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毒好き令嬢は結婚にたどり着きたい【書籍発売中・コミック連載中】  作者: 守雨


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31 ケインの腕前

「エレン。久しぶり。あの時は本当にお世話になりました」


 母に呼ばれてケインがうちの屋敷にやって来た。もうすぐ隣国の王になる人とはとても見えない気軽な雰囲気だ。


「ケイン、お元気そうでなによりです。怪我人の手当ては薬師として当然のことですから」


「ケイン様、ロイ様のお母様をよろしくお願いします。さあ、エレン、あなたも飲み薬の準備をしなさい。ああ、ケイン様によると酒避けの薬じゃなくて、ごく普通の胃腸薬でいいそうよ」


 母に言われてサクサクと薬を準備する。お酒を飲むと頭痛や吐き気がする酒避け薬ではなくて普通の胃腸薬?なんでかしら。


 どうやら母には何か作戦があるらしい。


 少ししてロイ様とお母様のドロテア様が馬車でやって来た。ロイ様に付き添われて歩いている姿を見ると、か弱そうで上品な感じの女性だ。


 人ってわからない。こんな貴婦人がお酒を飲んだ途端に人の嫌がることをズバズバ言うなんて。言うってことは心の中にその言葉は潜んでいるということだ。お酒の力で常識や良識や思いやりが外れて本音が出てくるってことだ。


 


 そう言えば私はステファンが酔ってるところを見たことがない。彼は酔うとどんなことを言うのだろうか。


 一度ステファンが酔ってるところを見てみたい。結婚する前に本当の本音を聞いてみたい。大丈夫とは思うけど、ステファンの中に引け目や不安があるなら聞いておきたい。


 


 母の診察室の長椅子に腰掛けてドロテア様が不安そうに両手をモジモジしている。きっと、何をされるのか心配なのだろう。


「ドロテア様、初めまして。私がフランカ・ボウエン。この子が娘のエレンです。そしてこちらが今日お呼びしたケイン・スミット様です」


「ドロテア・デ・ベルドでございます。わたくしのためにお手を煩わせて申し訳ございません」


「いえいえ、苦しんでいる方を楽にして差し上げるのが私どもの役目です。どうぞ大船に乗ったつもりで全てお任せくださいませね」


 そう言うと母がケインに目で合図をした。ケインはドロテア夫人に話しかける。


「さて、普段は私と希望者の二人で催眠術をかけるのですが、また社交界の噂になっては大変ですからね」


 そう言ってケインは苦笑した。


「なので今日は他の方々にはドロテア様の後ろで見守ってもらうと言うことでよろしいでしょうか」


 夫人はホッとしたように何度もうなずいて

「それでお願いします」と返答した。


 私、母、ロイ様の三人はドロテア様の背後の椅子に腰掛けて静かに見学することになった。


「では始めます。ドロテア様、長椅子に横になり、クッションに頭を乗せて楽にしてください」


「こう、でしょうか」


 上品な仕草で夫人が長椅子に横になる。壁際にいたハンナがすかさず膝掛けを夫人にかける。


「ではドロテア様。私のこの指をじっと見つめてください。そうです。指の動きをしっかり見つめて。指と一緒に目が動きます。そう。だんだんあなたの目は指から離れなくなります」


 ケインの右手の人差し指が動く。ゆっくり、ゆっくり。


「まぶたが重くなって降りてきます。もう目は開けられない。どんどん眠くなってあなたは深い眠りに入ります。あなたのまぶたの裏には、あなたが忘れられない場面が映っているはずです。何が映っていますか?」


 え?もう催眠術にかかったの?と思っていたら、眠そうなダルそうな夫人の声が聞こえた。


「夫の母親がいます。私を見て怒っています。何度も何度も。ああ、とても怒ってる……」


「あなたは何か言い返しましたか?」


「いいえ。何か言えばもっともっと、何倍も叱られるもの」


「我慢しているのはつらいですね。あなたの夫は助けてくれましたか?」


「いいえ!いいえ!いつも夫がいないところで叱られるのです。あとで夫に訴えても『聞き流せ』と言うだけなの。助けてはくれないわ」


 ドロテア様の声には深い諦めの匂いがした。夫は頼っても無駄と身に染みていたのだろう。

それは……それはつらい。せめて言葉でだけでも味方になってくれたらドロテア様も救われただろうに。結婚の闇を垣間見たようで背筋が寒くなる。


「ではドロテア様、あなたに魔法をかけましょう。あなたはこれから毎日薬を飲みます。その薬を飲むと、お酒を飲んでも思い出すのは楽しかったことばかりです」


「楽しかったこと……」


「そうです。結婚前の楽しかったこと、結婚してからの楽しかったこと。お酒を飲むと楽しいことしか思い出せなくなります。つらかったことは何ひとつ浮かんできません」


「何ひとつ……」


「そうです。お酒を飲んでも、つらかったことは忘れてしまうのです。さあ、僕が三つ数えます。三つ数えたら目が覚めます。三、二、一」


 ケインがパンッと手を叩くと夫人が身じろぎをした。


「あら、わたくしったら眠って?」


「ええ、よく眠ってらっしゃいましたよ。ドロテア様、もうご心配は無用です。今からお酒を飲んでみましょうか」


「えっ!」


 私とロイ様が同時に声を出してしまった。ドロテア様は相変わらず上品な仕草で起き上がり、私たちの方を振り返った。


「ロイ。私、ここでお酒は頂けないわ。また失礼なことをしてしまうもの」


 母がすっと立ち上がり、ドロテア様の背中をさすりながら慰めるように話しかける。


「ドロテア様。まずはエレンの作った飲み薬を飲みましょう。これを飲めばもう、お酒を飲んでも大丈夫ですわ」


 ケインはニコニコしてウンウンとうなずいている。私は薬草で作った胃腸薬をカップに入れた。苦いけれど胃腸がスッキリする普通の胃腸薬だ。


 ドロテア様はゆっくりと一杯の胃腸薬を飲み干した。頃合いを見計らって母に言いつけられたハンナが人数分のワインをグラスに入れて運んできた。


 ドロテア様が不安そうに母と私とロイ様を見る。


「大丈夫。さあ、生まれ変わったドロテア様のご健康を祝って乾杯しましょう」


 ケインが笑顔でワイングラスを持ち上げた。


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