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第九十九話

 ボーっとするそれを振り払うようにファシルは頭を左右に振って、濃い霧と共に自身を包囲した羽付きへと視線を向けた。しかし、濃い霧が羽付きの姿を完全に隠しているために、相対的な距離が分からないもののそこに居る事は確実なものであった。

動向を伺うファシルと、羽付きも同様に相手の出方を伺う。

両者のそれは、気がつくと不気味なまでの静寂に自ら動く事で罠に飛び込む可能性も考えられたが、じっとしている事で被る不利益も考えられた。すると、ファシルは前者を選ぶと濃い霧の中へと飛び込んだ。


 ファシルの素早い動きはそれ自体を追う事は不可能な程に速かったが、それにつられて流れる濃い霧がその軌跡をもってファシルの所在を明確にしてその情報を逐一伝えると動向を伺い沈黙を貫く羽付きに更なる余裕を持たせた。

向かう先向かう先どこに飛び込もうとも、羽付きを捉えたそこに振り下ろしたイリスが全くに感触なく空振りに終わる。それどころか、そのイリスの動きに沿った霧が手元すらも危うくなるほどに更に濃くした。目の前に手のひらを持って来なければ見えない程に濃くなる霧のそれは、ファシルのその体と同化したように密接に張りつくと視界を真っ白にしていく。一挙手一投足が筒抜けとなったファシルは、やがてその身を止めて只の的に成りえたがその危うさに微塵も動じないファシルがそにはあった。

 捉えているはずのそれをいくら掴もうとしてもその手を抜けていく。しかし、確実にそこに在る。ファシルはその事に気が付くと、敢えて偽物を掴まされている事の気付きがそこには在った。そして、その法則性に自身の予測を加えて更に進めると完全に捉えるに至った。

 濃い霧の中を流れて動くその気は流動的で捉えどころが無いように思えた。しかし、現状に相対する表層のファシルによれば、最早それに惑わされる事はあり得なかった。

「気が駄々洩れだ……!」

立ち尽くしていたファシルは言い切ると、次の瞬間にはその手のイリスをおもむろに投げていた。

霧をかき分けて突き進むイリス。それは景色に一筋の光をもたらした。

イリスの軌道に沿って押しのけられて見えたその先に、羽付きの貫かれた姿。それは、突き刺さった感触こそないものの分身の一つを消した。そして、自然と笑みがこぼれるファシル。

「逃すか……!」

ファシルはイリスを次の標的に向かわせると同時に、明らかな動揺した雰囲気のそれらに数で対抗するため次の手を打った。

≪ドッラ≫

最早そこに濃い霧が在る事が意味を無くした瞬間であった。

複数の黒い球がファシルから離れて散っていくとそれらはすぐさま標的へと飛んだ。

白一色の景色に侵食する黒。それはまるで爆発したように勢いよく全天に進む。そして、辺りに点在するそれらは瞬く間にまやかしの身を蹴散らしに掛かった。


 霧の中で行われる伐採は一方的につつがなく進んだが、そこにあるはずの唯一の実態を捉えられずにいるとしばしの勢いを殺すように、その数が覆ってはファシルを再び劣勢に陥れた。

直近の分身体を削ったファシルはその手を止めることなく耳を傾けた。

「諦めの悪い奴だ」

結果は変わらないぞと続く言葉は霧の中の何処に居ても聞こえる。

その声は、その場で反響するようにファシルの中で反芻した。

「……フッ」

すると、微かに鼻で笑うファシルがそこに在った。

全てが自身の記憶の中にある表層のファシルはそれらを見据えるとイリスを呼び戻した。それを握りその地に突き立てた。

「時間稼ぎは済んだか?」

羽付きの行動の目的を決めつけてかかるファシル。しかし、それは全くに的を外したものではなかったようで、その言葉が気に障ったように、羽付きの言葉が止んだ。

不気味な程の静寂が霧に溶け込む。風の流れの微かな音すら消えて固定したように無音の場所へと突入した。

 全くの無音がもたらすそれは、変わり映えのしない景色にもどかしい程の不快感と緊張を添えると、ファシルは手から伝わる感覚によって分身体の勢いが無くなった事を理解した。気配を殺す二者間に無が漂う。じりじりとにじり寄る気持ち悪さが充分に満ちた瞬間であった。

ファシルはイリスを手に取った瞬間、一瞥なくそれに突き立てた。


 火ぶたを切ったように、それら怒涛が真っすぐにファシルへと突撃して向かってくる。

お互いに視界を遮るものは無いとした今、絶え間なくそしてあらゆる角度から来るその攻めはそれこその姿形がないものの、ファシルの振るうイリスを崩すには至らない。

流れる線は一繋ぎでありその軌跡は全てを断つ。

自身に迫る危機に動じる様子は皆無のファシルは、所作もさることながらその表情からも余裕が伺えた。そして、その周りを行き交うイリスとその無駄のない身のこなしは「後継者」そのもので、ファシルにとって取るに足らない事であった。

