ーそれは知らない者達ー
ーーーードコニイルーーーー
ーーーハヤクーーーー
ーーーーオイデーーーーー
ーーーーオイデーーーーー
その声のあまりのおぞましさに驚いて目を見開くと
そこは見知らぬ部屋で
私はベッドの中にいた。
私はアカズサさんの言葉に何かを思い出しかけて取り乱し
そのまま意識を失ったようだった。
辺りを見回しけれど、
アカズサさんも
イオリと言われていた
あの少し怖かった男の子もいないようだった。
そっとベッドから降りると、
ベッドの側にあった窓の外を覗こうと近づいた。
「あまり窓には近づくな、
人間のお前を喰おうと言うヤツはごまんといるんだ。
・・・ま、
僕は喰われても何とも思わないけど。」
恐ろしい言葉が後ろから乱暴に投げられ、
私は手を乗せかけた窓の縁から
バッと手を引っ込め振り返り
その声のしたドアの方へと向き直った。
そこには先程自分を追い出そうとした
イオリと呼ばれていた男の子がいた。
さっきまで
確かに閉まっていたはずのドアはいつの間にか開いていて、
そのドアに寄りかかりながらこちらを睨みつけている。
------この子----怖いから苦手だな----
そんな事を思っていると
イオリと呼ばれていた男の子は
次に驚くような言葉を私に投げ掛けた。
「別にお前に苦手とされようが知った事じゃないけど
僕は別にお前を殺したりしないよ
だからいちいちビクビクしないでくれる。」
一瞬、もしや心が読めるのかと思ったけど
どうやら私がビクビクとしているので
そう言っただけなのかもと
思い直そうとしていると・・
「分かるよ、僕たちには、お前の声は聞こえている。」
ーーーーー・・・・え---?
「頭の悪そうなお前に話しても仕方ないけど、
アカズサのヤツが
話してこいとうるさいから来てやったんだ。
お前は確かに声を発っせない
でも、僕達にとって
それは大事でも何でもないんだよ。
現にお前の声は耳に届いている。
何か話してみろ。」
-----ほ、本当に----?
「本当に」
-----!!-------
私は空いた口が塞がらなかった。
今口を開いて声を出そうとしても
やっぱり掠り声一つ口から出ては来ない
なのに目の前の男の子は
私の口から出てはいない言葉に対して返事をしたのだ。
「だから
会話は問題ないと言っただろう。
それより
歩けるなら来い
面倒くさいし、
僕の家の中を歩き回られるのは凄く嫌だけど
お前の(縁)が見つかるまで
お前にはこの家の中にいてもらう事になったから
少し案内してやる。
余計な所を歩き回られるのはゴメンだからな。」
イオリと呼ばれていた男の子は、
そう言うと、
私が部屋を出ると
バタンッと不機嫌にドアを乱暴に閉めると
スタスタと前を歩き始めた。
ーーーあのーーーー
「なに」
コチラを見ていないのに
私が声にならない言葉を投げると、
イオリくんは直ぐに返事を返す。
驚いたが、
やはり聞こえているのだろう。
でも返事をする間も無く
結構な早歩きで階段を上って行ってしまうので
私は息を上げながら着いていくのでやっとだった。
「だから、何だよ」
ーーーはぁ、はぁ
あ、あの、
イオリ、さん?は、どうしてそんなに怒っているのーーー?
