11 媚薬の話
前夜の夜会でのあまりの収穫の無さにしょんぼりしながら、私はステファンと二人で別棟の生き物たちに餌やりをしている。そしてつい、ステファンに愚痴をこぼした。
「昨夜の夜会なんだけど、名前も覚えていない令嬢に絡まれたの」
「どんな風にです?」
「ファーガソン様が以前、その令嬢をお断りするのに私の名前を出したらしくてね」
「ファーガソン……」
ステファンが考え込む。
「私もほとんど覚えていないような人よ。私の名前を勝手に利用されたの。迷惑な話でしょう?八つ当たりされてワインを浴びせられそうになったわ」
「その令嬢の名前をお願いします。機会があれば仕返ししておきますので」
「ステファンたら。そんなこと冗談でもだめよ。それに彼女の名前は思い出せなかったし」
「そうですか。残念です」
餌やりが終わり、ドアに鍵をかけ、二人で順番にガチャガチャと施錠されたことを確認してから別棟を出た。
「やあ、エレン」
背の高い男性が庭木にもたれて立っていた。
「フェリクス様!どうなさいましたの?」
「近くを通りかかったからさ。来ちゃった」
『来ちゃった』って。
「良かったらお茶でもいかがですか」
「いいの?ありがとう」
フェリクス様は応接間の中をぐるぐると歩いては絵画や壺を眺めてる。濃い赤毛に赤茶色の瞳はお母様譲りで、母方の一族には赤毛で行動的な人が多いのだと以前言っていたっけ。
「久しぶりに来たけど、相変わらず毒薬の小瓶は置いてないんだね」
「そんな物はありませんよ。それが見たかったんですか?」
「だって君の家は毒薬で有名でしょう?」
「違いますよ。解毒薬で有名なんです。ご存知のくせに」
フェリクス様は大股で椅子に向かうと美しい動作で椅子に座った。相変わらず動きが洗練されてるわと眺める。
「今も蛇や蜘蛛を飼ってるの?」
「ええ。むしろ昔より種類と数が増えましたね。それと、うちがやたらに毒薬を作って毒殺する家みたいに噂をする人がいるそうですけど、毒殺なんてしませんから」
「僕はわかってるさ。それより、昨夜の約束覚えてる?」
「約束ってなんでしたっけ」
「やっぱり。一緒に食事をしようって話をしたでしょう」
♦︎
急なことだったが、お出かけ用のドレスに着替えて今は昼食を食べている。公爵ともなると人気の店も予約しなくても入れてもらえるのだと知った。二人で外で食事するのは初めてだ。
通されたのは個室で、床や壁、家具、絵画、全部が素晴らしかった。
出される料理は繊細で上品で、食器や純銀らしいカトラリーもひとつひとつが芸術品のようだった。二人でゆっくり食べながら、話題は公爵様の得意な話から始まった。
このところの投資の動きや貴族間の力関係など、フェリクス様は実に詳しかった。感心して聞いていたら、突然媚薬の話になった。どうも粗悪な媚薬を飲まされて倒れた知り合いがいるらしい。その知り合いというのが本人でないといいのだけど。
あ。もしかして媚薬の話を聞きたくて私を誘ったのかしら。
「エレンは媚薬を作ることもあるの?」
「作れますが、世間の人が思っているような媚薬は想像上の産物ですよ」
「そうなの?」
「はい。薬を飲んだ直後に見た人に恋心を抱くという話、あれは願望が生んだ大人のお伽話です」
フェリクス様が興味深そうだ。
「実際はどういうものなの?」
「鍵は匂い、でしょうか。お相手の体臭が好ましいものとして脳に刻み込まれるのです。体臭というのは厳密に言えば一人一人違いますから。人は自覚しないまま匂いで個人を判別していたりするのです。薬の効果が消えても刻まれた匂いと好ましいと思った記憶は消えません。嗅覚というのは原始的なものですから」
そこまで話をして可笑しくなった。フェリクス様が次に何を質問するか想像がついたからだ。
「エレン、君は媚薬を使ったことがあるの?」
「飲んだことならありますよ。何度も」
予想が当たって苦笑しながら答えるとフェリクス様は心配そうなお顔だ。
「体に害はないの?効果を実感したの?」
「最初はかなり薄めたものを少量でしたから、なんとも。少しずつ濃くして何度も何度も媚薬を飲んで脳と身体を慣らしたから、もう普通の量では私には効きません。それと、お母様も私も体を壊すような物は作りませんから」
「さすがだね。一度くらい僕も飲んでみたいな」
「一回分が金貨二百枚ですけど」
「ええっ。そんなに高いの?嘘でしょう?」
「そうでもしないと事件が多発しますもの。安い粗悪品もあるようですけど、おやめなさいませ。粗悪品は人によっては死ぬこともあるし、一生後遺症で苦しむ場合もあるのです」
「君の家は何のためにそんな薬を作るのさ」
店の人に合図をして冷めたお茶を入れ直してもらった。湯気の立つ熱いお茶を飲み、生徒に教え諭す教師のような気持ちで説明をした。
「貴族は政略結婚がほとんどでしょう?顔を見たこともなく、親子や祖父ほども年齢が離れていることもある話ですし。望まぬ結婚でも家のため、領民のために嫁がねばならないことも多いですから。そんな花嫁や花婿のためです。すくなくとも我が家はそういう場合にのみ薬をお渡ししています」
「ん?媚薬を手に入れた人が自分で飲むってこと?」
「ええ。避けられぬ結婚ならせめてお相手と仲の良い人生を歩むためにね。『この人が好ましい』と思って暮らせるように自分で飲むのです。そもそも相手に知らせずに媚薬を飲ませるのは悪質な犯罪です」
「でも、なんだか怖いな。人間の恋愛感情を操作してしまうなんて。それと、僕にいろいろ話して大丈夫なの?先祖代々の秘密なんじゃないの?」
ほほう。案外真面目というか、純真なのね。
「話を聞いてすぐに真似できるものじゃないから大丈夫です。それに、そこそこの薬師なら基本的な作り方は知っているのです。副作用を取り除いて効果を出すのが難しいんですよ」
金貨二百枚なんて大嘘ついて悪かったかしら。でもそう言わないと興味本位で媚薬を注文してくる気がしたのよね。子供の頃から思い立ったら行動する人だから。
フェリクス様はその後も薬のことで私を質問攻めにしていたけど、「そろそろ私は用事が」と言うと紳士的な態度で家まで送ってくれた。
「また君の家を訪問してもいいだろうか」
「突然だとお相手できないこともありますよ」
「うん、それでもいい。急に会いたくなったら急に来るから」
「そうですか」
「だめ?」
「かまいませんよ」
「今日はとっても楽しかったよ。またね」
フェリクス様は子供のころと変わらない笑顔だった。お互いが跡取りでなければ恋愛感情も湧いたかもしれないけど、私たちは仲の良い幼馴染みでしかないのが現実だ。
でも、人付き合いをあまりしないで過ごしてきた私には、気心の知れた彼のような友人の存在はありがたい。






