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御伽噺の結末  作者: 美都
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「まただわ」


 アメリア・ヘインズは見慣れた天井を見つめ呟いた。その声は小さく、すぐにシンと冷えた空気に溶け込んでいく。

 悲しいような、疲れたような、恐怖に震えるような――アメリアの胸中では様々な感情が絡み合い、自身でさえもよくわからない状態だった。


 ただ1つ言えるのは、もう諦めている、ということだ。


 アメリアははぁと大きく息を吐き出すと、むくりと寝台から起き上がった。カーテンの隙間から差し込む朝日が、白金色のさらりとした長い髪に反射する。

 ゆったりとした動作で寝台の端に腰かけ、枕元に用意しておいたガウンを羽織る。それから、サイドテーブルに手を伸ばし、薄いノートを手に取った。


 1の月の30日目。毎年この日の朝に見る夢がある。


 初めてその夢を見たのは、恐らく3歳の時だ。目が覚めた途端にわんわんと泣き出し、それに気づいた母親が、慌てて部屋に飛び込んだ。怖い夢を見たのかと尋ねると、「エミリーがしんじゃった」と答えたらしい。いつものようにただの夢だとあやしたそうだ。


 4歳の同日にも、アメリアは寝起きに泣き出した。怖い夢を見たのかと尋ねると、「エミリーはまじょにのろいをかけられたの」と答えたらしい。1年前のことなど忘れ、ただの夢だとあやしたそうだ。


 5歳の時もまた、同じように泣き喚いた。怖い夢を見たのかと尋ねると、「エミリーは『わたし』のかわりにしんじゃったの」と答えたらしい。

 この時やっと母親は、『エミリー』という名に気が付いた。去年の今頃の時期にも、アメリアは「エミリーが……」と泣いていた。そう言えばその前の年も、と記憶が蘇る。ただの夢だとあやしながらも、何だか不安がよぎったそうだ。念のため、日付と内容を書き記しておいたという。


 6歳の時も、同じ日だった。「エミリーは騎士にくちづけられて死んじゃったの」と泣いているアメリアを見て、母親は呆然とした。日常生活に影響はないが、毎年同じ日に同じ夢を見るなんて到底有り得る話ではない。

 呪いでも掛けられているのではないかと、治療院で魔術師に診てもらったが、異常はないと言われたそうだ。


 それから毎年同日に、同じ夢を見続けた。


 抗う術もなく、こうも毎年繰り返していては、慣れるほかなかった。


 手にしたノートをぱらりと開く。このノートには、6歳の時から夢の内容を記している。年々目覚めた時に記憶している内容が多くなっていて、16の今年は去年より『真実の愛の呪い』で死んだという情報が増えていた。ペンを手に取り、忘れないうちにと、今しがた見た夢を書き綴っていく。


 この夢の奇妙なところは、日付のことだけではない。情景がやたらと鮮明で、感情や思考までをも記憶しているのだ。


 何故このような夢を見るのかはわからない。今までに何度となく考えてはきたものの、考えたところでそれが正解だと判断できる者もいない。


 アメリアはベルチェ王国オルマン伯爵の1人娘だ。

 あまり裕福な貴族ではないが、オルマン伯爵はアメリアを助けようと必死になって調査を行った。しかし、アメリアについての変な噂がたっては困る。伯爵が内密に動ける範囲は限られており、口の堅い魔術師を雇うことしかできなかった。けれども全て、徒労に終わる。

 アメリア自身も図書館に通い書物を読み漁ったが、やはり収穫は得られなかった。


 結局、何もわからずじまいだ。


 丁度全てを書き終えた時、コンコンコンと扉が叩かれた。入室を許可すると、年若い侍女が入ってくる。


「お嬢様、おはようございます。お加減はいかがでしょうか」

「ええ、おはよう、リタ。大丈夫よ。もう慣れたわ」


 リタはアメリアより2つ年上で、幼い頃からアメリアの側にいる。アメリアの事情をすっかり承知しているリタは、毎年この日はやけに明るい調子で挨拶をする。にっこりと笑みを向けられ、夢に引きずられていた感情が和らいだ。

 つられてアメリアも笑みを浮かべると、リタはほっとしたように肩の力を抜いた。


「それで、今年はどのような内容だったのですか? お嬢様は王女様でしたか?」


 リタは楽しそうに尋ねてきた。アメリアが辛い思いをしていると理解しているため、必死で感情を表に出すまいとはしているが、その好奇心は抑えきれていない。

 傍から見ると面白いというのは、アメリアも納得できる。毎年少しずつ物語の内容が明かされるのだ。聞かされる身としては、今年はどんな情報が追加されるのかと、心待ちにしても仕方がない。

 リタの素直さが、無駄に気遣われるよりも楽だった。


「いいえ。それはわからないわ。相変わらず、『城に戻る』とだけ」


 夢の中でのアメリアは、身分の高い女性だった。侍女と騎士を従えていて、城に戻ると告げている。しかし、今日見た夢の情報では、それが王族なのか貴族なのかは判断できない。


「ただ、エミリーの死因がね、『真実の愛の呪い』だったのよ」


 首を捻りながら伝えると、リタはパチパチとまばたきを繰り返した。


「あの、『真実の愛の呪い』ですか? 子供向けの御伽噺によく出てくる、王子様のくちづけでお姫様が目覚める、あの?」

「ええ。どうして『真実の愛の呪い』で死んでしまうのかしら?」


 『真実の愛の呪い』は、実在するのかわからない有名な呪いだ。女児向けの御伽噺に必ずと言っていいほど登場する。それがいつの時代からなのかはわからないが、少なくとも200年以上前だと言われている。


 魔術を使える者を魔術師と呼ぶ。そして、禁術に手を出した者を『魔女』と呼ぶ。

 禁術に手を出した者は女性魔術師ばかりだった。実際、史実として残っているのも女性名だけらしい。そのために魔女と呼ぶのだと言われている。

 その最後の魔女が死んだのが、200年程前なのだ。


 そして、魔女は悪役だからこそ、御伽噺でお姫様に呪いをかけるのは魔女の役目だ。


「ええと、騎士がくちづけをしたらエミリーさんが死ぬ、でしたよね?」

「ええ。確かに『私』はエミリーの恋人を探していて、騎士がくちづけをしたら死んでしまったのよ」

「つまり、『真実の愛』のくちづけでなかったから、死んでしまったと」

「ええ」


 2人はノートを見ながら、うーんと考え込んだ。御伽噺はいつも、『真実の愛』のくちづけでお姫様が目を覚ます。『真実の愛』のくちづけでない場合など、考えたこともなかった。それはリタも同じだったようで、困惑顔で首を傾げている。


「なんだか、只の夢って感じがするわね。私の妄想のような気がしてきたわ」


 一気に現実味を失った内容に、自嘲気味に笑う。

 リタはアメリアの前にしゃがみ込み、思いきり首を横に振った。懸命にアメリアを見つめる瞳は、悲し気に揺れている。


「そんなことはありません。毎年同日はおかしいです。何かあるはずです」


 アメリアの手を取り、必死に励まそうとするリタに、アメリアは弱々しく笑みを向けた。


「ありがとう、リタ。とりあえず、この本をお父様とお母様に渡してきてもらえるかしら?」

「お任せください」


 リタは口角を優しく上げると、ノートを手に、静かに退室していった。

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