14 思春期王子の不調
「お前の出した薬は一向に効かなかった」
顔を合わせるなりエーリック王子は椅子にふんぞり返って言い切った。
「あれは無難な胃腸薬でしたので。食欲は出たのではありませんか?」
「はい。殿下は珍しく朝食でお代わりをなさいました」
王子は「ふん」と言う顔だが侍従のロンダルさんが笑顔で答えてくれる。
「余計なことを言うな」
あら、王子が少し赤くなった。そんな可愛いところもあったのか。食べ盛りなだけあって胃腸薬で食欲出たのね。
「失礼します」
王子に近寄り脈を取り、熱を診る。舌の様子と下まぶたも診る。特に異常なし。相変わらず甘ったるいコーヒーの匂いがする。
「殿下はコーヒーを飲まれますか」
「飲まない。嫌いだ」
「でも、コーヒー味の飴は召し上がっているのでは?昨日も今日もコーヒーの甘い香りがいたします。食事記録には書いてありませんが」
王子が慌てて私の言葉を遮るようにお付きの老人に声を張り上げた。
「部屋を出ていくように。全員だ」
ロンダルさんが渋々出て行き、ステファンもそれに続く。部屋には私と王子だけになった。
「匂いがするだと?」
「はい。私は仕事柄、嗅覚が鋭いのです。殿下、うがいしたくらいでは私を誤魔化せませんよ。コーヒー味の飴か何かを召し上がりましたよね?」
王子は少しためらったが白状することに決めたようだ。
「食べた。でも秘密なんだ。僕が飴を食べたことが知られると大切な人が困る。その人も内緒で手に入れて僕に渡したのだから」
はてさて。どうしたものか。
「殿下、人により受け付けない食べ物があることはご存知でしょうか。それを食べると口や呼吸器が腫れてしまって、最悪の場合死ぬこともございます」
「死ぬだと?本当だろうな」
「はい。ただ、それほど酷い症状のものは食べてすぐに反応が出ますから原因となる食べ物を特定しやすいのです。でも、中には何時間も経ってから少し弱い反応が出る食べ物もあるのです。それだと原因が分かりにくく見逃されやすいのです」
「コーヒー飴がそうだと言うのか」
「コーヒーはごく稀に合わない人がおります。試しにコーヒー飴を食べるのをやめて様子を見てください。それで不調が起きなければ原因がコーヒー飴だったとわかります」
すると王子は困り顔で考え込んでいる。相手は誰だろう。王子にこっそり食べ物を渡せる人なんてそうそういないと思うけど。
「すまないが、そなたの口から相手に伝えてもらえないか。僕からは言いにくい事情があるんだ」
口調がずいぶんと丁寧になったわ。少しは心を開いてくれたのかしら。
「かしこまりました」
♦︎
翌日の昼下がり。私は王宮のバラ園の中にあるガゼボにいる。向かいにはエーリック殿下とお淑やかでお人形みたいに愛らしい少女。
「フレイチェ、こちらは薬師のエレンだ。エレン、こちらの令嬢は僕の婚約者のフレイチェ嬢だ」
「初めましてエレン・ボウエンでございます」
「フレイチェです。殿下のご不調のことであなたから説明があると聞きました。どのようなことでしょうか」
なるほど。飴の贈り手はこのお嬢様てことね。たしかに言いにくいか。
「殿下の頭痛と腹痛の原因を調べましたが、食事内容と不調が現れた時に結び付く特定のものがありませんでした。なので不調の原因は表に書かれていないコーヒー飴かもしれないと思ったのでございます」
「まあ。どうしましょう」
御令嬢は細い指先を口に当てて明るい茶色の瞳が驚いている。
「わたくし、殿下がコーヒーを飲めなくて王太子様に度々からかわれていると伺ったものですから。甘い飴から徐々に慣れて下されば、いつかコーヒーも飲めるようになるかもしれないと思ったのです。わたくしもそれでコーヒーの味に慣れて飲めるようになったものですから」
「そう言うことでしたか」
「だが、それは侍女から分けてもらった平民たちが好むという飴なのだ。僕の不調の原因がその飴と知られたら、フレイチェが厳しく叱られるであろう?」
誰にも悪意がなくてよかった。これが悪意ある誰かが介在していたら大ごとになって命が一つ二つ飛んだところだ。
「ではこうしましょう、フレイチェ様が美味しい飴を大好きな殿下にも食べて欲しくてお渡しして二人で分け合って食べた。そして殿下は気恥ずかしいから飴のことを食事の記録係に言わなかった。それで良いではありませんか。
仲睦まじいお二人を叱る野暮な人などおりませんよ。仕方ない、で終わります」
うんうんとうなずく二人。
「ですが殿下、他にもこのような不調をもたらす食べ物があるやも知れません。なので飲んだり食べたりした物は必ず記録係に報告してください。今回はこれで済みましたが、お命に関わる不調なら、誰かの命が飛ぶかもしれません」
「恐ろしい。殿下?そうしてくださいませ」
「フレイチェ、心配は無用だ。今後はちゃんと僕が報告するからな」
「ありがとうございます。お約束ですよ」
(かわいいぃ。ちょっとだけうらやましいぃ)
という心の声はもちろん口にも顔にも出してない。
こうして私は殿下とフレイチェ様の覚えも目出度く役目を終えることができた。
後日王宮から「エーリック殿下の不調は消えた」と報告を受けた。やはりコーヒー飴が原因か。
薬の出番が無くてなにより。
と、思っていたらまたエーリック殿下から呼び出しを受けた。慌てて駆けつけたらいきなり聞かれた。
「エレン、そなたは痩せ薬は作れるか」
「どなたが飲むのです?」
「フレイチェがどうしてももう少し痩せたいと言うのだが」
フレイチェ様は細い。とても細い。成長途中であれ以上細くしようって、危険だわ。
「商売は抜きで語らせていただきます」
「あ、ああ、話すが良い」
「フレイチェ様は御年十三歳と伺っております。まだまだ身体が出来上がる途中でございます。その上今でも十分細くていらっしゃいます」
「僕もそう言ったのだが」
「殿下、ここは絶対に説得してください。成長途中で痩せすぎると、体は命を守るために子供を産んでる場合ではないと判断して子を宿さない方向に切り替わるのです」
「なんと」
「最悪の場合、月のものが止まり、子を産めなくなる場合もございます。一度止まった月のものが復活しても、子が宿りにくくなることもございます。痩身など、おやめくださるようフレイチェ様を止めるのは殿下のお役目です。なんなら、わたくしが今まで見てきた不幸な実例をたんまりとフレイチェ様にお話ししますので」
「わかった。忠告を感謝する」
しばらくして、我が家に王宮から山ほどの生の薬草、フレイチェ様の家から青サソリと黒サソリが十匹ずつ生きたまま届けられた。我が家がサソリを喜ぶことが知られているらしい。
私も母も思わず小躍りしそうになった。






