディスが指し示す開かれたその頁に書かれた文字は光を放つと辺りの景色を変えていった。

次第に変化して本来の姿に戻っていく景色は、そこに秘められた姿を現させると守り手を失くしてもぬけの殻となった神殿がただひっそりと佇む姿を覗かせるばかりであった。

そしてそれを見るなり少しばかり手を止めたファシル。

外観こそ先の二つと同じ神殿の姿は、その外の見てくれに意味が無い事をファシルに感じ取らせた。

「やっとか」

ファシルは、入らずともわかる内部の空虚なその場所だけに目を向けると無意味な外観に手をかけた。

ファシルは小さくため息を漏らして、整えた鼓動の下に自身の魔力をアーディスに注ぐ。すると一際強く輝いたアーディスが神殿を瞬く間に砂と変えて、それと同時に呼び寄せた風をもって神殿を押し退けた。

砂塵が去るにつれて現れる神殿内部に隠してあったその場所──本来の姿。

その様子からは、繋がりを無くしてから久しくの間に役目を果たしていなかった事が異様な静けさから伺える。

ファシルは眼前に現れたそこをまじまじと見た。

そこに現われたのは神殿の作りとは明らかに違う物であった。

一見にして材質から何から違うと分かる違和感は、それが地上に在るにも拘らず馴染む事がないと理解できた。

アーディスをもってしても消える事のなかったそれは、魔法陣の描かれた大きな床であった。

面一で区切りがなく大きな床はそれ自体が一枚で出来ており、そこだけ見ても地上にあるどの製法でも作る事の出来ない物であると見て取れた。

そして、床一面に隙間なく描かれている大きな魔法陣。

その魔法陣は、大小様々な複数の円が同心円として重ねて描かれており、その間を埋めるように多種多様な文字から絵からと複雑に絡み合う様に描かれていた。

そしてそれら一つ一つの円は目視できる程に、帯びた魔力を辺りに漂わせている。

神殿が外との隔てりとしてあった今までとは違い、剥き出しの床のそれは本来の目的のために今に動き始めた。


 ファシルは手に持ったアーディスをぱたんと閉じるとそれを消した。

いよいよもって、時が来たと気を引き締めたファシル。

ファシルは顕著となったその床にゆっくりと近づくと、そこに向けて一歩足を踏み入れる。

真剣な面持ちのままに、しかし恐れる事なく踏み込んだファシルの一歩はズケズケとその円の中に入っていった。すると次の瞬間、そのファシルの一歩が床に踏み入るのと同時に強い気の流れが「天」より雪崩れ込む。それは、風に舞いながらもそこに残っていた砂塵をもろとも全て、拒絶するように消し去った。そして、尚も続くと突如として出来た大きな流れは止めどなく押し寄せて一気に流れて行く。

ファシルは怒涛のような気の本流に圧されると後退りしそうな体を踏みとどまらせるために踏み出した一歩に力を込めた。

中州であるかのように怒涛を二分するファシル。

ファシルは、圧し流されていく淀みをよそに片手で顔を覆いながらも砂塵を避けると、視線をそらさぬようにそれを見続けていた。


 少しの淀みも許さず雪崩れ込んだ気の流れが神殿跡を澄み切った場所に仕立て上げると、そこには「天」より降り注ぐ眩い光が在った。

それは光の柱となって地との隔たりを失くすと、全てを繋ぐ。

魔法陣を照らすように降り注ぐ光の柱。

その柱は辺りを眩く照らすとそこを起点とした波紋のように、澄んだ空気を波及させた。そして、そこは先程までの激しさが嘘のように穏やかなものとなった。

落ちついた魔法陣の上、ファシルはその中に踏み出した一歩を軸に更に反対の足もそこに踏み入れると、まだ外周にほど近い位置でありながらも完全に魔法陣の中へと入り込んだ。

魔法陣の中に入ったファシルの体に特段変化は見られず先程の拒絶も感じられない。するとファシルは魔法陣の中にて立ちながらに床を踏みつけるその足に力を込めたが、それであっても自身に危害が及ばない事を確認すると向き直って魔法陣の外に目をやった。

