第一話
2020年春。
高校受験の最中。人間はウイルスに負けて、このまま世界が終わるんじゃないかと思った。
でも、それならそれでいい。そう思った。
だが、多少生活は変わったものの慣れてしまえは大した変化なく、拍子抜けした様にそのまま高校生になってしまっていた。
そんな僕にもある人物と会い転機が起きる。
「それなら俺がプロデュースするっすよ!」
銀髪に黄色のオーバーサイズのパーカー。いかにも派手な自称プロのミュージシャンのこの男は僕にそう言った。
特に取り柄もない高校生が音楽を始めようと思った時に、プロがプロデュースしてくれるというのはありがたくて仕方がない。本来ならオーディションに受かる様な選ばれた人しか経験は出来ない。
僕は、曇っていた空の中に青空が覗き込んできたようなきがした。
ただ一つ、僕には引っかかっている事がある。彼はもうこの世にはいないという事、彼が幽霊だという事が気になっていた……。
♦︎
彼と出会うきっかけになったのは、3日前。
幽霊とは直接は関係のない話なのだけど、高校に入って2カ月目の僕は恋をしていた。
市村美波。
彼女の事は入学式の日、同じクラスになって初めて知った。中学の時にはいなかったショートヘアの似合う明るい女の子。少しブリーチされたその髪は垢抜けていて周りの女子からも少し浮いている様に見える。
僕は、自分の中で理想の高校生とでも言うような彼女に憧れた……。
それから2か月。
憧れは次第に気になって行ったのだけど、クラスでも影の薄い僕は全く進展する事は無かった……。
だが事件は、突然思いもよらずに起きた。
正確には勝手に事件だと思っているかもしれないのだけど、それでも僕にとっては大事件だった。
「美波ちゃん、今日カラオケ行かない?」
「また? いいよ?」
クラスの人気者でイケメン狭山との何気ない会話。別に彼女が好きだからって付き合ったり出来るとは思ってはいなかったのだけど、それでもクラスメイトの男とカラオケに行っているというショックは隠せなかった。
世の中、高校生活をエンジョイしている奴はいる……そんな事はわかっている。ただ、いきなり飛び込んでくる知りたくも無い情報。それは、憧れという言葉に逃げていた気持ちを格差というものがエグる様にダメージを与えて来る。
もしかして美波ちゃんは狭山といい感じなのだろうか?
そんな最悪な事態を事を考えながら、別の所に目をやると机の下でエロゲのパッケージを見てニヤニヤいる男が目に付く。
いやいや、個人の趣味を否定する気は無いのだけど、せめて学校で見るのはやめろ……だけど、美波ちゃんからしたら影の薄い僕も、あいつと変わらないモブなのだろうか。そう考えると中学生の時に流行っていた『pretender』という曲が、今の状況を重なり彼女との距離の遠さを感じた。
学校が終わり、家に帰るために駅に向かう。入学してから始めたバイトもその日は無く、ただ家に帰るだけの道のり。
もやもやする気持ちを振り払うように、コンビニでコーラを買い人気の無い小さな公園に座った。
天気が良く、少し暖かい。
僕は周りを見渡し、誰もいないのを確認すると、
「あーもうっ!」
首を振り喉元からでかかっていた言葉を叫ぶと、押し戻す様にコーラを一気に流し込んだ。
ゴフッ、ゴホッゴホッ……
勢いよく飲んだせいで、炭酸が気管に入りこれでもかという位にむせ息ができない。それは、命の危機すら感じる程苦しい。
すると、誰もいないはずの背後から誰かが声をかけて来た。
「ちょっとぉ、大丈夫っすか?」
「ゴホッ……だい……ゴフッじょうぶです……」
そう言って一通りむせ終わるとようやく落ち着頂く。ふと、声を掛けてくれたお礼をしようと声のした方を向くと、その透き通る様なクリアで優しい声と見た目とのギャップに固まる。
「コーラは美味いっすけど、むせたらヤバいっすよね!」
銀髪のその男は、狭山なんて目じゃ無いくらいに垢抜けていて、まるで芸能人の様な雰囲気すら感じられる。
