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毒好き令嬢は結婚にたどり着きたい【書籍発売中・コミック連載中】  作者: 守雨


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27 ステファンと侯爵

 俺は堂々巡りの考えから抜け出せないでいる。


 敗残兵が襲って来て、敵の刃が王子に届きそうになったから王子の手を引いて走った。王子は実戦で戦える腕前じゃないからだ。王子が力尽きたから俺が敵兵たちを引きつけて走った。とにかく敵を殿下から引き離そうと走り続けた。


 途中で王子を隠したが川に行き当たり、戦闘になった。一人でも多く斬り伏せなければと何人かを斬り伏せ、残りの敵にも大怪我を負わせたが俺も腹を斬られた。


 敵は逃げたが(ここまでか)と思った。そのあと地元の少女に助けられたが傷口が化膿して(これはもうだめだな)と諦めた時、思い出したのはエレン様の笑顔だった。


 意識が時折り遠のくようになった頃、その愛しい人があんな場所まで自分を探して駆けつけてくれた。立ち上がることもできない俺を守って一人で敵と戦ってくれた。もうそれで十分だった。



 せっかく生き延びたのに、自分はボウエン侯爵家を出ていかなくてはならない。エレン様を守るために剣の腕を磨き、エレン様の役に立つために蛇や蜘蛛の毒にも体を慣らしてきたのに。


 エレン様の護衛を他の奴に任せるなんて。


 エレン様の幸せを願っていたからサムエルと婚約した時も本気で祝福したのだ。結婚相手を探すための夜会への送り迎えも(あなたのお幸せのために頑張ってください)と思いながら護衛をこなしていたのだ。


 ここを出なければならないならエレン様をさらって遠くに逃げてしまいたい。だがそんなことをしてもエレン様が幸せになれるはずもない。あの方は薬師として生きていくことを一番に望んでいらっしゃるのだ。


 一代限りの男爵では侯爵家にも特級薬師にも釣り合わない。その上このお屋敷にもいられなくなった。


「叙爵だなどと、余計なことを」


 俺がそう声に出した時、ドアがノックされた。


「はい」

「ステファン、起きているか」

「只今開けます」


 旦那様の声に慌ててベッドから起きあがろうとして、まだ少し痛む腹を押さえながらドアを開けた。


「旦那様。どうなさいましたか」

「話がある。中に入れてくれるか」


 狭い部屋に大の男二人というだけでなく、ついさっきまでこの方の娘を拐って逃げたいなどと考えたせいで、大変に気まずい。


「夜遅くにすまないな。お前に聞いておきたいことがあるのだ。ステファン、お前は将来の約束をした女性がいるか?」


「いえ、おりません」


「そうか。それは……良かった。ではエレンのことはどう思っている?」


「どう、と仰いますと」


「あれと夫婦になる気はないか」


「えっ……」


「いきなりで驚くのも無理はない。実は……」


 旦那様は腕を組み、天井を見上げて話し始めた。


「エレンは自分の夫は自分で見つけると言っていたが、上手くいっていないようだ。サムエルを選んだのは私だからそれも仕方ないと、しばらく様子を見ていたのだが。エレンはお前を好いているように思う。この置き手紙を読んでみてくれ」


 旦那様はそうおっしゃって一枚の紙を俺に差し出した。その手紙には死をも視野に入れた上で俺を探しに出るエレン様のお気持ちが綴られていた。


「あれほど薬師の後継者を目指していたエレンが、命を賭してお前を助けに行く方を選んだのだ。なのにお前が叙爵してこの家を出るとなれば、下手をするとお前を連れて駆け落ちしかねない。フランカもそれを案じている」


「俺を連れて駆け落ち……いえ、それはさすがにないかと」


「いいや。女一人で敗残兵のいる山に向かうような娘だ。こうと決めたらやりかねん。あれは貴族としては真っ直ぐすぎるのだ。それよりお前はエレンをどう思っているのだろうか」


「エレン様と夫婦になるなど、私の身分ではありえないこととしか」


「男爵になるとはいえ護衛のお前が侯爵家の婿になれば、苦労は並大抵ではない。色々と不愉快なことも言われるだろう。自分の子供が毒を飲んで苦しむことも堪えなければならないのだ。私もつらかった」


 旦那様がふと口を閉じた。本音を言うなら今しかない。俺はひとつ息を吸って旦那様に正直なところを白状した。


「旦那様。私は平民の護衛なので、今までお嬢様への想いは全て蓋をしてまいりました。身分違いにも程がありますし、何より私などに想われていると知ったらエレン様が迷惑なさると思ったからです。ですが、自分は初めてエレン様と出会った時からずっとエレン様だけを大切に思って生きてまいりました」


「そうか!そうかそうか。それなら良い。お前の人柄は十分にわかっている。ああ良かった。いや、安心した。あとのことは私とフランカに任せなさい。少々事情があってな。お前たちの婚約を急がねばならないのだ」

 

 そうおっしゃって旦那様はにこにこと俺の部屋から出て行かれた。俺はしばらく呆然としたが、ボスッとベッドに座り込み(本当にこれは夢じゃないのか?)と何度も思った。


 もしや俺はまだあの小屋にいて、熱に浮かされて夢を見ているのではないかと思っていると、再びドアがノックされた。


「はい」


 旦那様が引き返したのかとドアを開けると、そこには硬い顔のエレン様が立っていた。


「ちょっと話したいことがあるの。入っていいかしら」


「どうぞ。どうなさいましたか?」


 先ほどまで旦那様が座っていた椅子を勧めると椅子に座るや否や、エレン様が話を始めた。


「あのね、ステファン。あなた、心に決めた女性がいるかしら。もし、もしいないのだったら聞いてほしいことがあるの」


 さすが親子だ、同じことを言っている……などと思わず感心してしまった。


「心に決めた女性などおりません。エレン様、今夜はもう遅いので、明日、お約束していた食堂にまた二人で行きませんか。そこでゆっくりお話をうかがいます。それとももっとお洒落なお店がいいですか?」


「いいえ。あのお店で!蒸留酒のジュース割りで!あっ、でもあなたはお酒はまだだめよ」


「ええ。私はお茶で。お嬢様がお気に召されたソーセージとシチューも頼みましょうね」


「ええ!楽しみにしています」


 

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