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壊獣ネヴィロン  作者: なろうスパーク
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第一章「悪魔と出会った日」

何年もの月日が流れ、幾度目かの秋がきた。

薄着をする者はいなくなり、セピアカラーを帯び始めた植物が、年の後半戦の訪れを告げる。


緊急事態の光景と思われたマスクの人々も、もはや日常として根付いて久しい。

もし、このウイルスが完全に解決したとしても、同調圧力と空気による連鎖コンボが支配するこの国の国民がマスクを外す日は、遥か遠い未来になるだろう。


『東アジアに出現した壊獣は未だ行方を眩ませたままであり、現在捜索が………』


テレビでニュースが流れていく。

最初の壊獣の出現から半年が経過しても、状況は好転していなかった。

世界の危機に国家を超えての一致団結など、所詮映画の中の絵空事でしかなかった。

今も壊獣は世界各国で壊獣の目撃情報が相次ぎ、被害報告は後を絶たない。


そして今日もまた、何処かに破壊の跡が残された。

壊された家屋、潰されかけた自動車、逃げ惑う人々。

そして、一切の抵抗が通じず一方的に蹂躙された外国の軍隊。


しかし、それらもテレビの向こうの出来事なら、人はあくまで遠い世界の他人事としか見ない。

それらが自分達の生活に繋がっている事も考えず、ただただ日常を送る。

特にこの日本においては、それが顕著だ。


「……また出たのかよ」

「……うん」

「……何度目だよ」

「……さぁ?」

「…………なんだよ、これ」


父親の放つ一言一言に、少年は呟くように返す。

それはそうだ。彼にとっては、これは朝の一家団欒などではない。

少なくとも彼は、重苦しい空気と眼前の父親という男の放つ威圧感やプレッシャーと戦いながら、必死に朝食のトーストを口にかきこもうとする。

一刻も早く、目の前の男から逃れたいのだ。


「おい」


ぞくり。

ドスをきかせた父親の一言に、少年の背筋は凍る。

しまった。少なくともこの父親は、主観的には家族団欒をしているつもりでいた。

それを拒否した自分は、今まさに怒られる寸前なのだ。

そう理解した瞬間、身体は硬直する。


「お前、最近学校はどうなんだ?友達とは上手くやってるか?勉強の方は順調なのか?」

「え、あ……」


だが続く言葉は、内容だけ聞けば予想に反して優しいものだ。

しかし、その一つ一つは、心配から来るものではない。


「全部、できてないんだろ」


ただの欠点の指摘である。


「勉強はできてるよ……」

「ほらそれだ、そうやって言い訳して逃げる。いつも言ってるがな、そういう態度が一番ダメなんだよ」

「ごめんなさい……」

「謝ればいいってもんじゃない。それに、俺はなぁ、お前の為を思って言っているんだぞ?俺だって、本当はこんな事はしたくない。だがなぁ、世の中には理不尽ってものがあって、それをどうにかする為には……」


また説教モードだ。

と、少年は自分の心の波を最低限に抑え、ただ「はい」と答えるだけの自己防衛形態………通称「石像モード」へと移行する。

この、憂さ晴らしに我が子をいびるという最低のストレス発散に付き合わされた事で、サトルは精神的ダメージを負ったが、なんとか学校には間に合った。







***







挿絵(By みてみん)

音無サトルという少年について言い表すなら、彼はどこにでも居るような平凡な子供だった。

ただ人より少しばかり特撮が好きで、人よりもほんのちょっとアニメが好き。

あとは人並み程度にゲームも好きで、そこそこ本も読む。

運動神経は並以下。頭の良さも普通。

顔は………素材はいいのだが、ファッションに無頓着なせいか、まるで幽霊のようにも見えてしまう。


そして性格だが、彼は大人しかった

親が前述の通りなので、相手を怒らせないよう、さざ波を立てないようにと気を使いすぎるあまり、自分を押し殺す傾向があった。


一側面から見れば、手のかからない大人しい子供とも言えたが、地方の小学校という閉鎖的な環境では、それはマイナスにしか働かなかった。


「うわっ………!」


ボトボトボト。

サトルが下駄箱を開けた途端にこぼれ落ちる、バナナの皮や丸めた紙。

ゴミ箱のように様々な物が詰め込まれたその場所には異臭が漂い、サトルの上履きはゴミから溢れた汁により湿っていた。

マスクをしていなければ、この異臭を直で味わう事になっただろう。


「う……」


これが日常茶飯事となっている以上、サトルにとって靴を履き替えるのは苦行以外の何物でもない。

それでも、脱がなければ教室へは入れない。

意を決して足を踏み入れれば、案の定そこかしこからクスクス笑いが聞こえてくる。


(まぁ………そりゃそうだよな)


