23 門の前で仁王立ち
「エレン様、ただいま戻りまし……って、こいつらは?」
「おかえり、ボルダー。彼らは敗残兵。しかもステファンをこんな目に遭わせた奴らよ」
三人の男は縄で縛り上げて転がしてある。今回連れてきた毒蛇は、実は死ぬほどの毒はない。手足が腫れ上がって数日は酷く苦しむだろうけれど。
ボルダーは馬に乗り、地元の人たちに敗残兵捕縛を知らせに再び出かけた。私は四匹の蛇たちを捕まえてまた袋に入れた。
箱から顔を出したノーラが興味津々だ。
「あなたは蛇使いなの?」
「あらノーラ、違うわ。私は薬師。蛇は毒を採るのに飼っているの。私に懐いていたけど、怒らせてから投げたから、またしばらく懐かないかもね」
「噛まれないの?」
「手探りで袋から取り出そうとした時に噛まれたわ」
腕を見せる。腕についている牙の痕と少し赤くなった肌を見てノーラが目を丸くした。
「平気なの?」
「私の体はもう、この蛇たちの毒に慣らしてあるのよ」
「すごい。魔法使いみたい。この人だって、ずいぶん良くなってる」
ステファンは確かに回復し始めていた。たっぷりの水分、柔らかい食事、薬、ストレスの解消。ステファンの体は生きる方向に全力を費やしていた。
「ちくしょう!絶対に殺してやる」
手足を縛られて床に転がっている男が叫んだ。
「あらそう。騒ぐなら蛇の毒をもっと注射してあげようか?」
リュックから小箱を取り出して中から注射器と薬の入った小瓶を見せる。
「大人しくしていれば捕虜として母国に戻してもらえるかもしれないのに。私に逆らったら捕虜になる前に毒蛇に噛まれて死んだことになるわよ?」
男たちが静かになった。
やがてたくさんの人の声、ガラガラと荷車を引く音、馬たちのいななきが聞こえてきた。捕虜たちを連れに来た村人たちだ。
♦︎
まずは家に早馬でステファン発見の知らせを送った。それからはステファンの体調を考慮して、ゆっくり馬車を進めた。
「お嬢様、申し訳ありません」
「何で謝るのステファン。あなたは何も悪いことはしてないわ」
「私のせいでお嬢様を危険な目に」
「危険になど遭ってないわ。無事にやっつけたでしょう?」
馬車はボルダーが操っている。馬車の中は私とステファンとノーラの三人だ。状態は良くなってきたとはいえ、ステファンの傷口は開いたままで油断できない状態だ。
「エーリック殿下はご無事よ。あなたに感謝なさってたわ」
「良かった……」
それだけ言うとステファンはまた眠り込んだ。
やがて到着した我が家の門の前では、母が仁王立ちして待っていた。たいそう怖いお顔だ。父が必死になだめていた。その隣でハンナが両手に顔をうずめて嬉し泣きしていた。
♦︎
「それで?あなたはステファンの探索が最優先だと判断したわけね?」
「はい」
「その考えは今も変わらないの?」
「はい。同じことが起きれば、またステファンを助けに行きます」
「そう」
大切な人の命を見捨てたら、間違いなく一生後悔する。特級薬師の後継者の地位を失っても私は生きてさえいれば一級薬師として仕事は続けられる。でもステファンの命は、一度失えばもう取り戻せないのだ。
母は無表情で何を考えているのか読めなかったが、ステファンを診てくれて「大丈夫、若いし体力もあるから治るわ」と断言してくれた。
夜、我が家の護衛の班長たちが揃って私に謝罪に来た。自分達がステファンを助けられなかったことを申し訳ない、と。
「あなたたちは何も悪くないわ。私は誰よりもあの辺りの山を知っていたから見つけられたの。あなたたちは侯爵家の護衛だから戻る必要があったわけだし。だからもう頭を上げて」
護衛たちが戻っていくと、ノーラが「はぁぁぁ」とため息をついた。ステファンの命の恩人であるノーラは、全身を洗い清められ、シンプルなワンピースを着せられ、今は私の部屋にいる。洗って汚れを落としてみたらノーラは痩せすぎながらも濃い金髪に茶色の瞳の美人さんだった。
「エレン様がこんなすごい貴族様だったなんて。小屋では蛇遣いだなんて言って申し訳ありませんでした」
「そういえばノーラは蛇を見ても悲鳴を上げなかったわね」
「私は山育ちですから。蛇は驚かさなければ襲いませんし。でも、噛まれたら死ぬこともあるからエレン様みたいに掴んだりはできません。悪い人たちに向かって毒蛇を投げているエレン様は、女神みたいで素敵でした!」
「あれを素敵と思いましたか。ふふ。ねえノーラ、少し落ち着いてからでいいから、私の下で基本的な薬の勉強をする気はないかしら。犬や猫の患者が増えて私一人ではもう、こなしきれないでいるの」
ノーラの顔がパッと明るくなった。
「教えてくださるのなら、私、頑張ります。父も死んでしまって、これからどうやって生きていけばいいのかと思っていたのです。必ずお役に立てるよう、頑張ります。私に薬のことを教えてください。お願いします」
「じゃ、決まりね。これからよろしくねノーラ。それと、だいじな約束をしましょう」
じっと話を聞いているノーラの手を握って話した。
「いつか、敗残兵の心配がなくなったら、あなたの家に行きましょう。そしてノーラのお父様のお墓を作りましょう。ちゃんと弔うから、それまで待っていて欲しいの」
ノーラが殺された父親のことを忘れているわけがないのだ。遠慮で言い出せないだけだ。
パタパタと涙を落としてノーラがコクコクとうなずく。
「エレン様はやっぱり女神様みたいです」






