アイウォントキルユー ~責任転嫁はやめてよね~
ふと思いついて書いてみました。
「お前俺を呪って楽しいか!?」
「別に呪ってないよ」
半泣きで喚き立てる谷川光二に、肩をすくめて武田ヨシエは返した。
--大学時代、二人は恋人であった。光二からヨシエに告白したのである。
実のところヨシエは光二をなんとも思っていなかったが。だが、入学したばかりであらゆることが輝いて見えたこと、さらに密かに夢見ていた“ラブラブカップル”というシチュエーションに胸を躍らせ、承諾したのだ。
始めは形だけであったが、次第に思いも育ってきたヨシエ。だが、三年生になったときそれは起こった。
ヨシエの親友--あくまで“当時”だが--である小原里亜奈との浮気が発覚したのだ。
知ったのは共通の友人からの忠言である。
浮気カップルは何やら弁解していたが、ヨシエの頭は妙に冷えていた。本人も首をかしげるほどに。
本来なら、彼氏と親友の愚行に喉を使って激情をぶつけるのだろうが、その労力さえもったいないと悟ってしまったのだ。
ヨシエは光二から身を引き、里亜奈とも距離を置いた。
だが、何故かはわからないが、彼らは元カノかつ元親友にやたら絡んできたのだ。雰囲気に酔っていただけの女など放っておけばいいのに。
まあ、しばらくしたら負け犬をつつくのに飽きて、二人の世界に入ったから構わないが。
そして大学卒業後、ヨシエは第一志望の会社に入ることができた。幸い、浮気カップルとは別の勤務先である。
忙しい中充実した日々を過ごしていた彼女だが、三年したある日、手紙が来たのだ。
それは光二と里亜奈からのもの。結婚式の招待状であった。
もちろん行くつもりはなかったが、沸き上がってきたのはなかったはずの泥濘。ただ欠席するだけで収まる域を超えていた。
--ちょうどそのとき、ヨシエはハーブやスパイスにハマり、いろいろ試していた。まあ、一般の勤め人によるささやかな癒しレベルであるが。そのため、閃いた。
詰め合わせを贈ってやろう、と。
品物は以下の通り。
イタリアンパセリ。
ワイルドストロベリー。
オレガノ。
ナツメグ,
タラゴン。
クマザサ。
一味唐辛子。
リンデンフラワー。
レモングラス。
ヤロウ。
オレンジピール。
ウスベニアオイ。
カードには、自分の名前とメッセージ、品名も書いておいた。
この並びにも意味はある。
先程のハーブ類をアルファベット、和名のものはローマ字にするとこうなる。
Italian parsley
Wild strawberry
Oregano
Nutmeg
Tarragon
Kumazasa
Ichimitougarashi
Linden flower
Lemongrass
Yarrow
Orange peel
Usudeniaoi
以上の頭文字を順に配置し、“,”を短縮記号にすると--
I WON'T KILL YOU.
“わたしはあなたたちを殺しません”
意訳すると、“あんたらに殺す価値ないよ! あー、バカバカしい! 勝手に楽しくやっていてちょーだいな!”
--思い返すと、いろんな意味で穴だらけだ。読んで笑われるならまだしも、捨てられる可能性の方が高い。下手をすれば、警察のお世話になっていたかもしれない。でも、衝動に負けてしまった。意趣返しの免罪符を得て。
プレゼントの皮を被った、負の感情まみれの闇鍋を宅急便に託してから、正確には背信行為の絆が法で認められてから早四年。独身女が休日を満喫していたところに奴が現れた。
光二が来るわけないと、それ以前に頭から存在自体忘れていたので、無防備にドアを開けてしまったのが運のツキ。
見たことのない生き物を前に、しばし立ち尽くしていたのだが、かろうじて残っている痕跡で導けたのだ。
何せ髪は伸び放題で、丸くなった顔は吹き出物だらけ。立っているだけで汗が垂れていた。脂肪を纏った身体を包むスウェットはすりきれているし、肩にはフケが落ちている。
すぐさま扉を閉めたのだが、途端にノックを受ける。借金取りのバイトでもしていたのかと勘ぐりたくなる勢いで。
居間に置いてあったスマホを調達し、取って返して再び戸を開けたところで、冒頭のやり取りを行った。もちろん、侵入防止用のチェーンをつけた上で。
「信じられるか! お前のせいで俺は酷い目にあったんだぞ!」
一気にまくし立てて荒い息をつく元カレに、元カノはわざとらしくうつむいて呼気を漏らすと、
「……あのさ、そもそもメンヘラ相談女浮気して、その子があんたの奥さんに関係をバラして修羅場になったのも、会社中に知られて辞めるハメになったのも、奥さんと離婚して浮気相手と一緒になったのはいいけど、束縛女になって泥沼の離婚劇かましたのも、友達に全部バレて疎遠になったのも、ニートになって自宅でゴロゴロして両親に白い目で見られるようになったのも、全部あんたのせいでしょうが。責任転嫁はやめてよね」
「なんで知ってんだよ!?」
目を見開き、光二は身を乗り出してくる。箒の柄で喉を突いたら帰ってくれるだろうか? 本気で考えた。
「いろいろ耳に入ってくるのよ」
本当は友人が教えてくれたのだが、そこは秘密だ。理由は知らないが、“話したいから話した”程度に認識をとどめておく。
ニートデブはすがるように家主を見つめ、
「でも“アイウォントキルユー”はないだろ? 颯太郎が教えてくれたぜ。お前からのプレゼントの頭文字を並べるとそうなるって」
光二の発言が進むうち、ヨシエは口をへの字にしていた。
「……それ、“ウォント”を“want”の方だと思っているの? 違う違う、“won't”、“will not”の短縮形だよ。だから、“わたしはあなたたちを殺しません”だよ」
「へ……?」
力なく口を開け、光二は間の抜けた声をこぼす。
「あとそれいつ聴いたのかとか、プレゼントの頭文字ってことはカード見せたのかとか気になるけど、本当に颯太郎くんから聴いたの?」
「あ、ああ」
小川さながらに滞りなく尋ねる元カノに、元カレは何度もうなずいた。
「……じゃあさ、できたらだけど、里亜奈と颯太郎くんと三人で話し合った方がいいかもよ。あ、それと、もし颯太郎くんに会ったら、わたしがこう言ってたって伝えてくれない? “あなたならともかくわたしは二人を殺そうなんて思ってないから”って」
--ヨシエは知っている。颯太郎こと矢吹颯太郎が、かつて里亜奈に告白してフラれたことを。
だが、教える気はまったくない。
事を済ませた元カノは無言でドアを閉めると、鍵をかけた。
数日後の夜--
プリンとミントティーで心を潤しているところに、颯太郎からlainが来た。
『悪かったから俺まで呪わないでくれ。里亜奈が子宮ガンになったのは、お前が呪ったからだろ?』
ヨシエはスマホのボタンを押す。
『だから! わたしにそんな力はないから!!』
メッセージを送るや、ミントティーを一気に飲み干した。
カタカナ語では両方同じ発音だと思ったもので。