サトルは心の中で自嘲する。

気も弱く、口数も少なく、さらにはオタク趣味の自分が、力が物を言う動物園のような小学校でまともに過ごせる訳が無いと。


「こらサトル、またそんな散らかしているのか」


上履きの気持ち悪い感触に辟易していると、教師が声をかけてきた。

彼はクラスの担任で、生徒からも慕われていた。


「整理整頓をちゃんとしろよ、そんなだから周りから臭い臭いって言われるんだぞ」


故に、サトルのような陰の者の境遇も気持ちもわからない。

サトルが下駄箱を散らかしている体で説教をしているのも、自身を慕う生徒………クラスの中心人物であるスポーツ少年達が、サトルにいじめをしているという発想にすら至らないのだ。


「お前一人の身勝手さが、皆を不幸にするんだぞ。自分だけがいいんじゃなくて、もっとクラスの和を乱さないようにだな………」

「………はい」


再びの石像モードを発動しつつ、サトルは心の中で舌打ちをした。

お前の言うクラスが、自分を除け者にした挙げ句加害しているんだぞ、と。

お前の言うクラスの和とやらが、自分を爪弾きのサンドバッグにしてるんだぞ、と。







***







やがて下校時刻が訪れ、逃げるように学校を後にしたサトルの顔には、体育の時間のドッジボールが命中した跡が赤く残っている。


マスクの上からでもはっきり解るそれは、家に帰れば案の定母親から「何があったの」と聞かれた。

嘘をつくのも気が引けたので「体育の時間にボールが当たった」と正直に答えた所「ほんとどん臭いねあんたは」と呆れられた。

怪我への心配も慰めもなかった。


そして今サトルは、自室のベッドの上で寝転び、一日の辛い出来事を忘れる為にじっとしている。

ゲームが出来ればよかったのだが、父親が「家族の交流のため」と、テレビをサトルの自室に置く事を許さなかったが故に、居間に置かれたゲーム機をわざわざ動かしに行く気にはなれなかった。


漫画も読めればよかったのだが、母親が「情緒教育の為」といって買い与えなかったが故に、例外的に置いてある絵本や海外の小説を読む気にはなれなかった。


そして、消去法で見えたのが。


「あっ」


はるか昔の、小さい頃に買ってもらった、古い怪獣のソフビ人形。

10歳の部屋と呼ぶには無機質なその部屋にて、唯一の娯楽的存在と言っていいそれを握りしめ、サトルは呟く。


「………皆こいつに倒されればいいのに」


サトルは特撮が好きだ。

とはいっても、日曜朝にやっているお面ライダーだとか、レンジャー物には興味がない。

ましてや、海外の大作アメコミ映画は専門外。


彼の主食は、いわゆる「怪獣」モノだ。

口から放射能熱線を吐き出す巨大不明生物や、光の国から僕らの為に来た巨人といった、あの辺りのジャンルだ。

幼少にテレビで見た怪獣映画に魅せられて以来、彼は全てを壊す怪獣に憧れた。


壊獣が現れるようになってからは、不謹慎だとして廃れていったが、それでもサトルは怪獣が好きだった。

そして、現実世界に現れた壊獣も。


「………何もかも、こいつに踏み潰されないかな………」


目を閉じ、サトルは夢想する。

ある日、自分の街に怪獣が現れる。

そして怪獣は、あの監獄のような学校も、鬱陶しい塾も、自分を苦しめるクラスメートも、味方になってくれない大人も踏み潰し、サトルに害を成すものを全て破壊してゆく。


敵のいなくなった世界でサトルは、塾に行く途中に見る深夜アニメのポスターに描かれている美少女と共に幸せに暮らす。

白い太ももが膝枕をしてくれるバックでは、怪獣がこの腐った街を破壊している。

痛い妄想であるが、そうでもしないとやっていけないのだ。


サトルだってバカではない。

ネットで調べた情報で、自分のような人間が幸せになれない事ぐらい知っているのだ。

どうせ変えられない暗黒の未来が待っているなら、空想の世界で怪獣や美少女と遊ぶ事ぐらい、許されてもいいハズだ。


そう、自身を正当化させて妄想を遊んでいたサトルは、居間から呼ぶ「ご飯よ」の大声によって現実に引き戻され、顔の傷について父親からまたネチネチ嫌味を言われる事を予想しながら自室を出た。







