第8話 勝利の翌日
ガンダーンを斃した翌日。
俺たちは将軍級専用の天幕で世話になり、休息をとっていた。
「ビスト! もう歩けるのであるか!?」
「俺は痩せただけだからな。
バルグこそ、脚がグチャグチャになってたのに……」
「自慢の治癒魔法があるのでな。
即完治、とはいかぬが、歩くだけなら十分なのである!」
バルグは以前から治癒魔法が使えることを主張していたが、何しろ今までは使う機会がなかった。
それを発揮することができて、少々ご満悦のようだ。
「しかし……兵士の方も負傷者が多いのに、拙僧たちだけ厚遇されるのは悪い気がするのであるな。」
「平等なんて言葉は、平和な時にしか言えない世迷い言ですよ。英雄殿。」
「ん、将軍様か。」
入口の布をめくり、将軍が入ってきた。
昨日の戦い以来、俺たちを不審がっていた将軍も態度をひるがえしていた。もっとも、慇懃無礼に近いものではあるが。
「見舞いであるか?」
「まさか。お二人がもう歩けるようになったと聞いて、今後の方針を決めるための話し合いをしようと思いましてね。
そう言うと、王女殿下が『怪我人を歩き回らせるのも悪い』とおっしゃいましたので。」
将軍がそう言うと、続いてネリア様とジルが入ってきた。
「二人とも、昨日は本当によくやってくれた。
あらためて礼を言いたい。ありがとう!」
「わたしからも礼を言います。あなた達のおかげで、姫様が傷を負うことなく四天王を討てたのですから。」
二人が頭を下げる。
「拙僧はただやられただけなのである。今回の殊勲賞はビストであるな。」
「いや、最初に出てたのが俺だったら普通に即死してるからな、あれ。
魔人態の素の耐久力じゃ、絶対耐えられなかったぞ。
あと、ネリア様はもちろんだが、何気にジルのおかげで命拾いしてる。ギリギリの差だったからな。」
結果として、俺たち4人は生き残り、兵士の被害も最低限に抑えられたと思う。
あの状況では、もしも誰か一人でも足りなかったら、より甚大な被害が出ていただろう。
「問題はそこだ。
今回は最低限の被害で済んだ。だが次は?」
「姫様……他の四天王のことですね?」
「拙僧の予想であるが、おそらくガンダーンよりも肉体的に優れた者は魔王軍にはもういないであろうな。」
「腕力・耐久・速度の性能だけで四天王まで昇りつめた、って感じだったからな。
だが、肉体的にはそうであっても、他の四天王が奴より弱い……なんてことはありえない。」
「私は、最初一人でも戦えると思っていた。
だが、実際はこの有様。4人いてもなお、ギリギリだった。」
ネリア様はうつむき、絞り出すように言葉を発する。
「ですが、良い知らせもあります。」
「ああ。 説明を頼む、将軍。」
「それでは僭越ながら。
王女殿下以下4名のパーティにより四天王の一角は崩れ、士気の上がった王国軍は追撃戦で魔王軍の数を大きく減らしました。」
「「おおっ!」」
「これにより、戦力的、時間的な余裕の捻出が可能になりました。
……つまり、より長時間この戦線を維持できる、という見込みですな。」
「ってことは……」
「ああ! 私達は、戦力を強化する時間を得たということだ!」
今のままでは厳しいなら、戦力を補強する。当然の思考だ。
「私は血統によって、初代国王の“魔剣”の力を受け継いでいる。
だが、初代国王の遺産はそれだけではない。」
「わたしが受け継いだ斥候技能や暗殺術も、その一部です。
魔道具、技能、武器防具の類……どれほどが現存しているかはわかりませんが、探してみる価値はあるかと。」
「俺の魔人態も魔物の核を取り込むことで能力が増える……
決まりだな。明日には出よう。」
俺はそう言って、立ち上がろうとしたが、将軍が制止する。
「いえ、お二人のその体で明日の出立は無理でしょう?」
「バルグ、行けるか?」
「明日には完治するのである。」
「俺も問題ない。ただ、多めの食事……肉を中心に20人前ほど用意してくれ。」
「問題ないって……いえ、用意しろというなら用意しますけど……」
将軍は理解できないものを見るような目をしていたが、常識の範疇を超えられなければ、そもそも魔王討伐に名乗り出たりしないのだ。
●●●
夕暮れの少し後、宵の口といった時間。
