ー落ちたリンゴと目覚めー
私はただただ恐怖に顔を歪め
零れそうな涙を目の端に感じながら、
にらみ合う二人をただ静かに見守る事しか叶わなかった。
「・・・痛いな
何するんだよアカズサ
お前だって
さっきまでコイツをどうするか悩んでいたじゃないか
だから
決められないお前の代わりに
俺が捨てて来てやろうとしたんじゃないか!」
先程、
怒気を孕んだ声で
イオリと呼ばれた男の子は
やや焦りぎみにアカズサと呼んだ男に向かって怒鳴り散らした。
「・・・うるさい
誰が(ソト)に連れて行っても良いと言った。
第一この子は------に声を奪われ
(縁)も切れてしまっている
このまま(ソト)に連れて行けばどうなると思う。」
「そんなの
僕たちの知った事じゃないじゃないか!
アカズサ、一体どうしちゃったのさ!
いつものお前ならこんなヤツ・・」
「やめろ
話は終わりだ
イオリ、お前は少し頭を冷やせ。
・・・おい、大丈夫か?」
突然と呼ばれ、
会話を聞きつつ
半ば現実逃避をしていた私はかなりビクリとしてしまったが
アカズサと呼ばれる男を恐る恐る見上げた。
「・・・怖がらせてすまない、
アイツ
あの男は(イオリ)と言う
普段はあんな乱暴な事はしないヤツなんだが
どうも今日は機嫌が悪いらしい
腕を見せてみろ、腫れていないといいが。」
男
アカズサさんがそう言うと、
先程と同じように腫れ物を触るように私の腕を取る
腕にクッキリと残る痣を見て
アカズサさんは少し顔を歪めたが
ソッと立ち上がり
部屋の奥にある戸棚を開けて
ゴソゴソと中を漁り始めた
その様子をしばらく呆然と眺めていたが、
私は改めて今の現状を整理しようと記憶を辿った。
だが
ここで目が覚める前の記憶がブチブチと途切れている
その記憶も
どれも霞みがかっていて順番もバラバラのよう。
思い出そうとすればするほど
先程まで成りを潜めていた吐き気が込み上げて来てしまう
そうこうしていると
アカズサさんが近くに来ていたらしく
「おい、
無理に思い出そうとしなくていい
今はとにかく
落ち着いて
安静にしているんだ。」
アカズサさんはそう言うと
私の腕を取り
手首についた痣に薬を塗り
包帯を丁寧に巻いてくれている
ーーーー・・・そうは言われてもーーーー
----ワタシハ、ジブンガダレカモワカラナイ----
それに
何故か声も出ない
自然と話そうと口をパクパクとするからには
以前は声が出ていたはず
なら、
何故声が出ないのだろう?
アカズサさんが言っていた。
**第一この子は-------に声を奪われ-----**
・・・・声を、私は誰かに奪われた・・・・?
一体誰に?ナニに?
そもそも、
声を奪うなんて、
現実的に見て可能な物だろうか?
毒薬とかの類い?
あるいは、何者かに毒を盛られた?
もし喉を焼かれてしまったのなら
回復の見込みは無さそう・・・
想像しただけで気分の沈む私を見て
アカズサさんは優しく頭を撫でてくれた。
「声は・・分からないが、
お前の(縁)は必ず俺達が取り戻す。
だから
それまで(コチラ)にいてもらう事にはなるが
お前は大人しく待っていればいい。」
また知らない言葉だ。
---縁----
何の事だか分からない。
もういっそ
わめき散らしてこの家を飛び出してしまいたくなったが
アカズサさんは優しいが
そう言った隙が全くないように感じ
私はため息をついて小さく頷くしかなかった。
「ん、良い子だ。」
そう言ってまたアカズサさんは
頭をポンポンとしてくる。
そこで私は今更だが疑問が浮かんだ。
ーーーこの人は会った時からこうだけど、
・・・私は子供じゃないーー
確かそう・・・
お酒も飲める年頃だったはずだ。
愛煙家でもあったし
割りと年増だったような気もする。
体に残った
感覚
味覚
触覚
それらは私がどの程度の年齢であったかを示している
なのにこの人は、
まるで私が小さな女の子であるかのように振る舞っている。
会話も、
普通の女性に対する話し方でもない
子供に話しかけるソレだ
私は改めて、
自分の腕をマジマジと掲げて驚愕した。
-----・・・腕が小さい-----?
慌てて服を掴み体を触る
あったかどうかは定かでは無いが
年頃のソレに見合う胸も腰のクビレも無く
幼児で言う所の体型ではストンとしている
----私は----
一体
ドウナッテシマッタノ?----
不安と恐怖が頂点に達し
その場に崩れるように泣き崩れてしまった私を
アカズサさんはソッと撫でながら諭すように囁いた
「すまない
先に話しておけば良かったな。
お前は今、
(縁)が切れてしまっている。
(縁)とは、
人間が生きてきて死ぬまでに触れた物
見たもの
繋がった人間達との記憶そのものだ。
今のお前にはソレが無い。
だからお前の本来の姿を(お前が)保てなくなっている。
(縁)とは本来、
人間なら誰しもが
左足にキツく結ばれているはずなんだガ-------」
---------------
----------ヒダリアシ----?
---------ムスバレテイル--------?
-----------シロイ------
--------ソレヲ-----キッタノハ------
アアアァァアァアアアアアアア"!!!!!!!!
私は
何かを思いだしかけ
パニックに陥った
アカズサさんは咄嗟に私を抱き抱え目を覆うと
私が暴れるのも構わずに耳元でささやく
「オマエハナニモシラナイ
ーーーミテイナイ
ーーーキイテイナイ」
ずっと繰り返し
繰り返し
囁いていた
その内
また猛烈な睡魔に襲われた私は
意識を手放した。