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毒好き令嬢は結婚にたどり着きたい【書籍発売中・コミック連載中】  作者: 守雨


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28 食堂兼居酒屋『肉と酒』にて

 私は今、ステファンと向かい合って座っている。


 食堂兼居酒屋の『肉と酒』は利用するのこそ二度目だけれど、私のお気に入りのお店だ。どんな高級なお店よりも気に入っている。今日は大事な話があるからとステファンがお店の人に伝えて、他の席から離れている奥のコーナーに案内してもらった。


 ステファンには「お話ししたいことがあります」と言われている。私の方にもたくさん話したいことがある。ステファンが帰ってこなかったあの日々に思ったこと。気がついたこと。どれから話そうかと迷いながら座っていると、注文したアツアツの料理が運ばれてきた。


「おまたせしました、ソーセージとタンシチュー、それとお飲み物です」


「熱いうちに食べましょうか」

「そうね」


 二人で舌を焼くような熱い料理を食べて少しすると、ステファンが話を始めた。


「先日、旦那様が私の部屋にいらっしゃいました。お嬢様が私を連れて駆け落ちするのではないかと心配なさってましたよ」


「ゴッフゴフゴフ!」


 大変にはしたない感じでゴフゴフ言ったのは私である。飲み込もうとしたソーセージのかけらが違う方に入りかけた。盛大にむせている私の背中を立ってさすりながらステファンが蒸留酒のジュース割を手渡してくれた。


「ゴフゴフゴッフウ!」


「落ち着いてください、お嬢様」


「だって、お父様ったら、ゴフゴフ、はぁ、ありがとう。落ち着いたわ」


「そんなことをしかねないと旦那様も奥様も心配なさっているようです」


「なぜお父様はそれをステファンに言うかしらね!言うなら私に言うべきじゃない?」


 ステファンは自分の椅子に腰をおろして、私から目をそらしたまま話を続けた。


「私はお嬢様を生涯かけてお守りするつもりでしたが、この度の叙爵でボウエン家を出なければなりません。それもあってご心配なさったようです。旦那さまからお嬢様と夫婦になるつもりはないかと言われました。私には身に余る幸せなことです。ですが私はお嬢様のお気持ちを知りたいのです。お嬢様はこんな剣しか能のない男との結婚をどう思われますか」


 お父様、既にそんな話を?

 でも私はもちろん大賛成だ。嬉しい。しかしステファンの言葉が気になった。


「こんな剣しか能のない男」という言葉。

それはステファンの引け目なんだろうか。落ち着け私。今度こそ間違えちゃだめ。ステファンにちゃんと正しく私の気持ちを伝えなければ。引け目なんて感じてほしくない。


「特級薬師に必要なのは『心から信頼できる人と結婚して子供を産み育てること』だわ。だから私はずっとそんな人と出会えることを願っていたの。でも夜会ではなかなかそう思える人がいなかった。なのにステファンが帰って来なかったとき、何が何でも探し出す、たとえ私の命が危なくても、と思ったの」


 ステファンが黙って聞いている。


「はっきりとは意識してなかったけれど、以前の私にとって結婚は薬師の後継者になるための踏み台みたいなものだったと思う。でもあのとき、今にも死んでしまいそうなステファンを見つけた時にわかったの。特級薬師になることを優先してステファンを失ったら、誰かと結婚して無事に特級薬師になれても一生後悔するって。私の人生にはステファンが必要なの」


 するとステファンが優しい笑顔になった。


「お嬢様、私でよろしいのでしたら一生お嬢様を守らせてください。ずっとお嬢様のおそばで」


 嬉しかった。自分の大切な人が私を必要としてくれている。守ってくれると言っている。泣きそうになるけど、堪えた。


「ステファン、嬉しすぎてなんて返事をすればいいのかわからないわ」


 そう言って顔を上げるとステファンが困った生徒を見る教師みたいな目で私を見ていた。


「お嬢様、もしや本当に駆け落ちするおつもりでしたか?」


「えーと、いえ、ほら、駆け落ちって一人じゃできないじゃない?あなたが私をどう思っているかわからなかったし」


 しどろもどろとは今の私のことだ。なんだか大変に恥ずかしい。自分勝手にも少しだけ駆け落ちしてしまいたいと思ったことがあるからだ。


「私はお嬢様が黄色のワンピースを着てうちの商会に買い物に来てくださった時から、ずっとお嬢様をお慕い申し上げておりました。そんなお嬢様に駆け落ちなんて持ちかけられたら周りに大変な迷惑をかけようともホイホイついて行ってしまいます。あんまり私を誘惑しないでくださいね」


「そんな昔から?だってあなた一度だってそんな態度……」


「当たり前です。私は護衛ですから。でも、お嬢様、私はお嬢様が私のことを必要だと言ってくださるのなら、もう自分の気持ちを隠すのはやめます」


そう言ってステファンは私の手をそっと包んでくれた。


「私はお嬢様を心から愛しております」


 サムエルに裏切られてから自分という人間に価値を見いだせず、ずっとスカスカしていた心の穴が、やっと塞がる気がした。私の大切な人が私を愛していると言ってくれる。今の私には奇跡のような気がする。愛していると言われることが、こんなに満たされた気持ちになるなんて。


(よかった。私の一方通行じゃなくて)と思ったら泣けてきた。誰かに必要とされることがこんなに嬉しいものだとは。あの時以来、どれだけ自分が寂しかったか、今になって気がついた。


「そんなに泣いたら目が腫れてしまいますよ」


「うん」


「できればもっとおしゃれな店で告白したかったのですが」


「ううん。ここがいい」


「さあ、もう泣き止んでください」


「うん、でもステファン。ひとつ心配なことがあるわ」


「なんでしょう」


 あんまり嬉しくて涙が止まらない。ひっくひっくとしゃくり上げながら正直に不安を話した。きっと私はみっともない顔をしている。


「私と結婚したら、あなたの娘は毒に慣れる訓練をしなきゃならないのよ?」


「そうですね。ではその時は私も一緒に訓練しましょう。娘と一緒につらいつらい、苦しい苦しいと騒ぎましょうかね」


「二人で苦しむの?」


「はい。娘と一緒に文句を言いながら笑って乗り越えますよ。まあ、私はお嬢様のお役に立ちたくて、既にたいていの毒に耐性をつけてしまってますけどね。娘のためなら小芝居もこなしてみせます。父親の株を上げるいいチャンスです」


「あ、なんか悔しい」


 私が思わず笑うと「泣いたり笑ったり忙しいですね」と言いながら、ステファンは私の頬をハンカチで優しく拭いてくれた。


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