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御伽噺の結末  作者: 美都
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家族

「おはよう、アメリア。気分はどうだい?」


 食堂へ入ると、アメリアの父ダレルが、心配そうにアメリアを見つめた。その隣に座る母クレアも、労わるような優しい眼差しを向ける。


 2人は毎年こうだ。


 心の底からアメリアのことを案じ、アメリアが幼子のように泣き出してもいいようにと、朝早くから食堂で待っている。

 2人だけではなく屋敷の使用人たちも、この日はアメリアの姿を見なければ安心できないようだ。そのことをダレルもクレアも承知していて、特別な仕事がある者を除き、皆を食堂に招き入れる。


 7歳の時、心配した両親と使用人は、アメリアが泣き出したらすぐに入れるようにと、部屋の入口で待機していた。中々泣き声が聞こえず気をもんでいた彼らは、アメリアの起床時間になると、どっと部屋へと雪崩れ込んできた。

 突然のことに、アメリアは上半身を起こした状態で目を見開き固まった。けれどもその頬は濡れておらず、目も充血していない。アメリアの顔を見た途端に誰もが安堵し、一気に穏やかな空気に変わった。

 良かった良かったと口々に言いあう中、アメリアだけは困惑していた。話を聞くと、どうやら2時間は扉の前に立っていたらしい。


 それが余りに心苦しく、朝食の席でとお願いしたのだ。夢を見ても、もう泣かないからと訴えて。

 それでも、毎年この日は皆が集まる。彼らのこうした心遣いに、アメリアはふっと気持ちが軽くなり、自然と笑みを浮かべた。


「おはようございます。ええ、問題ありません。ありがとうございます」


 ダレルとクレアはほっとしたように口元を緩めた。使用人たちも胸をなでおろし、それぞれの持ち場へと戻っていく。


「『真実の愛の呪い』だなんて。アメリアは『花の王国のお姫様』だと言われているのに」

「ありがたいこととは思っていますけれど、16にもなるとその呼び名は恥ずかしいです」


 口を尖らせるクレアに、アメリアは思わず苦笑いを浮かべた。


 『花の王国』というのは、有名な絵本のタイトルである。恐らく、この国で知らない女性はいないだろう。

 これは随分昔からある話で、クレアの母親も幼少期に読んだのだと聞いている。この話では、美しいお姫様が魔女に呪いをかけられ眠ってしまう。その後、王子様がくちづけし、その呪いを解くのだ。

 絵本の中に『真実の愛の呪い』という言葉は出てこないが、誰もがその呪いを『真実の愛の呪い』と呼んでいる。


 アメリアの持つさらさらとした金髪と淡い碧眼が、まさにその話のお姫様のものだった。さらに、宝石や花などよりも本を好むという嗜好までもが共通しており、『花の王国のお姫様』というのが幼少期よりの通称として浸透している。


 アメリアとしては恥ずかしい限りではある。しかし、決してアメリアを揶揄している訳ではなく、好意的に思っているからこそ呼ばれているのだと知っている。絵本のお姫様のように、心優しいと思われていることも。


「私は可愛らしくて好きだけれど。まあ、そうよね。アメリアもお年頃ですものね。今年は社交界デビューを控えていますし」


 大きくなって、とクレアは感慨深げに呟いた。ダレルはクレアとアメリアのやり取りを眺め、目元を和らげる。


「そうだな。本当に大きくなった」


 ダレルとクレアは視線を交わし1つ頷くと、真剣な面持ちでアメリアを見つめる。


「アメリア、クレアと一緒に先に王都へ行きなさい」


 この国では、議会の開かれる5の月~8の月が社交シーズンとなり、貴族が王都へ集まってくる。例にもれずオルマン伯爵一家も、毎年4の月の間に王都の屋敷へ向かっている。

 何故先に行く必要があるのだろうかと、アメリアはダレルの意図が理解できずに小首を傾げた。


「『真実の愛の呪い』が本当にあるのかはわからない。しかし、それを魔女がかけたというのならば、禁術として存在するのかもしれない。禁術は宮廷魔術院が厳重に保管していてね、宮廷魔術師にしかわからないのだよ。夢の中の話であるから、今まで宮廷魔術院に依頼をしたことはなかったのだが、呪いの名前が出てきた以上、お手を煩わせても良いだろう。私は領地の事があるから共には行けないが、依頼をしておく。王都の屋敷でその返事を待ちなさい」

「いえ、そこまでしていただくのも……」


 宮廷魔術師は、その名の通り国に勤める魔術師である。王国内の魔術師の頂点と言っても過言ではなく、狭き門を突破した者だけがその地位を手にする。宮廷魔術院は、宮廷魔術師を中心とした機関の名称だ。

 彼らは国の役人として働いているが、貴族や魔術師からの紹介状――町の魔術師では手に負えない案件であるという書状――を持つ者からの依頼も引き受ける。

 けれども、当たり前ではあるが彼らは決して暇なわけではない。宮廷魔術師でなければ解決できない案件以外依頼しないという、暗黙のルールがある。娘可愛さにくだらない案件を依頼し、門前払いをくらった実例があるそうだ。


 アメリアとしてはたかが夢如きで相談できないのではないかと思うのだが、最早ダレルにはそうとは思えないらしい。加えて、宮廷魔術師への依頼は、他の魔術師への依頼とは比べ物にならないほど金がかかる。それも、アメリアが躊躇う理由の1つだった。


「結婚相手を決める前に、解決できると安心だろう?」

「お願いだから、お父様の言うことを聞いてちょうだい。2日後に王都に発ちますからね。準備をしておくのですよ」


 懇願する4つの瞳に、アメリアは否とは言えなかった。

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