カジ村②
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黄菜の話を終えたら新作を上げる予定でしたが、別の話をもう3話上げて、きりよく11月から次の話を投稿しようと思います。
こちらの都合ではありますが、11月からは1日を除く5の倍数の日に更新しますので、よろしくお願いします。
1週間ほど前から、カジ村の周囲にマルニハという魔物がたむろしている。見た目は頭頂部の頭蓋骨が剥き出しになった巨大なイノシシに似ており、一度走り出したら止まらない、正に猪突猛進の魔物だ。
単体であればCランクの冒険者パーティーでも対応できる程度の魔物だか、今回のマルニハは群れをつくっていて、カジ村に立ち寄った商人の話では軽く30頭はいるらしい。そうなれば最低でもBランクのパーティーが3組は必要となる。しかし現在、近隣の町村には手の空いている冒険者がおらず、皆別の魔物の討伐へ赴いている為、後回しにされているのだ。
カジ村は裕福な村ではない。村民が一丸となって農作業に勤しみ、豊かとは言えない畑で作った野菜を3週間に一度だけやってくる商人相手に売って収入を得たり、商品と物々交換したりして細々と暮らしている。そんな村にマルニハが現れ、畑を荒らし、追い払おうとした男衆が反撃に遭って怪我を負い、貴重な薬を使うことになれば、当然生活は苦しくなる。マルニハが現れてまだ1週間しか経っていないが、村民達は既に疲弊していた。
「マルニハは川辺を縄張りにしているようで、ある男が食う物に困り魚を獲りに行った時に襲われて大怪我を負ってしまったんです。それ以来皆には川へ近づかないよう警告を出していたんですが……」
「あのおチビ達が言うこと聞かずに魚獲りに行っちゃったってわけだ」
牙の間に詰まった肉片を爪で取りながら、キイナはカジ村の斧のギルマスであるグウェンリにそう返した。
腹這いで寛ぐキイナの周りに焼かれた肉がどんどん置かれていく。もちろん村の備蓄ではない。近場に狩りに出たキイナが山の向こうにいた牛系の魔物を6頭捕まえてカジ村に持ち帰り、焼いて自分に食べさせることを条件に村人達に分け与えたのだ。
普段から農作業ばかりしていた村人にとって、魔物の解体など未知の作業だった。だが血抜きはキイナ自身が既に済ませていた為、皮を剥ぎ内臓を取り除く覚悟さえ決まれば、村人達の、特に女性達の行動は早かった。
「お肉美味しいね!」
「本当に美味しい……。お肉なんて久しぶり……」
「まさか魔物の肉を食べられるなんてな。動物よりも遥かに美味い!」
焼いた肉を頬張りながら、若者達が騒いでいる。子ども達は口周りに肉の脂がべっとりついていてもお構いなしで、次々に皿から肉を取っては齧りついた。母親達はそんな我が子を涙ぐみながら眺めつつ、追加の肉を焼き続けていく。
「イーシャ達の家は父親がおらず、母のネアと弟のコールが働いていますが、村の中では特に苦労している一家でもあります。姉妹は末の子のトアーズに肉を食べさせてやりたいと常に言っていたそうで、無理をして川へ行ってしまったらしく……。ご迷惑をおかけしました」
「もういいよ。村の状況を聞いた以上、怒るつもりはないから」
一際大きな塊を口に放り込むキイナに、グウェンリは申し訳なさそうに頭を下げた。
「ろくな味つけもできずに、本当に申し訳ない……。調味料も残りわずかとなっていて、村全体で切り詰めておりまして……」
「素材がいいんだから素焼きで充分よ」
縮こまるグウェンリの小ささに、キイナはつい噴き出してしまった。キイナにとって魔物の解体や焼きの調理など朝飯前なのだが、村人達が気兼ねなく食べるには本人達にさせた方がいいだろうと配慮してのことだった。その結果、思いの外面白いものが見られてご満悦である。
「ていうか、ドラゴン相手にまともに料理にして出そうとする人間なんてそういないと思うけど」
くすくすと笑うキイナに、そもそもドラゴンと並んで飯なんぞ食わねえよ、と心の中で呟きながら、グウェンリはもう一度頭を下げた。
「あの、キイナさん」
恐る恐るといった様子で声をかけてきたのはネアだった。
「娘達からキーフォラを倒してくれたと聞きました。本当にありがとうございます。あの子達に何かあったら私は……」
考えるのもおぞましいのか、ネアはぶるりと身震いをした。母の隣に立つトアーズが、肉の欠片を食べながらぺこりとお辞儀をする。
「おねえちゃんたちをたすけてくれてありがと」
「どういたしまして」
