プロローグ 「間違っているのは世界の方だ」
学園SFを軸にヒューマンドラマと少しばかりの恋愛要素を足した作品です。転生はしませんが、ある意味異世界モノではあります。
プロットは既に書き終えており、中~長編を予定しています。
初執筆、初投稿ですがお手柔らかにとは言いません。+でも-でも意見、感想が欲しいです。
「間違っているのは世界の方だ」
こんなセリフを言うやつに碌な人間はいない。
たとえば、納得のいく成果を得られなかった時、自分の努力不足や能力の欠如を棚に上げて、その原因・責任を外側に求めるやつ。
こういうやつは大抵、プライドだけは高い、自分が優秀だと勘違いしている間抜けと相場は決まっている。
過去の成功体験が足を引っ張って、努力に見合わぬ成果を求める不届き者だ。
彼らはやがて社会の中で”無能”の烙印を押されて、そうして世界からはじき出される。
碌でもない人間の典型だ。
あるいはこんなやつもいるかもしれない。
そいつはある日”異世界”に迷い込んだ。
応援していた大人気アーティストの男性ボーカルが次の日女性になっていた世界。
通学路にある行きつけのコンビニが翌朝通ったらスーパーになっていた世界。
おいおい世界がおかしいぞと、そいつは興奮気味に人に話す。
ところがみんなは口をそろえて、何を言っているんだいつも通りだと言う。
そんなはずはない、俺の知っている世界はこうだ、なあみんなこの世界は間違っているぞ。
そんなことを言い続けるうちにやがて彼は異常者扱いを受けるようになる。
それはそうだ、口をそろえてこれはこうだと言う99人と、いいやそれは違うと否定する1人がいたとしたら、世界の共通認識から外れているのはどう考えても後者だし、あいつは頭のおかしいやつだと指をさされるのは目に見えている。
たとえ自分の記憶に、認識に自信があったとしても、その違和感が受け入れがたくとも、世界が世界として機能しているならば、口をつぐんで過ごすのが賢い選択というものだ。
それをわざわざ指摘して、自ら世界から爪はじきにされにいくやつは、きっと碌でもない人間に違いない。
高代圭太はそういう賢い選択ができるやつだ。
場の空気を読んだ行動も、クラスメイトと同調した発言も今まで幾度となくしてきた。
学生社会のそういった、世界からあぶれないための行動を冷静にとることができる人間だった。
彼は碌でもないやつではなかった。
そう、だから今自分のいるこの場所が、少しばかり自分の知っている世界と違ったとしても、叫び声をあげるなんてことはなかった。
だが彼は同時に知っていた。
タイムスリップだの異世界だの、そんなファンタジーな出来事は、映画や小説の中のものでしかないということを。
娯楽として消費されるそういったもしもの話は、起こりえないからこそ楽しむものなのだと理解していた。
じゃあ今目の前で起きているこれはなんだ、ここは自分の知っている教室ではないのか、俺の認識が間違っているのか。
そうであってほしい、そうでなくては困る。
そうでなくては俺もまた碌でもないやつだということになってしまう。
認識に思考が追いつかぬまま、教壇に立つ見知らぬ女性が口を開く。
「今日はみなさんに転校生を紹介します」
彼女はそう言うと、チョークを手に取り黒板に文字を書き始める。
がらり、と、教室の前のドアが開き、1人の女子生徒が入ってくる。
教室の中ほどやや手前で立ち止まると、肩から下げていた鞄を床に置きこちらを向いて、教室全体を見渡すように視線を動かした。
女性教師がチョークを置き脇へはけると、その女子生徒の肩越しにはっきりと彼女の名前が見えた。
その文字の羅列を目にした瞬間、体がびくりと震えた。
(そんなばかな)
思わず出掛かったその言葉をすんでのところでこらえると同時に、どうしようもなく突飛で不穏な考えが頭をよぎった。
そんなことはありえない、そう、だから今からするこれは自分が間違っていることを確かめるためのものだ。
そう自分に言い聞かせ心を落ち着かせる。
「みなさんはじめまして―――」
自己紹介を始める女子生徒をよそに彼は教室を見渡し、廊下側最前列の席からクラスメイトを順に目で追っていく。
(須藤、長谷川、宇部、神崎、倉橋―――)
ひとりひとり自分の記憶にある名前と顔を、その席に座る人物と照合していく。
クラスメイト全員の顔をはっきりと覚えているわけではない。
しかしそこに自分の記憶と、認識と、相容れないものがあればそれは違和感として浮かび上がるはずだ。
そうして教室にいる全員を確認し、やがてその視線がピタリと止まる。
右隣の空席、そこをじっと見つめる。
まさか――
その空席の意味が自分の思い至ったそれならば、なるほどこの状況に一応の説明はつくだろう。
だがそれはあってはならないのだ、起こるはずのない空想物語なのだ。
その想像を振り払うように窓の外に目をやる。
何一つ違和感のない風景がそこにはあった。
まぶしいほどに輝く太陽が、空を飛ぶ鳥が、風にはためく校旗が、この世界の物理法則が何ら変わっていないことを物語っている。
いっそこの世界が丸ごとおかしくなってしまっていたならば、ここまで頭を悩ませることもなかったのだろうか。
「はい、というわけで今日からクラスメイトが1人増えますが、授業は通常通り進めますので気の緩みのないように」
女子生徒が自己紹介を終え、代わって女性教師が話し始める。
余韻からかまだ教室にざわめきは残るものの、クラスメイトの反応はいたって普通だった。
転校生がやってきた。
ただそれだけのことに対する反応だった。
それ以外のことは普段と何も変わっていないと、彼らはそういっている。
「席はあそこ、いちばん後ろの空いている席を使ってください」
そう言って女性教師が俺の隣の席を指さす。
はい、と返事をした女子生徒がこちらに歩いてくる。
緊張と戸惑いを滲ませるその姿は、まさしく転校生のそれだった。
鞄を机の横に掛け、ふぅと一息ついた彼女は隣の席のクラスメイトによろしく、と声をかけた後こちらを向いてこう言った。
「はじめまして、えーっと、高代さん」
ああ、と、その瞬間確信した。
やっぱり俺は何一つ間違っちゃいなくて、そしてどうやら俺もまた碌でもないやつらしい。
(間違っているのは世界の方だ)