***







翌日の土曜日は塾だった。

サトルは学校が休みの為ゆっくりしたかったが、行かなければ両親が何を言うかと思うと、あのつまらない2時間を過ごす以外の選択肢は無かった。


そんな憂鬱な土曜日の癒やしは、道中にある、上記のアニメのポスターだ。

何かのコラボで作られたそのアニメポスターの美少女にサトルは勇気を貰い、あのつまらない2時間を何とか乗り切っていた。

の、だが。


「無くなってる………」


見ればポスターは、そこから消えていた。


後で知った事だが、ポスターの内容が不適切だという事でネットの声のでかい人達の怒りを買い、炎上。結果ポスターは回収されていたのだ。

憂鬱な土曜日を乗り切る源が消えた事にサトルは落ち込み、塾での授業中に先生から注意を受けるハメになった。

そして時は過ぎ。


「じゃあねー!」

「うん、ばいば~い」

「じゃあまたねー」

「おーう」


放課後、楽しそうに帰ってゆく同年代の子供達を後目に、サトルははあとため息をついて、とぼとぼと帰路につく。

そして、再びポスターのあった場所にきた。

再びため息をつき、通り過ぎようとした。

だが。


………ヴッフ、ヴッフ。


何やら、ポスター跡地の方から鼻息か息遣いのような音が聞こえてくる。

なんだろう?と思い、サトルはポスター跡地の方へと近づく。

草の生えた所をかき分け、覗き込む。


「うわっ!?」


そこには、白い毛玉があった。

正確には、白い体毛に包まれた生物がいた。


「えっと……なんだろこれ?」


大きさは中型犬ほどだろうか。

全身が白く、まるで雪だるまのように丸まったその生き物は、時折呼吸をするように上下している。

恐る恐る近づいてみると、その正体がはっきりした。

最初は犬か何かとも思い、白い体色の為にわかりにくかったが、それは。


「………タヌキ?」


タヌキだった。

白い毛色から見て、アルビノ個体と思われる。

それにしても、何故こんな所に? サトルは不思議に思ったが、すぐに興味を失った。


「まあいいか……」


珍しいには珍しいが、別に自分に関わりがある訳でもない。

そう判断して、サトルはその場を離れようとした。

の、だが。


「………お前、妊娠してるのか?」


立ち上がった事で気づいたサトルの問いかけに、タヌキは肯定するように「ヴッフ」と答える。


見れば、タヌキのお腹は大きく膨れており、今にもはち切れんばかりである。

どう見ても、出産間近だ。

それによくよく考えれば、どう見ても野生動物であるタヌキが、人間であるサトルが近づいても逃げないのはおかしい。

だが身重なら、それも頷けた。


「ええ………どうしようか………」


困った顔で、サトルは考える。

今タヌキがいるのは町中であり、餌になる小動物や虫が豊富とは言い難い。

さらには、町中には身重のタヌキは勿論、生まれた子供を狙う野良猫やカラスもいる。


とはいえ自力で安全な山の中に行けるかどうかは、サトルが近づいてもじっとしているタヌキの姿が物語っている。

このままではタヌキも産まれてくる子供達も死んでしまう。

悩んだ末、サトルは。


「………よいしょっと」


タヌキを持ち上げると、サトルは山の方へと歩き出す。

ここが地方の田舎町で助かった、と。

たしかにサトルはひねくれた少年であったが、タヌキの命と門限を破って説教されるリスクを比べた時、前者を選べるだけの善性はあったのだ。







***







既に空は赤く、日没が近い事もあり、アルビノのタヌキを抱いて歩くサトルにちょっかいをかける大人はいなかった。

すれ違う人も、ポメラニアンか何かを抱いていると勘違いしているのだろう。


マスクをした状態で、それなりに重いタヌキを抱いて歩くのは大変であった。

だがそれでも、タヌキが次の瞬間産気づく可能性や、更に帰りが遅くなって説教が長引く可能性を考えると、立ち止まる事は許されなかった。


