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毒好き令嬢は結婚にたどり着きたい【書籍発売中・コミック連載中】  作者: 守雨


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37 たどり着いた結婚

 海辺に面したボウエン家の領地。その中の山を背景にして海を見下ろす山小屋でエレンとステファンはくつろいでいた。


 結婚式を挙げたのは先週だ。参列者にはエーリック第二王子とその婚約者もいて、今をときめく薬師であるエレン・ボウエンの結婚式は華やかだった。


「エレン。風が冷たいよ。そろそろ家の中に入ったほうがいい」


「ありがとうステファン。そろそろ入るわ」


 私は子供の頃からこの山小屋が好きだった。王都の屋敷ほどの豪華さはないけれど、ここに来れば薬草の採取や毒蛇、毒蜘蛛を捕まえることもできた。


 それらに夢中の自分は貴族の令嬢たちから完全に浮いていて、裕福なボウエン家ゆえに意地悪こそされなかったが、仲間にも入れなかった。


 そんな自分に偏見なしに接してくれるのは領地の人々と毎日のように買い物に通った小さな商会の人たちだった。「毒好きのお姫様」と呼ばれはしたが、毒草、毒虫を扱うのは母で慣れていたのか偏見を持たずに普通に話しかけてくれた。


 商会には人好きのする主人と奥さん、しっかり者の明るい長男、無口だけどいつも穏やかな眼差しで見守ってくれる次男、まるで妹のように自分に懐いてくれる末っ子の少女がいた。


 ある日、その末っ子の少女が元気がなく、私がどうしたのかと尋ねると

「家の商売が上手くいってなくて、店を閉じる相談を両親がしている」「もしかすると私たちは他の土地に引っ越さなければならない」と涙を浮かべて話してくれた。


 当時十歳だった私にとってヒソヒソ話もしないし上辺だけの笑顔を向けるようなこともしない素朴な商会の人たちは、数少ない心の拠り所だった。


 社交シーズン以外は両親が呆れるほどこの山小屋に通っていたのも、彼らと交わす会話、裏のない笑顔を求めていたからだった。当時はそれを自覚していなかったが、今ならわかる。自分は貴族の子女の社会で孤立していることにヘトヘトだったのだ。私には母のような心の強さが無かった。


 普段、親に願い事をすることのない大人しい娘だったが、すぐさま両親に手紙を書いた。どうか行きつけの商会を助けて欲しい、私にはあの商会が必要なのだ、と。


 末娘からの珍しい要望にすぐさま応えてくれたのは母だった。母は商会を資金援助し、立て直しに力を貸してくれただけでなく、次男と末っ子の少女を私付きとして雇い上げてくれた。


 末っ子のハンナは私の侍女、次男のステファンは護衛候補として雇われた。二人はどんな時も私に寄り添い、私を身も心も支えてくれる存在になった。


 今、紆余曲折を経てステファンは自分の夫となりボウエン家の経済を回す主力だ。「子供の頃嫌々勉強した商売のことが役に立っている」と言うが、持って生まれた才能と努力とで父も太鼓判を押す資金運用の腕前を見せている。






 ここに来る前日、母から分厚い記録簿を見せてもらった。親子であっても容易には見せてもらえないその記録簿は、三百年に渡る特級薬師の努力と成果の積み重ねだ。


 白い手袋をして中を見れば、自分がよく知っている薬もあれば使ったことも作ったこともない薬の記録もあった。真新しい一枚は自分が作ったシミ消し薬の詳細な記録だった。自分の名前が記載された一枚は何度見ても嬉しかった。


 いつかこの記録簿を引き継ぐ日が来るのだ、と思うとじんわりと胸の底から喜びが湧いてきた。



♦︎



 ふわり、と肩にストールがかけられて、見上げるとステファンが優しい顔で自分を見下ろしていた。


「大切な奥さんが風邪をひいたら困るからね。それにしても、新婚旅行はここで本当に良かったの?行こうと思えば他の国にだって行けたのに」


「ここが良かったの。私が今あるのはこの景色とこの地で暮らす人々のおかげだもの。外国には行こうと思えばいつでも行けるわよ」


 実際は外国旅行は少し難しいかもしれない。


 私の顧客は日に日に増えているし、犬と猫のための病院は混んでいる。責任者としてはノーラを置いてあるものの、薬の管理と難しい判断は私が務めている。


 ノーラも今回は同行していて、荒れていた自分の家を正式にたたみ、王都の住人になる手続きをした。既に父親の墓は建ててあり、私がここに来る時には同行して花を手向けている。


 私は子供の頃からずっと貴族の付き合いを上手くこなせず、(自分が生きる世界は薬師の道の先にしか無い)と頑なに思い詰めていた。


 でも実際は薬こそ誰かの幸せを願う気持ちが必要だ。それが無ければより良い物は作れないと思う。以前は「素晴らしい薬を作りたい」とばかり思っていたけれど、誰かの苦しみに寄り添う心こそが薬師の根幹なんだと今は思うようになった。


 それを自分に教えてくれたのが、この海辺の人々だ。あの人たちは私にとっての特効薬だった。


「いろいろあって、今があるのよね」


 独り言のつもりだったが、ステファンはそれを聞いてそっと私の手を握った。


「それは私も同じだよ。君の夫になる日が来るなんて。あの頃、叶うはずのない初恋に苦しんでいた自分に教えてやりたい。お前はいつかこの方の夫になるのだ、諦めるなってね」


 肩に置かれた大きなステファンの手に頬を寄せると、潮風に混じって微かにエレンが作って贈ったコロンの香りがした。毒草で知られるドクヤブランの花の香だ。薬に使おうと毒を抜いた残りがあまりに良い香りだったので残りの液をコロンに使ったのだ。


 このコロンも評判が良くて「商品化して欲しい」と言う要望は多いが、私はステファンだけの物として首を縦に振らないでいる。


 未来の薬師を引き継ぐ子供も欲しいけれど、それは神様の思し召し次第だ。今は二人でようやくたどり着いた平和で心休まる暮らしを楽しんでいる。



「エレン様、貝をたくさん採って来ましたよ!」


 ハンナが海岸から登ってきて声をかけた。となりにはノーラもいて、二人は互いに仲良しだ。


「若奥様、猫たちの皮膚病に効く薬草がたくさん手に入りましたよ」


 ノーラは節約家で、薬草が取り放題のこの地に来ると夢中になって薬草の採取に勤しんでいた。


「中に入って私も料理の手伝いをしようかな」

「じゃ、私もそうするよ」

「ステファンはゆっくりしていて。あなたは常日頃から働きすぎなのだから」

「働き過ぎはエレンの方だよ」


 二人で手を繋いでテラスから室内に入る。


 

「ステファン、結婚してくれてありがとう」


 ステファンは返事をする代わりに優しく微笑むと、そっと後ろから私を抱きしめた。




 私は、互いを思いやる幸せな結婚に、やっとたどり着くことができた。



 最後まで読んでくださってありがとうございました。


 誤字脱字の報告、感想、ブックマーク、レビュー、どれも感謝しております。


 次のお話もお付き合いいただければ幸いです。


 2021年3月29日 朝     守雨



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