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オルベン町①

ご閲覧ありがとうございます。本編よりもゆっくり書いていくので、気長におつき合いいただければ嬉しいです。

 汽水域に沿うように発展したオルベン町の斧のギルマス、ダリアは頭を抱えていた。両肘をついた机に広げられているのは、ここ1週間ほどの間に町民から集められた嘆願書の束である。


「はぁぁぁ……。どうしよう……」


 両手で顔を覆い、深くため息をつく。嘆願書の一番上にある1枚を手に取ったのは、補佐であるユーリアだった。


「全く、毎日毎日おんなじことを書いて提出する暇があるなら他の稼ぎ口を探す方がよっぽど利口じゃないかしら?」

「そんなことを言うものではないよ。彼らは漁師なんだ。漁に出るのが生き甲斐なんだよ。それを支えなければならないのが私達だというのに……」


 座っている椅子の背もたれに寄りかかったダリアが天井を睨む。疲れた表情を浮かべる上司に、ユーリアは眉間をつまんだ。


「私達だって何も手を打ってないわけじゃないわ。それは漁師や商人達だってわかってるはずでしょう? こんなにせっつかなくてもいいじゃない」

「それは……」


 2人の、オルベン町の町民達の悩みの種は、この町を栄えさせた汽水域そのものだった。

 ここの汽水域はアシュラン王国の中でも随一の幅を持つことで有名であり、その為に陸に近いところでも海の魚がたくさん獲れる名所であった。それに合わせて、この町が実施している漁法もまた、漁師にとって嬉しい対策と言える。

 海底と海中の岸壁に埋め込まれた、多数の魔石。そこに定期的に魔力を注ぎ込むことでつくり出される魔法の網が、凶暴な魔物が汽水域に侵入することを防いでいるのだ。そのおかげで魔法の網の内側には魔力を宿さない普通の魚だけが泳いでいて安全に漁ができ、一攫千金を狙って海に繰り出す漁師達も、万が一魔物に襲われ追いかけられたとしても、この網に入ってさえしまえば難を逃れることができるのだ。

 そんな漁師の為の町とも言えるオルベン町で、なぜこれほどに町民達から嘆願書が届いているのか。それは、10日ほど前に起こった魔石の破損による網のやぶれが原因だった。

 過去にも使い古した魔石が壊れることは何度かあったものの、魔術師達が即座に新しい魔石と交換することで被害が出たことはなかった。しかし今回、予想外のことが起こった。

 魔石が破損したことで生まれた、わずかな網の隙間。そこからセイレーンが1体、汽水域に侵入してしまったのだ。

 町民達の生活の場へと現れた魔物による被害者の数は既に二桁を超えており、ギルドはオルベン町全域に汽水域への接近を禁じる他なかった。その間冒険者達を集い、セイレーン討伐の依頼を何度も出してきたが、そのどれもが失敗に終わっている。

 冒険者達は皆、セイレーン対策として魔力の宿る歌声を通さない マジックアイテムをそれぞれ身につけていたが、件の個体にはそれが効かなかった。彼らにとって不幸だったのは、極少数のセイレーンが持つレアスキル〈壁なき歌声〉を、この個体も持っていたことだった。

 〈壁なき歌声〉は名の通り、どのようなマジックアイテムでも無効化してしまうレアスキルで、セイレーンに挑んだ冒険者達はことごとく返り討ちに遭い、内数人が汽水域に引きずり込まれて魔物の餌食となってしまった。生き残った者達も敵討ちに燃えているが、〈壁なき歌声〉をどうにかしない限りは狩りようがない。話し合いだけで数日が過ぎてしまい、漁に出ることができずに収入がなくなってしまった漁師や魚を買う商人達が、あのセイレーンをどうにかしてくれと嘆願書を持ってきた、というわけだった。


「王都にも報告はしているし、近隣の町や村へ〈壁なき歌声〉を持つセイレーンを倒せる冒険者に声をかけるよう伝えてはいるが、まだ色好い返事はもらえていない……。もう騎士団に来てもらうしかないか……」

「……まだ打つ手はあるはずよ」


 ユーリアが嘆願書を机に戻した。


「どんな手があると言うんだ? 漁に出られない者達にはギルドから短期の仕事を提案しているが、誰も受けてはくれない。漁師という立場に誇りを持っているからだ。町に常駐してくれている冒険者達の顔を立てて騎士団への派遣要請を控えてはいたが、さすがに限界だろう?」


 騎士団は王命を受けて王国各地へと赴き魔物の討伐にあたるが、町や村から直接依頼を受けて動くこともある。冒険者達にとって、騎士団に頼るのは最終手段であり、自分達では無理だ、と自ら認めることと同じなのだ。


「……彼らなら、あのセイレーンを討伐できるはずよ」

「彼ら?」


 ユーリアのセリフに首を傾げたダリアだったが、すぐにそれが誰を示すものなのか察した。


「確かに、彼らならやれるだろう。……だが来てくれるだろうか?」

「お願いしてみないとわからないじゃない。必要な物を手配してくるなら、あなたは出かける準備をしてて」


 手を振って退室するユーリアを見送ったダリアは、引出しを開けて2枚の書類を取り出した。

 数年前、王都にあるギルドから各町村へ一斉に送られた2枚綴りの文書。それに目を通した時、驚きのあまりすぐに引出しにしまったことをダリアは思い出した。


「頼るべきか……、頼らざるべきか……」


 自分以外いない部屋で、返事を求めていない問いをこぼす。文書の1枚目には、魔物であるドラゴンだけで編成された、王室公認の特例のパーティー、〈月虹〉の名が記されていた。