「ほれ、これ食べな」


サトルは歩きながら、適当に捕まえたコオロギをタヌキに渡す。

ヴッフ、と返事をして、タヌキはコオロギを齧り始める。

身重な事もあり、しばらく何も食べてなかったのだろう。


「しかし、お前どこから来たんだろうね?」


サトルはそう呟きつつ、コオロギを貪るタヌキを見つめる。

アルビノのタヌキなんて、そうそういるものではない。

そもそも、アルビノの生物は否応なしに目立つので、外敵から狙われやすく、妊娠するまで生きていられるのは稀だ。


「うん……まあ、いいけどさ」


このタヌキの出自や経歴が何であれ、自然のある山に逃がせば、以降はサトルにとっては関係ない事だ。

しばらく歩き、ようやく山道が見えてきた。

このままタヌキを逃がせば、サトルはいつもの日常に帰れる……ハズだった。


「なぁーにやってんだ、よぉ!」

「うわっ………!?」


突如、サトルの後頭部を襲う衝撃。

痛みを感じながら、タヌキを落とすまいと踏みとどまるサトルが見たのは、テンッテンッと音を立てて落ちるサッカーボール。

これをぶつけられたのだ。

そしてボールを蹴った犯人は。


「おらぁ!ちゃんと返事しろよォ!!」

「ごふぅ!」


間を置いてサトルを蹴り飛ばしたのは、いつの間にか接近してきていた、いじめっ子のリーダー格である男子だった。

彼は他の仲間と共にニヤニヤ笑いを浮かべ、サトルが倒れる様を見ている。

そこで、サトルは思い出した。

ここには、連中が使っているサッカーのフィールドがあった事を。


「く……痛ッ……」


サトルは、痛みを堪えて体を起こす。


「おいおい挨拶してやってんだろォ〜?ちゃんと答えろよなァ?俺たち「ともだち」だろォ?」


当然だが、これはどこぞの未来から来た猫型ロボットの話ではないので、いじめ加害者である彼等と被害者であるサトルの間に友情などない。


この馴れ馴れしい態度もサトルの精神的テリトリーに土足で踏み入る行為であり、それがサトルに対する精神的な加害になるという事を、彼等は理解しているのだ。


「……あ?何持ってんだお前」


そして、彼等は見つけた。

見つけてしまったのだ。

サトルが蹴飛ばされて倒れようと、傷つけまいと守っていたタヌキの姿を。


「なんだこれ、犬?」

「サモエドじゃねーの?白いし」

「でも首輪つけてないぜ?」

「捨て犬かなぁ?」

「つーかなんか変な匂いするんだけど……」


いじめっ子連中は口々に言い合いながら、サトルからタヌキを奪おうとしているらしく、手を伸ばしてくる。

その光景を見た瞬間、サトルの中で何かが弾けた。


「返せ!」


サトルはタヌキを抱きかかえるようにして、彼等の手から守る。


「ああ?」

「なんだよ、やんのかこら」


サトルが声を上げた事で、彼らの怒りを刺激したらしい。

当然の事であり、サトル自身も、普段ならタヌキを渡していたのにどうして?と自らの行いに驚いていた。

それでも、こいつらがタヌキを素直に自然に逃がすとは思えず、あらゆる可能性を考慮しても、タヌキを連中に渡す事はサトルには憚られた。

故に。


「………ッ!!」


サトルは、山に続く道へと走り出していた。


「あっ!待て!」

「逃げんなコラ!」


後ろから聞こえる罵声を無視し、サトルは逃げる。


しかし、相手は小学生とはいえ男子だ。

しかも運動神経が優れている。

ましてや、今サトルが息を切らせて走っているのは、山の上にある神社へ続く階段だ。

急な斜面の石畳の階段は、タヌキを抱えて走るサトルの体力を無慈悲にも削っていく。


「ハァッ……!ゼェッ……!!」


心臓は高鳴り、肺が圧迫されるような感覚が襲う。

足は内部が疲労により痛み、筋肉が限界を訴えるも、すぐ後ろまで迫る怒号がそれを許さない。


(なんで俺こんな事してるんだろう……)


