発見と結界
アイン村を出発したのはお昼に近い時間だった。
結局村で買ったのはオリガさんの宿屋のパンと、クレイシープ肉の一キロくらいある塊。
元々、水は水筒からいくらでも出てくるから困らないし、食料は上条さんのところいる時から溜め込んで、ストレージにたっぷりある。
人に見せられるテントと、丈夫な小屋もあるから夜も大丈夫。 小屋は最初に作った時より大きくなっちゃって、それが突然現れたらかなり目立つだろうから外に出す時は気をつけないといけないけど。
魔物避けの結界は張れるし、盗賊は二人以上の馬車もない旅人はあまり襲わないそう。
冒険者の可能性が高いからだって。
隣の村までは半日もかからないってジェイクさんは言っていた。
天気は快晴。風が気持ちいい。
こちらの気温はどうなのかなって思ったら、一年の間に雨季と乾季、それに数日間の大雪というアバウトな感じだそう。
上条さんは慣れたから、いつ雪が降るかとか空の様子でわかるらしい。
しかも、雪が積もっても魔法でなんとかできるから関係ないんだって。
便利すぎませんか魔法。
途中道から外れてテントを張って、お昼ご飯のパンと果実水。
パンにはハムと野菜を挟んで食べる。
お腹がいっぱいになって小一時間ほど休んだらまた歩く。
創造で乗り物を作ろうかとも思ったけど、基礎体力をつけるために歩くことは必要だろうからやめた。
あと他の旅人を見て何を作ればいいか考えたほうがいいかな。今のところ馬車と歩きの人しか見ていないけど。あ、村には荷車があったかな。
そんな東に向かう旅の平和は、舗装されていない砂利だらけの道を二時間ほど歩いたところで終わってしまった。
馬車が二台すれ違えるほどの広い道路。両脇に広がる草原と、その向こうに見える林。
そして、林の手前で盗賊に襲われてる商隊。
道路に立ちすくむ私たちの前方、一キロもないような距離で三十人ほどが入り乱れて戦っている。
矢が刺さってたり倒れている馬車が三台ほどあって、繋がれている馬が暴れているのが見える。あの子たちはなんとかしてあげたいと思った。
「どうしよう、圭人くん」
確かに商隊は襲われているんだけど、あ、赤いものが見える。
ばったりと倒れている人もいる。
でもその人しっかりと意識あるし、致命傷も受けてないですよ?
入り乱れていて、どちらが盗賊でどちらが商人かよくわからない。
鑑定したらすぐわかるかなって思ったけど、両方とも同じような鑑定結果。
「ほっといたほうがいいんだろうが」
圭人くんも戸惑っている。きっと鑑定したんだろうな。私と同じように。
「世の中のために?」
光里ちゃんならさっと行って全員助けることができるだろうけど、それはしないほうがいい。
だって、盗賊はまだしも、襲われている方の人たち、奴隷商人っていう鑑定結果なんだもの。
スキルは絶対に見せたらダメ。
「あまり関わり合いになりたくないですね、どちらも」
夕彦くんはここから去ろうとしている。そのほうがいいかもしれない。
「そこの方々ー! 助けてくれ!」
あ、じっと見ていたら見つかってしまったみたい。
ゴテゴテキラキラした飾りをつけたおじさんと圭人くんの目が合ってる。
こちらには隠れるところもないから、しょうがない。
「チッ、仕方ない」
圭人くんは軽く舌打ちすると、腰のベルトにつけた鞘から剣を抜きながら駆け出した。
「本当に。でもここで見捨てられる人間なら、私たちこの世界に呼ばれてないんじゃないかしら?」
光里ちゃんも圭人くんを追って走る。
目が合って助けを求められたら、ここから去ることなんてできない。
私たちは逃げ方を教わっていないから。
生きるために必要なのは、そちらの方なのにね。
人と戦うなんてできるのかな、そんな覚悟したくない。
それでも、しなきゃいけないなんてわかってる。
私たちもこんなところで倒れたくない。
助けた後のことはそれから考えればいいかな。
「ありすはなるべく僕の後ろにいてくださいね」
「うん、無理はしないから。でも足手まといにはならないよ」
私と夕彦くんもそれぞれ武器を持つ。
夕彦くんと光里ちゃんの魔法は使わない。
魔法は固有スキルだからなるべく隠した方がいいと、上条さんから教わっている。
だから夕彦くんも剣を使っている。
ただしSTRが低い私と夕彦くんは、軽さ重視の細身のレイピア。
以前圭人くんにもらったロングソードは重くて上手く使えなかったから、私たち用に新しく作ってもらった。
光里ちゃんは少し刀身の太いロングソード。圭人くんのレベルが上がったおかげで、作れる剣の種類が増えたらしい。
圭人くんは体格に合わせた長めの日本刀。
全て圭人くんがスキルで作ったもの。
鞘は私が指示されて創造で作った。
長さとか重さとかを一人一人合わせてあるから使いやすくなっているはず。
魔物なら何回か斬ったけど、人間が相手なんて初めて。
できたら私たちが加勢したことで危機感を持って逃げて欲しいんだけど、こんな子供に見えてしまう体格の私たちでは、きっと彼らにとって脅威にはならないだろう。
「なんだこの子供は! 構わねぇこいつらも殺せ!」
盗賊の一人が、剣を振りかぶって圭人くんに狙いを定める。それをさっと避けてガラ空きになった盗賊の胴に、圭人くんの日本刀が横薙ぎに一閃。
噴き出す赤。初めて見る人間の、赤。
こんな遠くから感じるはずのない匂いがしたような気がして。
鮮烈な色に、眩暈がする。
叫びたい。
それをグッと我慢して、剣を握る手に力を込めた。
私の手が少しだけ震えているのは気のせいなんだから。
涙が出そうになる。
来ないでと願いながら、それでも一番体の小さい私はやっぱり狙われた。
盗賊の剣が私に届く前に、私の体は大きな透明な盾に守られる。
念のためと私と夕彦くんは、光里ちゃんの作った盾と私の結界を合わせたブレスレット型の魔道具を手首につけている。
相手の剣を弾いて飛ばして、役目を終えた結界の膜が一枚、パリンと割れた。
「なんだこれは! チッ、それは魔道具だな!」
弾いた剣はそこまで遠くにはいかなかった。
素早く剣を拾い上げた盗賊が、振り返りながら叫ぶ。
また来る。みんな戦っている。
夕彦くんの二枚目の結界が壊れた。
今はまだ弱い力しかないけれど、レベルが上がれば結界も強くなるから道具で作る必要もなくなるらしい。
盾に施した結界は、あと二枚。