ーー何かしてしまったのならごめんなさいーーーー
私はそれだけ言うと
階段を上るのも限界に来て
その場に腰を下ろしてしまったが、
イオリくんは私が投げ掛けた言葉で立ち止まったので
距離は空かなかった。
「・・・別に、お前が何かした訳じゃない。」
イオリくんはそれだけ言うと
顔を少し歪めて私を睨んだ。
「僕は別にお前に何かを思ってる訳じゃない、
人間が
ニンゲンが嫌いなだけだ---」
イオリくんはそれだけを吐き捨てると、
今度は後ろを向いて
コチラを全く見てくれなくなった。
アカズサさんと、
イオリくんが先程話していた時にも出てきた。
ーーーーー人間ーーーー
それってーーー
ーーーまるでーーーー
ーーー二人がーーーーー
人外であると言っているようだった。
ーー・・・・あなた方は
ニンゲンでは
・・・・・・・ないの?ーーーー
私は息を整えながら
必死に言葉を選び
ようやくそれを口にした。
核心に触れれば
何をされるか分からない。
でも、
どのみち私は自分が誰なのかすら忘れてしまっている。
勇気を振り絞って
思いきった行動をしないと
何も理解できないままになってしまう。
私の質問からやや間があって
イオリくんはコチラを振り返り答えた。
「そうだよ、僕らは人間じゃない
アカズサも
人間じゃない。」
そう妖しく笑みをこぼして紡いだ彼の言葉は
私には理解するにはあまりに絶望的な言葉だった。
ーーーカレラはニンゲンじゃないーー
頭の中に浮かんでは消える恐ろしい自分の結末に、
身が凍りつくのを感じて
思わず両肩を両腕で抱えた。
すると、
深いため息をついたらしいイオリくんは
私にこう吐き捨てた。
「言っておくけど、
僕はニンゲンなんて醜い生き物を食べたりしないよ。
お前らなんて食べたら吐いてしまうしね、
それにアカズサだって食べたりするもんか
・・・ただ
アカズサはニンゲンを好いているけど
僕はニンゲンを憎んでいる
だから食べたりはしなくても
僕はお前を殺そうとはするかもね?」
イオリくんはそう言うと近づいて来て
私の髪の毛をひと救い拾い上げると
憎しみの籠った瞳を私に向けながらそう言い放った。
ーーー・・・っ
ごめんなさいーーーーー
「だから、何で謝るのさ?」
ー・・・だってーーーー
ーニンゲンを恨んでいるのでしょう?ーーー
ーー私は
・・・・ニンゲンだからーーーー
「・・・」
ーーー私は
謝る事しかできない。
イオリくんが・・・・
ニンゲンにどんな酷いことをされたのか
分からないけどーーーーー
「知らない癖に謝るんだ」
イオリくんの言葉が突き刺さる。
それ以上の言葉が思い付かなくなって
口ごもり俯く私を
しばらく黙って見ていたイオリくんは
私からは見えない。
でも、
その気配には憎しみの他に
深い悲しみが感じられるような気がした。
イオリくんや
アカズサさんが何物で
ここが何処で
自分は一体ドウナッテシマッタノカ
不安と恐怖に包まれながら
真綿を絞められるように
ジワリジワリと押し寄せる闇の恐怖に
私はそれでも
何とか目の前のイオリくんの事を理解しようと集中する事で
自分を保とうとしているのかもしれない。
それでも、
ここまでの疲労やストレスで
緩みきった涙腺が崩壊するのに
そう時間はかからず
気がつけば私は声にならない声で泣き崩れていた。
ーーーーごめんなさいーーーー
ーーーーゴメンナサイーーー
ーーーーあなたがどんな目にあったか、私には分からないーーー
ーーー・・・でもーーー
ーーーあなたがどんな形でどんな仕打ちを受けたかーーーー
ーーーどんなにーーーーー
ーーー悲しかったかーーーーー
ーーーーゴメンナサイーーーー
ーーーーゴメンナサイーーーー
私がそれだけを言うと
イオリくんは気配でも分かるほど驚き、"
息を飲む音が聞こえた。
「!!」
「何で・・・・・」
「あれ?イオリじゃないか、そこで何してるの?」
突然現れた知らない声に
私はビックリして
涙を流したままその声のした方に顔を向けると
そこには、
イオリくんと同じ年頃の
灰色の髪色の青年が沢山の人形を抱えながら立っていた。
まさか、
アカズサさんとイオリくん以外に人が
(人かどうかはともかく)
いるなんて思っていなかった私は
ひどく驚いた。
その青年は
私に気がつくと急に顔を綻ばせ、
両手に抱えていた人形をボトボトと落として
その両手で私を抱き締めようと手を伸ばして来た。
あまりの異様な光景に固まっていると
イオリくんの手が私の目の前にかざされてソレは阻止された。
「カンヌイ、
コイツはダメだよ、
コイツはアカズサのお気に入りだからね。」
イオリくんは
少し低めの声色でカンヌイと呼んだ青年にそう告げると、
少し乱暴に
だが、
以前のように痣になるようには強くなく
私の腕を取って立ち上がらせると
カンヌイと呼んだ青年の目の前を通り過ぎようとした。
「へぇ、
アカズサのお気に入りなんだ?
