キラキラの石
昨日、みんなの意見をまとめてからああでもない、こうでもないと配置を考え車両デザインを決めて。
出来上がったのはもう夕方近いこの時間。そろそろ空がオレンジ色だわ。
「誰も作らないってことは、不便なことがあるからだよね。知ってた」
出来上がったキャンピングカー? を見て私は呟いた。
全員が乗れる広さで欲しい機能をつけていったら、中身は普通に住めそうな状態になったんだけど、その外見がなんていったらいいか、そうね例えるならカタツムリ。
家を背負ってる感じの、カーブの道では斜めにぽてんと倒れちゃうやつ。
はっきりいって不恰好なんだけど言いしれぬ愛嬌がある。
そう言いながらもみんなで中に入ると、広さにびっくりされた。
運転席にも後部から行けるようになってる。
「まあいいんじゃないかな」
杉原さんが欲しかった機能はビールサーバー。
麦やホップなどの材料を入れるとビールが生成されて出てくるという、ものすごく新鮮なビールが飲める、四人の大人に大人気なこの機能。
地球で飲むビールとは味が違うらしいのだけど、私はお酒を飲んだことないからわかりません。それでもこの世界で出されているものより美味しいらしいです。
ジェイクさんは一口飲んで叫びました。
旨すぎる! って。
「杉原……、なんでも肯定するのはお前の美点だけど、これはよくない」
「上条さんもカタツムリみたいで可愛いって言ってください」
上条さんの希望は自動運転。
マップを表示すると障害物があるときは避けながら進む。
免許は必要ないんだから私たちでも運転できるのに、どうしてもこの機能はつけて欲しいと言われてしまった。
運転席にナビをつけて、誰でも使えるようにしてみたの。
「そうですね、ちょっと美意識に反するというか」
夕彦くんが眉間を押さえているのは言葉を選んでいるからだって知ってる。
「美意識ですか? めちゃくちゃ可愛いじゃないですか、ありすちゃん天才ですね」
「サツキさんわかってる!」
夕彦くんと圭人くんの欲しいものは同じで、オーディオセットだった。
私たちが聞いていた音楽や両親や叔父さん、叔母さんたちの持っていたCDなどは再現できた。異世界なので著作権とか気にしない。
テレビやラジオで聞いただけの曲はダメでした。創造でもなんとかならないことってあると知ったわ。
ついでというか、大きめモニターも作ったから私が触れたことのあるDVDも揃えました。
……圭人くんの持ってたちょっとえっちなDVDも出てきたんだけど、捨てていいかな。いつの間にか触っていたのね、知らなかった。
捨てようとしたら杉原さんに確保されちゃったんだけど、いつ観るの?
「もっとはっきり言っていいのよ、夕彦」
「えーと」
光里ちゃんに促されて口ごもる夕彦くん。
光里ちゃんからのリクエストは大きめキッチン。
私とサツキさんも似たような感じだったので、キッチンに夢を詰め込んだ。
大きなオーブンと食洗機は小屋改め家にもつけているのと同じもの。
冷蔵庫や備蓄庫は不要なのでその分コンロを4つ口にしたり誰でも使えるように鍋を揃えた。
「夢が詰まっていていいわ!」
「よくわからんが、走れるんだろ? これでいいんじゃねえか?」
「誰も見られないんだからいいんじゃね?」
サツキさんと、車がよくわかってないジェイクさん。
圭人くんもアバウトだわ。ソファの座り心地はどうかなと、腰掛ける。
うん、硬くもなく柔らかすぎないちょうどいい感触。カバーの手触りは飛行機のシートを参考にしてみました。
「うーん、魔法の補助もあるし倒れたりはしないのよ。問題は森の中だけど」
「馬車が通れる道があるから、それを行こう。ただ、竜が住む森は徒歩で行くしかない。前回はそれで体力を消耗したからまめに回復しような」
