森③
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今回で一旦句切り、11月5日から新作を投稿予定です。こちらもゆっくりですが投稿するよう頑張りますので、新作含めよろしくお願いします。
柔らかな月の明かりに照らされたサイゼル村は静まり返っていた。子どもらは目を擦り、大人達は1日働いた体を休め、一服する時間帯。しかし今夜はどの家も灯りを消し、窓を固く閉め、息を殺している。
「かーちゃん、にーちゃん達は大丈夫かな?」
小さな窓のみがある納戸の隅で、母親に抱かれた息子が不安そうに言った。
「きっと大丈夫よ。信じましょう」
そう答える母の声はか細く、体は震えている。納戸の入り口に背を預け、鎌を握る父親がため息をついた。
「俺が戦えたならあの子らを見送ることなどしなかったのに……。情けない……」
「そんなこと言わないで」
母親が微笑む。
「あなた達は今まで充分村を守ってくれたわ。その役をあの子達が受け継いだのよ。経験不足は否めないけど、夜の内には騎士団が来てくれる手筈になってるんだから、それまで持ち堪えてくれれば……」
そこで言葉を切ると、母親は息子を強く抱き締めた。父親は強く頷き、膝を撫でる。魔物との戦闘で負った古傷が、村の外から流れ込む魔力に反応するかのように痛むのだ。
ふと、小さな窓から村民達の声が聞こえてきた。城壁があるとはいえ、魔物の群れに囲まれている為に家にいるようギルドから警告されているのに、どうやら数人が外出しているらしい。しかもその数は少しずつ増えていっている。
「どうしたのかしら……」
息子を離した母親は、踏み台を使って窓から外を覗き見て、バッと振り返る。その瞳は場違いなほどにキラキラと輝いていた。
「あなた! あなた!」
「静かにしないか! 一体どうした?」
ドアノブに掴まりながら立ち上がった父親に、少女のような笑顔で母親が駆け寄った。
「外にいるのよ!」
「何がだ?」
「何がですって?!」
小声で返す父親とは正反対に、母親は大きな身振りで外を指差した。
「ドラゴンよドラゴン! 〈月虹〉よ!」
▷▷▷▷▷▷
「はい、これでいい?」
「あ、あ、ありがとうございます……」
魔法でインクを走らせ、村へ入る為の許可証に名を記入したミオリに門番はこくこくと頷いた。
「にーちゃん!」
ミオリを一目見ようと家から出てきた人の間から、笑顔を浮かべた少年が飛び出してきた。
「マット、大丈夫だったか?」
そう返しながら少年を抱き止めたのは、〈明けを目指して〉の1人であるクロイだった。
「クロイ、あなたこそ大丈夫だったの? 他のみんなは?」
脚を引きずる父親を支えながら現れた母親に、クロイは微笑む。
「全員無事だよ。ミオリが助けてくれたから」
クロイが親指で背後を指した先には、同じ冒険者パーティーのティナ、シスーが家族との再会を喜んでいる。
「それにしても、少し村から離れてた間に群れがここまで近づいてるなんて思わなかった……。ミオリの背中に乗せてもらって帰ってきたんだけど、よく持ち堪えて」
「乗ったの?! ドラゴンの背中に?!」
心配そうに言うクロイの言葉を遮り、母親は頬を染めつつミオリを見上げた。
「なんて羨ましいの! ドラゴンに乗って夜空の散歩なんて! ……あら?」
輝いていた瞳が不思議そうな色に変わった。ミオリの背中に跨がったままの〈明けを目指して〉のメンバーと、その内の2人の腕に抱かれる毛玉を見つけたのだ。
「ねえクロイ、あの金色のおチビちゃん達って……」
茫然と正面だけを見つめているジオの後ろで、クリステラとテオールの防具にじゃれつくネメアン・ライオン達の姿に、村民達がざわめき始めたところで、ミオリがくいっと顎を上げた。
「じゃ、行ってくるから村は任せたわよ。まあウェアウルフがこっちに来ることはないでしょうけど」
「ま、待ってください!」
息を切らせながら走ってきたのは、ミオリの来訪の報せを受けたサイゼル村の斧のギルマスだった。
「む、村へはどういったご用件で? 今ウェアウルフと聞こえましたが……」
「あいつら、私の縄張りに入ってきたのよ。今後もうろちょろされたら面倒だから狩り尽くしてやるわ。素材はあげるから好きにして。その代わり、背中に乗ってる3人をちょっと借りるから」
狩る、という単語に村民達が静まり返る。沈黙をやぶったのはクロイに抱きついたままのマットだった。
「ウェアウルフ狩れるの? すっげー!」
「こら!?」
とんでもないことを言う弟の口をクロイが塞ぐ。一瞬ぽかんとしたミオリだったが、すぐに大きな笑い声を上げ、尾先でマットのつむじをつついた。
「このおチビはドラゴンがウェアウルフに劣ると思ってるのね。なんと可愛らしいこと」
「申し訳ございません! 村の子がとんだご無礼を!?」
「この程度で目くじらを立てるほど仔どもじゃないわよ」
橙色の食いしん坊とは違うの、とミオリはつけ加える。
「ねぇおチビさん、私がウェアウルフを全部狩ってきたら、ドラゴンの方が強いってこと、ちゃんと覚えてくれる?」
「うん!」
「そう。なら頑張らなきゃね」
手を上げながら元気に返事をするマットの頭に、軽く鼻を寄せたミオリはすうっと体を起こした。
「クイン、リトー、暴れちゃ駄目よ? 落ちたら怪我しちゃうからね」
「「ミャウ!」」
「テオールとクリステラは、万が一のことがあればすぐに報告を。ジオは仲間を見てなさい。いいわね?」
「「「はい」」」
まるで機械のように、3人は無機質に返事をした。空を飛んで帰ってきたことはもちろんだが、これからまた空へと戻り、自分達を追いかけ回した魔物達が狩られる様を上から見ていなければならない現実に酷く緊張しているのだ。
「あの、もうすぐ騎士団が来てくれるはずですので、彼らの到着を待ってからでも……」
「騎士団が?」
繰り返したミオリが目を細め、遠くを見る。そしてすぐに、ああ、と言った。
「知り合いだから問題ないわ。それに……」
そこで口を閉じたミオリは、ふふっと笑った。
「待たなくて大丈夫。寧ろちゃっちゃと片づけちゃわないと」
含んだ言い方をするミオリに、斧のギルマスが首を傾げる。それには答えずに、ミオリは夜空へ飛び立った。
決着は、10分と経たずについた。ドラゴンとウェアウルフでは、どちらの力が上かは比べるまでもない。空から放たれる緑の炎によるあまりにも一方的な攻撃に、ギルド職員の制止を振り切ったサイゼル村の村民達は、城壁の外にまで出て、歓喜の声を上げながらミオリを応援する始末だ。
騎士団が到着したのは、全てが終わってから30分ほど経った頃のこと。そこここに転がる魔物の骸に皆目を丸くして驚いていたが、興奮したようにじゃれつくネメアン・ライオンの兄弟を適当にあやしつつあくびをするミオリの姿に、納得した様子で頷き合っていた。
騒がしかったのはただ1人。10人を超える騎士団員を背中に乗せてやってきた、ミオリよりも巨大な、まるで昇りかけの月が落ちてきたのかと錯覚してしまうような橙の鱗をした、口の悪いドラゴンだけだった。