これは変ですか?
瑞月風花さま主催
『誤字から始まるストーリー企画』参加
3/12〜5/2まで
『前略
先日は駅にて落とし物を届けていただき、
本当にありがとうございました。
とても大事な物なので助かりました。
その際にお礼を言いそびれてしまい、
後日、直接お礼をと思っていたのですが
声をかけられませんでした。
君を見かけるたびに動悸が激しく、
声をかけようとするたびに汗が止まらなくなる。
こんなことは初めてで戸惑っています。
これは変ですか? 草々
3組 木崎』
(前略……草々?)
靴箱に入っていた手紙を読み終わり、私の頭の中は疑問符でいっぱいになった。
3組の木崎といえば、学力は常にトップで眼鏡の堅物君。
駅で落とし物。
木崎君に何か拾ったかなぁ、と思い出してみる。
小銭入れ、折り畳み傘、子供の靴、眼鏡。すべて窓口に届けた。
定期もあったけど、それは拾ってすぐ持ち主に返せた。うちの学校じゃ見ないイケメン君。
(眼鏡、かなぁ……)
木崎君といえば眼鏡。
大事なのは明白だ。
そう結論づけて、最後の問いかけに頭を悩ませる。
(変ですか? って、変だよ。動悸に多汗は病院に行ったほうがいいよ)
とは思うけれど、普段は接点のない相手。
当たり障りのない返事を書いて、次の日に木崎君の靴箱に入れておいた。
❇︎❇︎❇︎
『わざわざお礼の手紙をありがとうごさいました。
まさか木崎君の落とし物だとは思わなかったよ。
大事な物、失くさずにすんでよかったです。
最後の質問、
私は木崎君のことをよくは知らないけれど……。
変ではないと思いますよ。
1組 野々花』
野々花さんの靴箱に手紙を入れた次の日、そう書かれた手紙が僕の靴箱に入っていた。
丸っこく、女の子らしい文字。かわいい便箋と封筒。
( “変” って、書き間違えかなぁ)
微笑ましい間違いにふんわり優しい気分になって、すぐに思い直す。
(いや、待って。書き間違えだとしても、否定されてるんだよな。暗に、近寄るなと言われてるのかもしれない)
今度はどんより、重い気分。
一喜一憂で野々花さんのことを考え、声を掛けようとした日々はなんだったのか。
あんなに緊張して書いて、勇気を振り絞って出した手紙なのに。
返事ひとつでこんなに落ち込むなんて。
(……でも、お礼は言えたし。返事もくれた)
貰いっぱなしはよくないと、最後にもう一度だけ手紙を書く。
直接話しかければいいのに、それができずにもどかしいけれど、今の気分では手紙が精一杯だった。
❇︎❇︎❇︎
『前略
手紙の返事をくれてありがとうございました。
もらえると思わなかったので驚きましたが、
嬉しかったです。
最後の答え……悲しいですが、受け止めました。
そうだったらいいなと少し思っていたんです。
でも、野々花さんに迷惑はかけられません。
教えてくれてありがとう。 草々
3組 木崎』
木崎君に返事をした次の日、また靴箱に手紙が入っていた。
読み終えた私はその内容にただただ首を捻る。
(悲しいの? 変じゃないって書いたから?)
木崎君はよくわからない。
けれど、悲しませてしまったのは私に違いない。自分は悪くないはずだけど、罪悪感を覚えてしまう。
困ったなぁ、と返事を考えながらスニーカーに履き替えて校舎を出た。
校門あたりに集う男子たちを避けて、駅までの道を歩く。
(木崎君は変なのがいいのかなぁ。十分変だよって、正直に書いちゃおうかなぁ)
でも、それはそれで失礼じゃない?
