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幸せはそこに

 一連の騒動を沙世と勇気に報告すると、何で黙ってた!!と怒られてしまった。怒るのは当然だとは思いつつも、怒ってくれる人が周りにいる嬉しさに頬を緩める。ただ、その後の勇気の言葉にピシリと顔を引き吊らせる。


「2人とも忘れてねぇ?来週からの期末」

「言わないで!その先は言わないで!」

「あぁ……折角これから平穏無事に過ごせると思ったのに」

「平穏無事にテスト受けれるな」


 それは嬉しいけど素直に喜べない。深いため息を吐いてテストに向けて対策を立てる。

 そんな中、千紘との約束を果たすために樹のお墓参りをすることとなった。


「もうすぐテストなのにごめんね」

「いいえ。来たかったので嬉しいです」


 お墓と周辺を綺麗にして花を添える。手を合わせて心の中で告げるのは、初めましてだ。なんとも不思議な気分だなと思いながら、樹に会いたかったことや、千紘や美樹のことを心の中で語っていく。随分と長く祈ってしまったかなと千紘を見ると、同じタイミングで手を合わせたけれどまだ目を瞑っている。

 じっとその光景を見ながら待っていると千紘が目を開けた。目を何度か瞬かせた千紘の表情は柔らかい。


「ずっと、来てなかったんだ」

「ずっと?」

「うん。葬式の後からずっと」


 それは随分と前から来なかったと言っているようなもので、どうしてですか?と首を傾げた。


「犯人に復讐を果たすまでは来ないって決めてた。それからタイミングが合わなくてね。菜緒ちゃんのお陰で来れて良かったよ」


 それなら沢山話したいことがあっただろう。


「話せました?」

「うん。でもまだ菜緒ちゃんのことや姉さんや皆のこと……時間が足りないや」

「また来ましょう」


 もう少しいます?と言いたかったけれど、もうそろそろ霊園の門が閉まってしまう時刻だ。頷いた千紘はスッと立ち上がり、口元を押さえながら菜緒を見つめる。


「千紘さん?」

「……ねぇ、菜緒ちゃん」


 真剣な表情の千紘にドキリと胸が高鳴る。ソッと手を握られ胸の奥がキュッと締め付けられた。


「また一緒に来てくれるんだよね?」

「は、はい……」


 もしかしてそれが嫌だったのか。それとも……と千紘を見ると、熱い瞳が菜緒を捕らえる。


「それは仲間として?それとも、僕の彼女として来てくれる?」


 緊張しているのか、握られた手に微かに力が篭る。ポカンと見上げながら千紘を見ると、不安そうに眉をひそめた。


「僕は菜緒ちゃんに彼女として、ここに来て欲しい」


 繋がっていない片方の手で千紘の手を握りしめる。はにかんだ笑みを見せると千紘の瞳が揺らめく。


「……はい。彼女にしてください」


 照れた笑いを見せると手を引っ張られる。後頭部に回る手が力強く菜緒を抱き締め、本当?本当に?と何度も確かめられた。


「はい。千紘さんのこと大好きです」

「ん、僕も。僕も、菜緒ちゃんが好き。大好きだよ」


 互いの胸に幸せが宿っていく。暫く抱きしめ合っていた2人は、ここがどこだか思い出しパッと体を離す。幸い誰もいなかったけれど、恥ずかしい……と俯く。


「菜緒ちゃん。ごめん。ちょっと待ってね」


 千紘は再び樹のお墓に手を合わせ、ありがとう……と呟いた。天気の良い暖かな空気が2人を包んでいく。こんな報告が出来るだなんて誰も思わなかっただろう。立ち上がった千紘は菜緒の手を引いて歩く。


