15 頭痛の夫人
「もう四年になるのです」
ベッドに横たわった女性は弱々しく語る。訪問した私はベッドの隣に置いた椅子に座って話を聞いている。
「時々締め付けられるように頭が痛くなりますの」
頭痛と腹痛は原因を特定するのがとても難しい。脳や内臓に問題があるのか血管か、精神的なものか、食べ物に影響されているのか。
「痛くなるともう、こうして寝ているしかないのです」
話をゆっくり聞くのはとても大切なので時間の許す限り話を聞く。女性は四十歳で不調の出やすい年齢でもあった。
「夫も義母も『またか』という顔をするばかりで。私も肩身が狭くて。それに夫は軍の重職なので家にいないことが多いですし」
「それはおつらいですね。痛みは目に見えないからわかってもらえませんものね。痛い上に悲しくなりますね」
私がそう慰めるとハラハラと涙を流してうなずく夫人。私に向かって腕を伸ばすので両手でその手を包み、(わかりますよ、私はあなたの味方ですよ)と意思表示した。
頭痛は理解されにくい。それが慢性的なものだと健康な人ほど『怠けてるのではないか』『またか』という受け取り方をしてしまいがちだ。それがまた新たな痛みを生む原因になったりもする。
「お医者様は特に理由は見つからないとおっしゃったのですね?でしたら奥様の痛みに合う薬がどれなのか探らなければなりませんね」
「よろしくお願いします」
「まずは薬を出します。それをお飲みになった後の様子を拝見したいのでこうしてしばらくおそばにおりますね」
「エレン様。なんて心強い」
青白い顔の夫人は弱々しく上半身を起こして私が用意する薬を待った。私は小瓶から薄赤い薬を取り出して夫人に手渡した。「美味しくはありませんよ」と忠告してから。
夫人はゆっくり飲み干してそのまま背中をクッションに預けて話を続けた。
「頭痛が始まると痛みと向かい合うことしかできなくて。生きているのもつらくなるのです」
「苦しいですね。では今から痛みから目を逸らす練習をしましょうか。うつ伏せになれますか?」
「うつ伏せ……こうでしょうか」
「はい。それではわたくしがおみ足をさすります。さすられている場所に意識を集中してください」
うつ伏せになった夫人の掛け布団をめくり、白く細いふくらはぎに手のひらで温めたオイルを馴染ませるように足首から膝に向かって優しくさすり上げた。
「ああ、気持ちが良いこと」
ふくらはぎを何度もさすり上げ、時々足の裏も両手の親指で強めに押す。そしてまたふくらはぎをさする。
十分もしないうちに夫人はスヤスヤと眠った。薬が合わない場合は痛みで眠るどころではないはずなので多少は効いているようだ。
私はそのまま隣に座って夫人が目覚めるのを待った。同じように侍女さんも部屋にいるので(静かにね)と目で合図する。
一時間ほどで夫人が目を開けた。深く息を吸い、吐き出して私を見た。
「まあ。頭痛が消えています。とてもスッキリしております。すごいわ。なんてお礼を申し上げればいいのかしら。エレン様、ありがとうございます」
ひと眠りした夫人は顔色も良く、うつ伏せから仰向けになると私に繰り返しお礼をおっしゃる。最初の薬が効いたのは助かった。だめな時は五種類も六種類も薬を試さなければならないのだ。
「お出しした薬が合うようですね。では三回分を置いていきます」
「長い時間お世話をかけてしまいましたね。お忙しいでしょうに。ありがとうございました」
私は部屋の隅に控えていた年配の侍女さんに薬を渡した。
「ありがとうございます。奥様は長いこと本当にお気の毒でした。ありがとうございます」
忠実そうな侍女さんは夫人の頭痛の理解者なのだろう。この人なら、と薬の飲ませ方、マッサージの仕方を教えた。
帰りの馬車でしみじみと良かった、と思う。痛みに苦しむ人を助けられて良かった、と。
夫人に渡した薬には有毒な植物の汁がごく微量入っている。そのまま口にすれば心臓が止まるような強い毒も、薄めて他の薬草と合わせることで、広がりすぎた血管を引き締めてくれる。
毒のある草は虫や鳥から身を守り子孫を繁栄させるために毒を作り出している。人は毒を忌み嫌うけれど、毒にも草にも罪はない。罪があるとしたら毒を悪用する人間にのみ罪がある。
今回使ったのは「妖精の釣り鐘」と呼ばれる綺麗な花を咲かせる植物だ。赤、桃色、黄色、水色の花を咲かせる品種で我が家の庭にはたくさん咲いている。ごく一般の家の庭でも育てられる花だ。
家に着いて居間でハンナにコーヒーを淹れてもらう。香りを楽しみながらゆっくり飲んだ。
「お嬢様、兄に話を聞きました。難しい患者さん、上手く治ったそうでおめでとうございます」
「ありがとうハンナ。今日はもう予約はないから薬を作ろうかな」
庭の離れにある部屋の窓を全て開け放ち、人が近づかないよう張り紙をして毒草を刻み、弱火でゆっくり煮る。毒草がクタクタになるまで煮たら取り出して液を煮詰める。
あの夫人の痛みを思う。心の苦痛が頭の痛みを強く感じさせているように思える。寄り添ってくれるはずの夫に見放され愛想を尽かされていることが痛みを大きくしてるのではなかったか。
「夫婦って、もとは他人だものね。親子なら違ったのかな」
「何がですか?」
「わっ、あなたがいるのを忘れていたわステファン。いえ、先程の夫人のこと。痛みで苦しむ姿も見慣れてしまえば鬱陶しく思うものなのかなって」
「人によると思いますよ。何年経っても心配する人はするでしょうし、一日で見慣れてしまう人もいるでしょう」
「そうだろうけど。そういう相手に出会える確率って、どのくらいなのかしらね」
「弱気になられてますね。大丈夫ですか?何かお力になれることが有れば遠慮なく命じてください」
「またあのお店に連れて行ってくれる?」
「はい。いつか必ず」
あのお店、高級なお店にはない美味しさと楽しさが溢れていた。また行けたらいいな。でも、ステファンに迷惑がかからないようにしないとね。