杉原さんがPTで行ったときは森の魔獣が強かったと聞いた。いざとなったら木を切り拓いて家を出すことで話は決定。回復重視でいかないとね。
「よし、これで足も確保できたし。行きますか」
圭人くんがやる気を出して声をかけると、私たちも頷いた。家は私のストレージの中にあるからいつでも出発できるよ。
「移動中に圭人はやらなきゃいけないことがあるからな、忘れてないだろ?」
「もちろん」
杉原さんと圭人くんの会話にサツキさんが首を傾げながら疑問符を浮かべてる。夕彦くんがそれに応えた。
「圭人は勇者なので、圭人の作った剣だけが魔王にとどめをさせるんですよ。なので移動中に聖剣を作らないといけないんです」
「聖剣の材料は揃ってるのかな?」
上条さんが圭人くんに尋ねる。
「あとは星鉱石だけなんですが、多分、材料は見つけました。これを夕彦に加工してもらいます。頼むな」
「あの時の岩でしょう? 了解」
国境の峠で道を塞いでいた岩。圭人くんが必要って言っていたのはそういうことね。
「今夜は出発前の壮行会にしようか」
キャンピングカーのお披露目が終わって、家に戻ってきた私たち。
このまま出発してもよかったんだけど、夕方よりはお日様が出てる時間がいいよねってことで今夜はまったり過ごすことに。
サツキさんはリビングに置いてある本を見てキャーキャーと喜んでた。
お気に入りの小説のシリーズが全巻揃っているのを見て、車中に持って行ってもいいかなと聞かれたので、もちろんOKですと答えた。
「お、いいねえ。酒はあるのか?」
「ありますよ! これがアイン村の酒場で出されていたエールとミード。これは王都で売っていた冷たいエール。そして私たちの生まれ故郷にあったお酒です。とりあえず一部ね」
あまり多くてもと思ってウイスキーを二本、ワイン二本、ビールを一本出してみた。
並べた瓶は、親や親戚が飲んでいたお酒。私が触ったことのある瓶だけが再現できるというのはちょっと残念、かな。
お祖父ちゃんのコレクションを並べる手伝いをしたことがあったから結構量はあるんだけど。
「え、ちょっと待って」
一本の瓶の前で上条さんの顔色がさっと変わった。
どうしたのかな?
杉原さんもその瓶を見て唸ってる。
お祖父ちゃんが一番いい場所に飾ってたやつだわ。
「これ、めちゃくちゃ高いウィスキーだぞ」
「創造で作ったものだから他のお酒と材料変わりませんよ。ラッキーと思って飲んでください」
「それもそうだね、ラッキー! ありすがこの酒を知っていてくれて嬉しいよ、ありがとう!」
上条さんはそう言いながら瓶の封を切って、グラスにとぽとぽと注いだ。
「知らねえ酒が飲めるのはありがたい。よしやろうぜ!」
「わーい、美味しいお酒がいっぱい」
ジェイクさんもウィスキーを飲むことにしたみたい。サツキさんがグラスにお酒と炭酸を入れてるけど、美味しいのかな?
つまみに出したのはガイアビーフの甘辛煮。
細切れにしたお肉を唐辛子と砂糖、醤油で絡めて柔らかく煮たもの。
ご飯と一緒でも美味しいし葉物と一緒に巻いても美味しい。
それとシャバル村で買った魚を干して作った味醂干しを焼いて裂いたもの。
「大人はほっといて、私たちはこれね」
幼馴染組は未成年なので炭酸で乾杯します。
ご飯をしっかり食べましょう。
今日のメニューは赤竜の息吹亭でいただいたおにぎりと、お惣菜にサラダとお味噌汁をつけて和食っぽくいきますよ。
肉じゃが、ビーフカツ、春巻きにサラダはアスパラ、ブロッコリー、焼いたパプリカを合わせて、マッシュポテトも添えてみました。
お味噌汁は大根と大根の葉っぱでシンプルに。
「あああ〜、美味しい。この肉じゃが味が染みてる」
「光里ちゃん! この春巻きも美味しいよ」
もぐもぐと夢中になって食べる私たちに比べて、静かにゆっくり食べる圭人くんと夕彦くん。いつもなら二人だって結構騒ぐのにどうしたのかな?