サトルは頭の片隅でそんな疑問を抱くが、答えが出る前に石段を登り切る事が出来た。

鳥居を潜り、境内を突っ切り、サトルは御社殿内へと突っ込んだ。

これがいけなかった。

自分から袋の鼠になった事に気づいたのは、御神体と思われる一枚の鏡を前にしてからだった。


「しまった………!!」


慌てて振り返ると、そこにはもう、いじめっ子たちが来ていた。


「おぉ〜いサトルぅ〜」


リーダー格がニヤリと笑う。


「よくここまで来たけどさぁ、残念でしたぁ。ここがお前の墓になるんだぜぇ?」

「ひっ……!」


サトルの怯えを見て、いじめっ子達は楽しげに笑った。

この時サトルは、本気で命の危機を感じていた。

現実は下町が舞台のレトロな漫画ではないので、頭にタンコブを作って少し不思議なおともだちに泣きつく程度では済まない。

相手は小学生故に手加減を知らず、なおかつ眼前のサトルの事は同じ人権のある人間だとすら思っていない。


付け加えると、成績のいいスポーツマンである事や一部の親がソコソコの権力者である事を傘に彼等が好き勝手に振る舞っている事を考えると、サッカー少年なのに何故か持っていた金属バットがサトルの脳天をかち割る可能性は十分にあった。


「あーあ、神社入っちゃったよ。お前のせいで俺ら捕まるかもしんねーじゃん」


それに、これだけ大人数の子供が神社に押しかけているというのに、神主も巫女も現れない様を見ると、良識のある大人が助けに現れるという期待も持てない。


「責任取ってくれるよなぁ?」

「ほれ、金出せって」

「早くしろよ」


彼等はサトルを脅すように、わざとらしくゆっくりと近づいてくる。

サトルはふと、手の中の感覚に目を向ける。


………ヴッフ、ヴッフ

「……ッ」


タヌキの鼻息が、手を刺激する。

自分は、確実に助からないだろう。

しかし、このタヌキだけは守らねばという気持ちが湧いてくる。

それは、理屈ではなく感情によるものだ。

その感情は、自分の人生の中で一度も抱いたことのないものだった。


(たとえ死んでも………せめて、タヌキだけは………!)


サトルは歯を食いしばり、静かに目を閉じた。

どうせ死ぬなら、抵抗しても無駄だろう。

それに、このままタヌキを渡したとしても今更許してはくれないだろうし、タヌキ自身もきっと殺される。ならば、少しでも時間を稼いで、その間に何か方法を考えよう。

そう思い、サトルは覚悟を決めた。

しかし……その時、異変が起きた。


(なんだ?揺れてる?)


地震だろうかと思ったが、違う。

これは、足音だ。

何かが動いている。それも、かなり大きいものが、遠くから。


『………してください。繰り返します、××地区一帯に、壊獣警報が発令されました。この地区に、壊獣が接近しております。付近の皆様は、誘導、もしくは避難マニュアルに従い、速やかに………』


天はサトルを見放さなかったのか、それとも見捨てたのか。

その解釈は読者諸君に任せるとして、彼等が古いスピーカーから響く音割れした町内放送に気付いたその直後。


今、彼らのいる神社のいる山から、町を挟んで向こう側にある山の斜面が、まるでダイナマイトで吹き飛ばされたかのように、ズドォオ!!と吹き飛んだ。

四散した山肌は、まるで隕石のように次々と町に降り注ぐ。

家に、ビルに、病院に、学校や公民館などの公共施設に、そして………。


サトルは、自分達のいる神社に向かって落ちてきた巨大な岩を見た。

それは、あまりにも巨大だった。

サトルはその大きさに、思わず声を上げる。


「うわあ………ッ!?」


次の瞬間、岩は神社に直撃。

サトルは、その衝撃で吹っ飛んだ。

小さなサトルの身体は地面を転がり、全身に痛みを感じつつも、なんとかタヌキを守り抜こうと力を入れた。


気がついた時には、目に入ったのはぐちゃぐちゃに破壊され尽くした神社の境内。

遠くで「助けてくれ!」と一目散に逃げてゆくいじめっ子達。

そして視界が開けた事で境内の向こうに見える、向こうの山肌をぶち抜いて現れた巨大な影。


「………壊獣!」


この時サトルははじめて、オタク的な歓喜の感情ではなく、人類の天敵への恐怖の感情を込めて、その種族の名前を呼んだ。

挿絵(By みてみん)

