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御伽噺の結末  作者: 美都
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これから

「少し失礼しますね。紅茶と菓子を持ってこさせますので、私が戻るまでおくつろぎください。ダーラを残していきますが、無口なのは性分ですので、放っておいていただいて結構ですよ」


 そう言い残し、ノアは手紙を持ってきた宮廷魔術師と共に部屋を出ていった。ダーラと2人、部屋に残される。


「お座りになってはいかがでしょう」


 気まずさに堪えかね声をかけてみるが、ダーラは静かに首を横に振っただけだった。幸い、紅茶と菓子は早くに届けられたため、1人静かにティータイムを過ごす。


 1人でお茶を飲んでいると、頭の中をぐるぐると思考が回っていく。


 これから何をするのだろうか。どのくらいの期間が必要なのだろうか。そもそも、本当に魔女が関わっているのだろうか。そして、これからどうなるのだろうか。


 しかし、考えたところでアメリアに解決できることはない。今のアメリアにできることは、ノアが戻ってくるまでに落ち着きを取り戻すことだけだ。そう思いなおし、アメリアは途中で思考を放棄した。

 紅茶の香りを大きく吸い込むと、幾分か心が和らいだ。





「お待たせしました」


 ノアが戻ってきたのは、30分ほど経った頃だった。もう1人の宮廷魔術師はおらず、ノア1人だけだった。

 片手には新しい湯の入ったポットが握られており、アメリアは目を瞬かせた。ポットを素手で運んでくる人は見たことがない。ノアは当たり前のように手際よく紅茶を淹れ、アメリアの前にそっと置いた。


「ありがとうございます」


 愛想よく笑い、温かい紅茶を口元へ運ぶ。しかし、これで3杯目だ。そんなに飲めるはずもなく、唇を湿らせるだけでカップを戻す。ノアは気にすることなく紅茶をすすり、一息ついていた。


「では、今後の話をしましょう。レディ・アメリアには、私の家に滞在していただきます」


 その言葉に、アメリアは僅かに目を見張った。


「ブルーレース侯爵のお屋敷、ということでしょうか」

「おや、お気づきでしたか。ええ、そういうことです。私の家族は宮廷魔術師ばかりです。王国内で最も安全な屋敷ですよ」


 ノアは僅かに眉を上げ、楽しげに笑う。ノアの父親であるブルーレース侯爵は、現宮廷魔術師長を務めている。さらに、ノアには弟が2人おり、そのどちらもが宮廷魔術師だ。これ以上に安全な場所は、王宮しかないだろう。


「レディ・アメリアの護衛は、私が担当します。日中は、私と行動を共にしていただきますね。そして念のため、オルマン領にも宮廷魔術師を派遣します。ご家族が狙われないとも限りません。オルマン伯爵夫人には、領地に戻っていただきます。我が家でもいいのですが、日中は誰もおりませんし、退屈でしょう。こちらに関しては、宮廷魔術院より正式に通達をいたします」


 どんどんと決まっていく事柄に、アメリアは相槌を打つことしかできなかった。ブルーレース侯爵は、10年以上昔に奥方を亡くしている。日中を1人侯爵邸で過ごすなど、クレアには耐えられそうもない。その心配りがありがたかった。


「お気遣いいただき、ありがとうございます、エリ……」


 アメリアが言い終える前に、ノアは自身の唇に人差し指を当てる。言葉を止め、きょとんとしているアメリアを見て、ノアは柔らかく微笑んだ。


「ノア、とお呼びください。ここは宮廷魔術院で、今の私は宮廷魔術師です。お客人を除き、貴族社会のように呼び合ったりしないのですよ。皆対等に接します。もっとも、全てにおいて平等とは言えませんけどね」


 ノアはおどけた調子で肩をすくめてみせる。その様子に、アメリアはふふっと笑いを零した。


「そうそう、そうやって笑っていてください。これから暫くは生活を共にするのです。緊張していると疲れてしまいますよ」

「そうできるよう、努力します」


 流石に、まだ状況に慣れていない。そもそも、新たな環境に身をおいてすらいない。緊張しない自信などなかった。今のように笑って過ごすのは難しい。アメリアは苦笑を浮かべ言葉を返す。


「ノア様、どうぞよろしくお願いいたします」


 アメリアは再度、静かに頭を下げた。


「ええ、よろしくお願いします」


 ノアは笑みを浮かべてそう返すと、空気を変えるようにポンと手を叩いた。


「では、一度オルマン伯爵邸に参りましょう。私がオルマン伯爵夫人へ説明している間に、レディ・アメリアは荷物を纏めてください。ノートもお忘れなく」


 ノアは腰を上げると、アメリアの元へと近づいた。きらきらと輝くような笑みを浮かべ、滑らかな動作で手を差し伸べる。その手を取り、アメリアも立ち上がった。

 貴族社会ではないと言っておきながら、貴族然としたエスコートをされている。その状況に、アメリアは可笑しくなった。無理矢理すました顔を作り、笑いをこらえる。そして、ノアに従って部屋を後にした。



 何故だろうか。

 廊下に出てすぐに鉢合わせた宮廷魔術師が、ノアの姿を見てぎょっと目を剥いた。すぐに引きつった笑みを作ると、会釈をして去っていく。アメリアは驚いたものの、それを表に出さずに会釈を返した。

 ノアを見上げると、先ほどと変わらず好青年といった感じの笑みを浮かべている。


 それは、その後も続いた。会う人会う人皆、同じ反応をする。白亜の館を出た後もだ。

 不思議に思いながらも、理由を尋ねるのは憚られた。聞いてもはぐらかされるような気がしたし、もし返答があったとしても厄介な内容が返ってくるような予感がした。


 それを繰り返しているうちに、用意された馬車へとたどり着いた。


 馬車の前では、リタが待っていた。アメリアを目にした途端、足をもつれさせながら駆け寄ってくる。その目からはぼろぼろと涙があふれていた。


 心配をかけたのだと、このときやっとアメリアは気が付いた。

 アメリアは、自身の行動を決して後悔していない。あれが最善だったのだと胸を張って言える。しかし、少し考えればわかったはずなのだ。周囲の者に気を回さなかったことに、申し訳なさが募る。


「お嬢様、ご無事で何よりです。もう2度と、こんな真似はなさらないでください」

「リタ、ごめんなさい」


 リタの取り乱した様子に、心が痛んだ。震えるリタをそっと抱きしめ、背中をポンポンと優しく叩く。自身の不甲斐なさに、ぎゅっと目を瞑った。


 ノアを待たせていることが気になり、ちらりと視線を投げかける。ノアは微笑んで小さく頷いた。アメリアは目礼を返し、リタを抱きしめる腕に力を込めた。


 暫くするとリタは泣き止み、バツが悪そうな顔で後ろに引いた。しかしすぐに、目を真ん丸に開き、顔を朱に染めた。

 ようやくノアの存在に気づいたようだ。


「も、申し訳ございません。気が動転してしまいまして……」

「お気になさらず。大事なお嬢様が魔術師の前に飛び出していったのですから、仕方のないことです。長く拘束してしまい、悪かったですね」


 ノアはちらりとアメリアに視線を寄越す。今度は、アメリアが赤面する番だった。

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