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毒好き令嬢は結婚にたどり着きたい【書籍発売中・コミック連載中】  作者: 守雨


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10 最初の夜会

 気合を入れたドレスは瞳の色と同じスミレ色で、体型をいかした細身のデザイン。何重にも重ねられたスカート部分も膨らませずにストンと落ちる形。足首でリボンを結ぶ靴も共布で作られたスミレ色だ。


「お美しいです、エレン様」

「ありがとうハンナ。今日から夜会は気合を入れて参加しないと」

「頑張ってください。応援しております」


 馬車の脇で待っていたステファンも「おお」と言うような顔だ。


「恥ずかしいから。そんなに見ないでよ」

「本日も大変お美しいです」

「ありがとう」


 差し出された手に手を添えて馬車に乗る。今までは必ずサムエルが一緒だったが今夜からは一人だ。一人で参加する最初の夜会。

 私は意識して背筋を伸ばした。




 夜会の会場は庭も明るく灯りが設置され、開いた窓からは楽団の奏でる調べと客たちのざわめきが溢れ出ていた。


「まあエレン。参加するとは思わなかった。もう大丈夫なの?」

「ええ、もうすっかりね」

「あいつがあんなことするとは思わなかった。人って見かけによらないわね」

「もう全部忘れたわ」

「そうこなくちゃ。いい男はまだまだたくさんいるわよ」

「そうね。ありがとう」


 話しかけてきたのは幼なじみのソフィーだから笑って話すことができた。おかげで緊張もだいぶほぐれた。持つべきものは友だちね。


 あちこちで話しかけられ、あちこちで同情される。覚悟はしてきたけど「傷ついたけど健気に立ち直ろうとしている女」と見られることに次第に疲れてきた。ジワジワとえぐられるわ。冷たい飲み物を給仕係から受け取ってテラスに出よう、風に当たりたい。


「あら、エレン様。この度は大変なことでしたわね。わたくしなら寝込んでしまうところです。あっという間に立ち直って次のお相手を探しにいらっしゃるなんて、さすがですわ」


「お気遣いをどうもありがとう。では失礼」


 厄介な人が絡んできた。

 この令嬢は以前、とある男性に想いを寄せていたけど、その男性が彼女を断る時に私の名前を持ち出した。結果、私を恨んでる。とんだとばっちりよ。


「待ってくださる?お話ししましょうよ」

「ファーガソン様のことなら私は関係ないわ。二人でお会いしたことさえないんですもの。私の名前は利用されただけなのよ」

「っ!」


 言外に「彼があなたを断りたい一心で」と言うニュアンスを含めたのだが、ちゃんと伝わったらしい。一瞬怯んだ彼女が私めがけてワインを浴びせようとした。


 非力な令嬢の動きは遅く、余裕でかわすことができた。上半身を捻りながらスッと横にずれた。パスッと小さな音がして赤ワインは私の斜め後ろにいた男性の背中に盛大に赤いシミを作った。


「ひっ」と息を吸ったのはワインを浴びせた令嬢だ。私は男性の高級なジャケットがもう二度と使い物にならないことを申し訳なく思った。


 辺りの人々が静まり返り、固唾をのんで見守っている。男性がゆっくり振り向いた。


「なるほど。最近の夜会はワインの雨が降るんだね。うっかりしていたよ」


「公爵様!」

「フェリクス様よ」

「まあ、大変」


 おそらく今夜の主賓であろうフェリクス・ファン・ハウデン公爵は、優雅に微笑んだまま私を真っ直ぐに見た。


「美しいあなたが酷い目に遭わなくて良かった」


 くぅぅ。相変わらず歯が浮くようなことを。


「わたくしが避けてしまったばかりに公爵様にワインが。申し訳ございません」

「いいさ。替えの服はあるから。そこの御令嬢、僕の護衛たちが我慢できている間にいなくなった方がいいと思うよ」


「ひいぃぃぃ」


 謎の奇声をたなびかせながら謝ることも忘れて令嬢は消え去った。最後まで彼女の名前を思い出せなかったけど、まあいいか。


「ではわたくしもこれで……」

「待ってよエレン、君は僕に付き合ってくれてもいいと思うよ」


 そう言って公爵は背中を見せる。くっ。仕方ない。私とフェリクス様は幼馴染みだ。


「まずはお着替えをなさってください。逃げませんから。テラスでお待ちしています」

「わかった。すぐ戻る」


 テラスは涼しかった。覚悟してはいたけど興味津々な人目から逃れられてホッとしていると、まもなく公爵様がいらした。


「ちゃんと逃げずにいたか」

「いますよ。逃げないと申し上げたではありませんか」


 フェリクス様は面白そうな顔で私を見る。


「なんでしょう」

「たいていの令嬢は僕といると緊張するけど、君はいつも平然としているよね」

「幼なじみですし」

「手が震えたり顔を上げられなくなる令嬢も多いんだぜ?」

「まあ。にわかには想像できませんが」


 フェリクス様はクックックと笑った。


「君の家は財産家だし君も美人だし、頭もいいから僕にも緊張しないのかな」

「婚約者は取られてしまいましたけどねぇ」

「馬鹿な男だよなぁ。彼が今どうしているか知ってるかい?」

「やめて。知りたくないから何も仰らないで」

「ふうん。まだ未練があるのか」

「……。そういうとこです、フェリクス様の嫌なところ。言わなくていいことをぽろっと言ってしまうところ」


 フェリクス様は苦笑した。


「僕の母はこういうところが僕の欠点だと言うよ」

「フェリクス様のお母様とは意見が合いますわ。それと、未練ではありません。ただ傷が塞がっていないだけです」


 フェリクス様は真面目な顔になり「そうだよね。悪かったよ」と謝る。


「昔から君は変わらないよね」

「どんなところがでしょう」

「立ち回りが下手。美人なのにそれを使えていない」

「そんなに誉められましても」

「けなしているんだが」

「あら」


 二人で笑った。そして無言になった。楽団の音楽が流れていて、無言でも気楽だった。


「婿探しに行き詰まったら僕が君を貰ってやってもいいよ」

「私は婿取りですよ。嫁ぐ予定はないんです。それに毒蛇と毒ガエルと毒蜘蛛と毒草がもれなく付いてきますけど」

「うう、全部苦手だ。子供の時、あの部屋を見せられて一晩中うなされたよ」

「私はフェリクス様に見せたことを母にこっぴどく叱られました」


 二人で苦笑する。


「ま、元気出せ。あんな男ばかりじゃないさ」

「ええ。ありがとうございます」

「貰い手がなかったら本当に俺が……」

「はいはい、ありがとう存じます」


 こんなに気軽に話せる人は少ないから、友達のままでいたい。彼も跡取りだから恋人になってしまうと別れる結末しかない。

 

「ただでさえ少ない友達が減るのは嫌だから、フェリクス様とは友達でいたいわ」


「いい人が見つかるといいが。エレンは毒蛇は素手で触る人なのに、人間には臆病だから」

「……」

「もう一度ごめん。悪かった。そうだな、臆病にもなるよな。お詫びに近いうちに食事に誘ってもいいかい?」

「ええ、それで手を打ってあげるわ」


 そのあとも懐かしい話に花が咲いて、結局私はフェリクス様以外の男性とは会話ができなかった。


 楽しかったけど、記念すべき最初の夜会は災難だった。次は穏やかで出会いのある夜会を楽しめますように。


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