山を砕き、岩を蹴散らし、地鳴りと共にそれはやってきた。

カメガエルを思わせる這うような体勢であり、背中に生えた無数の棘のような物は、よく見れば回転するドリルだ。

さらには、本来頭部があるべき場所には代わりに一層巨大なドリルがあり、背中の物と合わせてグルングルンと回っている。

きっとあれで、硬い岩盤を掘削してここまで来たのだろう。


名を「デモゴルン」。

分類を「地底壊獣」。


昨日の朝ニュースでやっていた、東アジアを壊滅させた後に逃亡し行方を眩ませていた壊獣だ。

まさか、こんな所に現れるとは。

ギュルンギュルンギュルン!と、全身のドリルを鳴くように回すデモゴルンを前に、サトルは戦慄した。

見れば、デモゴルンはその全長60mはある巨体で、眼下の町を蹴散らしながら進撃する。

そして、その進行方向には、サトルが居る神社があった。


(まずい……!!)


サトルは急いで立ち上がり、逃げる事を考えるが……。


「いづ…………ッ!?」


しかしその時、サトルは気付いた。

自身の足が、倒壊した神社の木材に挟まれ、動けなくなっている事に。

動かそうとする度に激痛が走り、折れている事がわかる。

そも、木材自体も大きく、とても小学生のサトルが持ち上げる事ができるものではない。


デモゴルンは、相変わらずギュルンギュルンとドリルを回しながら向かってくる。

サトルは、自分がもう逃げられない事を悟ってしまった。

そして。


「………さあ、逃げるんだ」

ヴッフ、ヴッフ………


抱きかかえていたタヌキを開放し、サトルは優しく語りかける。

このタヌキを逃がすために、自分はここに残ったのだ。

サトルの言葉を理解したのか、タヌキはゆっくりと、その場から離れて行った。

それを見送りながら、サトルは自分の運命を悟った。


「ふぅ……」


身重の身体を引きずって、雑木林に消えてゆくタヌキ。

それを見送ったサトルは、ホッと胸を撫で下ろした。

見れば、迫ってくるデモゴルン。


巨大な「死」が近づいてくるにも関わらず、サトルの心は酷く安らいでいた。


「これで………死ぬ、のか」


思い返せば、ろくでもない10年の人生だった。

毎日のようにいじめられ、親からは暴力を振るわれ、学校では孤立し、家でも居場所はなかった。

それでも生きてこれたのは、アニメやゲームが心の支えになっていたからだ。

特に、怪獣モノが好きだった。

居場所のなかった自分自身と、例外はあれど基本最後は英雄に退治される=排斥される怪獣を、無意識の内に重ねていたのだろう。


だから、その怪獣がそんな社会の象徴である街を破壊する様を見て震えたし、現実に壊獣が現れた際も、怪獣映画を衰退に追いやられた怒りよりも実際に街を破壊する様に興奮を覚えた。

怪獣モノの衰退の元凶であり、怪獣ファンからは蛇蝎のごとく憎まれる壊獣を好きでいたのは、こういった理由があるからだ。


「………まるで、悪役みたいだな?俺」


そんな自分を、サトルは嘲り笑う。

これではまるで、よくアニメや特撮で見るような、実際の戦いをゲーム感覚で楽しむような外道キャラではないか。

最近見た昔の人気アニメの人気美少女キャラで、似たような考えの人物がいたのを思い出した。


作品内では辛い境遇があった上に、侵略者に利用されていたから劇中では許されたが、

某スーパーなロボットがクロスオーバーするゲームに作品が参戦した結果、彼女の境遇も心情もガン無視した昭和の熱血ロボットアニメの主人公達から激詰め同然の糾弾をされ、最後は自身の作った怪獣に食われて、苦しみ泣き叫びながら死んでゆくという末路を与えられていた。