そこには寝そべったままのリュグネロアの姿が見える。

「いくぞ」

然も当たり前のようにそう声を掛けたファシル。

それは今において、共有するファシルの体を動かす「表層の者」の記憶がそうさせたものであった。

立ち入った魔法陣の意味を全て知り得る「表層の者」は再びのそれに何の感慨もない様で、当然の出来事と受け取るとリュグネロアに声を掛けたのであった。そして、リュグネロアがただ眠っているだけである事も当然に気づいており、その物言いは少しばかり無粋にも伺えた。


 目をゆっくりと開けたリュグネロアはファシルの声に応じて伏せた体を起き上がらせた。

しかし、起き上がらせたその体は未だにいくつかの傷が散見しており、それらから見て取れる所感としては誰の目にも安静が妥当と思えた。

(……先に行け)

後から追いつく、とやはり体の傷が気になるのかすぐには動こうとせず、ファシルに同行する事を遠慮するリュグネロア。

その言葉を聞いたファシルは少しの間を置いて「わかった」とだけ素っ気なく返事した。そして、降り注ぐ光の柱の中で魔法陣の中心へと歩みを進めるファシル。その歩調は平坦なもので、無感情なその足取りはすぐにそこへと辿り着かせた。

中心に辿り着いたファシルは空を──「天」を仰ぎ見た。

≪フィリオース≫

光の柱の中心でばさっと大きく広げられた黒い翼。すると、後はただ床を蹴って飛び立つだけのファシルが「天」を仰ぎ見ながらもそこから視線をそらさずに口を紡いだ。

「待ってるからな、必ず来い」

先程の素っ気ない返事とは違い、誰が聞いても分かる程の明らかに強い思いの込められたその言葉。

ファシルの放ったその言葉は命令口調とも取れるものであったが、それに込められた思いをはき違えるほど先が読めなくなったリュグネロアではなかった。

しかし、リュグネロアは敢えてそれを鼻で笑った。

そして、地面を蹴りその身を浮かせたファシルが「天」へと駆けて行く。

その姿は白に程近い光の柱と限りない黒の翼が対比となって、リュグネロアの目には絶世の姿として美しく映り抜けた。


 ファシルを見送ったリュグネロアは自身の体に力を込めるとその体中の傷を瞬時に治して見せた。

リュグネロアはファシルを一人で「天」へと向かわせるために一芝居を打っていた。それは、ファシルを納得させるための手段として行われると、他に方法を思いつかなかったリュグネロアには仕方のない事であったが、それを見抜けぬファシルではない事もリュグネロアは理解していた。

(許せ、小僧)

それら全てを飲み込んで、言葉短く「天」へと向かって行ったファシルへの償いが口を衝いて出たリュグネロア。

リュグネロアは「天」に向かうファシルの姿をそこそこに、そことは違う方向を向いた。

それはひとえに自身の先読みをもって知り得た未来に起因した。

あまりにも直近の未来の事で、リュグネロアの選択肢を一つに絞らせる程に緊迫したその未来。しかし、それは今に見えたわけではなかった。

サーディアから使命を授かった時から──ファシルを連れてビスベーリトを発った時からおぼろげに見えていたその未来。

先読みの力をもって知り得た未来の自身の行く末は「天」には辿り着くものではなく、いずれかの地において終わるものであった。

それを知っていたリュグネロアは、最後の門番である羽付きの死をもっておぼろげな未来を明確なものとして受け取ると、この地に留まる事を余儀なくされたのであった。

全身の傷を治してもまだ、余りある力がリュグネロアの体を覆う。

リュグネロアは(きた)る行く末に向けて限界を超える力を轟かせると波動を生んだ。

そしてリュグネロアはその行く末を超えて「天」へと辿り着くため、結末を運命づけるその者を待ち構えた。

するとリュグネロアの前に今、その者が現れる。

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