夢
「エイミー、エイミー、ああ、なんてこと」
『私』は目の前に横たわる女性にしがみついた。目は固く閉ざされ、その顔からは血の気が引いている。胸が上下していることを確認し、『私』は小さく息を吐いた。
「おやおや、主思いの侍女だこと」
「貴女は魔女ね」
『私』は声のする方をキッと睨みつける。騎士が2人『私』を庇うように立っている。その向こうでは、足元まで覆い隠す長い長い黒いローブを身に纏い、肩まで伸びた縮れた黒髪を揺らしながら、年若い女が愉快そうに笑っている。その唇は血のように真っ赤だった。
「そうさ。あたしはしがない魔女。依頼を受けて参っただけさ。勿論依頼人は言えないが、あんたに呪いをかけるように言われているのさ。もう一度かけたところで、騎士様たちが庇うのだろうね。よし、出直すとしよう。しかしだね、あたしは余計な人殺しはしない主義さね。だから1つ教えてやろう。その侍女が受けたのは、『真実の愛の呪い』。なんとまぁ、奇怪な名前の呪いだと、笑っちゃうがね。『真実の愛』のくちづけで目覚めるよ。その侍女に恋人がいることを祈っているよ」
笑い声を残して魔女は消えた。『私』とエイミー、10人の騎士がその場に残される。10人も騎士がいながら何故エイミーが倒れているのかと、悔しくなった。騎士の1人が座り込んだ『私』を支え、別の騎士がエイミーを抱き上げる。
「急いで城へ戻ります。エイミーを私の馬車に。エイミーを恋人の元へ連れて行くのです。私は相手を知らないわ。急いで探しなさい」
泣かないように気を張りながら、毅然とした態度で『私』は命令を下す。エイミーに恋人がいることは知っていた。一度相手を尋ねたところ、恥ずかしそうに秘密だと言われ、それ以上追及していない。あの時聞いておくのだったと、後悔の念が押し寄せる。
「恋人は私です」
唐突に、遠くにいた騎士が声を上げた。しかし、他の騎士たちを見廻すも、全員が首を傾げている。
「周りには秘密にしていたのです」
頬を朱に染めながら、近づいてくる。騎士の様子に、『私』は不信感を抱いた。何故顔を赤らめているのだろうか。恋人が呪いにかかったのだ。『私』を守るために動かなかったのは、残念ながら正しい判断だ。しかし、「恋人の元に」という『私』の言葉に反応して、青ざめて駆け寄るのが通常の反応ではないのか。
「私では貴方が本当にエイミーの恋人なのか判断がつきません。城に戻り調査した上で、呪いを解きます」
『私』がそう言ったのと同時だった。あろうことか、騎士は『私』の言葉を無視してエイミーにくちづけた。
「貴方何をっ」
慌てて『私』がエイミーに近づくと、騎士は恍惚とした表情で顔を上げた。しかし、エイミーが目を覚ます気配はない。
「エイミー!」
呆けている騎士を押しのけてエイミーに寄り添う。エイミーは既に息をしていなかった。
「エイミー! 嫌よ、そんな!」
目を覚まして、と叫ぶ『私』の横では、恋人だと名乗った騎士が膝から崩れ落ちていた。