原作ファンは憤慨したが、ネット全体の総意としては「原作で裁かれなかった悪がクロスオーバー補正で成敗されただけ」という扱いだった。


「まあ………壊獣が暴れる様を見て喜んでいた俺だし、当然の末路だろうな」


それを考えると、一市民の立場である事をいい事に、心の中とはいえ壊獣が街を壊す様を、そこで無数の命が失われているにも関わらず喜んで見ていたサトル自身も、十分に死ぬべき外道だと言えた。


そもそも、サトルには自分が悪であるという自覚がある。

クラスや家族、言ってみれば社会全体から除け者にされている事からも、それは明白だと考えた。

だからこそ、自分の内側の残虐性は棚上げしておいて、「そうだ、暴れろ、俺を否定する社会をブッ壊せ」などと言って、テレビの向こうで繰り広げられる他人の不幸を喜ぶ事ができたのだ。

サトルは、何度目か解らない自己嫌悪に陥った。

そして、同時にこう思った。


(ああ、結局俺は……)


――何もできなかった。


迫り来る破壊の化身。

それが、サトルを恐怖させた。

死にたくない。

まだ、やりたい事があった。

もっと生きたい。

そう思うと同時に、サトルは心の底から願った。


――誰か、助けてくれ。


そこでサトルは、某女児アニメの「都合のいい時だけ利用しないで!」「私、あなたを助けようとは思えない!」というスクショを思い出し、今度こそ諦めた。

自分は、下水道で惨めに死んでゆくバイキンなんだと。


(…………まあ、最後にタヌキ助けた事だし、神様も俺を全否定はせんだろ)


せめて、あのアルビノのタヌキがなんとか逃げ切っている事を願い、サトルは覚悟を決めた。

それに一怪獣好きとして、壊獣に殺されるという最後も、悪くはないと。

地響きが迫ってくる。

いよいよか。

覚悟を決め、目を閉じようとした直前。

サトルは見た。


岩の直撃により自分の方へと飛んできた、神社の御神体の鏡。

そこに写る、木材に挟まれた自分の隣で笑う、そこに居ないハズの見知らぬ女の姿を。







***







………ずどぉぉん!!

場所が場所故に、自衛隊の攻撃が届かない事をいいことに、悠々と山岳地帯の町を進撃していたデモゴルン。

しかしその進撃は、出現地点とは真反対に位置する山の山肌が、突如弾けた事により阻止される。


『な、何だ!?』


偵察ヘリでそれを見ていた自衛隊員が、逆方向に吹き飛ぶデモゴルンを前にして、驚きの声を挙げる。

直後、その山に広がる砂塵の向こうに、青白い光を放つ巨大な物体が見えた。

それは、白い装甲に包まれた人のようなシルエットの何か。


『………ッ!報告!デモゴルンに続き、××地区に二体目の壊獣が出現!』

『二体目だと!?』


相対するデモゴルンが、威嚇するように全身のドリルをギュルンギュルンと鳴らす姿からも、そこにいるのが別の壊獣である事は、すぐに解った。


『馬鹿な!?壊獣反応は無かったのか!?』

『付近にデモゴルン以外の壊獣反応はありません!突然現れたとしか………!』


腹や四肢の一部には黒い蛇腹状の意匠があり、鎧に包まれていない筋組織を思わせた。

頭部に生物的な目や口はなく、いくつか穴の開いたシルバーの仮面のような器官に覆われている。


『過去に出現したという情報はなし、新種の壊獣です!』

『突然現れた上に新種だと!?ふざけているのかッ!』


腕の指は五本だが、足の指は虫のような二本指であり、短い尻尾が生えているのが解る。

ウォーン、ウォーン、と機動音のような音を立て、全身の発光器官を青白く光らせるそれは、まるで背後の山を………神社を守るかのように、デモゴルンの前に立ちはだかるがごとく、そこに佇んでいた。


…………ギュルン!ギュルン!ギュルン!