「二人とも、何かあった?」
「ん、ああ。食事前に夕彦に石を作ってもらおうとしたんだがな……」
「作れませんでした。足りないのはレベルか、そもそものイメージがうまく行ってないか。凝縮できたのですが、そこから磨くことができないんです」
箸を持って食事を摘んではいるけど、夕彦くんは食欲ないみたい。圭人くんは夕彦くんを気にして手が止まってる感じ。
「だったら磨ける奴がやればいいんじゃないか?」
「ジェイクさん」
「それシズルならできるんだろ?」
グラスを片手にご機嫌なジェイクさんが上条さんの方に顔を向ける。
それに倣って圭人くんと夕彦くんが揃って上条さんを見たら、しっかり話を聞いていたみたいで応えてくれた。
「ん? 俺もできるけど、それよりもありすが作った方がいいんじゃないかな。俺が作った石だと圭人に思い入れが足りないからね、聖剣にならなそう」
「夕彦が凝縮してありすが磨いた石ならバッチリね。私もお祈りとかしておく?」
「そうだな、みんなで作った聖剣っていうのは嬉しいな。マジで頼むぞ光里」
結果、夕彦くんから手のひらより少し大きいかなというくらいの重い石を渡され、食事が終わったらこれを磨くことになった。
どんな石ができるかな。
「ありすちゃん頑張れぇ〜」
久しぶりの、慣れ親しんだ味のお酒にすっかり酔っ払ってしまったサツキさん。
ふにゃふにゃとした呑気な声がリビングに響くけど、可愛いからよし。
困ってるのはそれを止められないジェイクさんの方だね。
「がんばりまーす! では、やりますよ、圭人くん」
「おう、頼む!」
いつか見た星鉱石。星が入った綺麗な宝石。
あれが聖剣の材料だと、勇者がスキルで作った剣を魔を払う破邪の道具にするにはあれが必要だと教えられた。
私の手の中にある石は夕彦くんが魔力を込めて凝縮してくれたもの。私はこれを磨く。
圭人くんの剣に相応しい形に、全ての魔を祓いこの世界に安寧をもらうものになるように。
石をテーブルに置いてから柔らかい布で包んで、軽く擦りながらイメージを送る。
私の考えたものに変質させてしまうのは違うから、この石自身が持っているエネルギーを感じて内から輝いてもらう。
「ありす……」
「しーっ。集中してるから、黙っていてあげよう」
この時、私の手の中の石がキラキラと眩しく光って、風もないのに髪や服がふわふわと靡いていたそうなんだけど、私は全く気が付かなかった。
優しい魔力が手の中から溢れてくるのを、外に溢れて行かないように包み込んでまとめている感じだったのだけど。
私を心配していた光里ちゃんを止めた上条さんだけど、実は一番ハラハラしていて椅子に座らないでうろうろしていたそうです。
杉原さんの石を作った実績があるからそれを伝えたいけど、伝えちゃうとそれが杉原さんの石になっちゃったり、違うものになるのが怖くて言えなかったんだって。
「ねえ、お願い」
ポツリと呟いた言葉は、手の中の石に向けてのもの。
「力を貸して、悪いものを倒したいの」
私の言葉に呼応してなのか、手の中の石が仄かに熱をもつ。
その熱が私の魔力を使って、中心に向かって渦巻いていく感覚がした。
巻き込まれる。ぐるぐると。
「ありがとう、力を貸してくれるのね。きゃっ! 熱……っ」
触っていられないほどの熱を感じて手を離してしまった。
その弾みで包んでいた布も外れてしまうけれど、石の変化は進む。
手のひらより少し大きかった石が、縮んでいく。
「ああ、うまくいったようだ」
上条さんが私の隣に座りながら嬉しそうに微笑んだ。
徐々に小さくなる石。前に見た星鉱石は青かったのに、これはルビーのように赤い。
いいのかな、ちょっと心配になって上条さんを見たんだけど何も言わないでニコニコしてるから大丈夫みたい。
「綺麗だな、この石」
変化が止まったみたい。ころんとテーブルに転がった石を圭人くんが摘んだ瞬間、まるで石が喜んでいるかのように二回瞬いた。
「圭人のことを呼んでいる様ですね」
「うん」
「じゃあ、仕上げは私ね。圭人、石を貸して」
「ああ、頼んだぞ光里」
圭人くんが光里ちゃんの手に石を置く。
大きさは親指と人差し指で作った輪っかくらいまで小さくなった。
色はルビー色で中心に十字の光彩があるのだけど、石の中心あたりを光里ちゃんはじっと見つめている。
「光里ちゃん?」
「付与できそうな魔法を探していたんだけど、石が教えてくれたわ」
ふ、と最高にかっこよくて綺麗に微笑むと、光里ちゃんは右手の人差し指に魔力を込めて石に注ぎ込んだ。虹のような光がぽわっと光里ちゃんと石を包み込んだ。
あ、これやばいやつって思ったのは私だけじゃない。
無詠唱だからジェイクさんとサツキさんは気が付かなかっただろうけど、何かが見えちゃったっぽい上条さんと杉原さんも慌ててた。
光里ちゃんが石に込めたのは、蘇生魔法。
いざとなったら圭人くんが生き返られる様にする保険だね。
うん、これで剣を失わなければ圭人くんは安心だね。
「石もできたことだし、明日のために寝るか」
「そうだな、そうしよう」
杉原さんと上条さんの声にみんな頷く。
サツキさんはジェイクさんに凭れてすでにスースーと寝息を立てていた。
お姫様抱っこで運ばれていくサツキさんをいいなぁと思わなかったのは何故だろう。
将来飲める様になってもお酒の量は控えようと思いました。