第九話
「なぁなぁ、何か話した方がいいと思うぞ?」
楽器屋までの道のり、ヒロさんは僕に執拗なくらいに声をかける様に言ってくる。そんな事で声をかける事が出来るなら今まで苦労はしていない。
横目でチラリと美波ちゃんを見ると少し俯きながら歩いている。僕と歩くのが恥ずかしい? 頭の中で良くない事ばかりが浮かび余計に話しかける事が出来なくなる。
するとヒロさんが痺れを切らしたのか、左側の彼女を挟んだ反対側を歩き始めた。
一体何をする気なのか。そう思って横目でみると彼は美波ちゃんにの肩に手を掛けようとしていた。
「ちょっと!」
その瞬間、声が出た。それと同時に、彼の策にハマったのだと気づく。
「なに?」
案の定、彼女はその声に反応する。そんな中後ろでニヤニヤと笑うヒロさんに殺意を覚えた。
「あ、いや。ベース本当に始めるんだ?」
「うん……」
彼女はさらに俯いて小さくそう言った。
「それって、狭山がやれって言ったから?」
本当はそんな事を言うつもりは無かった。ただ、もしそうなのだとしたら、申し訳ない気持ちとこれからバンドをするのに『仕方ない』と思ってされたくはないと思いつい言ってしまった。
「西村は狭山が嫌い?」
「そんな事はない、いい奴だと思っているよ」
「ならいいけど……」
美波ちゃんがそう言って会話が止まる。そのまましばらく歩いていると、彼女が続きを話す様に口を開いた。
「バンドしたいって言ったのあたしなんだ」
「へっ? それって……」
「うん、狭山は知っててきっかけを作ってくれただけ。だから、嫌々やってるわけじゃないよ」
美波ちゃんは、そう言って遠い目をした。確かに狭山の交友関係ならもっと慣れたメンバーでする事が出来ただろう。ベースを触った事のない彼女を入れるには、僕が最適だったのだ。
意外とあいつ考えているんだな。
そう思うと、余計に美波ちゃんは狭山の事をど思っているのかが気になり出した。
「なるほどね……イケメンは優しさも合わせ持っていたわけだ。強敵登場、祐樹はどうするつもりなのかな?」
聞こえる様にヒロさんが呟く。僕は二人の間に入り込む隙なんてないんじゃないかと思い凹んだ。
楽器屋に着くと、前回と同じお兄さんが居る。かれもその事に気づいたようで話しかけてきた。
「あれ? バンドのメンバー?」
「お久しぶりです……」
気を遣っているのか、似合わないからなのかは分からないが、彼はそう言った。
「今日はどうしたの?」
「彼女のベースを探してまして……」
「ほう、ボーカルじゃなくてベース。まさかボーカルはもっと可愛い女の子とか?」
「いえ、男っすね」
「なるほどなるほど……」
美波ちゃんの予算を告げると、真っ白のベースを持ってくる。
「プレシジョンベース。初心者にも扱い易いパッシブのベースがいいんじゃないかな?」
「どう?」
「どうって、見た目はいいけど……」
彼女がそう言うと、お兄さんがセッティングをしてくれる。
「代わりに音だそうか?」
様子を見て、お兄さんは気を利かせてくれたのか、弾いて見せると提案してくれる。だが、ヒロさんはそれを許さないとばかりに言った。
「祐樹が弾けよ」
まだ、ヒロさん以外の前では弾いた事が無い。僕は軽く首を振り弾いてもらおうと考えた。
「大丈夫、ルートで弾けば弾けるから」
その言葉に後押しされる様に、僕はお兄さんに手を出して、深呼吸して言った。
「少し弾かせて下さい」
お兄さんはニッコリ笑うとその白いベースを手渡し、僕はそれを受け取った。
ギターとは違い長く重い。
渦を巻いた四本の太い弦が少し緩い様に感じる。お兄さんはその様子を見てボリュームを上げた。
ブォォォオオ……。
フェードインする様に鳴る重低音が、ミュートをすると止まる。
「エイトビート、Cからスリーコードで」
ピックで刻み、順番にルート音を追いかける。少し大きなギター。弦が太く一音刻むのが精一杯に感じる。
だけど、今まで練習していた事とほとんど変わらない。
「ギタリストの弾き方だね、ベースは理解しているみたいだから左手は全部の指を使う様に弾くといいよ」
お兄さんは優しくアドバイスしてくれる。その言葉に合わせて運指を変える。
「そうそう、ベースはほとんど一音づつ奏でるのがセオリーだからそれでいい」
区切りのいい所に差し掛かると、ヒロさんが言った。
「そのまま3、5、オクターブで終われ!」
言われるがままなぞると、単調なリズムに変化が生まれた。
「どう? 結構いいベースでしょ?」
笑顔でいうお兄さん。僕はそのまま美波ちゃんの顔を見ると、驚いた様な表情の後少し笑ったのが分かった。
「これにします」
あっさりと言っただけの言葉に、なんとも言えない嬉しさがこみ上げてくる。今までなんとなく気怠そうな彼女には学校なんてものは退屈なだけなのだと思っていた。
帰り際に小さく「ありがとう」と言った美波ちゃんはクールにみえるが多分感情を表に出すのが苦手なだけなのだと思う。狭山はそれを知っているからいつも声をかけて、彼女の事を浮かない様に、そしてそれを周囲に悟らせない様にしていたのだろうと気付いた。
彼女と別れてから自然に憑いてくるヒロさんに聞いた。
「ヒロさんは最初からわかってたんですか?」
そう聞くとよほど面白かったのか、声を出して笑う。それを見て少しムッとした。
「悪い悪い。祐樹は俺の事メンタリストだとでも思っているのかよ」
「そんなんじゃ無いですけど、コミュ力高い人ってそう言った所にもすぐ気づくのかなって」
すると急に落ち着いた。
「別に人の気持ちなんてわかんねぇよ。それが分かったら俺はもっと売れてる」
「でも……あの時ヒロさんが……」
「別に、相手がどう思っているかなんてどうでもいいじゃん。自分がどう思ってそれをちゃんと伝えるかが大事だよ」
「でも、それで嫌がられたら?」
「その時は、その時で縁が無かったと思ってあきらめようぜ?」
「そんなぁ……」
「全力でその人の事を考える以上に自分で出来る事なんてねぇよ!」
日の沈み切っていない夕方の空に、金星が輝いていた。それはまるで今日の出来事の様にささやかだけど何かいいものを見つけた気がした。
お読みいただきありがとうございます。
思っていた人と違う。そんな経験ありますよね……。
いい意味でも、悪い意味でも見えているものってほんの一部なんだと思います。
♪♪♪
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