「ふう……流石に疲れたな……」
あの後。
俺は腹いっぱいに飯を食って、変身。体を再構成して、解除。また飯を食って……
その繰り返しで肉体を補充し、ほぼ元通りの体を取り戻した。
しかし、当然ノーリスクではない。
消化しきっていない食事を無理やり体に取り込んだのだ。鈍い痛みと疲労感で体が悲鳴を上げている。
だが、しばらく休み、再び起き上がれるようになった。
天幕から出て、風を受けて涼んでいた時。
「ビスト、ここにいたのか。」
ネリア様が俺をたずねてきた。
「何かご用ですか?」
「いや、大した用ではない。魔人変化を繰り返していると聞いて、折角だから間近で見ようかと……」
恥じらう乙女のような仕草で、そう口にするが、見たがっているのは人体分解ショーである。
「残念ながら、嫌というほどやったので今日はもう変化したくありません。」
「そうか……」
残念そうにしょげているが、見たがっていたのは人体分解ショーである。
「……ネリア様は、俺の変化の過程や、魔人態、戦い方を美しいとおっしゃってましたね?」
「ああ。あんな美しい戦いができる者は貴方しか知らない。」
いい加減、この美的感覚の狂いは指摘しておいた方が良いのだろうか。
「言おうかどうか、迷っていましたが……
あれを見て、美しいと言ったのはネリア様が初めてです。」
「うむ。私が最初にあの美に気付いたということだな。」
「違います。普通あれは美しいとは言わないものなのです。
キモイとかグロテスクだと言うジャンルです。」
「そうだろうな。」
ネリア様は素直に頷いた。
「……自覚はあったんですね?」
「流石にな。私の美意識が他の者とは大きく違うのは知っている。
だが、自分の感性に基づいて感想を言うのは、私の勝手だろう。」
「まあ、そうですが……」
「ビストも、キモイと言われるよりは、美しいと言われた方が嬉しいだろう?」
「いえ、以外とそうでも。」
「そうなのか!?」
ショックを受けている様子だ。
「言われ慣れていないので、違和感が大きすぎるというか……別に嬉しくないですね。」
「そうか…… だが、それなら大丈夫だ。」
「何がですか?」
「私が毎日言ってやる。『貴方は美しい』と。
そうすれば、褒められるのに慣れてきて、喜べるようになるだろう?」
そう言って、ネリア様は「キモイ」「クビだ」と言われるづけてきた俺に、微笑みかけてくれた。
●●●
魔王城内、会談の間。
3つの影が正方形のテーブルを囲んでいた。
「ガンダーンが落ちたか……」
重量感のある、力強い声。
「思ったより、ずいぶんと早かったですわね?」
妖艶な、女の声。
「……まさか、王国軍に敗れたのか?」
機械のような、無機質な声。
「討ち取ったのは、“魔剣”の王女……
魔王様を封印した、あの初代国王の子孫のようですわね。」
「他人事のように言うのだな。
王女の妨害に失敗したのは、他ならぬお前であろう。アージェ。」
妖艶な声の主はアージェ――魔王復活のために暗躍していた女、その人であった。
「あれはあくまで、魔王様復活の仕上げの最中に偶然会っただけ。
あの時はキマイラ程度の手駒しか持っていなかったけれど、既に新たな駒を用意しておりますわ。」
「四天王としては新参者とはいえ、ガンダーンを討つほどの者に、並の魔物で足りるのか。」
無機質な問いかけに答えようと、アージェが口を開いた瞬間。
「足りるわけがあるまい。」
まるで地の底から響くような、それでいて耳元でささやかれているような、奇怪な声が場を包んだ。
「これは、魔王様……!」
「このような場においでになるとは……!」
鷹揚にしていた四天王たちも居ずまいを正し、一気に緊張が走る。
「挨拶はよい。
それより、あのおぞましき“魔剣”の者共だ。」
「はっ!」
アージェが冷や汗を流す。
「未だ我が力全盛に及ばず、魔物も人間どもに数で劣る。
ガンダーンのような失態は許さぬ。」
「では、我々は……」
無機質な声が、かすかに震える。
「駒を送るなどと小賢しいことで、四天王の一角を崩したものが討てるものか。
全員だ。」
「全員とは、まさか……!」
力強い声が、驚愕の色を帯びる。
「貴様ら3人。四天王の残り総勢でかかれ。」