「えっと……」
「俺は……ヒロ。こう見えてミュージシャンっすよ?」
「いや、その髪色と黄色い服の時点で、見たまんまなんですけど……」
「あれ? この格好、そんなオーラ出てたっすか?」
子犬の様な綺麗な銀髪を揺らしながら目を細めて笑う。不良の様な見た目からは想像出来ない位に人懐っこいような話しやすい雰囲気だった。
「あの……なんで、プロの方が部活の後輩みたいな話し方なのですか?」
「え? ただの癖なんすけど、話にくいっすか?」
「いや、歳上なんでなんていうか……」
「そっか……じゃあ、俺は歳上とか関係ないんだけど、気にする人も居るのか……あ。それなら、君も気軽に話してくれると助かるのだけど?」
「……はい」
「まだ硬いなぁ君……名前は?」
「西村……祐樹」
苗字だけ伝えようとすると、ヒロさんのそうじゃないと訴える様な表情が見え、空気を読んで名前まで言った。
「ははっ、フルネームかぁ。宜しく祐樹!」
「よろしく……」
ヒロさんはそう言うと、飲みかけのコーラに視点を落とすと覗き込むように呟いた。
「ところで祐樹はなんでヤケコーラしてたの?」
「ヤケコーラって……みてたんですか?」
「たまたまね。だって、コーラ飲んでキレてる人初めて見たからちょっと気になってさ」
本当は、ミュージシャンだと言うヒロさんの事を聞いてみたかったのだが、話しやすい雰囲気と余裕の無い気持ちのせいで、つい今日の出来事を話していた。
「なるほどねぇ……その子かわいいんだ?」
「……まぁ……」
「でもさ、それって祐樹が美波ちゃんに話しかけるしかなくない?」
なんというかヒロさんの雰囲気通りの直球ストレートな言葉。正直そんな事はわかっていた。
「そんなヒロさん……あ、ヒロみたいにカッコいいわけじゃないし無理だよ……」
「俺が? カッコいい?」
「……はい」
「ありがたいねぇ、もっと言ってよ!」
「はぁ……」
僕は呆れた様に眉をひそめる。
「祐樹は別に見た目も悪くないと思うのだけど、なんでそんなに卑下するんだよ」
「僕はお洒落でもなければ取り柄もないし……」
「やはり、自分のルックスはそれなりだと思っていると……」
ヒロさんはペロッと舌を出すとメモを取る仕草を見せる。
「いやいや、別にそう言うわけじゃ……」
「でもさ、お洒落も取り柄もどっちとも今からなんとでもできるじゃん?」
「そんな簡単に……できないよ」
「本当は踏み込んでからが大変なのだけど、とりあえずは祐樹がどうなりたいと思っているかでなんとでもなると思うんだよね……」
どうなりたいか……。
ヒロさんの言葉が刺さる。正直なりたいものなんて見つかっていないし、カッコいいと思う物はどれも自分では無くその人にしか似合わないと思う。
「うーん、なんか悩んでいるみたいだし、俺の得意分野で悪いのだけど、きっかけ作りに一緒にライブでも観に行ってみる?」
プロの人とライブに行ける機会なんてそうあることじゃない。もしかしたら有名人と知り合いになれたりするかもしれないと期待し聞き返した。
「いいんですか?」
「ライブに制限はないよ、音楽に国境はない。どこかで聞いた事はあるだろ?」
誰かの名言なのかも知れないけれど、この時僕は、初めて何か新しい事を始める時のワクワクするような感覚になり食い気味に即答した。
「よろしくお願いします!」
そう言ってふいに握手をする為に手を差し出す。
すると少し困った様な素振りをするも、優しく笑いヒロさんも手を差し出した。
だけど、僕が差し出した手を握ろうとした瞬間、僕の手はヒロさんを何も無いかのようにすり抜けていった。
「えっ……?」
「ごめん……俺……実は幽霊なんだ……」
ヒロさんはそういうと、笑顔を作ろうと口角を上げる。だけど、目元からは寂しさの様な感情が漏れ出している様に見え、この時初めて彼が幽霊だった事を理解した。
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