期間限定居候
結局喫茶店の仕事が終わるまでダラダラと居座ってしまった。
突っ伏して寝たのが功をそうしたのか、午後からは通常通り働けて嬉しく思う。
閉店作業を始めようかと思った辺りで入ってきたのは、真っ赤なヒールを履いた女性だった。
「千紘いる?」
「あ、はい!」
千紘と名前呼びをするなら、それなりに親しい人なのか。随分と美人な知り合いがいるんだなと思いながら、奥にいる千紘を呼びに行く。
「千紘さん。ヒールの似合う美人さんが呼んでますよ」
「ヒールの似合う美人さん……?」
眉をひそめ不思議そうに喫茶店の入り口を見る。
「ああ、姉さん」
「お姉さん?」
呆けた顔で千紘を見てから姉さんと呼ばれた女性を見る。姉弟ですと言われれば即納得出来るほど、目元が良く似ている。
「人手が足りない時とか、僕に用事がある時に働いて貰ってるんだ」
「瀬良美樹です。宜しくね」
「若槻菜緒です。宜しくお願いします」
ニッコリと微笑む笑顔で美人度が増していく。樹といい美樹といい美形姉弟だとなると、やはりボサボサ頭のヤボったい感じでも、千紘もモテそうな気がする。
「さて、それじゃあ家の荷物纏めてから行きましょう」
「どこにですか?」
「え?ちょっと、千紘まだ話してないの?」
「し、仕事あったし、体調悪そうだったから……」
両手を弄りながらオドオドしている千紘に美樹はため息を吐く。一体どこに行くのか?なんて疑問は美樹の一言で解決した。
「千紘が菜緒ちゃんが心配だから、暫く姉さんの部屋に住ませて貰えないかって電話してきたの」
「えっ!?」
「まあ、私の住んでるマンションもセキュリティーがバッチリとは言えないけど、今住んでる場所よりは治安も良いし」
「部屋数もバッチリあるよ」
「期間限定のルームシェアよ。どう?」
どう?とは言われたけれど、千紘は心配してすぐに手筈を整えてくれたし、美樹も一緒に住むことを可としている。更に言えば菜緒自身の精神状態から考えても断る道理はない。
あの視線から逃れられるかもしれないと思うと心が安心していく。
「ありがとうございます」
「ん。1度だけ家に帰って、荷物纏めようか」
「はい」
「猫いるんだっけ?私のマンション住めるから連れてきて大丈夫よ」
ミナミも一緒に行ける。パァッと表情を輝かせると、千紘と美樹は2人で同じように微笑んだ。
***
***
ルームシェアは最初こそ緊張したものの、ルールを決めて行動しているのと、美樹自身がお世話をするのが好きらしく上手くいっている。学校にもそう遠くない距離で、喫茶店からも近くて助かっている。
今日は美樹が千紘から頼まれたらしく一緒に喫茶店に向かう。
「千紘さんと樹さんは喧嘩しないんですか?」
「滅多に……ああ、樹が連絡なしで遊び呆けてた時は私と一緒に怒ったかも」
それはまだ3人とも実家にいた頃の話だ。千紘や美樹は比較的家にいることが多かった。反対に樹は良く友人達と出かけていたようで、ある時深夜まで帰ってこなかった時があったらしい。
両親よりも2人は樹に対し怒ったらしく、流石に反省したのか必ず連絡をするようになった。
今もこうして3人で働いているし、仲の良い姉弟だ。
「3人とも仲良いですね」
「……そうね」
口元に手を当てて柔らかく微笑んだ美樹は、何を思ったのか菜緒を思い切り抱きしめた。
ギューっと言いながら抱きしめる力は強く、うっ!と短く悲鳴を出す。
「あはっ、ゴメンゴメン。さあ、行きましょ」
「はーい」
楽しげに笑う美樹と一緒にいるのは楽しい。自分に姉がいたらこんな感じなのかな?なんて考えながら歩いていると、すぐに喫茶店に辿り着いた。
開店前だから薄暗い店内。千紘がいないから手早く準備をしてしまおうと入ると、カウンター席に人影があった。
一瞬びくりと肩を震わせたものの、見知った姿に目を丸くさせる。
「樹さん?」
「ん?ああ、菜緒に美樹か」
「おはよう樹。菜緒ちゃん連れてくの?」
「準備だけしたら連れていく。おい、早く開店準備を済ませろ」
樹の相変わらずな態度に苦笑いをみせつつ、開店準備を進めていく。今日は喫茶店で働くと思っていたけれど、そう言えば千紘が依頼を受けたと言っていたのを思い出した。
準備しやすいように席から立ってくれた樹の服装は、この間着ていたようなカッチリとしたスーツではなくカジュアルスーツだ。ラフなのに相変わらず格好良い。立ち上がった樹をまじまじと眺めていると、千紘と身長がほぼ変わらないことに気がついた。樹の方が少し高めかも知れない。
「千紘さんと身長同じくらいですか?」
「そうだな。俺の方が1センチ高い」
双子の兄弟で張り合う姿が何だか微笑ましい。
しかも聞けば年齢は25歳と言っていた。自分が25歳になった時の想像はつかないけれど、今の樹のように、誰かと変なことで張り合いそうな気がする。
「今日は何時に戻ってくるの?」
「夜の21時までには。万が一遅くなるようだったら連絡する」
「菜緒ちゃんは未成年だから連れ回さないでね」
「ああ。23時までには家に返すさ」
「援交だって思われないと良いわね」
23時を過ぎて外を出歩いていれば補導されてしまうかもしれない。しかも運が悪ければいかがわしい関係だと思われる。それは樹に申し訳ないから、もしそうなったとしたら全力で否定してあげよう……と菜緒も美樹も思ったのか、難しい顔をして黙り混む樹の肩を2人でポンっと叩いた。