ー孕んだ狂気ー
アカズサさんは
フロアのどこかにいるだろうイオリくんに向かってそう言うと、
私が少しだけ開けていたドアの前に近づいてきた。
「シオン、帰ったよ、出て来て。」
--------・・・・・?----------
ーーーシオンって・・・・?ーーー
「君の名前だ、俺が考えた。」
アカズサさんはそう言うと
小さなドアを開けて私を見下ろしている。
ーー・・私のーーー名前・・・?ーーー
私が(シオン)と言う
馴染みの無い名前を頭の中で繰り返していると
キッチンのドアを勢い良く開け放ったイオリくんが
驚いた顔をしてアカズサさんを凝視している。
「アカズサお前
気は確かなのか!?
他の者ましてや、
ニンゲンに名前を授けるなんて!?」
「イオリ
この子はこれからシオンとして
俺達とここにいてもらう事にした。」
ーーー!?ーーー
・・・私の聞き間違い・・・だろうか
今アカズサさんは
ここにいてもらうと言った気がする。
一体どういう意味なのだろう。
「アカズサ!
ソイツは------に理を奪われ(縁)も失い、
記憶も存在もあやふやなニンゲンなんだぞ?!」
「・・・うるさいなイオリ
そんな事は会った時に分かっているだろう。」
「今コイツに(名)を付ける事がどういう事か位、
お前なら分かるはずだよね!?」
イオリくんは、
何やら焦ったように捲し立てている。
・・・どうしたのだろう。
ーーー・・・イオリくん?ーーー
ーどうしたの?ーーー
「・・・アカズサは間違いを犯した
お前を手放したくなくなって
名を与えてしまったんだ。」
「・・・・」
ーーー・・・・・え?ーーー
「生まれた者に名を付けるって言うのは
その生命の理を定着させる事を意味する。
つまり、
以前の名前や記憶を無くしているお前に
コチラ側の存在であるアカズサが名前を付けたって事は
お前のニンゲンとしての理から
(コチラ側)の理に定着させてしまった事と同義なんだ。」
私は
イオリくんに早口で話された内容を
必死に頭の中で理解しようとした。
-----・・・つまり------・・・・・私は・・・・----
・・・・・もうカエレナイの?-----
今日、
何度目か分からない吐き気が込み上げる
私は吐き気を押さえるように口に手を当てた。
その様子を見たアカズサさんが私に手を伸ばして来たが、
何とイオリくんが私の目の前に立ちはだかった。
「・・・イオリ、
何のつもりだ?」
「アカズサ、
お前は数百年ぶりに(コチラ側)でコイツ・・・
(生きたニンゲン)を見て、
愛しいと思うあまりに少し狂気を孕んでしまっている。
そのままだと・・・邪神になりかねない!!」
イオリくんは、
そう言うと私を元いた部屋に押し込めて
ドアを閉じてしまった。
「これ以上シオッ・・・
コイツに近づけるのは危険だ
お前こそ、
しばらく頭を冷やしなよ。」
イオリくんのその言葉を最後に
そのフロアに
聞いたことの無いような唸り声が轟いた。
ビリビリビリビリッ
空気が擦れる音が耳に響く。
私は突然の事に恐怖で後退りすると
ベッドが足に当たり
そのまま急いでベッドの中に潜り込んだ。
そうしてしばらく耳をふさいでいると、
ウトウトとしてしまっていたらしく、
気がつけば辺りは先程とは打って変わって静まり返っていた。
------・・・・さ、さっきのは一体・・・・・------
布団の隙間から顔を出すと
ほとんど同時に
ドアをノックする音が響いて、
思わずヒュッと息を飲んだ。
「・・・僕だ。
もう大丈夫だから、
開けてくれない?」
ドアの向こうからする声は間違い無くイオリくんだった。
でも、
少し疲れたような声の彼は
あまり先程までの聞きなれた高圧的な声色ではない。
おそるおそるドアを開けると、
イオリくんはボロボロだった。
私はビックリして部屋から飛び出す
イオリくんは
腕や足に切り傷のような傷を作っていた。
服ごと、カッターかなにかで裂いたように
パックリと裂けている。
ーー!?な、何があったんですか?!ーー
私がオロオロとしていると
部屋の奥からケケがするりと出て来て、
なにも言わずテキパキと傷の手当てをしていく。
「・・・・・」
「・・・別に、アカズサのバカが暴れただけだよ。」
-----・・・え?・・・・アカズサさんが・・・?-------
私は改めてフロアを見渡して愕然とした。
先程までカラフルに彩られていたフロアは
巨大な爪痕が無数に残り
電灯も割れ
天井が剥き出しになっていたのだ。
ーーー何・・・・・・コレーーー
・・・・あのアカズサさんが
・・・・ここをこんなにしたんですか・・・ーーー?
私は
膝の力が抜けてその場にパタリと座り込んでしまった。