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紅い音

作者: びりりだま
掲載日:2020/05/27

中途半端に紅みがかった葉が揺れている公園に、ひとつ大きな銃声が響いた。そこらで呼吸をしていた樹木は息の根を止め、僕はしばらくそこに突っ立ったままだった。まるでもう役目を終えただ海辺に立っているだけの灯台のように。

我に返った僕は、目の前に倒れた男には一瞥もくれずにその場を逃げ去った。


しばらく走っていくと、僕は民家の間の路地に腰かけた。右手には銃を持ったままだった。僕は人目につかぬよう塵箱に身を隠しながら涙を流した。後悔よりも、心痛よりも、不安という二文字が僕の頭をよぎった。

「なんで……間違えただけなのに」

僕の右手が引き金を引いたあの瞬間、僕は左手で同時に人生を壊す火をつけた。自分とすれ違う人間は皆、怨恨の目をこちらに向けてくるように感じ、常に「罪悪感」という名の悪魔に微笑みかけられるような恐怖を感じた。そして、今度は自分が銃口を向けられているような気がした。僕はしばらくそこに居座り、肩を落としていた。



「おかえり」

いつもより少し遅めに家に帰ると、母が夕飯を作って待っていた。

「遅かったね。何かあったの?」

僕が今日したことを話せるわけもなく、ただ首を横に振り、居間の座椅子に腰かけた。灯りの消えた台所から運ばれてきたのは、僕の好物である生姜焼きだった。

「ほら、食べな。」

母が気を利かせて少し多めに盛ってくれた夕飯を僕は全て食べ切れる気がしなかった。いつもなら美味しいはずの生姜焼きの味が今日はしない。何度も何度も噛んでも、白米と一緒に食べてみても、味はしない。僕は半分以上を残して、自分の部屋へ向かった。

「もう食べないの?」

「生姜焼きの気分じゃない。」

僕はそう言い返したが、敢えて言うとするならば今は何の気分でも無い。

その日の夜、部屋の灯りをつけることなく僕は布団にくるまった。

「お願いだから僕を殺してくれ。」

そう神様に何度も祈った。願った。頼んだ。これから先、「人を撃った」という烙印を押される生活には目も向けられず、この世界から自分が消えることが一番の幸せなのではないかとも思った。


翌日、僕は体調不良を理由に学校を休んだ。母親には心配されたが、心配されたからと言って心が落ち着くような、そんな軽い出来事ではない。何なら捕まってしまえばいいのに。自分が撃たれてしまえばいいのに。自責の念に駆られた僕は、一度してしまったことは取り返しがつかなくなってしまうということを身をもって体感した。たとえそれが意図的ではなかったとしても。

「昨日、千葉県勝浦市内の公園で」

僕は番組を変えた。まるでその嘘偽りのない現実から逃げ出すように。

外光を遮る布は空気を読んだかのように与えられた役割を全うする。僕とは正反対だ。

その日から1ヶ月経っても、僕の心情は変わらず、罪悪感が僕を掴んでは離してくれなくなった。気づくと僕の毎日の居場所は布団の中になっていた。学校の友達は毎日僕に連絡をくれるが、返信をする気はなく、毎日通知を確認しては電源を切るの繰り返しだった。外に出るのは友達が学校で授業を受けてる時間にとどめ、放課後にあたる時間は家に籠った。彼らに会いたくなかった訳では無い。避けていた訳でも無い。ただ、どういう顔をして会えばいいか分からなかった。もちろん僕が起こした事件の真相を、僕以外の誰も知らない。彼らも、友達も、家族も。捜査はとても難航していたそうだ。僕は窮屈に生きた。僕は"生きづらさ"の箱に詰められて目的を失ったかのように、僅かな空気を命綱に生きていた。



あるとき転機が訪れた。それはあの日からちょうど2ヶ月が経った時だった。血の色に似た色をした夕空を1人で眺めていると、僕はふと思いついた。

「一生罪が消えないなら、その罪を上書きしてもみ消してしまえばいい。」

と。僕は次の日から何事も無かったかのように学校へ行った。それから思いやりの心を持って何度も友達を助けた。僕にできることはこれくらい、と、少しでも罪をもみ消せるように努力した。友達には、

「どうしたの?めっちゃ優しくなってるじゃん。」

とか、

「変だな。」

とか言われたが、僕はあくまでも自分のためにやっていた。自らの悪を自らの善で封じ込めようとする。こんな生活を1ヶ月以上続けた。しかし、1ヶ月以上続けても、悪をもみ消すことは出来なかった。その日の帰り道、相変わらず空は紅く染まり、街灯が照らす道も決して明るくはない。まるで僕の先行きを暗示しているかのような景色だ。僕は知らず知らずのうちにあの場所へ来ていた。まるで被害者の怨念に導かれたかのように。右手にはあの時の拳銃を持っていた。たった今降り始めた雨の粒が鼻の頭に落ち、思いのほか重く感じたのは気の所為だろう。その瞬間、僕は右手で引き金を引いた。大きな銃声とともに、僕はその場に倒れた。悪にまみれた紅い血を流して。僕は最悪の人生の灯火を消そうとしたのだ。



目を覚ますと、僕は病室にいた。死ねなかった。生き残ってしまった。銃弾の当たりどころがよく、命に別条はなかったのだ。そして、たまたますぐに人が通りかかったのも功を奏したようだ。僕は死ぬつもりだった。この世から消えるつもりだったため、今後の人生のことなんて何も考えてはいなかった。親に合わせる顔も、友達に合わせる顔も、今の俺にはもうない。俺は途方に暮れていた。水平線に消えていく紅く光る夕日は僕の余生を指し示すかのように儚く、あっという間に沈んでいった。僕は目を覚ましてから1週間後、退院した。退院すると真っ先にあの場所へ向かった。僕が「死のうとした」場所、そして、「人を撃ってしまった」場所。僕は今日でここへ来るのを最後にすると決めた。すると、道に倒れている男が見えた。僕は顔を覆いながら、少しづつ近づいた。倒れている男は僕に気づく気配もなく、向こう側を向いている。

「大丈夫ですか。」

そう声をかけた瞬間、銃声が鳴り響いた。僕の心臓に銃弾が当たった。

"逃げるな。"

この銃の引き金を引いたのはきっと僕だ。

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