この子なら-----の探している子に似ているし
俺の----にして見せつけてやろうと思ったのになぁ残念。」
通り過ぎようとした私の耳元で
青年が囁いた言葉に私がビクつくと
イオリくんはカンヌイと呼んだ青年を振り返り睨み付けた。
「・・・僕はコイツがどうなろうが知ったことじゃないけど、
(今は)アカズサのお気に入りなんだ、
コイツに手を出したら
アカズサも僕も黙っていないから
覚えておきなよ。」
そう睨まれながら言われた
カンヌイと呼ばれは青年は肩を上げながらも
飄々とした様子だった。
「コワイコワイ、
イオリ達に睨まれるのはやりづらいなぁ
分かったよ。
ねぇ君、
怖がらせてごめんね?
俺の名前はカンヌイだよ
二人の所に飽きたら是非俺の所にオイデ。」
カンヌイはそう言うと
私の肩にポンと手を置いて去っていった。
優しそうな笑顔
優しそうな口調
優しそうな気配
でも
そのどれもが感情の仮面を付けた人を見ているようで、
何だか気持ちが悪かった。
イオリくんはしばらく黙りこんでいた私の
掴んでいた腕を
クイッと引くとまた歩き出した。
ーーーー・・・イオリくんーーーー
「なに」
ーーあの人もーーーー
「・・・ニンゲンじゃないよ」
やっぱりそうなのか。
「あれはカンヌイ
ここで門番をしているんだ。
門番と言っても
ろくに仕事もせず
ああやって
(ニンゲンの手足)を持ってうろついているだけの変人さ。
お前も気をつけていないと
カンヌイに魅入られるとバラバラにされるぞ。」
--------・・・・・はい?-------
ニンゲンの-------
------------・・・・手足・・・---------
いや
そんなはずはない、
確かに彼は抱えてはいた。
・・・大量の人形を。
ーー人形でしょ?ーーー
「は?
・・・あぁ幻惑か。
お前には人形に見えていただけだよ。」
-------------------カエリタイ------------
私は
何処で生まれたか分からない故郷が
物凄く恋しくなった。
そうしてしばらく歩くと
広いフロアに行きついた。
そこには少し小さめなドアがいくつか見える
「このフロアは
僕とアカズサのテリトリーだ。
他のヤツらは入っては来れない
さっきの部屋もそうだけど、
ここの方がお前を監視しやすいからね。」
ーーー監視ってーーー
「お前は
ドブネズミのようにすぐウロウロしそうだからな。」
イオリくんはそう言うと
簡単に説明をしてくれた。
まず言われたのが、
このフロアから外には出ない事。
各フロアには、
それぞれテリトリーの異なる(人外の者)がいる
この建物はそう言った者達が巣くう建物である事。
ニンゲンは基本(食べ物)扱いな事。
そして
イオリくんに何度も何度も言われたのが。
「いいね、
決して
どんな事情があろうとも
この建物の11階には行かないように。」
これだった。
何故と聞いても
とにかく11階にだけは
何があっても行くなと言われるだけだった。
でも、
今の私はとにかく
カレらの言うなりになるしかなかったので
頷くと、同時にお腹が鳴ってしまった。
-----------グゥゥゥゥウ--------
・・・・・・・
「・・・・・」
イオリくんは少し固まっていたが
私は恥ずかしくて顔を見れなかった。
割りと盛大に鳴った気がする。
「・・・人間の口に合うかは知らないけど、
食事にしよう。
僕もお腹空いたし。」
その言葉が
かかるとは予想もしていなかった私は
驚いてイオリくんを見つめる。
「何だよ
食べなくないなら僕だけで食べて来るからいいよ。」
ーーーー!!!ーーーーー
私は言い返す余裕もなく
スタスタと行ってしまうイオリくんの後を
小走りに追いかけるのがやっとだった。