第7話 激闘の戦線
「グワラッグワラッ!! 我こそは魔王軍四天王が一人、ガンダーンである!!
人間どもめ、小癪な陣など敷きおって!
わしが全て蹴散らしてくれるわ!!!」
戦場に突如現れ、一瞬で軍の一角を崩してみせた魔物。
ガンダーンと名乗ったソイツは、岩のような肌に、人の2倍の背丈はあろうかという巨体の怪物だった
「四天王だと……!?」
「なっ、何だあの魔物は!? あんなの見たこともないぞ!?」
慌てふためく将軍たちを尻目に、ガンダーンは陣形をたてなおそうとする兵士たちに近づき、剛腕を振るった。
「なんだ、この弱さは!
魔王様配下の魔物兵ともあろう者共が、この程度の相手に手こずっておったのか!?」
ガンダーンが吼える。
手あたり次第兵士を跳ね飛ばし、冗談のように人体を引き裂いていく。
「あ、悪夢だ……! あんなもの、どうすればよいのだ……
用兵もなにもあったもんじゃない、あれが魔王軍四天王の力……!!」
顔色がもはや土気色となった将軍が、うめき声を発した。
「このままでは戦線が崩壊しかねません。
……やむを得ません、わたし達も戦うしかないようですね。」
「よし、私が前に出よう。」
ジルが短弓に矢をつがえ、ネリア様は矢倉から飛び降りようと手すりに手をかける。
「で、殿下! なりませぬ!」
それを、将軍が形相を変えて押しとどめた。
「だが、このままでは戦線が崩壊し、魔王軍を押しとどめることもできなくなる。」
「そ、それは……!」
ネリア様と将軍が押し問答を続ける間も、ガンダーンは暴れまわっている。
「グワラガラッ! どうしたどうした!まるで手ごたえがない!!
誰かわしを殺せる者はいないのか!!?」
ガンダーンの叫びに、ネリア様は矢倉から飛び出そうと身構えるが、
「ここにいるのである!!」
その前にバルグが大音声で叫び返した。
「バルグ!?」
「ネリア殿の気持ちはわかるが、奴が何者かもわからぬ。ここはまず拙僧が相手になるのである。
なに、拙僧には得意の治癒魔法がある。そう簡単には死なんのである!」
そう言ってバルグは矢倉から飛び降り、ガンダーンのもとへ駆けていった。
「グワラッ! ちょっとは骨のある奴がおったか!!
人間にしてはなかなかの体躯のようだが、わしに言わせれば小兵よな!」
ガンダーンと向かい合えば、バルグすら子供のように見えてしまう。
しかし、その程度で怖気づくなら最初からこの場にはいまい。
「拙僧はバルグ・ケーニック! 僧職の身ではあるが、お相手いたすのである!!!」
「人間の名などに興味はないが、折角腕に覚えのありそうなのが出てきたのだ!
わしの本気を見せてやろうではないか!!」
そう言うとガンダーンは前屈に姿勢を低く取り、左肩を前に突き出すように構えた。
「行くぞぉぉ!!」
「来いっ!!!」
次の瞬間、ガンダーンの巨体が消えた。
激しい衝突音が響き渡り、ほんのわずかな時間、ぶつかり合う2人の姿を捉え――
バルグが吹き飛んだ。
「バルグ!?」
俺は、地面に叩きつけられたバルグのもとに駆け寄った。
「むぅぅ……!
ビスト殿……面目ない…………!」
「ほう! わしの“撃砲走”を喰らって息がある奴を見るのは初めてだ!
だが、流石にもう立ち上がれないようだな!!」
「口惜しいがその通りである……!」
バルグは何とか身を起こすが、それ以上立ち上がることはできない。
全身ボロボロだが、脚が特にひどい。靴は擦り切れて消滅し、足の裏の皮は剥げて肉が見える状態で、脛はあらぬ方向に曲がってしまっていた。
エッジビートルの衝突では一切ダメージを受けなかったバルグを、ここまで痛めつけるとは……
治癒魔法を用いても、すぐに完治とはいかない重症だ。
「……だがバルグ、お前のおかげで勝てるぜ!」
「ほう? 今『勝てる』といったか? 人間よ!」
「断言してもいいが、お前、今以上のスピードは出ないだろう。」
「何?」
「大した魔物だよ。その岩のような巨体で、あれだけの速度で走れるとは。
肉体の限界を突き詰めた才能か、鍛錬か……」
俺はガンダーンへと向き直り、構えを取る。
「だが、言いかえれば今が限界点だ。
バルグとの衝突でわかった。あれ以上は、仮に出せても重量と速度のバランスが崩壊する。まともに走れなくなる。」
「それがわかったとして、貴様はあの坊主よりも固いのか?
