26 ガラバレスの新国王が
戦勝国であるクライフ王国はガラバレス王国に対して賠償金を請求したが、その他にも要求したことがある。
それは賠償金の他にガラバレス王国女王の即時退任と幽閉、その父親の幽閉、新国王としてクライフ王国の伯爵家の子息であるケイン・スミットの即位の要求である。
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「ケイン?あのケイン様ですか?私が治療した?」
驚く私に父は説明した。
「彼の母親はガラバレス王国の先代女王だ。ケインを産んだ時はまだ王女だったがな。戦争を起こしたのは彼の妹ということになっているが、実際はその父親、つまり先代女王の夫だ。ケインはクライフ王国とガラバレス王国両方の血を持っているからね。敗戦国の新国王として我が国の意見を通すには最適な人材なんだよ。それにしてもお前も騙されていた一人だったか」
「騙されていたとはどういうことです?」
母が微笑みながら説明してくれた。
「ケインは大変に腕の立つ催眠療法師よ。世間で噂になっていた女性たちは全員が心の病を抱えていた方ばかりだったわ。そのうち三人は私の患者。それも、薬の効果がさほど上がらず長いこと苦しんでいた方々ばかりよ」
「それで?」
「それが皆さんケインと噂になったあたりからピタリと薬を必要としなくなり、その後もお元気なままなの。不思議に思ってその方々に快癒した理由を尋ねたら、皆さんが口を揃えてケインのおかげだと話してくれたわ」
「それが催眠術だと?」
「催眠術を使った心の治療、かしらね。彼は伯爵家の庶子で三男。母親は異国人な上に、生まれてすぐ彼を置いて帰国したでしょう?そんな生い立ちの自分の将来を見据えたのか、ケインは学園生の頃から催眠術の腕を磨いていたようなの。誰かに師事したのか独学なのかは定かではないけれど」
「そんな以前から……」
「最初のうちは心を病む女性の寝室で催眠術をかけていたから、患者の夫に疑われて揉め事になっていたけど。結果的に元気を取り戻した妻を見て皆さんわかってくれたようね。そして快癒した人が新たな患者を紹介していたみたい」
「でもケインのお父様はケインのことを評価していなかったではありませんか」
「ケインは用心していたんだと思うわ。出来の悪い末っ子として父親に溺愛されている分には安泰だけれど、何かしらの才能があると知られれば亡くなった正妻の親戚から排除されかねないもの」
「排除?」
「ええ。彼は幼い頃、伯爵の妻の身内からずいぶん酷いことをされていたらしいわ。父親の伯爵は必死にかばっていたのだけど。それもあって愚か者を演じていたのではないかしら。ケインが何度も危ない目に遭って医師に担ぎ込まれていたのは医師や薬師の間では知る人ぞ知る話なの」
「そんな過去が……」
「だから身内の前では女性にだらしない愚かな息子を装っていたのではないかしら」
「お母様もお父様もそれをご存知だったのですか?」
「薬師同士や貴族の繋がりを持っていると、その手の話は自然と入ってくるものよ」
「でも、ケインはガラバレスの手の者に毒矢を射られたのに。その国に住むことになるなんて」
「王室もその辺はご存知の上でケインをガラバレスの新国王に選んだの。そこは冷酷なのか優しいのか真意を測りかねるけれど」
あの儚げで優しそうな王妃様も全てをご存知の上でガラバレスの王にケインを据えるのか……。
「ケインはガラバレス国王として生きて行くと納得して即位するそうよ。クライフの王家はケインのために優秀な人を周りに揃えるはず。あちらの国のケインの祖父母もきっと守ってくれるわ。ケインに何かあれば我が国が黙ってないのは向こうもわかってるし。それよりエレン。あなたはどうするつもりなの?」
「え?私ですか?何のことです?」
「近いうちにステファンは爵位を授与される。男爵になればもう、我が家の護衛ではいられないわ」
「あっ」
「我が家がステファンの後ろ盾になるにしても、もう我が家の使用人ではなくなり、王家の覚えも目出たい若い男爵になるのよ。縁談は山ほど寄せられるわ。領地は無いけれど十分な報奨金も出る。それに、ステファンは見た目も美男子だわ。たちまち婿に欲しいと貴族が群がってくるわよ」
「ステファンがいなくなるなんて、思ってもいませんでした」
私は両親への挨拶もそこそこに自室に戻った。ステファンがいなくなる。それは想像もしない展開だった。
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「エレン様、明日の鼻炎の猫の薬、出来ています」
「ああ、ノーラ。仕事が早いわね」
「エレン様?どうかなさいましたか。お顔の色が」
「うん。ちょっと驚くことがあってね」
「大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。薬、確認していいかしら」
「はい。お願いします」
ノーラの作った薬はちゃんとできていた。私が教えたことは全て記録して間違えない。猫用は人間用よりかなり弱くするのだが、完璧だった。
その夜、眠れないままステファンのことを考えた。
子供の頃、護身術を教えてくれたステファン。薬草を摘む時に必ず同行してくれたステファン。フェリクスが突然来なくなって泣いていたら慰めてくれたステファン。私の役に立ちたいからと毒に体を慣らしたステファン。サムエルのことで苦しんでいる私を食堂に誘ってくれたステファン。
この先もずっとそばにいてくれるものと思い込んでいた。
崩れかけた炭焼き小屋で、今にも命を手放しそうなステファンを見た時、私は何を引き換えにしてもステファンを助けたいと願った。あの気持ちの正体から目をずっと背けていたけれど。
本当は気がついていたのだ。