悶々としながら前を歩く二人組を追い越そうとして足を早めると、私の靴音に一人が振り返った。
あっという顔をされて、私もあっという顔をした。
(わーっ、木崎君……)
とても気まずい。
小走りで追い越して、小さく手を振った。
木崎君はぽかんとしていたけれど、私はそれを気にすることなく駅まで走った。
❇︎❇︎❇︎
『昨日は悲しませてしまってごめんなさい。
そんなつもりじゃなかったんだけど、
私はやっぱり木崎君をよく知らないから……。
これから知れたらいいなぁ、と思います。
なんて、すれ違いざまに
手を振るしかできなかったんだけどね。
1組 野々花』
受け取った手紙を読んで、僕は蒸発にそうなほどに体が熱くなるのを感じた。
胸が高鳴る。顔がにやける。嬉しくて、幸せで仕方ない。
昨日は手を振ってくれたけど、今朝は。
玄関で偶然出会って「おはよう」と笑いかけてくれた。そして、この手紙をくれた。
(手渡し。手渡しだった)
距離を置かれると思っていたのに、僕のことを知りたいと思ってくれている。
野々花さんから声をかけてくれるなんて、僕は、ちゃんと僕を保っていられただろうか。
(返事、したっけ。また早口になっちゃったかも……)
手汗で少しだけよれてしまった手紙に、その旨を書く。
ごめんなさいと、ありがとう。でも、それだけじゃいけない。同じ轍は踏まないようにしないと。
(明日は僕から野々花さんに声をかけるんだ)
決戦を前にしたように意気込んで、僕は次の日に挑んだ。
❇︎❇︎❇︎
『前略
昨日は声をかけてくれてありがとうございました。
それに、手紙も。
その前は手を振ってくれて、
僕はそれだけでも嬉しかったです。
でも、ごめんなさい。僕は緊張すると
声が小さく早口になってしまうんです。
おかしな態度だったら、本当にごめんなさい。
明日は、僕から声をかけようと思います。
僕も野々花さんのことをもっと知りたいです。
頑張ります。 草々
3組 木崎』
登校して靴を履き替えていると、どこに潜んでいたのか、ぬっと姿を現した木崎君。
すごく小さな声で早口で何かを言って、手紙だけ渡して走り去っていった。
(朝のも昨日のも、呪文じゃなかったんだ)
呪いの類かと思っていた私は心底ホッとした。
いきなり声をかけたから、気分を害してしまったのかと。
(木崎君は恥ずかしがり屋さんなんだ)
それなら、この手紙のやりとりの意味もなんとなくわかる。
私のことを気にしてくれているんだなとわかると、それは嬉しいことで。
もっと、木崎君のことを知りたくなった。
(変だけど、おもしろいしね)
新しい便箋を出して、ペンを持つ。
なんと書こうかなと考えて……やっぱり、ペンを置いた。
胸がどきどきとして頰が熱いのを感じる。
今日のところは何も書かずに、私は早々にベッドに潜り込んだ。
❇︎❇︎❇︎
(な、なんでないんだ……!?)
朝、昼、放課後。
何度も靴箱を確認したが手紙はなく、野々花さんの姿も見えない。
クラスが違うのですれ違っているだけかもしれない。
そう思うようにして、3日。
同じ行動を繰り返して3日。
4日目にして野々花さんの姿を見つけることができたけれど(風邪で休んでいたと流れてくる会話から察した)、それでも靴箱に手紙が入っていることはなく。
(もしかして避けられて……)
最後の手紙は、僕から手渡しした。
小声で早口で、最後は逃げてしまった。変なやつだと思われたのかも。
いや、それとも気持ち悪いと思われたのかも。
「あああああ……」
僕は靴箱に縋りつきながら崩れ落ちた。
下校時間で人目はあるがお構いなし。いつも一緒に帰る友人がドン引きしながら離れていったって、どうでもいい。
手紙がないなんて。野々花さんとの唯一の繋がりなのに。
何を捨てても、それ以上に悲しいことはない。
僕を置いて帰っていく友人の背中を見送りながら、僕は絶望していた。