ふふん、と鼻を鳴らすキイナの元に、イーシャとスーニアも駆け寄ってくる。
「キイナさん、まだお肉いる? 私取ってくるよ!」
「魚はどう? さっき獲ったのがあるから焼こうか?」
「お肉はもう充分よ。魚は弟にあげる為に獲りに行ったって聞いたわ。あたしはいいから食べさせてあげて」
キイナが言えば、イーシャとスーニアはトアーズの手を優しく握って肉を焼いている調理場へと走っていった。入れ替わりに、コールが男を2人連れて近づいてくる。
「キイナさん、村の門番達です。いなくなったイーシャ達を捜すのを手伝ってくれてて、村の入り口にいなかったんです。迷惑をかけたから謝罪をしたいと……」
ほら、とコールが促せば、門番達はキイナを見上げながらぎこちない動作で謝罪を示した。そんな3人を見下ろしながら、キイナは肉の脂を舐めとりきれていない爪で顎をぽりぽりと掻く。
「別にいいわよ。どんな理由があれど、無断で入ったのはあたしなんだがら、謝るのはあたしの方。ごめんね?」
長い首を下げて謝るキイナに、斧のギルマスもコール達も皆驚いた。
「い、いえ、元はと言えば門を空けていたこちらに責任が……」
「そうです! 村の子の恩人……、恩ドラゴン……? ともかく、あの子達を助けてくれたあなたが頭を下げることなんてないです!」
「これじゃきりがないね」
謝り合戦が始まってしまう、と思ったキイナは、早々に頭を上げた。
「マルニハがいるってこと、王都には報告したの? 騎士団に言えばエルドレッド隊とか派遣してくれるんじゃない?」
「いえ、それが……」
グウェンリが言うには、王都にはまだカジ村の現状を報告していないらしい。騎士団は普段から高ランクの魔物の討伐に忙しく、群れているとはいえCランク程度の魔物で迷惑をかけたくないそうだ。隣町にいるBランクとCランクの冒険者パーティーが、今受けている依頼を終えたらすぐに来てくれる約束になっているので到着を待っているのだが、村民への直接の被害が出始めた為に明日にでも騎士団に要請を出そうとしていたところだったと聞いて、キイナは呆れ顔でため息をついた。
「怪我してからじゃ遅いじゃない。それってあんたの一存? 杖のギルマスは? そもそも村長はどこにいるの? あんた以外の村のリーダーに挨拶されてないんだけど」
まあ別にいらないけどさ、とキイナはつけ加える。
「杖のギルマスは荒らされた畑を確認しに行ってマルニハに襲われてしまい、重症を負って自宅で休んでいます。村長は……、その……」
「何よ?」
「……怪我をした杖のギルマスの姿を見て気絶してしまって、後ろに倒れた拍子に頭を打って……。自宅待機です……」
「馬鹿だね」
キイナのセリフに門番2人がうんうんと頷く。その後頭部をスパン! とコールが叩いた。
「はーあ、しょうがないなぁ」
よっこいせ、とキイナが立ち上がる。腹這いだったドラゴンが急に動いたことで、キイナに少しずつ慣れ始めていた村民達が足を止め、硬直する。ぱっと振り返ったイーシャ達が、焼きかけの魚を網に残したまま戻ってきた。
「キイナさん、どうしたの?」
「どっか行くの?」
姉2人に手を繋がれたトアーズも、くりくりした目でキイナを見上げている。その目が誰かに似ている気がして、キイナは目尻を下げて微笑んだ。
「あたしはね、用事があってあの川にいたの。キーフォラ程度ならあたしの邪魔をしないけど、群れた魔物は馬鹿な行動を取りやすい。だから先にどうにかしておくとするわ」
「どうするの?」
首を傾げながら尋ねるトアーズに、キイナはふふんと鼻を鳴らす。
「魔物退治よ」
大きな翼を広げ、キイナが飛び立つ。生み出された風に村民達は踏ん張るが、数人の子ども達が転けてしまった。
まっすぐ空へと飛んだキイナは山を見下ろす高さまで昇り、眼下を見下ろした。意識を集中させて、山の麓に目を走らせる。群れとまでは行かないが、3頭のマルニハがカジ村の近くにいるのを確認した。
「……あ、退村届け書くの忘れた」
あちゃー、とわざとらしく口に出したキイナだったが、その表情に焦りはない。
「ま、代わりにコールが書いてくれるでしょ。入村許可証も書いてくれたし」
大丈夫大丈夫、と繰り返し言いながら、キイナは今正にカジ村の畑に向かおうとしているマルニハを目指して急降下した。日も暮れ、顔を出した月が黄色を照らす。隕石の如くマルニハに突っ込んだキイナは、1頭を一噛みで、残りの2頭を尻尾で叩き潰して、遠くで待機しているであろう群れに自分の存在を知らしめる為に、天に向かって咆哮を上げた。