しばらくのにらみ合いが続いた後、先に動いたのはデモゴルンだった。

その、3000tはある巨体を、熊が威嚇するようにぐわあっ!と立ち上がらせる。


立ち上がった事で分かったが、デモゴルンの胸には胸当てのような装甲があった。

それが黒い事、そしてその上部に回る巨大ドリルと合わせて見ると、まるでサングラスをかけた鬼の顔のようにも見える。


『デモゴルン、エネルギー増大!』

『まずい、ビームを撃つつもりか!』


絶えず回転するデモゴルンのドリル。

それはやがて稲妻状のエネルギーを産み、胸の装甲へと集まってゆく。

デモゴルンのドリルは、超振動波で地中を掘削するだけではない。

エネルギーを充填するコンデンサの役割も果たしていたのだ。


『発射まであと30秒!総員退避せよ!!』


対する白い壊獣は、何をする訳でもなくただその場に佇むのみ。

やがて、デモゴルンの胸の装甲は、エネルギーが充填された事により赤熱化してゆく。

そして


……ドシュゴォオオオオン!!!


チャージが完了したデモゴルンは、胸を大きく広げ、装甲より熱光線を放つ!


胸の装甲は、装甲ではなく放熱板だったのだ。

そこから放たれる摂氏3万度の超強力熱線は、ここに現れる以前にも東アジアの都市の高層ビルを次々と溶けた鉄の塊へと変えた、破壊の象徴たる力であった。


今放たれたその一撃は、眼下にあった町を衝撃波吹き飛ばし、平地すらも焼き尽くし、白い壊獣に向けて飛来し、直撃。

そのまま、相手を熱融解させた………ハズだった。


『待て………見ろ!アレを!』


遠方より、ヘリの映像越しに見守っていた自衛隊員達は、眼前に広がる光景に驚いていた。

確かに、熱光線は白い壊獣に直撃していた。

が、白い壊獣はダメージを受ける所か、よろめくような事もなく、その場に直立し続けていたのだ。


『無傷……だと!?』

『そんな馬鹿な事が……!』

『おい、あの白い壊獣が何かするつもりだぞ?』


遠方にいた隊員の一人が、ヘリのカメラをズームして白い壊獣を映す。

すると白い壊獣は、熱光線を受けながらゆっくりと右手を前に出す。

それはまるで、デモゴルンに狙いを定めているようにも見えた。


『………ッ!白い壊獣、エネルギー増大!』

『なんだと!?ヤツもビームを放つのか!』


やがて、青く光っていた白い壊獣の腕の発光体に、ぼんやりと紫色の光が灯る。


『け、計器が!?』

『周囲の磁場が乱れてるんです!』


それは次第に大きくなり、ついには白壊獣の身体全体を包み込むほど大きくなる。

そして、充填し尽くしたエネルギーを開放するように、やがてその腕から放たれたもの。

挿絵(By みてみん)

………ビャアアアアアッ!!


と、独特の音と共に大気を震わせ、余波で前方にある物を吹き飛ばして放たれたそれは、紫色に輝く一筋の閃光であった。


『うわぁああああっ!!』

『なっ、何だこの光は!?』


それは瞬く間に、前方にいたデモゴルンに到達する。

壊獣であるデモゴルンの身体は、光線が命中した事によりバリバリバリィと眩い火花を散らし、その巨体は後退する。

放射中だった熱線は出鱈目な方向へと飛び散り、身体中のドリルが狂ったように、右へ左へギュルンギュルン!!と回る。

………傍から見ればそれは、声帯所か口すら持たぬデモゴルンの、断末魔の叫びとも取れた。

そして。


………どごおぉおおおおん!!


やがてその身体は崩れるように倒れ込み、大爆発を起こした。

後の調査で解った事だが、体内の過剰チャージされたエネルギーが、白い壊獣のビームによって引火し、暴走・爆発したのだ。







***







サトルは、その一部始終を見ていた。

眼前の白い壊獣がデモゴルンの攻撃の盾になってくれた事で、熱線に巻き込まれずに済んだからだ。


相変わらず、倒壊した神社に足を挟まれ動けないサトルの眼前に見えるのは、生まれてはじめて生で見た、壊獣vs壊獣の戦いの結果。

破壊された町。

えぐられた山。

そして………いつの間にか鏡の外に現れ、サトルを見つめる謎の女。


「どう?サトルくん」


その女は、サトルに話しかけてくる。


「“私”、かっこよかったでしょ?」


目の前に広がる、凄惨たる光景。

それはサトルにとって、あまりにも衝撃的だった。

サトルの頭には様々な感情が駆け巡ったが、まずは、どうしても聞きたい事があった。


「てか………お姉さん………誰よ?」


女は、顔をニィィと微笑ませて答える。


「………壊獣♡」

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