それとも、わしより速く走れるのか?
はたまた、岩石の体を砕ける剛腕の持ち主か?」
確かにそうだろう。高速で走り回る大質量の岩石を相手に、まともな戦い方で勝てるわけがない。
「あいにくと、俺にまともな戦い方なんてな……やりたっくても出来ないんだよ!
“魔人変化”!!」
俺の身体が自壊し、再構成する。
周りで見守っていた兵士たちは目を背け、ガンダーンすらわずかにたじろぐ。
「ずいぶんと醜悪な姿だな。
魔王軍にも貴様ほど不気味な者はいないぞ?」
「不気味で結構! さあ、“撃砲走”とやらを使ってみろ!!」
「言ったな? 後悔するなよ!!」
即座にガンダーンはさっきと同じ突撃姿勢を取り、対する俺はレスリングのような掴みかかる姿勢で構える。
直後、またガンダーンの姿が消える。
今、俺の体はほぼ完全に脱力している。
魔人態の外殻はリビングアーマーの能力で鎧と化しており、内部組織はスライムの能力でゲル化している。
すなわち、人の形をしたゲル入り金属タンクのような状態。
当然、突撃を喰らえば吹き飛ぶが、その瞬間がっちりと手足を絡めてホールド。
目でとらえ切れるスピードではなかったが、タイミングはバルグが見せてくれた。
衝撃で鎧化した体が歪むが、スライム化した体液が衝撃を分散して大破を免れる。体内でスライムが飛び散り、装甲の隙間から漏れた。
が、リカバリ可能なダメージだ。
そして、高速移動中に重量物が取りついたガンダーンはバランスを崩す。
走りの制御が効かなくなり、俺が取りついたまま岩塊となって転がりだす。
高速でコントロールを失ったが、運よく兵士がいない方向に転がった。土塁を盛大に壊して停止した。
後で工兵隊にもうひと頑張りしてもらわなければならない。
「グワラッ!? まさかわしの“撃砲走”を止めるとは……
なっ、これは!!?」
限界の速度での予想外の衝撃をうけたため、ガンダーンの左半身は砕け散っていた。
しかし、人間なら即死しているであろう傷でも、ガンダーンはまだ動けるようだ。
そして、鎧化した体が歪んで噛み合ってしまった俺は、身動きが取れない。
「グググ……! おのれ、よくもやってくれたな!!」
残った右腕を振り上げ、俺にトドメを刺そうとするが――
「グゥッ!?」
ガンダーンの唯一の生身部分である眼に矢が突き立ち。
さらにその直後、振り上げた腕を下ろすより前に、魔剣がガンダーンの頭部を貫いた。
「すまないな、ビスト。
私がおいしいところだけいただいてしまった。」
ガンダーンが倒れ伏し、その巨体の向こうからネリア様が現れた。
「助かりました、ネリア様。
その手柄は、ネリア様のものにしておきましょう。その方が士気が上がる。」
正直死ぬかと思ったが、俺はとっさに、強がり混じりに冷静ぶって答えた。
ネリア様は、核を貫かれたガンダーンが間違いなく死亡しているのを確認し、天に剣を掲げる。
「魔王軍四天王、ガンダーン! カーネリアン・クォーツィスが討ち取った!!!」
「「「「おおぉぉぉぉぉぉっ!!!」」」」
この言葉に王国軍は勢いづき、魔王軍も、言葉はわからないながらも状況を悟ったのか、撤退を始める。
「追撃戦だ! 魔物を減らせぇ!!」
将軍も顔色を取り戻し、大声で号令をかける。
戦場の趨勢が決定した。
●●●
「ビストさん、無事ですか!?」
ジルがネリア様と共に、救護兵を連れてきてくれたようだ。
見れば、離れたところでバルグも担架に乗せられている。
「ああ、なんとかな…… “逆変化”。」
俺は魔人態を解除しても、グロテスクなものを見慣れているからか、救護兵は比較的驚かなかった。プロの根性を感じる。
外殻がひしゃげた分のダメージは再構成で無効化できたが、
「……ビスト、痩せたか?」
「スライム化した肉体が少々漏れましたので。
多めに食事をとって、変化の再構築を何度か繰り返せば数日で治ります。」
失った体積の分、肉体が痩せ衰えてしまっていた。
血と筋肉と脂肪が激減したため、身を起こすのもおっくうだ。
「すぐに用意させよう。
トドメの手柄は私がもらってしまったが、ビストが一番の立役者だからな。」