第二話
「幽霊ってまさか……」
信じられない気持ちと、目の前で起きた現実。ヒロさんの表情から嘘では無いのだとわかる。
「黙っててごめん……怖い……よな」
「なんていうか、上手く言えないんですけど怖くは無いです……」
不思議と怖いという感情は湧かない。仮説なのだけど幽霊が怖いのは『得体の知れない存在』というのが大きいのだろう。
だからなのかも知れない。学校のクラスメイトより身近に感じるヒロさんを怖いとは思わなかった。
「でも、大丈夫なんですか?」
「なにが?」
「昼間に出てきて……」
「うーん……確かに……」
ヒロさんは少しも考えていなかったのか、妙に納得した様な顔で太陽に手をかざすと、
「蒸発したりはしないみたいだし大丈夫じゃないかな?」
「え、今確認したんですか?」
「だって、そんな事、意識した事なかったから……」
考えるより行動してみるスタイルなのは、やはりミュージシャンだからなのだろうか、何となく勢いがある様に感じる。
「この話は終わり! 祐樹は霊とか気にして無いみたいだし、行こうか!」
「行くってどこにいくんです?」
「ライブだよ、ライブ! さっき言っただろ?」
「えーっ、今からっすか? いやいや、無理ですよー!」
制服のままの僕は、慌てて断る。連れて行って貰えるのは嬉しいのだけど準備がある。だけどヒロさんはそんな事はお構いなしに言った。
「今日、見せたいライブがあるんだよ」
「見せたいって、さっき知り合ったばかりなのに?」
「俺が見たい物は見せたいだろ?」
「なんか急にミュージシャンらしくなって来てるし……」
皮肉を言ったつもりだけど、ヒロさんは褒められたかの様に照れた顔を見せた。特に予定があるわけでは無かった事もあり、そのまま勢いに流され、付いて行く事になってしまった。
駅を挟んで学校とは反対側の雑居ビル街。地下に降りる階段の前に『CLUB US』の看板がある。公園から近かった事もあり、案内されるがままに歩いて来た。
「ここがライブハウスですか?」
「そう、最近は結構潰れる所も多かったけど、ここはしぶとく生き延びているんだよ」
ヒロさんいわく、去年の外出禁止や、世間の風当たりの影響もあってライブハウスはかなり少なくなったのだと言う。
そんな中、ほとぼりが覚めるまで色々と手を打って運営して来たのがこの場所だった。
「まぁ、興味が無い人にとってはそんな事あったんだと言う感じだろうけどね……」
ため息混じりにヒロさんはそう呟いた。
入り口には、黒板の様な物にいくつか聞いた事がない単語が並んでおり、その下には『OPEN 16:30 START 17:00』という記載があった。
「あれ、もう17時過ぎてますよ?」
「ああ、大丈夫。目当てのバンドは三番目だからまだまだ間に合うよ」
そう言ってヒロさんは入り口のドアを開ける様に促した。多分彼はドアなんて開ける必要はない。だけどドアに近付いていくにつれ、中の低音が響いて来るのを感じる。ドアを開けると案の定、中の音楽が分かるくらいにバンドの音が聞こえて来る。
「演奏してますね……」
「多分、一つ前のバンドだろうね」
受付でチケットを買うと、やはりヒロさんは他の人には見えていない様子ですんなりと入る事ができた。
中に入るとカラオケやゲームセンターに近い匂いがする。暗い照明も合わさって、強いて言うならアンダーグラウンドな匂いと言うのがぴったりかも知れない。
まだライブの会場ではなくバーの様なホールの先に更に扉がある。その先でライブが行われているのが分かり、その音はすぐに止んだ。
「丁度終わったかもな、早めに中に入った方がいいかも知れない」
ヒロさんに促され中に入ると、すぐに入り口は出て行く人で混み合った。
「思ったより人はいないですけど、それでも凄い人数ですね……」
「まぁ、去年までの名残がまだ続いているんだよ、本来なら満員でもおかしくはないんだけど」
そう言って入り口を、ぼうっと見つめているヒロさんがなんとなく寂しそうに見える。それを悟られない様になのか急に笑顔で僕を見た。
「これから出るバンドは、最近いいなと思ってるバンドなんだよね」
「いや、最近って死んでたんですよね?」
「まぁ、暇だからさぁ……ついつい面白そうなライブは覗いちゃうよね、タダだし」
「そんな事するからライブハウスに幽霊が出るって話が生まれるんじゃないですか?」
ヒロさんは目を見開き「おぉ、たしかに!」と何かに納得したように小刻みに頷いた。
次第にライトが暗くなり、大きなBGMが鳴り出演者がステージに立ったのが分かる。今までライブを見た事が無かっただけに緊張感が走る。
お客さんは半分位。ヒロさんのオススメの割にはあまり人気が無いのでは無いかと疑問が過ぎる。
すると押し寄せる様な音圧と共に眩しい位の照明がステージを照らし動画で見る様なライブの風景が飛び込んで来た。
すると、不意にギターの音が優しく鳴り、囁く様な優しい声で歌が始まる……。
その瞬間全身に鳥肌が立つのを感じ、悲しいわけでも悔しい訳でも無いのに涙が出そうになる。何かの主題歌でも、ヒット曲でもないその曲は一体なにがそうさせたのかわからなかった。
「な? いいバンドだろ?」
「……はい」
「恋愛とか悩みとかに色々言うよりも、俺は音楽を生で聞いてもらう方が伝わると思ったんだ……そう思って音楽をして来たから」
ヒロさんは、ステージを真っ直ぐに見たまま、落ち着いた声で呟く。そして僕は、無意識に聞いていた。
「このバンド……なんてバンド名なんですか?」
『RISE UP』
立ち上がると名づけられたこのバンドは、僕の中で大きな存在となって行くのがわかった。
「あの……ヒロさんってプロだったんですよね?」
「まぁ、引退したつもりは無いけどね」
「じゃあ、このバンドより凄かったんですよね?」
「世間的には、そうだろうね……」
若くみえるのだとしても、自分と対して変わらない。二十歳になっていればいい方だろう。
そんなヒロさんは、プロになって死んだ。
「こんな事言っていいかわからないですけど、天才……だったんですね」
「俺が? そんなわけないよ。強いて言うなら平凡だからなれたんだ」
「平凡だから?」
「そう、俺は普通なんだ。ただ、理由があるとすれば、その事を誰よりも理解していた……いや、せざる得なかったのかな」
彼が言った事は、僕には理解出来なかった。それが30代の下積みをして来た様な人なら納得出来たのかもしれない。
だけど、それを言った彼の表情には全く嘘は感じられなかった。
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