発熱と栄養剤
薄い木製の扉の向こうから、聴き慣れた人たちの声がする。
ゆっくりと覚醒していく頭に、じわじわと染み込んでくる朝の匂いと音。
あれは、光里ちゃんと圭人くんね。
リビングに行かなくちゃと思い、ベッドから体を起こすと部屋の様子が目に入る。
小屋にある個室の中には、まだ木で作ったベッドと机くらいしか置いてない。
創造のスキルでまとめて作った四人でお揃いの特に飾りのない家具だから、個性も何もないのが寂しい。
これから少しずつ個人的な物を増やして行けたらいいな。
ちょっぴり殺風景なこの部屋がどんな風に変化していくのか、少しだけ楽しみ。
昨日はとても疲れていたせいか、ベッドに入ってすぐに眠ったみたい。
体もそうだけど心の方が疲れたっていうのがわかる。
ゆったりとした夜着から人前に出ても大丈夫な服に着替えて、手櫛でささっと髪を整える。ブラシよりもこっちの方が整うのよね。お風呂の後はちゃんとブラシを使うけど。
私の髪ってふわふわなのはまだいいんだけど、激しい寝癖がついてる時があるのよね。
それはちょっと恥ずかしい。
跳ねているところはないか、しっかりと確認してから扉を開ける。
「おはよう、ありす」
「光里ちゃん、おはよ」
挨拶と同時に、浄化をかけてくれる。上条さんのところにいた時からの習慣。
もちろん顔も洗うし、お風呂も入るけど、スッキリさっぱりする魅力に抗えない。
カツラを外した光里ちゃん。黒髪のショートカットの方がやっぱり似合う。
「あれ、圭人くんは?」
さっきは二人の声がしたと思ったんだけど。
「夕彦を起こしに行ったわよ。全員揃わないと朝ごはん食べられないわって言ったの」
それは圭人くんが張り切って起こしに行くよね。
そう思ってたら、夕彦くんの部屋から圭人くんの声がした。
「光里、ちょっと来てくれ。夕彦のやつ熱が出てる」
熱!
夕彦くんは平熱が低い割に、すぐ熱を出してフラフラになる。光里ちゃんは慌てて夕彦くんの部屋に向かった。
私もそのあとで部屋に入る。
「結構出てるわね。ありす、何か冷やすものあるかな」
赤い顔をして辛そうな夕彦くんのおでこに手を当てながら、光里ちゃんが私を見る。
そうだね、おでこを冷やすアレを出そう。
創造で冷却ジェルシートを作った。材料は草と土と水。夕彦くんのおでこに貼る。
冷たくて気持ちいいのかな、少しだけ眉間の皺が薄くなる。
それでも辛そうで、吐く息が熱い。なんとかしてあげたい。
「熱は回復では治らないの?」
「下げることはできるだろうけど、夕彦の熱、ショックから来てるみたい。これはじっくり治した方が良さそうなの」
鑑定は人それぞれ違うのはもうわかっていたことだけど、光里ちゃんの場合は病気や怪我などの治療に最善のことが詳しく出てくるようで、夕彦くんの状態もわかったみたい。
「目の前で手を潰されたり、腹刺されたりしたからな。夕彦にはショックだっただろう」
圭人くんが夕彦くんを見ながら辛そうな顔。自分のせいじゃないのに。
ただ夕彦くんは繊細なところがあるし、仲の良い幼馴染がそんな目に遭っているのに自分は何もできなかったら……。
私がもし同じ目にあったらと考えて、首をブンブンと横に振る。
だめ、無理。
「さて、どうする。一回上条さんとこ戻るか?」
「その方がいいかもしれないわね、オーザ村の話もしておきましょうか」
次はまたここまで転移で来て、旅を再開すればいいわ。
そう言いながら光里ちゃんは、夕彦くんの汗をタオルで優しく拭いてあげていた。
「いや、今日中には熱も引きます。だから、このまま旅を続けましょう」
話を聞いていたのか、夕彦くんが思ったよりもしっかりとした声を出した。
「でも」
「圭人、こんなことでいちいち戻ってたらいくら時間があっても足りないし、この先だって同じことが起きるよ? 僕が熱を出しやすいの知ってるでしょう」
「うーん、でも夕彦、ショックって思ってるより根深いものよ?」
「光里ちゃん、もし夕彦くんが明日の朝も熱出してたら戻ろうよ」