 ▷▷▷▷▷▷




 〈月虹〉に依頼するにはいくつかの条件がある。

 まず始めに、依頼内容と報酬を魔石に念じること。そしてそれを水に入れること。それは川であれ湖であれ海であれ、必ず屋外、できれば居住区から離れた場所で行うこと、というものだった。


「魔石を通して念話のように言葉を受け取ることができる個体がいるそうね。その情報をパーティー内で共有して、依頼を受けるかどうか、受けるならどの個体が行くかを決めるんでしょう? 来るとしたら1体かしら? それとも2体? どうやって来るの? 遠くから飛んでくるの? それとも育ての親のユルクルクスみたいに長距離の移動が可能な魔法陣を使うの? ねえどうなの?」

「ユーリア、少し黙ってくれないかい?」


 冒険者パーティー〈天の光〉に護衛を頼んだダリアとユーリアは町を出て、近くの川に来ていた。セイレーンは海水が混ざる水域までしか移動できない為、淡水で襲われる心配はない。しかし他の魔物と遭遇しないとも限らないので、護衛は不可欠なのだ。


「斧のギルマス、本当に〈月虹〉を喚ぶんですか?」


 〈天の光〉のリーダーが問えば、ダリアは難しい顔で頷いた。


「君達が自分の手で敵を討ちたいと思う気持ちは充分理解している。だが、あの個体は特殊過ぎるんだ。討伐までに時間がかかればかかるほど被害が広がってしまう。これ以上犠牲者を出したくないのだよ。わかってくれるかい?」

「もちろんわかりますとも。……私達の力が足りないばかりに……、すみません……」

「君達はよくやってくれているよ。ありがとう」


 落ちたリーダーの肩をぽんと叩いて、ダリアは微笑んだ。


「報酬はあれで足りるかしら? それとも少ない? お金以外に物も入れた方がよかった? 今から何か足す?」

「……ユーリアさんはずっと喋ってますね。うちのがどうしたらいいか困ってますよ」

「無視してくれていいよ。あの子は緊張したり、怖いと思ったりしてる時に饒舌になるんだ」


 〈天の光〉のメンバー相手に途切れることなく話し続けるユーリアに、ダリアは苦笑した。従姉妹という間柄であるから、ユーリアの癖をダリアは把握している。だからこそ、彼女が今どれほど身構えているのか手に取るようにわかるのだ。


「それで、報酬はどの程度用意しているんですか?」

「そうだね。レアスキルを持つ特殊個体だから、セイレーン討伐の相場より高めの800万エルだ。情況が情況だけにもう少し出したいところだが、町全体の収入が落ちている今、これがすぐに用意できる最高額だね」


 右手で握り締めていた魔石を見ながらダリアは言った。漁業で栄えるオルベン町にとって、海に出られないことは死活問題であり、漁ができなければギルドの財政も悪化する。これだけの額を用意するのにも、杖のギルマスとかなり話し合わなければならなかったほどだ。


「リーダー。周囲を見回ってきましたが、近くに魔物はいません」

「鳥やらリスやらがいるぐらいですね」

「ああ、ありがとう」


 リーダーの指示で周囲の安全を確認しに行っていた2人が戻ってきた。礼を言ったリーダーが、ダリアに向き直る。


「斧のギルマス、今の内にやってみましょう。やらないことには〈月虹〉が依頼を受けてくれるのかくれないのかもわからないんですから」

「そうだな。では早速……」


 覚悟を決めた様子で、ダリアは魔石を川へ投げ入れた。弧を描いて川面へ落ちた魔石が水飛沫を上げる。固唾を呑んで見守る一行だったが、特段奇妙なことは起こらないまま、川面は元の顔へ戻った。


「……それで、どうしたらいいの? 待つの? このまま?」

「う~ん……」


 静かに流れる川面を睨みながら、ダリアは身を乗り出した。どんなに目を凝らしても、何も見えない。川岸に手をつこうとしたら、グイッと衿を引っ張られて尻餅をついた。


「どうしたんだ?」


 驚いて振り返れば、〈天の光〉のリーダーだった。が、その目はダリアを見てはいない。空を凝視している。

 ざわり、と空気が変わった。強い風の音がして雑草が倒れ、木々が葉を打ち鳴らして幹をしならせる。大きな影が、一行を覆った。


「君達が依頼主だね」


 凛とした声が降る。視線を川へ戻したダリアの目に、川面に立つアメジストドラゴンが映った。胸元には、野生ではないことを証明する特大の神宝石が輝いている。


「僕はシキ。君達に喚ばれた〈月虹〉の1人だ。もう少し詳しく教えてもらえるかな?」


 川面を歩いたシキが、陸に前脚を乗せる。真上から見下ろされたダリア達は、巨大な原石のようなシキの姿に、ただただ絶句するしかなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 番外編の投稿ありがとうございます。 また、この物語のお話しを読むことが出来ることに、嬉しさを感じています。 成長した仔ドラゴンたちや色々なキャラクターのお話を楽しみにしています。
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