「——木崎君?」
唐突に聞こえた。
眼鏡がとんでいきそうな勢いで振り返ると、そこには困惑顔の野々花さんが立っていた。
「どうしたの? また何か落とし物?」
僕の隣にしゃがみ込んで、野々花さんは床を見渡す。
「の、ののののはっ…………か、風邪だいじょうぶ」
どもったり早口だったりと僕は忙しい。
語尾なんかはほとんど聞き取れなかったと思うけど、野々花さんは微笑んでくれた。
「大丈夫だよ。ありがとう。あ、そうだ手紙。ごめんね、書いてないんだ」
「えっ、あ、いや……」
「もういいかなって思って」
「え、そ、なんで」
「私、木崎君のこともっと知りたいから。手紙もいいけど、お話しよう? 声が小さくても早口でも、大丈夫だから」
そう言って、野々花さんは立ち上がった。
制服のスカートが揺れて、柔軟剤の匂いがふわりと香った。
「私、先に帰るね」
また明日、と野々花さんは僕を見ることなく校舎を出ていった。
風が髪をなびかせ、橙に染まりかけた陽がその後ろ姿を照らす。
ふと、横を向いた彼女の頬はそれよりも濃くて——……
僕は、たまらず走り出していた。
❇︎❇︎❇︎
火照った頰を手で押さえる。
手紙ではなく言葉で伝えようと思ったものの、いざ実行すると気恥ずかしくなってしまった。
木崎君の気持ちが少しだけわかった気がする。
(……置いてきてしまったのは、あからさまだったかなぁ)
本当は駅まで一緒に、と誘うつもりだったけど。こんな状態で話をしてもなぁ……。
ついでに、今後のお話のきっかけを潰した気がする。
とぼとぼ歩く、という表現が今の私には近い。
少し強い風が吹いて私の髪をさらっていく。
顔にかかる髪をよけて吹き付ける方を向けば、真正面からの陽を真横に受けて。
視界の端に、全速力で走る木崎君の眼鏡がきらりと光った。
「のっ、野々花さんっ!!」
私が立ち止まると、木崎君も立ち止まる。
私から伸びた等身大の影が、ちょうど木崎君の足下にかかる距離。
「木崎君……」
「ぼ、僕は、のの、のののはっ……野々花さんを…………あぁ、もう!」
何を思ったのか、木崎君は眼鏡を乱暴に外すとその勢いで放り投げてしまった。
カシャン、と離れた所で地面に落ちた音が聞こえた。
「わー、なんで……眼鏡が!」
「ちゃんと喋れないなら、今は何も見えなくていい! 野々花さん!」
「は、はいっ」
大きな声に私はぴしっと背筋を伸ばした。
木崎君は本当に見えていないようで、目を細めて私とちゃんと向き合っている。
私はその顔に思わず「あっ」と声を上げてしまった。
「定期の人、木崎君だったの!?」
いろいろ拾った中で、それだけはすぐに持ち主に返せたもの。
この学校じゃ見ないイケメン君が、目の前にいた。
「眼鏡もです! その節はありがとうございました!」
木崎君はハキハキと喋る。
ギャップというよりは、もはや別人のようだ。
「あの時から、野々花さんを見かけるたびに動悸が激しく、声をかけようとするたびに汗が止まらなくなる。
話しかけられたら胸が高鳴って、顔がにやけてしまう。嬉しくて、幸せで仕方ない。
こんなことは初めてで戸惑っています。
これは——……」
私は息を呑んだ。
一番最初にもらった手紙。そこに書かれていたものと、私の知らない木崎君の感情。
はぁ、と息を吐き出した木崎君は一度目を伏せて、また私を見つめた。
その必死な顔に、ぎゅっと鷲掴みにされる。
「これは、恋ですか!?」
ぶわわわっと、広がる。
私の中を締め付けるこれは、広がる熱は。
目が離せない、木崎君の表情に。
「…………これは、恋です」
返した言葉は、私へのもの。
それでも嬉しそうに笑顔を見せる木崎君に、私はさらにぎゅうっと締め付けられて。
眼鏡を外してくれてよかったと思った。
どうやら私も、 “変” になってしまったようだから。