「お前の見た結果はこんなものか……?」

蓄えた力とそれに伴って要した時間の割りに手応えのない羽付きの攻め。

ファシルはその勢いを削ぎ続けると、やがてはそれらを捌ききった。


 再び訪れた沈黙にファシルは付いた汚れを払うようにイリスを振るう。

シュッとした風が切れる音に添うイリス。

ファシルは言葉にはしないものの「次の手はなんだ?」とした表情をのぞかせて、その場に佇むとそれを待った。

余裕綽々の様がありありと伺えるファシル。

全く隙の無い表層のファシルはその力量をもって羽付きとの差を明確なものとすると、これにて攻守交替となってはそのままに終わりに向かうと思われた。

しかし、それは表層のそれに尽きる事で、内面に落ちつくその者は違う。

羽付きはそこを狙った。


 急いでファシルの下へと飛ぶリュグネロアであったが、機能しなくなって久しい先読みの力に添って嫌な予感を受け止めていた。

物理障壁に取られた時間はほんの僅かな時間であったものの、それすら惜しい。

ファシルに近付く程に濃くなる霧をかき分けて進むリュグネロア。

やがて、目的の場所が目と鼻の先に迫った時、リュグネロアの目に飛び込んできた光景に今までにない悔しさを味わう事となった。

 長い間静止したような、永遠にすら思える程に長く感じられるその瞬間は勿論に止まってなどいない。しかしその瞬間だけは、時が止まったように感じられる程に大きな出来事がまかり通っていた事は間違いではなく、それはリュグネロアの視線の先に広がったいた。


 改めて羽付きの出方を伺っていたファシル、それに差し迫った羽付きの凶刃。

全てを退けたファシルは自身の背後に現れた羽付きに向き直るとそのままにイリスを振り下ろした。はずであった。

その目で捉えた姿形に一切の躊躇がない──表層の者。

しかし、その瞬間だけに動かない自身の体によって「表層の者」は羽付きに対してただ無防備を晒すと、舌打ちして言葉を発し当然のように貫かれる自身の体を見届けつつも「只のまやかしだ……馬鹿が……!」と貫かれる痛みに耐えつつ更に吐き捨てると、その言葉の窘めた先は羽付きではなかった。


 ファシルは差し迫る凶刃を躱す事が出来なかった。

というよりは、躱さなかったという方が正しかった。

それはファシルにとって優に躱す事の出来るものであったが、その姿形を見た事によって揺り動かされた「深層の者」がそれを邪魔した。

白濁した頭にはっきりと突き刺さるその光景はその両目を通して二つの違いに訴えかけるとまんまとその狙い成功させた。そして、その瞬間に二つの差は各々を体現した。

「深層の者」はその身を止めてそのままに凶刃を受け入れ。

「表層の者」は舌打ちして言葉を吐き出させた。

全くに別の反応を示した通りに羽付きの目論見は完全に成就すると、その狙いは正しかったと言えた。そして、ファシルが沈黙するとある言葉だけが空しく響いた。

≪ルーア≫


 その身に宿る二つの内、片方はそれを見るまでは静まり返っていた。だが、一度目に入ったその光景に見紛う事などあり得ない。そして、それだけにその動揺は大きく現れると共有するその身を一時的に独占した。そして、その瞬間をもって羽付きはファシルの体に凶刃を突き立てた。

真に信じたものが崩れていくように、鉱物における急所を貫かれたその瞬間──ファシルの体は粉々に砕けてしまい、その最中に「深層の者」の片鱗が如実に現れた。

表情に似合わない雫が片方の目から頬を伝って流れて行く。

二つの感情が混ざった顔からその雫が地に落ちる瞬間、状態の変わったそれは地に落ちた衝撃で砕けるとそれに合せたように、その身も共に砕けた。

ファシルが見届けたその視線の先に映っていたのは、ファシルが想う者の姿であった。


 リュグネロアの眼前で起きた出来事は、そこまであと一歩という距離であった。

あと少しだけでも早ければと考えたリュグネロアではあったもののそれは瞬時に怒りに変わると、その場から去る羽付きを殺すためだけにその身を動かしていた。

目に見えて振動が伝わる咆哮はそのままに羽付きに向けられると、それはすぐに火炎となって噴きつけられた。しかし、一気に辺りの霧は晴れて消えていくがそれに伴って羽付きも姿を晦ますと火炎の渦を逃れて消えた。

リュグネロアは辺りに散った破片に目をくれた。

落胆の色が濃く出たその姿は、その結果として残る有様を表しているようでリュグネロアの心に重くのしかかり、見つめるそれが元に戻らない事を充分に理解しつつもリュグネロアは動く事が出来なかった。

しかし、羽付きは自身にとって取るに足らない破片のそれらをよそにリュグネロアを狙う。

隙だらけの背に向かう羽付きのそれは一切の躊躇がなく差し迫り、凶刃はリュグネロアをその破片と同じく砕きに掛かった。

しかし、羽付きの動きが目に見えて鈍くなっていく。それは、その身に重くのしかかるようで、羽付きをその地に落ちつけた。

羽付きは自身の身を消して再び行方を晦まそうとした。その瞬間であった。

その身に轟音が突き刺さる。

「寝た子を起こしたか」

羽付きの殻に走るひび。

それはリュグネロアを中心に巻き起こって地面が強い圧力に沈む。そして辺りの光景が目に見えて歪む。

羽付きは逆鱗に触れた。


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