心配する気持ちも、行きたい気持ちもわかる。
だったらとりあえず譲歩。
「そうだな。夕彦、今日はゆっくり休め」
「あとで消化のいいもの作って持ってくるね」
「とりあえず浄化しておきましょう、さっぱりするだけでだいぶ違うわ」
「みんな、ありがとう」
微笑む夕彦くんに、笑顔を返して私たちはリビングへ。
お粥を作って持っていったら夕彦くんが寝ていたので後から出そうとストレージに。便利すぎる。
こうして夕彦くんは一日休んでもらって、私たちはそれぞれできることをしながらスキル上げ。
こうして動けない日もある。
異世界の旅は、思ったよりもうまく続かないものだと私たちは知った。
翌日の朝、朝食をしっかり摂って、熱が下がっているのを確認したから夕彦くんは大丈夫。
ただ、ちょっとだけ顔色が悪いような気がする。
貧血だった圭人くんと夕彦くんはもう少し回復したほうがいいよね。
そう思った私はあるものを作った。
「無理するんじゃないって言ってるんだ!」
「もう熱はないし、僕より圭人の方が重症だったんだから、血が足りないのはそっちでしょう?」
私の目の前で、圭人くんと夕彦くんがテーブルを挟んで言い合っている。
テーブルの上には、ビールジョッキに入った私が創造で作った試作品の栄養剤。
味は悪くないはずなんだけど、色が、なぜか虹色をしている。
鑑定をしてみた。
初級栄養剤・ありすが作った栄養満点の野菜ジュース。血液増量、疲労回復にかなり効果がある。
苦味を消すための砂糖がさらに苦味を引き立たせている。
「あのね、二杯に分けてもいいんだから」
その場合効果は少し落ちてしまうだろうけど、摂らないよりはマシだろうし。
そう思って提案したら、二人は私をじっと見て何かをひそひそ話し出した。
「ありすが作ったものなら飲みたいんだが、どうしていつも最初だけはとんでもないものを作るんだ?」
「材料は普通なのに苦かったり甘かったり。絶対に美味しいのがわかってるんだから僕は二回目のやつがいいです。これは圭人にあげますね」
「あの色は飲んではいけないやつだろ? いっそ二人で分けるか」
うーん、これはストレージに入れておいてとりあえず新しいのを作ろうかな。
そう思ってジョッキに手を伸ばそうとしたら、横から来た手が攫っていってしまった。
「ああ、鬱陶しい。これは私がもらうわ」
仁王立ちになった光里ちゃんが腰に手を当てて、お風呂上がりに牛乳を飲むようにごくごくと栄養剤を一気に飲み干してしまった。
「苦いわね……。浄化」
苦味は浄化でも取れるのね。
まあ舌に残ったものがなければ、確かに味は残らないかもしれない。
「光里、よく飲めたなあの色」
「さすが、ありすの料理を試食できる光里ならではですね」
確かに間違ってはいないんだけど、圭人くんと夕彦くんは少し失礼だと思うのよ。
最初に作った料理はなぜか失敗しやすいけど、二回目からは美味しいって言ってもらえるんだから。
そして大抵それは光里ちゃんと二人で半分こしてた。甘すぎたり苦すぎたり、見た目が酷かったり。
「二人はヘタレすぎ。ぐいっといっちゃえばいいのよ。ありす、二人に栄養剤作ってあげて」
「ええ。栄養剤、創造」
ストレージから出した野菜や素材。
キラッと光ってそこには二杯の、ジョッキに入ったオレンジ色の液体。
初級栄養剤・ありすが作った野菜の味が溶け込んでとても美味しい野菜ジュース。
栄養剤。血液増量・疲労回復。ほんのり甘い。
「よかった。美味しいって、鑑定で出てるわ」
「ちなみにさっきはなんて出ていたんだ? 俺が鑑定しても味については何もなかったんだが」
「……えへ」
「まあ、いいです。美味しいなら文句ないし。いただきますね」
夕彦くんと圭人くんが栄養剤を飲み干すと、明らかに様子が変わった。
圭人くんは少し青白かった肌が元に戻ったし、夕彦くんは調子悪そうだったのがなくなった。
なんだか効果も高いようなのは気のせいかな。
「これは、すごいな。怠さが完全に消えた」
「僕もです。すぐにでも出発できそうです」