恐怖と欺瞞
「危ない!」
夕彦くんが叫んだ。
結界に弾かれた短剣を拾った盗賊が、風を切る音がするほど素早い動きでこちらに向かってくる。
私がそれに気がつくよりも先に、夕彦くんが横から来ていたその盗賊を、勢いよく蹴り飛ばしてくれた。
「うがぁあっ!」
蹴られた盗賊が叫ぶ。
ズザッと砂利を滑る大きな音がして、頭から倒れた盗賊はそのまま倒れて起き上がらない。鑑定すると気絶状態になっていた。
盗賊の手から零れ落ちた短剣は、夕彦くんがさっさとストレージに収納した。
手で触らなくても収納できるのはいい。
前の敵に目をとられて横から来ていたことに全く気がつかなかった。
魔物との戦闘訓練で剣だけじゃなくて全身を武器にしろって教わったおかげで、私たちはそれなりに動けるようになっている。
綺麗な戦いなんてないっていうのが、上条さんの教え。
実際その通りだと戦いの中で教わった。
どう動くのか全くわからない魔物を相手にしているうちに自分は戦えると、少し思い上がっていたみたい。
命を守るために、まだまだ覚えなくてはいけないことがある。
「このガキどもが!」
盗賊は十人いたはず。
圭人くんが二人斬って今一人と戦闘中、光里ちゃんが一人と戦っている。
さっき私たちに助けを求めてきた商人っぽい人は、荷台が壊れた馬車の車輪の前で体を小さく丸めながら震えている。
服はボロボロだけどいっぱい着けている宝石が眩しい。
怪我をしている様子はないからあの人もどうやってか、自分の身を守っているんだろう。さっきまで馬車の近くで護衛っぽい人と盗賊が数人戦っていたけど、決着がついたのか盗賊が三人縛られていた。
私と夕彦くんは、一人の盗賊に二人で相手をしている。
盗賊の男は両手にダガーを持ち、素早く地面を蹴ってこちらに向かってきた。
「はっ、どうやら大したレベルじゃないな、お前たち」
笑いながら刃を向けないでほしい。怖いから。
私の剣はなかなか相手に届かない。
リーチの差というよりも、踏み込みが甘い。自分でわかってる、腰が引けてしまっているのが。
フェンシングのように突くのが正しいレイピア。素早さを生かさなければ、どんなにいい剣でも使いこなせない。
この人、強い。
鑑定をすると他の盗賊よりもステータス的に上だし、見た目の体格に違いはないけれどなんとなく雰囲気が違う。
「うわっ」
簡単に間合いを詰められ、夕彦くんがパリンという音を聞いて驚いた声を上げる。
残っていた夕彦くんの結界が、壊れた。
盗賊のダガーは弾かれなかった。
そのまま夕彦くんを斬ろうとするのを、私が前に入って受ける。
パリンと音がして壊れる透明の膜。
「なんだこれは!」
傷一つ受けない私たちに、苛立ちを隠さない盗賊。
両手をクロスさせる姿に、嫌な予感。何かスキルを使おうとしているのかも。
夕彦くんが私から一歩離れて、剣を地面にトンと突いた。
そこから青白い電撃のようなものが盗賊に向かって走る。
「させませんよ!」
「うわぁああっ、痺れる!」
盗賊の動きは、夕彦くんの放った雷魔法で止まった。
強い電撃を受けた盗賊は膝から崩れ落ちてその場にうつ伏せで倒れ、口から涎を垂れ流しながら気絶している。
転がっていたダガーは回収。
「ありがとう、夕彦くん」
「ありすが無事でよかった。それよりこれ縛っておきましょう。切れないロープって作れますか?」
創造で、刃物では切れない丈夫なロープを作り出す。
材料はそこら辺に転がっている石。
石の中に鉱石も混じっていたらしく、かなり丈夫なものができたんじゃないかな。
それを使い二人がかりで、気絶から回復しても動けないように盗賊を縛った。
「ありす、夕彦そっちも終わったか」
「圭人くん」
私と夕彦くんがなんとか盗賊二人をロープで縛り終わった時、後ろから声をかけられた。
圭人くんは手に持っていた刀をブンと振ってから鞘に収める。
きっと刀には色々とついているはずだから、後で光里ちゃんか夕彦くんに浄化をしてもらうんだろう。
私のレベルが上がったら鞘に浄化の効果をつけられないかな、後で試してみよう。
「ねえ、こっちもロープを頼むわ」
光里ちゃんの足元にもボロボロになった盗賊が倒れていた。
光里ちゃんは細くて綺麗でお淑やかな外見だけど、空手をやっていて護身術にも長けている。それはステータスにも現れていて圭人くんに次いでSTRが高い。
圭人くんが斬った男は、光里ちゃんが死なない程度までこっそりと回復させてから縛られて転がされている。
私たちにも人の命を奪う重さを知るときはきっと来るだろうけど、それは今じゃなくていい。
先に斬り合いで命を落とした人たちは、残念ながら助からなかった。
深傷を負っていた上に、時間が経ちすぎて血が流れてしまっていたから。
そちらをあまり見ないようにしながら四人で手分けして生き残りの盗賊を縛っていると、さっきまで震えていた商人が護衛を一人連れて近寄ってきた。
他の商人の護衛は荷台を点検したり車輪を修理していたり、倒れた仲間を助け起こして、亡くなってる人は一箇所にしたり。
慣れているその様子に、この世界はそこまで優しくないのかなと白い世界の白い人に心の中で問う。
私たちの前に来た商人はぺこぺこしながら揉み手をするような仕草で、低姿勢だけどそれが形だけのようで凄く嫌な感じがする。
小柄で太り気味で、ボロボロになったけどきっと元は派手で豪華な服。
色とりどりの首飾りを何本か着けていて、どうやらそれは全て魔道具みたい。
「ありがとうございます皆様、どうでしょうお礼をしたいのですが、我々を近くの村まで護衛してくださらないでしょうか」
夕彦くんはそれを聞いてキッパリと断った。
「我々は先を急いでます。助けたのはついでなので」
この人から早く離れたいと思っているのは私だけじゃない。
夕彦くんが一歩前で話をしている間にも、圭人くんと光里ちゃんはささっと私の右と左に来て守ってくれている。
鑑定結果が奴隷商人って怖すぎる。
「サボア様、こいつ、魔法使いみたいです」
後ろにいた護衛の男が、夕彦くんを指差す。
ギラっと、サボアと呼ばれた商人の目がいやらしく光った気がした。
いつのまにか私たちの後ろに三人の男が。
「囲まれた?」
圭人くんが剣を構え直した。
「みんな私に捕まって!」
慌てて光里ちゃんの腕に捕まる。
でも、一瞬遅かった。
ヒュンと何かが空を切る音がして、夕彦くんの腕に鞭が絡んでいた。
護衛の男が玉のようなものを地面に叩きつける。
なにこれ? と思うより早くそこから煙が溢れ出し、私の意識は闇に沈んだ。
最後に見たのは布のようなものを顔に当てている男たち。