「僕に幸せをくれてありがとう」

「こっちの台詞ですよ」

「そう?僕の方が貰ってるよ」

「私です」


 不毛なやり取りにも幸せを感じる。慈しむような笑みを浮かべる千紘を見るだけで、菜緒も幸せを貰っていると千紘が気がつくのはいつになるだろうか。



 ***



 ***



 念願の恋人同士となり早1ヶ月。

 付き合った直後も今も皆に囃し立てられるのにはもう!と怒ったりもしているものの、幸せな日々を過ごせている。

 変わったことと言えば、喫茶店が終わった後に一緒にのんびりと時間を共にして、22時を過ぎるか過ぎないか辺りで帰ることだ。

 探偵業も続けている中で、少しでも一緒にいれるよう考えてくれているので不満はない。

 それに今度の定休日には水族館に行く約束をしているし、これが付き合って初めての外デートだと思うとワクワクしてしまう。

 薄暗がりのカウンター席で2人で紅茶を啜る。

 この2人だけの時間が至福の一時となる。


「何度飲んでも美味しいですね」

「そう言われると嬉しいな。ありがとう」

「私も千紘さんみたいに上手くなりたいなぁ」

「じゃあ今度練習してみよっか」

「やった!」


 グッと拳を握り嬉しさを表現していると、千紘が目を細め笑っている。


「可愛い」

「……急に何ですか」

「喜ぶ姿も可愛いなって思ったから、素直に言ってみた」


 急に言われると恥ずかしさが倍増していく。頬を赤く染めて俯くと、千紘に頬を撫でられた。


「……菜緒ちゃん」


 真剣なトーンで名前を呼ばれ千紘を見る。


「菜緒ちゃんはまだ高校生だから、卒業するまで手は出したくないんだけど……」


 こういう所は真面目だなと思うけれど、それだけ大事にしてくれているのは言動1つ1つで良く分かる。だから大丈夫の意味を込めて頷いたものの、違うんだ……と苦悩の表情を見せた。


「キスなら許されると思う?」

「え?」

「僕は君が好きで、でも君はまだ未成年でしょ?せめて高校卒業するくらいまでは、手を出したくないんだ」

「……」

「でも、手を握る度、君の嬉しそうな顔を見て、キスしたいな……って」


 顔を恥ずかしそうに俯かせる千紘は本当に年上なのだろうか。可愛いと思えてしまい、クスクスと笑いながら千紘の前で目を閉じる。


「えっ!?……ああ、もう……」


 見えないけれどいかにも苦悩する声が聞こえてくる。その姿を想像するだけで笑いそうになっていると、千紘の手が肩に触れた。唇に柔らかな感触が降り、かかる吐息からは仄かに紅茶の匂いがした。


「千紘さん、もう一回」


 今のじゃ足りないと、首を上に上げ催促すると、今度は少し長めの口付けが二度された。

 目を開けると千紘の顔が至近距離ある。愛しそうに目を細めた千紘に、また催促しようとしたけれど、手で口を押さえられてしまう。


「ダメ」

「なんでですか?もっとして下さい」


 折角恋人同士になれたのだからこうして触れ合いたいと思い言ってみたけれど、千紘から聞こえたのは弱ったな……という一言だった。


「僕、キスだけでも一杯一杯だって自覚した」


 千紘の手が菜緒の頬に触れる。あんなに素敵な彼女だっていたのに純情だ。その部分では樹と違うんだなと思うと笑ってしまう。ムッとした表情を見せた千紘は、額同士をコツンと触れ合わせる。


「今樹のこと考えたでしょ」

「樹さんと違うんだろうなって考えてました」

「散々樹の真似しておいて何なんだけど、樹と比べないで。僕だけを見て」

「比べてませんよ。千紘さんを見てます」

「ん、これからもそうして?」


 互いに視線を合わせ、もう1度だけ口付けを交わした。幸せすぎて怖いくらいだ。でも、千紘や皆がいてくれるならこれからもやっていける。


「菜緒ちゃん。これからもよろしくね」

「はい。千紘さんも、これからもよろしくお願いします」


 まずは明日も頑張ろう。探偵との橋渡しは是非この喫茶店で。美味しい飲み物とケーキを用意して待っています。





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