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毒好き令嬢は結婚にたどり着きたい【書籍発売中・コミック連載中】  作者: 守雨


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29 王妃の甥ロイ・デ・ベルド

 食堂『肉と酒』でステファンと私が長いこと話し込んでいたら、食堂の奥さんがそっと近づいてきた。私は慌てて涙を拭いて横を向いた。


「ステファン、ちょっといいかい?」


「ええ、大丈夫ですよ。どうしました?」


「なんだかいつもと様子が違うけど、もしかして今日は特別な日かい?」


「はい。特別な日です。いろいろあって、俺、今度一代男爵になるんだ」


 返事がない。奥さんは口をぱくぱくと動かしているけれど声が出ていない。


「あの、大丈夫ですか?」


 心配になって私が声をかけると、奥さんはやっと声を出した。


「ステファンが男爵?ほんとかい?それはまたいったいどうなっちまったのさ?」


 それからは大変だった。ご主人と奥さんに質問攻めにされた。夫婦二人ともここに来てしまって厨房は大丈夫なのかと心配になるが、それどころではない様子だった。


「ステファン、あんたどえらい出世じゃないか!田舎のご両親はご存知なのかい?」


「いや、まだ」


「あんたが『これから戦争に行く、もう会えるのも最後かもしれない』って言いに来たときは生きた心地がしなかったけれど。生きて帰ってきてくれて、まさか貴族様になるなんて」


 ああ、なるほど。出征の前にステファンが会いに来たのはこの方たちだったのね。


「私らにそんなことを言いに来るなんて、ステファンは恋人もいないのかって気の毒に思ってたのに!こんな素敵なお嬢様がいたんだね」


「あの時はいなかったんだよ。まさか俺もこんなご縁ができるなんて思わなかったから」


「でも、男爵になるならこれからはもうこんな店には来られなくなっちまうねえ」


「いえ、来ます!私達、二人で来ますから!

ね?ステファン」


「ええ。おかみさん、これからもここに来させてくださいよ」


 初めてできたお気に入りのお店なのに。来られないなんてとんでもない。


 その夜はお祝いと称してご主人と奥さんからどんどん飲み物食べ物が運ばれた。

楽しい時間だった。




 その夜、なぜかやたら事を急がせる父と母が私の部屋に来た。婚約届けの書類は書いたその場で使用人が王都の教会へと運び、その夜のうちに婚約が成立した。


 これでステファンは私の婚約者として今後も我が家に留まることができる。


 なんだか妙にバタバタと話が進んでいたけれど、私もステファンも文句はなかった。



♦︎



 フランカ夫人は考え込んでいた。夫人は兄との二人兄妹で、同じ侯爵家同士のルドルフのところに嫁いで来るのに何の支障もなかった。


 それに比べるとエレンとステファンの事情は全く違う。何しろステファンは平民だしボウエン家の使用人だ。しかしそれも叙爵されれば垣根はだいぶ低くなる。


 エレンは先日、護衛のステファンを助けるために命がけで出かけて行った。置き手紙を読む限りエレンにとってのステファンは自分の命が危険に晒されても助けるべき相手と思っている。


 確かめたところ、ステファンもエレンに好意を抱いていると言う。エレンもステファンを好ましく思っている。政略結婚を必要としないボウエン家だから、これは良い機会だと夫人も侯爵も判断した。


 ステファンの真面目な人柄はわかっていたし、エレンを優しい目で見ていたことも知っている。以前のエレンは気づかなかったようだが、サムエルに裏切られてから、ステファンの誠実さに気づいたようだ。


「問題はあの方がなんておっしゃるか」 


 今日の午後からは王宮でクレイベル王妃の肩の痛みを診ることになっている。おそらく早めに来た四十肩だ。放置していても治るが、痛みが酷いと公務どころか日常生活まで難しくなる。痛み止めの飲み薬と湿布薬を入れたガラスの小瓶を鞄にいれた。


 手早く往診の準備をしながら、フランカ夫人はチラリと婚約届け受付証書を見る。


(よかった、間に合った)と心で安堵した。王家の配慮が良かったのか悪かったのか、ステファンの叙爵のおかけでそれほど急いではいなかったエレンの結婚を何が何でも急がせなければならなかった。


 ステファンがこの家を出なければならないのもそうだが、王妃の甥との縁談を提案されていたのだ。


 中立をモットーとする薬師の家系だから王族との婚姻を選ぶことは無く、あちらもそれはわかっていることだが、王妃の甥ともなると中立を理由にするには少し無理がある。


 せっかく両想いの二人がまとまりそうな時に外堀を埋められて逃げられなくなったら困る。そうなる前にとエレンの婚約を急いだ。正式に婚約してしまえば、いくら王妃の甥であろうとも、そうそう無体なことはできないだろう。


「さ、これで心配なく王妃様の肩を診にいけるわね」


 フランカ夫人は王宮へと向かった。

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